・天使の立ち位置
・天使の立ち位置
「どうだった?」
「あったよ。本名パトリシア・ウルスラズ。ドワーフの子どもらしい。両親は流れ者の職人みたい。先月市に対してうちへの登録願いを出してる。娘さん、パトリシアが流行り病にかかったことで、転居が長引いていたみたい。容態が回復し次第、来る予定だったんだけど、駄目だったんだね……」
やっぱり死んでいた。葬式はささやかながら執り行われたそうだ。ご両親は母親がアパレルで、父親が細工職人のようだ。
移住の理由は定住を望み、ついでに群魔の簪に惹かれて、とのことだった。
現在地は神無側市神無側区の市庁舎二階、応接室の一つ。
時刻は十一時。俺たちは先日保護した天使ことパトリシアに、一通りの案内と面通しを済ませると、彼女から身元を聞き出し、その照会に当たっていたのだ。
今回のメンバーはウィルトとディーだ。
ディーはミトラスに代わって説明をしてくれるし、ウィルトはパンドラ曰く『天使に襲われてもウィルトがいれば平気』らしい。なんかもう襲われる前提で、皆が話を進めているのが辛い。
「うむ。痛ましいことじゃ。ご両親は引き続き市内に住むことを望んでおる。夏の権利拡充で、魔物も市内ならどこでも働いて、良いことになっておるからな。娘さんの墓近くに家を借りるなり、住み込みなりをさせてやることも、今の群魔ならできるじゃろう」
同席してくれていた市長こと、タカジンが続けた。魔物にとって群魔区はいわば本籍地のようなものだ。
他所で働くにも、魔物はまずうちに登録することになっている。そこで初めて人間が持つような、諸々の権利が認められる。
「でも、親御さんの居場所は分かってるんだろう? 何はともあれあの子のことを話して、引き取ってもらえばいいじゃないか」
「それがそうもいかないんです」
それまで沈黙を保っていたウィルトが口を開いた。俺が地雷を踏んだのが、三人の難しい表情から伝わって来る。
砦を使い回した市役所の、暗くて冷たい室内がその雰囲気に、拍車をかける。
「天使は故人の魂です。この世界では魂があることは誰もが知っています。ですが、その魂が亡くなった人のものであると、証明する手段がないのです」
「……言ってる意味が分からん」
「言葉通りの意味よサチウス。その魂が誰のものかを証明する方法は、法的にも物理的にも存在しないの。パトリシアが死に、パトリシアの魂が天使になった。でも、彼女の魂が生前の彼女のものだったか、その魂がパトリシア自身なのかは、誰にも分からないのよ」
「……言ってる意味を分かりたくない」
「古来より『天使の証明』と呼ばれる問題でな、いくら当事者間で分かろうと、納得していようと、手続きができんということじゃ」
「それじゃ何? あの子はパトリシアだけど、パトリシアとしておうちに帰れないってこと? 元の個人情報の継続とかできない訳?」
三人とも俯いてしまう。消極的な同意だ。
糞ったれ。詐欺もいいとこじゃないか。
そこにいるのに遺体と遺影が本人ですなんて、あんまりだ。
「それどころか、どこの誰であると言うこともできないし、誰もそれを定める権利を持たないから、一度天使になったが最後、その人は誰にもなれない。二度と人間には戻れないのです」
待ってくれ。待ってくれ。頭の中が上滑りしてる。思考が空転していく。嫌な汗が止まらない。
考えが、まとまらない。
「そんな、そんな馬鹿な話が……会えば分かるだろ」
「分類としては一応、天使は国で保護されている魔物の一種です。間引かれることこそありませんが、ご家族同意の下に、実家に留まり続けるということもできません。いずれは他の天使たちの所へ、行かねばなりません」
「ちょっと待ってくれ! これだけ嫌な話が出ていてなんでそうなるんだよ!? おかしいじゃねえか! お迎えが来るとでも言うのか!」
耐え切れなくなって声を荒げてしまう。大して動いてもいないのに、心臓が苦しい。呼吸が乱れてくる。誰に目を合わせていいか、分からなくなる。
「その通りじゃ。天使共は天使の存在を感知しやってくる」
市長の言葉に、今度こそ俺は絶句した。
彼は続けた。
「天使は魔物との戦争で人間側に協力し戦った、いわば平和の象徴で、益獣のような扱いじゃ。実態はともかく、そのように喧伝したことで、人間の大半は天使を清らかなものと信じて疑わぬ。身贔屓もあるしの。天使に選ばれた人間は更なる務めに赴く名誉ある者と信じられておる。親が許しても共に暮らし続ければ、世の中の風当たりがどう転ぶか……」
益獣って何だよ。平和の象徴って何だよ。
猫なのか鳩なのかはっきりしろよ畜生。
なんだよそれ。
「ならせめて、せめて親御さんが、あの子をどう思ってるかくらい、確かめないか」
阿呆か俺は。たった今、遅かれ早かれ駄目みたいな話を聞いた直後に、なんでそんなことを言ったんだ。どうしてそんなことを、確かめたいんだ。
本当に、なんでそんなことを言ったのか。俺自身、何かに縋るような苦し紛れだったが、搾り出せた言葉はそれだけだった。何も、何も考えられない。
三人はやはり沈黙したままだったが、ウィルトが『そうですね』と言ったの皮切りに、残る二人も立ち上がった。
ちょっとした会談のはずだったが、悲惨な種明かしの場となってしまった。
「サチウス。手を」
ディーに言われて手を差し出すと、そのまま引っ張られて半ば強引に立たされる。自分でも気が付かないうちに、腰が抜けていたらしい。
「行こ。気をしっかり持って」
「ああ、ごめん……ありがとう」
重たい空気に打ちのめされながら、俺たちは神無側市役所を後にした。
次の目的地は、パトリシアの親御さんがいるという場所だった。
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