・長かった一日
・長かった一日
「カレー美味いな」
「カレー美味しいですね」
「カレー美味いのう」
「カレーおいしい!」
「カレー美味しいなあ」
「お粗末様です」
「お前ら他に言うことないわけ?」
軽くテーブルを叩きながら俺は言ったが、誰も取り合ってくれなかった。
本物の天使、というか神話生物的な怪物のアドモが帰った後、ウィルトが昼食として作ってくれたのは、カレーだった。
この世界の召喚魔法で、異世界から輸入されたものの中には、料理も含まれているようで、知っている料理と出くわすことが、割とよくある。
「サチコさんはゆで卵のほうが良かったですか?」
「いや目玉焼きのほうが好きだからこれでいいけど」
確かにウィルトの作ってくれたカレーは美味い。
役所の皆が好奇心から作って、作り過ぎてしまった『おせち』も、いい加減食べ飽きていたので、とてもありがたい。でもさっきの今で、皆気持ちの切り替えが早すぎないか。
「怖い思いや嫌な気分を、引き摺って着く食卓がありますか」
「そうだぞサチウス。おかわりいる?」
ミトラスに嗜められる。
本体の箱形態に腕だけ生やしたパンドラは、カレーのおかず代わりに温めた、おせちの残りをかっ込んでいる。
「お昼だからいいよ。……でもさ、こう言っちゃなんだけど、良くこの世界の人たちは、あんなのを信仰してるよな」
「大半の人が見たことのある、大半の天使は人間の姿をしていますからね。あんなの見たら、誰だって掌を返しますよ。連中もそれを分かっているから、人間を餌から眷属にするよう、方針転換を迫られたんです」
犠牲者となる人間の魂は、次の人間を釣るための疑似餌か。
最初に人間の天使を作ったら、その天使でプラスのイメージを持たれるように、奉仕活動とか広報を打って次の人間を釣り、また天使を作る。
この繰り返しをしているということらしい。まるで被害者を使って更に被害者を増やす、詐欺師のような邪悪さだ。
「嫌な複利だな」
吐き捨てついでに、デザートの寒天に手を付ける。竜人町産の寒天に果物の果汁を加え、容器に入れて、外気で冷やしただけだが、とても甘い。
お歳暮で区民の方々から頂いた、大量の蜜柑や林檎の消費方法の一つだが、悪くない。
「なのでまあ、親御さんの説得自体は最終日に現物を見て頂ければ大丈夫です。それまでパトリシアのリハビリと、親御さんの心象を良くしておくことですね」
「あ、それなんだけど、後で相談があるんだ」
ちらりとパトリシアのほうを見る。
今は口元をディーに拭ってもらっている。
安心しているのか、その表情は明るかった。
「分かりました。では今晩か、明日にでも。そうだ、パトリシア。君に聞いておきたいことがあるんだ」
「むえ?」
桃の果肉色の寒天を眺めていた少女が、ミトラスを見た。少しの間、寒天とミトラスとを見比べて迷っていたが、ちゃんと話を聞く姿勢になった。えらい。
「パトリシアは天使だけど、このまま天使でいると、あの怖いのに連れて行かれちゃうんだ。どう思う?」
「絶対イヤ!」
即答だった。さもありなん。
アドモ自身が言っていたことだが、洗脳がなければ誰もついて行かないだろう。
数が増えれば人間側だって対策をするはずだ。そうさせないために、人間を下位の天使に肩入れさせているんだろう。やり口が泥臭くて汚い。
「絶対イヤね。それだとお父さんたちの所に、帰って暮らすことになると思うけど、いいかい?」
「うん!」
とてもいい返事だった。
正気を保っているなら誰だってそうするだろう。
それくらいアドモの存在は衝撃的だった。
「分かった。それじゃあ、早く怪我を治して、おうちに帰ろうね」
「うん!」
それを聞いて食事が再開される。
子どものほうの意思は固まった。
次は親御さんの説得と、その後を考えることだな。
ディーがカップに注いでくれたお茶に口を付けて、一服する。俺はようやく、これからのことを考えられる所まで、気持ちを回復させることができた。
*
目眩苦しい一日を終え、俺は自分の部屋に戻ると、明日の会議に備えて確認すべきことを、リストアップした。具体的に言うと、この世界における死人の蘇生方法だ。
一応ないこともないらしいが、そこは現実。
おいそれと復活できる手段というのはないようだ。
そう考えるとミトラスが俺にかけている呪いって、かなり凄いんじゃなかろうか。
ミトラスに直接聞いたほうが早い気もするが、彼は知らず、他の誰かは知っているということもある。
やはり明日、全員揃ってからのほうがいいだろう。早めに終わらせてパトリシアを、リハビリと家族の団欒に専念させてやりたい。
彼女は今パンドラの部屋で、ベッドと化した彼の上で眠っている。寝る前はウィルトが何かの本を読んでいたようだ。風呂はディーが一緒に入り、乾かすのはミトラスがやってくれた。
本人は分かっていないかも知れないが、相当至れり尽くせりだ。にも関わらず素直に羨ましいと思えない事情があるのが、不憫でならない。
言ってしまえば誘拐の恐怖を、皆して誤魔化しているに過ぎないからだ。
「さってと、こっからどうやって辻褄を合わせたもんかな」
単純に復活して、墓からひょっこり新品ぴかぴかのパトリシアが帰ってくる。というのが楽でいいけど、そうはいかないだろう。
この世界では故人に対する法律が、どうなっているかも分からない。
「本当はもう死んでるんだよなあ」
そう。パトリシアはもう死んでいる。
俺たちはただ乗りかかった船で、天使を名乗るこの世界の化け物から、子どもを一人横取りしようとしているだけだ。
怪我した子どもを保護した以外は道義的にもたぶん許されないことだ。そのままもう一度昇天させるのが良いんだろう。
やらないけど。
「親御さんのとこに帰すだけの話が、随分と大事になったもんだよ」
独り言を呟いて、あまり白紙の部分が埋まらない原稿を見つめる。中々内容がまとまらないんだこれが。
「いっそ異世界転生でもしてくれれば……こりゃ言い過ぎか」
それからある程度書き進めると俺は作業を終えて、布団一式を持って、ミトラスの部屋に行った。
彼もまだ起きていたが、俺が誘うと同じように布団を持って、パトリシアの部屋まで行く。パンドラも部屋の隅で、温風と水蒸気を出していた。
両親のお土産をベッドに持ち込みながら、寝息を立てる少女の顔を見る。今日あんなことがあったのに、穏やかな寝顔だった。
「寝るか」
「そうだね」
俺たちは彼女のベッド近くに布団を敷くと、そのまま今日の業務を終了した。
静かな夜の冷たさが、却って周囲に温もりがあることを伝えてくる。色々あったが、なんとか眠ることができそうだ。
「パンドラも、空気読んでくれてありがとな」
「うるせえ早よ寝ろ」
怒られた。寝よう。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




