・第十一回群魔区地域振興会議 <前編>
・第十一回群魔区地域振興会議 <前編>
「それではこれより、第十一回群魔区地域振興会議を始めたいと思います」
ミトラスによる開会宣言を受けて、いつもの会議室でいつもの会議が始まった。議題はずばり「パトリシアをどうやって元に戻すか」だ。
ちなみに現在朝九時。
一応現状でも親御さんの同意の元で、彼女の分の書類を改めて、ドワーフではなく天使として提出してもらえば、群魔区には住めるし暮らしていける。しかしそれはあくまでも最後の手段だ。
「皆さん知っての通り、今回はパトリシアの件についての会議です」
「先ずは確認として、聞いておきたいことから整理していくから、答えて下さい」
会議に参加してくれているのは俺とミトラスを除けば四天王全員だ。パトリシアはユグドラさんに預けて見て貰っている。
以前貰った使い道のない、呼び出し用の拍子木が、こんなところで役に立つとは思わなかった。
大急ぎで駆けつけてくれた彼女に、事情を話すと二つ返事で引き受けてくれた。現在はパトリシア用の服を二人で作っている。
「先ず死んだ人間を生き返らせる方法、アイテムでも儀式でもいい。これがあるかどうか」
「ゾンビ化させる方法ならありますが、死人を復活させることはできません」
ウィルトが答える。まあそうだよな。あればこんなに面倒なことには、なってないもんな。よし次。
「では次、以前ミトラスがならず者を、ワイバーンに呪いで変えたらしいけど、これで天使のパトリシアをドワーフに戻すことって、できないかな?」
この質問の回答はけっこう難しかったようだ。ウィルトとバスキーとミトラスが角を突き合わせて(ないけど)あれこれと議論を交わす。
「先生、これはどうなんでしょう」
「仮にとはいえども魂が肉体となっている状態です。肉体、精神、魂のどれに呪いをかけるべきなのかは、見極めないといけません。あの子で実験をする訳にはいきませんからね」
「そもそもあの娘の魂が、天使になっていたとして、それをドワーフに変えたところで、あの娘の魂のままという保証はない。語弊を怖れずに言えば別のドワーフの魂として、生まれ変わってしまう危険がある」
魔法に長けた三人だったが、それだけに答えを出しあぐねているようだ。親御さんを説得するためには、何が何でも仕組みを作り、説明できるようにしておかなければならない。
俺は別のことを聞くことにした。
「じゃあさ、天使のパトリシアを、そのまま以前のドワーフとして、生まれ変わらせるっていうことはできないの? ほら、自分が死んだら予備の体に乗り移って蘇るっていうやつ」
「蘇らせるのではなく当人のまま生まれ変わらせる。予備の体に乗り移る方法はネクロマンサーやリッチ―が死を免れる際に、良くやるやつに似ていますね」
ネクロマンサーは俺がそうだと勘違いされたらしい魔物だ。死体を操る魔法使いで、リッチ―は生き物を生贄に捧げて、怪しげな儀式を執り行い人間、というか今までの種族を辞めた、アンデッドの魔物らしい。
「可能性はある。長い間別の体に乗り移っていた魂がその体の持っている魂の一部として離れられなくなる場合がある。自分自身の体に同じことをすれば、復活したようには見えるだろう。成長するかどうか分からないが」
「とはいえ戻る体はとうに朽ちておる。墓を掘り起こして棺桶ごとパンドラ君に治させるか?」
「それは流石に法に触れますので」
「ゾンビにして、墓から自力で出たのを浚う分には問題ないですが、それもできれば止めておきましょう」
できるのかできないのかが非常にグレーな線だ。
「生まれ変わらせる、というのは文字通り転生させるということですが、これも先ほどと同じように、別のドワーフになってしまい、元のパトリシアではなくなる可能性が大きい。手段が違うだけで、結果は似たりよったりです」
「法律的にはどうなの?」
「人間なら禁止されているけれど、何分魔物で群魔に移住前でしかも故人だから、はっきり言ってしまえば彼女自身には、何をしたっていいのよね」
ああそんな身も蓋もない。しかし困ったな。その人をその人のままで、元に戻すというのが、こんなにも難しいとは。天使化というのは実に悪質な状態異常である。
天使の存在がレアなせいか、流石の皆も経験値が足りないようだった。
「せめて天使であることを辞めさせられないものか」
「なんだお前ら頭が固いな。こんなことも分かんねーのかよ」
そんな中、俺の呟きに答えたのは、それまで沈黙を保っていたパンドラだった。
甲冑姿に変身している彼は机に頬杖をついている。
「何か手があるのか、パンドラ」
「説明は本来オレの役回りじゃないけど、この際仕方がねえな。よく聞けよ」
両手を兜の後ろで組み、上体を逸らしながら、彼は言った。
「天使なんて言っちゃあいるが、奴らは言わば精神寄生体、いや霊魂寄生体とでも言うべきか。要はヒモな訳だ。こいつらは人間の信仰心や愛情の一部といった精神の上澄みを喰って生きている。天使化はこいつらが獲物を釣って引き寄せるという、捕食行動の最初に過ぎない」
頁を捲るかのように、ぎっと椅子が鳴る。
他の全員が、パンドラを注視している。
初めて聞く事柄だったのか、語り手の態度とは対照的に、部屋の空気が張りつめていく。
「だが、天使化には致命的な欠陥がある。獲物への目印に、自分の魂を寄生させなければいけない、という点だ。寄生虫が対象を操るのと同じように、相手を動かすためには相手の中に潜りこまなくてはいけない。一部とはいえ自分の魂を、だ。」
「それが天使を伝染される過程だったんですね」
「そうだ。だからこそ獲物がどこにいるか分かるし、完全に乗っ取られた相手は、本体と同じように別の誰かに寄生することが、できるようになる。しかしこの天使を伝染された被害者は、一時的にとはいえ、魂が二つある状態なんだ。癒着を起こしているから分かり難いがな」
いつになく饒舌なパンドラが語る内容を、識者三人がメモに取り始める。もしかしなくても、こいつは今とんでもないことを、喋ってるんじゃあるまいか。
ミトラスに聞いた話だと、与えるのは体の一部で、魂ではなかったし、眷属にするという説明はあったが捕食するなんて下りもなかった。
「そして体の部分はこの天使の魂が、寄生した魂の記憶を元に作り出したに過ぎない。死ぬと元の魂が失われるのは体となった天使の魂が、普通の肉体と違って元の魂を掴んで離さないからだ。だから死んでも霊魂が再びゴーストのように、抜け出すこともないんだ。まさに道連れってやつだな。ここまで言えば、どうすれば良いかもう分かるな?」
全員が沈黙した。
どれくらいそうしていただろうか。
いとも簡単に告げられた天使の生態について、恐らく誰も知らなかったのではなかろうか。
それは、ここにいる俺以外の、全員の驚愕の表情から察することができた。
「天使のことは話に聞いただけで、詳しく知らなかったけど、まさかそんなふうになっていたなんて」
「そしてそれをパンドラさんが知っていたなんて」
ミトラスとディーがやっとのことで声を絞り出す。何故この箱がそんなことを知っているのか。
「パンドラ、君、なんでそんなこと知ってるの?」
「そりゃあだって、オレも一時期はご神体として崇められてたし、あいつらと戦う機会も何度かあったし、そんで食べたし」
ウィルトの問いに対して、彼がことも投げに放ったその一言は、あまりにも雑に全てを物語っていた。
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文章と行間を修正しました。




