・我が家に天使を連れてきた
・我が家に天使を連れてきた
役所に帰った俺たちは急遽預かることになった天使の子の為に、空室もといパンドラの一室を空けた。
姿見以外には、とくに何も置いてない室内で、あれこれ変身してはポーズをとっていた彼に、事情を説明して部屋を出て頂く。
そもそもお前は扱いとしては家具だろうが。
いけしゃあしゃあと家主のような顔しやがって。
「またけったいなものを拾って来たな。元いた場所に帰してきなさい」
犬猫を拾ってきた子どもに対する、おかんみたいなことを言うんじゃない。
「お前だよ。いいから子ども用の机とベッドを出してくれ。あとバスキーの枕使ったから代えも。二つな。着替えもいるな。箪笥と、先に何か敷かないといけないな。絨毯もお願い」
無視して注文だけ伝えると、パンドラは渋々変身を解いて、口からそれらを取り出してくれた。ちなみに女の子だったので、出させた着替えは女子用だ。
「翼が邪魔で仰向けは無理だな。うつ伏せは、お腹と胸の下に枕を入れて、よし。布団、背中にかけられないな。パンドラ、温かい空気って出せる?」
「さっきからお前はオレを何だと思ってるんだ。出せるよ!」
ミミック本来の箱状態に戻ったパンドラの口から、暖房さながらの温風が吹いてくる。便利な奴だ。これただの息じゃないよな?
「後は目を覚ますのを待ちましょう。その間に、天使の説明を済ませます。サチウス、あなたの世界では天使はいましたか?」
一通りの搬入と模様替えが終わると、ミトラスが床に座りながら聞いてきた。俺も胡坐をかく。
流石に少し狭い。時刻は既に二時を回っている。
「ああ、いることはいたかな。見たことはないけど。色んな役職と階級があって、神様の手下で、人間より偉いっていう話だった。翼が邪魔なのか半裸か全裸、もしくは布一枚ってのが大半らしい」
絵画やゲームの天使像を、思い出しながら答える。そしてこっちの天使を見る。翼があって、古代ローマ人が来てそうな、膝丈程度のチュニックを着ている。
よく見ると血の染みがない。サボテンの先生が染み抜きを、してくれたんだろうか。
「外見はだいたい合ってます。そして人間より偉いというのは、確かに彼らはそう思ってます。サチウス。天使はアンデッドなのです。この世界では」
え、と声が出た。天使がアンデッド。言われて見れば確かにそうだ。アンデッドだ。ちょっと見た目が小奇麗だけど、死人から派生しているという点では何も代わりが無い。
え、じゃあこの子死んでるのか?
「蜂に例えるなら女王蜂が神で、天使は働き蜂です。そして働き蜂にも階級がある。少数の本物の天使が、死んだ人間を更に下位の天使にするのです。僕たちはこれを『天使を伝染された』と呼んでいます」
そんな病気みたいに言うなよ。
「人間たちに広く知られている天子は、この元人間の天使たちです。そして彼らは神や上位の天使を信奉しながら、日々仲間を増やしていくのです。ここまではいいかな?」
ちょっと紛らわしいけど、要するに天使の介添えがあった幽霊が、天使になるってことか。俺は頷いて、引っかかっていたことを、聞くことにした。
「長くなりそうだから天使の授業の続きは取っておくとして、問題は何故この子が、翼をずたずたにして、死にかけていたかだよ。いやもう死んでるんだっけ」
「ええ。ですが一般的なゴーストと異なり、天子は魂が肉体と化して仮初の命を得ているので、元人間の天使の死は、魂の喪失を意味します。それは要するに、魂が持つ今までと、これからも生きていくという存在意義を、否定することにもなります」
一般的なゴーストの定義が気になるが後だ後。なんだか聞くだに天使になるのが損というか、むしろ罠のように思えて仕方ない。ミトラスの説明は続く。
「ですが天使になった人間は、当然ですが生まれながらに天使だった訳ではありません。背中にいきなり翼を生やされても飛べません。文字通り昇天した魂が、いきなり肉体を持ち、翼を与えられたが上手く羽ばたくことができず、落下して死んでしまう者は後を絶ちません。恐らく、この子もそうだったのでしょう」
何か凄い無責任でありがたみどころか、怒りが込み上げるような話なんだけど、流石に酷過ぎないか。
「おい、待てよ。その本物の天使が人間に手を付けるなら、なんで助けないんだ。おかしいじゃねえか」
「天使は一人一人を、取り上げる訳ではありません。周囲の霊魂に一斉に自身の体の一部を分けて、眷属にするのです。元々死んでいるのです。その中で天使に向いていなかった者がどうなろうと、彼らは知らないということでしょう」
こんな悪意と実害に塗れた天使は初めて聞いたわ。さっきは怒ったけど今は震えが来る。
怖い。幽霊に体の一部を分ける? 精神に寄生でもするのか? もう少し詳しく聞こうとしたが、部屋の中に変化があった。
「う、んん。うぅ……」
「お、気が付いたようだぞ」
パンドラの声に振り向けば、雛鳥のような少女が目を覚ましたところだった。うつ伏せにベッドに埋まっていた顔がこちらを向く。
薄く目が開いて二、三度瞬きする。
「おい、大丈夫か? 羽、痛くないか? 名前は? 何処から来た? 住所は?」
「落ち着きなさいサチウス。起き抜けにそんなに詰め寄られたら、怖がらせてしまいます。こういうときは相手から話すのを、待つものですよ」
慌てるあまり、ついベッドに急接近してしまった。俺が男なら完全に事案ものだ。
ミトラスに言われた通り、距離を置いてこの子が話すのを待とう。
「えっと、あの、ここは?」
「ここは群魔区群魔町。神無側市群馬区の中心です。僕はミトラス、彼女はサチウス、こっちはパンドラ」
「よろしく」
「おいっす」
紹介されて俺、パンドラの順番で、一言だけ挨拶をすると、少女はしげしげと俺たちを順番に見る。
複数から視線を向けられて、緊張しているようだ。
「あの、ボク、どうしてここに?」
「君が道端に血塗れで倒れてたんだ。病院に運んで、怪我の治療をしてもらって、置いてくることもできないから、仕方なく連れ帰ってきたんだ。なんにせよ、助かって良かった。なんであんな大怪我したんだい」
少女の質問にミトラスが答え、また質問を返した。予想は付いていたが本人に確認したかったのだろう。
答えなかったが彼女も心当たりがあるのか、背中の翼を弱々しく動かした。何かに気付いたのか顔をしかめる。
「そんな急に動かしたらまだ痛いって。いや俺は羽が生えてないけど。それと酷い怪我だったから、医者も元通り動かすには、練習がいるだろうって言ってた」
とても辛そうな顔をしている。この世界に来たときのミトラスとは、また違った痛ましさだ。正直、どう声をかけたものか。
「ボク、どうなっちゃうの……?」
たどたどしい口調に怯えの色が強く出ている。そんなことは俺たちだって知りたい。
取りあえず、今伝えられることを伝えて考えてもらうしかない。とはいえ相手は人間で、ミトラスよりも幼い外見ときている。どこまで話が通じるか。
「住所、あー、おうち、分かる? 教えてくれたら、おうちの人に言って来てもらうよ。それまでは、ここに泊まってもらって、怪我を治すことになると思う」
こくり、と少女が頷いた。
自宅の住所は分かるらしい。
たぶんこの子が生前住んでいた家だ。娘さんは天使になっちゃったし、引き取ってくれれば良いけど。
「よし、偉い。でも今日は安静にしてような。明日になったら、おうちに連絡してみるからさ。それと何かあったら、すぐにパンドラに言ってよ。きっと何とかしてくれるから」
「え、オレ? いや確かにここオレの部屋だけどさ。しょうがないなー」
まんざらでもないパンドラのことは放っておいて、もう一度少女のほうを見る。少しだけだが緊張や警戒は解れたようだ。
これなら今日のところは大丈夫そうだ。
「そういえば、まだあなたの名前を、聞いていなかったね。教えてくれるかな?」
そう尋ねると、少女は少しの間もじもじと手を組み合わせたり、指先を落ち着かない様子で絡ませたりしていた。
しかしやがて、意を決したように声を出した。
「あの!」
「うん」
「あの、ボクはパトリシア。よろしくお願いします」
「よろしく、パトリシア。ようこそ、群魔区役所へ」
少女、パトリシアは明るく微笑んだ。天使みたいな笑顔というが、本物の笑顔は流石に違うな。
笑顔に癒されるとかいう言葉が、社交辞令ではないことを身を以て証明したのは、ミトラスに次いで二人目だ。
「自己紹介もしてもらえたことだし、僕たちも一息いれましょう。お昼もまだですからね」
「もうおやつの時間だから、軽くにしとこうな。晩飯入らなくなったら困るし」
ようやく気が抜けた俺たちは、休憩のためにパトリシアをパンドラに任せて、厨房に向かった。
たぶんこれからまた大変になるんだろうから、休めるときに、休んでおかなくてはいけない。
――ミトラスは肝心な質問に関しては、否定をしてくれず、はぐらかしたままなんだからな。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




