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神聖祓魔師 二つの世界の二人のエクソシスト  作者: ウィンフリート
西暦1172年 城塞都市
3/293

第3節 修道院長の憂鬱と聖香油

いよいよ、悪魔の子情報が開示されます。

ドミニク神父様は、翻弄されることなく、マイペースです。


短い3話をまとめました。

ドミニクは、朝食後に、修道院長に3時課に来るようにいわれた。修道院では、祈りと労働が修道士の仕事なわけだが、貴族出身で司祭である彼の場合、労働があるわけではない。修道士への神学の授業をすこしと、当番でごミサの司式と、あとは研究が彼の仕事だ。昨日ほとんど読めなかったアウグスティヌスの告白録の続きが気になっていたドミニクは、3時課になると、憂鬱になりながら院長室へむかった。今回の孤児の引取も修道院長からの依頼だったからだ。貧民街の教区司祭として、役立つことがしたかったドミニクには渡りに船だったのだが・・・


ノックを4回ほどし、院長室に入ると、正面の扉を恐ろしい顔で睨みつけていた修道院長と相対してしまった。いつもはドアに背を向けていて、ドミニクが入ると後ろ向いて座っていて、回転椅子を足でちょこちょこ回転させて正面を向き、もったいぶって目を合わせるのが癖であったが・・・嫌な予感にドミニクはさらに憂鬱になった。今度の依頼はいったい・・・


「い、院長様、聖母の御旨のままに」


ドミニクの挨拶に、修道院長は重い口を開いた。


「兄弟ドミニク、聖母の御旨のままに」


しばらく沈黙が続き、視線を上にむけていた院長は、意を決したように、咳ばらいをしてからドミニクを見つめ唐突に語り出した。それは信じられないような恐ろしい内容だった。


「1166年の6月6日に生まれた子供が、今年6歳になるとき、悪魔の子として顕現し、その力を振るう可能性があるらしい。イザヤ書のバビロンの王、つまり堕天使ルシファーが、サタンとして人間と交わり子をなしたのではないかと危惧されている。ルシファーの力を受け継ぐ、受肉した本当の悪魔がすでに生まれており、その力に今年目覚める時、あらゆる災厄をこの地にもたらすかもしれんのだ・・・最終的な目標は地上の覇権だろう」


修道院長は、ひと息で話した自分の言葉の内容に恐れたように、また忌まわしき名前を口に出さなければなかったことに傷ついたように、長く息を吐いた。ドミニクは驚愕の表情を浮かべている。


「そんなことは、俄かには信じられませんが、目上である院長様がおっしゃるのですから、従順に受け取りますが・・・」


ドミニクはなんといっていいのか考えながら続ける。今日はもう6月3日なのだ。


「・・・どういうところからの情報なのですか・・・司教様からですか?教皇庁からですか・」


ドミニクは、子供のように口をとがらせている。考え込むときの癖だが、院長は、その唇をつまんで、びよーんと引っ張りたくなる欲求を、覚えた。


「こんな話、信じられないし、信じたくないが、カテドラルに昨日呼ばれたのだよ。数か月前、ルーアンで悪魔を崇拝する集団が、サバトを秘密裏に開催したことがわかり、彼らのうち数人が、異端審問官に扇動された民衆に火あぶりされた話は知っているか?」


「いま大聖堂を建造している最中のノルマン人の支配地ですよね。赤子が何人も浚われて生贄とされたとか。大聖堂の建築も止まるぐらいの大騒ぎだったと噂になっています。こんなに離れているのに悪い話というのは伝わるのは早いですね」


「うむ・・・早く伝わったのは、情報を拡散し、逃げたものを追跡したい教皇庁の意向もあったそうだ。なにしろ、彼らが持っていたものの中から驚くべきものが見つかったのだからな・・・時間がないのだ。その者達から少しでも情報が欲しいところだったのが・・・」


「え・・・驚くべきものとは?」


「何も書かれていない羊皮紙から、悪魔の子がこの世に顕現する予言が浮かび上がったらしい・・・」


ドミニクは息をのんだ。院長はドミニクの緑の瞳を見つめながら続けた。


「赤髭王の下に、バビロンの王の子が顕現し、三匹の獅子は地に斃れ、高い帽子は紅に染まり、法衣を纏うものたちは立ち上がることもないという内容だったそうだ・・・しかもこれははじまりであって、終わりではないとのことだ」


ドミニクの鼓動は高まり、血が全身を速くめぐりはじめたのを感じた。こめかみがピクピクとしている。赤髭とは我が皇帝バルバロッサ様だし、三匹の獅子とは、その紋章だ。高い帽子とは教皇様のミトラだろう。法衣を纏う者に、自分が含まれることに気付き、言いようのしれない悪寒を覚えた。相手が悪魔では・・・しかもルシファーとは。大天使ミカエル様を召喚できねば、勝てる気がしない。天使の召喚術など、聞いたことも読んだこともない。諸聖人の連祷の時に名前がでるが・・・霊ではなく実体化できなければ敵わぬのではないだろうか。しかし、急にあることが気になりだし、冷静になることができた。


「院長様、何も書かれていないのに、どうやって予言を浮かび上がらせたのですか?」


椅子から乗り出し気味だった院長はガクッと後ろに滑った。


(おいおい、そこかよ・・・)


「一体どうやって浮かびあがらせたのでしょうか。すごく気になります」


「はぁー。ザイフリートよ。わしも知らぬのだ」


まったくドミニクはいつもすこしずれている。こどもの頃からこんな感じだ。頭はいいのだ。おそらく回転が速すぎて何手も先を読むからなのだろう。まぁ言われてみれば確かに気になるだろうな・・・学者肌だからか。わが一族の中でも一番の変わり種だろう。

気を取り直した院長は、立場を弁えた態度に戻り、目を細めて小さくささやいた。


「兄弟ドミニクよ、好奇心は身を滅ぼすぞ・・・」


院長も本当に知らないのだ。実際のところ知りたくもない。司教様に呼ばれてルーアンでの出来事を聴いただけで、昨日は一睡もできなかったぐらいだ。仮に羊皮紙の秘密を知ってしまって、異端審問官に痛くもない腹を探られてもたまらない。できればこの件は関わりになりたくない。異端とされたら追放ぐらいじゃすまない。私だけでなく一族郎党ともに火あぶりもありうるのだ。実家の財産目当てに陥れられたら堪らない。侯爵様や司教様だって親戚なのだ。一族の繁栄にかかわる問題だ。ミスは許されない。


「確かにそうですね・・・知りたいわけではありませんが、気になります。闇の力なのか、何かのトリックだったのか・・・うーむ。ところで、なぜ私にこのお話を?」


「わからぬか?」院長は眉毛を高くあげた。なぞかけするときの表情だ。また椅子から身を乗り出すように顔を近づけようとしてくる。


「待ってください。1166年に生まれた子・・・今年6歳・・・」


ドミニクは恐ろしいことに気付いた。人さらいから保護し、門前から連れ帰った子達は、確か、それぐらいの子ばかりだったはずだ。なんと、そんな子供たちを引き取りに行かされていたとは。まさかと思うが・・・水に落としたインクが広がるように、不安が心に急速に広がって青く心を染めていった。


「そうか・・・司教様は、今日保護した子らが、そうかもしれないと心配されておられるか・・・」


学者肌のドミニクが優秀なのは、教皇庁の神学院でも有名な話だ。神学院の哲学教師にも乞われたが、本人は教区司祭にこだわり、教師の職を断ったのだ。そのおかげで、もともと総長様に優秀な司祭神学者をお願いしていた、この修道院に派遣されたのだった。総長様は手元に置きたがったらしいが、うちの司教様の縁者であるが故、本人の意思が優先されたのだった。祈り、働くだけではなく、考え、教区の問題を解決する能力を持つ、司祭をここも必要としていたのだ。


「もともと、司教様のお母さまが、巷にあふれる孤児の問題に心を痛めておられて、司教様に孤児院を望み、多大な寄付をいただいたことからここの孤児院は始まったのは知っておろう?もちろん、神の慈悲を示し、孤児院を神の栄光に帰し、我が修道会の名を高めるためでもある。修道院は教皇直属であるが、パトロンが司教様のお母さまということもあり、司教様の発言力は大きい。もともと、孤児院の建立を口実として教区を委託され、この街に我らの新たな拠点をつくることができたのだからな。司教様のご意向は重要だ」


司教は先代の侯爵様の息子の一人だった。ここの土地も侯爵様とお母様から寄進をうけている。立場上、司教は修道会の運営には口をだせないが、活動に許可や禁止を与えることはできる。敵に回すことはできない。回すつもりもないが・・・


「ルーアンのことがあったので、司教様は、例の子の顕現に備えたほうがいいのではとおっしゃった。皇帝バルバロッサ様のお耳にも入っているらしい。パパ様が分立されている今は、特に教会にとって危機といえる。アレクサンデル3世様も、頭を抱えておられるそうだ。ともかく、眉唾とは思いつつ、非常事態だと捉え、自分の名を思い出せぬ子だけでなく、変わった子や不思議な力を持つ者には気をつけ、顕現させることなどないように望まれたのだ」


「おっしゃることは理解しました。確かに、不思議な力を幼いころから示すような子は、親や周囲から気味悪がれて捨てられることがありそうですね」 ドミニクは孤児院の変わった子がいないか思い出しながら続けた。


「そのような子は思い当たらないのですが・・・親を殺された農村の兄弟は、まずありえないでしょうし・・・しかし、自分の名を思い出せないあの子は・・・」ドミニクは続けることができなかった。もしかしたら、あの時、私の名前を読み取ったのではないだろうか。あの体の痣は・・・まさかと思いつつもその思いを必死で振り払った。


「まさかとは思うが、注意するに越したことはない。ベネディクトゥス様のメダイや聖水を常に携帯するように。なにしろここを支配するわが一族の存亡にかかわるような内容だからな」


「重々承知しております。準備するのはヌルシアのベネディクトゥス様、モンテ・カッシーノ修道院長のメダイですね・・・メダイがついた十字架ならいつも持ち歩いています」


「おいおい、おぬしはエクソシストか?うーむ、変わっておるの。・・・まぁその子だけではなく、6歳前後の子達から目を離さぬようにな。しかし、ドミニク以外に知られることのないように。司祭や修道士たちに不安が広がり、院内に恐怖が忍び込むようになれば、心の平和が乱されよう。かえって悪魔に隙をつかれることになる」


「かしこまりました」ドミニクは、一刻も早くあの子たちのところに駆けつけ、話を聴いてみたいと持った。


「では、兄弟ドミニクよ。聖母の御旨のままに」


「聖母の御旨のままに」


修道会の挨拶を交わすと、ドミニクは踵を返し、院長室を退出していった。読みかけの本のことはすっかり忘れていた。若い頃、2巻で挫折したのだが、今になってもう10巻まで読破して絶好調なのだが・・・彼がまた再開するのは、さらに年を重ねてからだった。


-----


ドミニクが退出したドアを見ながら、レオポルトは、考えていた。


「もしかしたらベネディクトゥス様の列聖が早まるかもしれん・・・いいのか悪いのか」


修道院長は椅子から立ち上がり、窓際に立ち、窓の外を見た。司祭館から足早に中庭を渡り、孤児院に歩いていくドミニクが見える。院長は遠い目をし、さらに思索の深い海に飛び込んでいった。


教会における聖人であると、聖座である教皇様が宣言するには、明確な規定がある。

もしも、もしもだが、あの子が例の子で、たとえ顕現したとしても、ベネディクトゥスのメダイを用いてベネディクトゥスに取次を神に祈り、その力を抑えることができれば、ベネディクトゥスが天国にいることが証明される。

修道会にとっては、喜ばしいことだ。もちろんそんなことが起こるなんて全く考えていないが。できれば悪魔とは関わり合いになりたくない。

修道院の繁栄も重要だ。権力を集め、財源を大きくしなければ、ここは立ち行かなくなる。歴史的にも世俗の権力とのせめぎ合いで、廃れていく修道院をいくつも知っている。

皇帝バルバロッサ様がイタリア支配を強めたいために、パパ様を分立させたのは正直困っている。どっちについてもろくなことがない。つく側を誤れば、もう終わりだから。いきなり教区を取り上げられ、ここを撤退しなければならなくことも最悪ありうる。ここは、私の一族の街なのにだ。


こんなことなら、司祭になるのではなかったとも思う。そもそも院長が司祭の道を目指したのは、もちろん末息子で家督を継ぐのが無理だったこともあるが、ベネディクトゥスに憧れていたこともある。果たしてチャンスなのか、落とし穴なのか・・・院長は伝説を思い出していた。


院長が例の子と同じくらいのころ、司祭となっていた伯父が母を訪ね、屋敷にきたことがあった。夜、一緒に食卓を囲み、食前の祈りをし、食べる前に、伯父は、食べ物にむかって、人差し指と中指をそろえ、上から下へ、そして左から右へと動かす仕草を行った。ごミサでみたことはあったが、目前で行われたのは始めてだったので、伯父に尋ねた。


「伯父上、叔父上はどうして十字架のしるしをされたのですか」


母がニコニコしながら伯父に言った。


「あら、毒なんてはいってなくてよ」


伯父は優しい笑顔で、母と僕を交互に見ながら答えた。給仕をしている執事が真っ青な顔になっていた。気の毒に思っていると伯父が言った。


「司祭は、自分の食事も祝別をするものなのだよ。習慣なんでね。姉上、ベネディクトゥス様ほど、私は神に愛されていませんよ」


「うふふ、じゃ毒をいれちゃえばよかったかしら」母上は嬉しそうだ。


「レオ、あなたのには入ってないから大丈夫よ」


お母様は、私に優しく語りかけてくれた。レオとは、私の名前、レオポルトの略だ。我が一族にはレオポルトが何人もいる。レオポルトの名を持つ人の中にはオーストリア公もいるので、そういう場合は3世とか5世とかがつく。

わが家でレオポルトで、小さいのは私だけだから、レオといえば我が家では私だった。しかし、なんか怖い話をしている。貴族って怖いよね。姉弟でも暗殺とかよく聞く話だから。まぁ、私は一番下だから、長兄たちが亡くならない限りは、おそらく司祭になるしかなかった。


それから、叔父上は、この話の元ネタを話してくれた。


600年ほど前に、モンテ・カッシーノの修道院長として隆盛を極めていたベネディクトゥスは妬みから敵が多かった。利権が絡むからだ。ある男が、招待したベネディクトゥスを暗殺しようとしており、そのために、ワインに毒をいれた。そのワインにむかって彼が祝別の十字架のしるしをしたところ、グラスが二つに割れてしまい、毒を飲まなくて済んだという話である。


この話は幼い心に残り、以来、聖なる力を神から与えられることに強く惹かれるようになった。司祭になってからも、食事前に食べ物を十字架のしるしで祝別する度にその時の気持ちを思い出すのであった。幸いなことなのか、不幸なのかわからぬが、グラスは一度も割れることもなく、また毒で死ぬこともなく、今に至っている。


急に母上や伯父上に会いたくなったが、すでに二人とも帰天されている。院長は机の上にある聖母像を見つめて、二人のために短い祈りを捧げた。


まぁ、修道司祭である私は、家族も財産もないのだから、思い切り悪魔に挑んで殺されてもいいか・・・ベネディクトゥス様のように聖なる力を振るうことができるかもしれないし、うまくいかなくともそのうち列聖されるかもな・・・なんてね・・・さて、溜まっている書類を片付けるとするか・・・


‐----


ドミニクは客室の3人のところに足早に向かった。修道士の兄弟ルカスに世話を任せておいたが、急に心配になってきた。悪魔の子とは・・・まさかな・・・


客室につくと、丁度ドアからルカスが部屋から出てくるところだった。


「神父様、聖母のみ旨のままに」ルカスは小さい声であいさつをした。


「兄弟ルカス、聖母のみ旨のままに」


私は、ルカスが頭を下げたままだったので、十字架の印をし、頭に触れて祝福した。

ルカスは満足そうに頭を上げてから私の目を見て言った。


「神父様、どうされたのです。お顔が青いですよ。あの子たちがご心配なら、まだ寝ています。よほど疲れたのでしょうね」


「私は、なんでもない。大丈夫だ。ありがとう。助かったよ。しばらく交替するので、声をかけるまで普通の仕事に戻ってください」


「かしこまりました。では聖母のみ旨のままに」


「聖母のみ旨のままに」


ルカスは私の態度に、不思議そうな顔をして立ち去っていった。いつも接しているので、私の心の状態がわかるのかもしれない。人の心の平安を乱すようなことは、修道生活では禁じられている。私は自分を戒めた。人の魂の世話をしている余裕がないのかもな・・・自分の魂が危険なのだ。


ルカスに話を明かすわけにいかない。もしかしたら先程の間に顕現し、部屋にいたルカスが切り裂かれたかもしれないなどと思い、例の話を信じる気はないが、焦っている自分に気づいた。


ベネディクトゥスのメダイがついた大きな十字架を左手に握りしめて掲げた。右手に持った聖水の入った器が小さく震えている。廊下と面する中庭にはだれもいないことを確かめた。


左手で十字架を持ちながら、そっと扉をすこしだけ開ける。隙間から覗くと、誰かが寝返りを打った。それに驚いたドミニクは、すこし聖水をこぼしてしまった。


我ながら、気が小さいというか、胆力がない・・・本当に悪魔が顕現した時に自分は対処できるのだろうか・・・こんなことならカテドラルから祓魔師(エクソシスト)に来てもらって一緒に部屋にはいればよかった。


そんな悠長なことも言ってられない。意を決し、十字架を正面に構え、ドミニクは中に入っていった。そして砕けそうなへっぴり腰で、3人の寝顔を上から覗き見た。


3人は、実に いい顔で寝ていた。どんな子も寝ている間は天使だというが、その通りだと実感した。農村の兄弟の顔には、涙にぬれた跡があった。

継ぎの当たった服が枕元に置かれている。ボロだが、母があててくれた継ぎだったのだろう。頬ずりをしたような感じだ。ドミニクは二人の気持ちを察し泣きそうになった。


「ふぅー。私は一体何をやっているのだろう」


次に名前を思い出せない子を覗いてみた。目の下に隈ができているが、きれいな寝顔だ。女の子のようなきれいな顔立ちだ。


ドミニクはふといいことを思いついた。ポケットに丁度聖香油が入っている。四旬節に修道院の司祭たち全員で按手して徹夜で聖別した香油だ。それをポケットから出し、蓋をあける。


いい香りがしてくる。油を親指につけ、例の子の額に十字架を描いた。悪魔の子なら、聖なる力に抵抗するだろう。予想どおりというか、何もおこらない。肌が焼けるようなこともないし、苦しむこともない。力がぬけていく。


「この子を守らなければならぬのに、一体私は何をやっているのだ」


私は、悔やんでいた。いや、やり直していけばよい。そうだこの二人にも塗ってやろう。農民の子らの額にも聖香油で、十字架の印をつけた。主よ、この子らをお守りください・・・そう祈りながら。


また、ドミニクは、もとの考えに戻った。そう、危険が去ったわけではない。この子が普通の少年であるというのは、私はわかったが、他の人達はわからないだろう。


一番怖いのは、人々の群衆としての心理だ。悪魔の子だなどと噂が立てば、恐怖から、教区の信徒たちどころか、城塞都市の民が全員押し寄せ、この子達を火あぶりにしようとするだろう。孤児院の子全員も道連れになる可能性が大きい。ドミニクは静かに決意していた。


額に聖香油を塗られた農民の子らが目を覚ましたようで、もぞもぞと動いている。二人に、明日、朝から農村に行き、二人の両親を正式に埋葬すると話した。


そのあと、またルカスに引継ぎ、修道院内を案内してもらうことにした。孤児院の子達とは、明日農村から帰ってから引き合わせることにした。大丈夫だ、ここ子たちは悪魔の子であるはずがないではないかと自分に言い聞かせた。


基本的に、そして個人的に、異端審問官は大嫌いです。

12世紀のころは、まだ教皇庁の所属ではなく、その活動は、教区の司教様の判断によるのですが、13世紀になってくると、いわゆる魔女狩りなどで、審問官が歴史によくでてきます。

聖人認定された異端審問官もいますが、彼らに取次を頼みたくはないですよ。


主の慈しみが皆さんの上にありますように。

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