・第十一回群魔区地域振興会議 <後編>
・第十一回群魔区地域振興会議 <後編>
パンドラから天使についてのレクチャーを受けて、何か光明が差したらしい三人が、しきりに何かを打ち合わせている。
コピー用紙に魔法陣を描き、それを重ねては呪文を唱え、描き直してはまた呪文を唱えてという工程を、何度も繰り返す。
最終的に三枚。
一人一枚の魔法陣に収まったようだ。
ミトラスが前に出て、魔法陣の説明を始めた。
「パンドラの説明から、全部で三つの工程を踏むことにより、パトリシアをドワーフに戻せることが分かりました。順序として先ず最初に、彼女と彼女の魂に、寄生している魂の分離。次に天使のほうの魂の改変。最後にもう一度この二つの魂を合体させます」
普段は悪い方向にほとんど顔色を変えない三人が、今は額を汗びっしょりにしている。何だかとても悪いことを、発見してしまったかのようだ。
「一つ目は元々の彼女の魂と、寄生している魂、恐らくアドモの物でしょうが、これを分けます」
それは分かる。
俺を始めディーとパンドラが頷くと、今度はウィルトが話し始める。
「二つ目は、分離した天使の魂に呪いをかけて、作用を上書きします。癒着した際に模倣ではなく、本当のドワーフの肉体を復元するように」
「そんなこと出来るの?」
「体だけなら魂を生贄に使えば。そしてその魂は当然天使側のものを使います」
本人の記憶を元に、肉体に擬態していた天使の魂だけど、今回の話だと呪いをかけられて、もう一度パトリシアの魂に寄生すると、自分を生贄にして本物の体を彼女に与える、ということになるらしい。
「そこまで終わったら、最後に陣を解除して、今一度天使の魂をパトリシアに寄生させる。これであの娘は魂はそのままに、新たな体を得て、復活するという段取りになるはず。分離とその状態の維持はウィルト、天使側の書き換えはミトラス、最後に合体の補助やら陣の解除やらを我が担当する」
そこまで言って三人は押し黙ってしまった。うん、まあ元の体と言っても、パトリシアの奥さんの体から生まれた体って訳かどうかは分からないからね。
育つかも不明だし。正論言うなら荼毘に付したほうがいいし。たぶん彼らの悩みどころはこの辺だろう。
だがそれでも生きてるほうがいい。そうでない選択肢が、今回はろくなものじゃないんだから。
「さて、手段は出たけど法的にはどうなの、ディー」
「もちろん駄目だよ。理由があっても、勝手に呪いをかけちゃいけないのよ。本当はね。相手が誰であれ、何であれ」
まあ分かってた。『本当は』というの、は以前竜人町こと旧偽腐で、ワイバーン密猟者相手にミトラスが行った件だろう。
「つまり今度は合法的に呪いをかけるには、どうすればいいのかを、考える必要があるんだな。あるか? そんな都合が良い状況」
「……トレーニングセンターがあるわ」
ディーが眉間を抑えながら言う。群魔区には力を持て余した元冒険者の方々が、戦いを求めてやってくる運動系娯楽施設がある。
トレーニングセンターか。
思えば随分懐かしい。
「あそこだったら魔物と人間は元より、同種族同士でも戦えるし、不幸な出来事があっても、相手に責任を問わないように、契約書を書くようになっているわ。だからこの中なら兄さんたちが、パトリシアと戦うことになって、呪いをかけることになっても、法的な責任を負うことはないの。ただ」
「ただ?」
ディーが眉間から手を離す。その蒼い目が、室内の天井を睨む。
やがて大きな溜息を吐いて、答えを言った。
「トレーニングセンターは人間を除けば、群魔に登録されている魔物でないと利用できないわ。うちに移住願いは出されているけど、登録はまだ。それにパトリシアの死亡も報告されているから、こればっかりは」
つまり、こちら側はなんとか準備ができるが、肝心のパトリシア一家の書類が、ネックになっていると、こういうことか。
――よし。
「……ミトラス。今日付けで、ウルスラズ家の登録を済ませろ。うちは休み中でも仕事できるだろ。それから市長にこの件を洗い浚い話して、パトリシアの死亡の報告を、こちらがいいと言うまで、握っていてくれるよう頼んでくれ」
「え!?」
「俺たちは住民の登録を報せる義務がある。だがこっちが報告をすれば、市からは書類の不備を報せる為、あの子が死んでいるという報せが届く。逆に考えればこれが届くまでの間は、あの一家に一定の権利が持たせられる。そしてことが済んだ後に、その通達があれば書類は修正を求められ、再提出となる。なら晴れてもう一度、パトリシアたちは書類を出して、うちに登録しなおせばいい。ディー、どうかな」
ミトラスが目を白黒させている間に、ディーは瞑目して、じっと考えてくれる。
その時点では間違っていない。間違っていることが分からないから正しい、或いは正しくないが間違っているともいえない。
グレーな事柄として話を進めようと俺は提案した。
そして、後で間違っていたことが確定する情報が届いたら、関係者に問い合わせの上修正をすればいい。これで特に責任は発生しないはずだ。
「そうだね……そうだね。うん、その形ならたぶん大丈夫。パトリシアが死亡していたからと、移住願いの書類を修正するにしても、または全く同じ内容で提出しても、たぶん問題はないよ、たぶんね。ていうか、一度死んで、新しい体を得て、蘇るなんて前例がないから、本音を言うと、この辺はなんとも言えない」
ディーは瞑った目を開いたかと思えば、また閉じるのを繰り返した。指を組んで数分間、数を数えたり、虚空を睨んだりして、それから話し出した。
「ただ、魔物は元々何処にも所属せず天涯孤独だった者も、少なくないから、来歴の部分は重要じゃない。もしもだめならそこは書かずに、生年月日の算定を申請して貰えれば、こっちで同じ情報を用意してあげれば済むことだと思う。それなら来歴で引っかかることもないし、それでも駄目ならあの子個人で登録して、養子縁組って線で決着つく。遠回りだけど、あの子を帰してあげられるはずだよ」
生年月日の算定というのは、捨て子の生年月日の推定と似たようなものだ。
自分の年齢が分からない魔物を、付き合いの長い他の魔物の証言や、来歴から推察して、当人に発行するのである。
流れを整理しよう。
先ずパトリシア一家の移住登録。
次にタカ爺への根回し。
次にご家族の説得と、パトリシアのリハビリを済ませる。いつ来るか分からないが、アドモにこの手順の説明をして、最後にパトリシアを人間に戻す。
そして改めて移住願いの書類を提出してもらう。
こんなところか。
「どうやら筋道は立ったみたいだな。パンドラ、今が何時か分かる?」
「十一時四十九分」
だいぶ話してたな。
しかしながら現実的に考えれば、答えを出すのだけは異常に早かったと言える。
これもパンドラが、天使のことを知っていたこと。実行犯となる三人が、速やかに解放を導き出してくれたこと、ディーがこの場で摺合せを、手伝ってくれたおかげだ。
流石だ。
流石魔王軍四天王だ。
なんて頼りになる奴らなんだ。
「じゃが、一つだけ気になることがある」
やめてくれバスキー。この達成感に水を差さないでくれ。しかし俺の内心でも懇願も空しく、それは叶わなかった。
「あの天使が人間の法を説いて、分かるとは思えん。であれば、横槍を入れる余地は一つしかない」
「まさか」
俺は不安になってパンドラを見た。それは皆も同じだったらしく、再び視線が彼へと集中した。
パンドラは不思議そうに周囲を見回したあと、その意味に気が付くと、またも投げやりに答えた。
「ああ、親に何かしてくるってことは、十分に考えられるだろうよ」
ウィルトが彼の頭を引っ掴むと、その場からいなくなる。恐らく転移魔法で、パトリシアの両親の元へ向かったのだろう。敵の手がつくづくえげつない。
誰かが大きく溜息を吐いた。
全員だったかもしれない。
沈黙の向こうから、子どもとユグドラさんの、談笑する声が届いた。
「……えーそれではこれで、第十一回群魔区地域振興会議を終わります。皆さんお疲れ様でした」
『お疲れ様でした』
そしてまばらに会議室を出ると、それぞれに散っていく。一難去ってまた一難だ。中々どうしてすっきりとした決着にならない。
とりあえず、ウィルトたちが帰ってくるまでの間、パトリシアと遊ぼう。そして癒されよう。
そこで気が付いた。ふと隣を見れば、いつの間にか他の皆も、同じ様に同じ場所へと向かっていた。
ああ、皆考えることは一緒なんだな。
疲れているときは、特に。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




