・病院にて、病院から
・病院にて、病院から
※この世界では女性の看護師は『看護婦』と表記されます。
――群魔区終戦記念総合病院
戦争によって野戦病院が誕生し、その大規模化に伴い地域の診療所と機能を併せて、より治療用の施設として専門化したのが病院であり、この世界での開設の経緯である。
外傷や神経毒は、ある程度魔法で治せる世の中とはいえ、魔法で直せない傷病のほうが圧倒的に多い。
また安易に直すことが、却って危ういような怪我、例えば毒矢で射られて腐った骨を削ったり、危険な寄生動植物の除去をしたり、あるいは盲腸や肛門の手術が必要な場合などなど、現代世界にはまだまだ遠く及ばないが、それでもこの世界には外科手術もあれば、内科もある。
まだ存在していない科のほうが多いのは、事実ではあるが。
そして休みの期間は羽目を外して、おかしな体の壊し方をする輩も少なくない。当直の医師である魔物のドクター『サボテン』もまた、運ばれてきた急患が、その手の愚か者だろうと気を抜いていた。
急性アルコール中毒なら、こちらの責任はほぼ無いからだ。死んでも構わない。
故に、診察室でミイラの看護婦と共に、運び込まれた患者を診たとき、彼は絶句した。
付き添いがこの区のトップである少年と、人間の少女であり、怪我をしているのが、翼が無残に傷付いた天使だったからだ。
「今すぐにでも治療が必要だ。君、麻酔と栄養剤を、ありったけ持って来てくれ。輸血はいい。天使用の血液なんぞ無いからな」
彼は看護婦に指示を飛ばすと、患者に付き添う二人を見て言った。
「大丈夫、すぐに良くなりますよ。では、処置を始めます」
*
ミトラスの魔法で病院へと転移した俺たちは、早速受付にかかった。受付の看護婦さんは俺たちの連れている負傷者を見るなり、こちらへ、と直ぐに通してくれた。
良かった、もしも盥回しにされたら、どうしようかと思ったぜ。
病院は真っ白な外見ではあったが、内装はリノリウム張りとかそんなこともなく、廊下はタイルが敷いてあり、診察室や病室は、フローリングのようだった。
壁は漆喰ともコンクリートともつかない物で、天井には役所と同じ電灯が、等間隔で並んでいた。
そして、診察室。タオルが引かれた簡素なベッドの上に、怪我人をうつ伏せに寝かせながら、俺は医者の先生を見た。
デカい。部屋の全体を占領する巨大な植木鉢には、これまた巨大なまん丸のサボテンが、植わっていた。ハナサボテンだっけ? これ?
緑色の表面には産毛のような棘が、びっしり生えていて、頭頂部には紫色の可愛らしい花が咲いている。ぱっちりとした両目には、手を思わせるコブが左右に付いている。白衣は着ていない。
「ギンボン先生、ご無沙汰しております!」
「やあ区長、挨拶は後だな。今はこの患者を診させてもらう。うわー、これはひどいなあ。天使を診るのは初めてだけど、どうかなー助かるかなー」
仮にも医者なんだからそんなことを暢気に言わないでくれ。助けたいから連れて来たってのに不安になるだろ。
すぐに良くなりますからねって言ったじゃないか。ていうか口も無いのにどこから声出してるんだろう。
「どれ、羽に気をつけて、ほっ」
「わあ!」
と、そのときだ。ギンボン先生の右側のコブが開くと、中から無数の触手が飛び出して、患者を一瞬で繭のように包んでしまった。
そしてそのままコブの中へと引きずり込む。中央の胴体部分がもごもごと蠢く。そこに送られたのか。
「おい吐け! 吐き出せ!」
「落ち着いてサチウスこれが先生の治療なんです!」
嘘吐け! どこの世界に触手と丸呑みで治る患者がいるんだ!
そんな奴、まあアニメとかゲームでは、心当たりがあるけど。そんな懐疑的な気持ちで、処置の光景を見守っていると、ドクター・ギンボンが何やらぶつぶつと呟き始めた。
頭の花が真っ赤に点灯する。
「体細胞の分析及び擬態細胞の構築、終了。擬態細胞による寄生処理、終了。寄生した擬態細胞による傷の再生を最優先。擬態触手による機能を停止した神経の乗っ取り、終了。乗っ取った神経を触手にて切断面に縫合、再接続。再生を最優先」
凄い物騒な単語が飛び出してくるが、一応は治しているらしいことが伝わってくる。
あれだ、ファンタジーなんかで、持ち主に寄生する武器や防具が、持ち主を死なせまいと、体を強化したり治してくれたりする現象。
それをこのサボテンドクターは、やっている訳だ。触手と寄生の平和利用だな。利用したくねえ。
「皮膚再生完了。回復後処理、細胞と神経の逆置換を設定。これで当人に吸収されて時間と共に元の体に戻るだろう。治療用の洗脳開始。お前は怪我を治したくなーる治したくなーる。む、羽毛成分が足りないな、どうやって生やそうか、君たち、布団でも服でもいいから羽毛持ってない?」
逆ということは順当にいくと、細胞と触手が本人を乗っ取るのか。そして洗脳は、まあいいか。内容が内容だったらミトラスが止めてただろうし。
それにしても今度は羽毛か、確かにサボテンの中に鳥の羽なんか、ストックされてないだろう。待てよ、これって植毛なのか? そんなことはどうでもいい。
「ミトラス、この前バスキーがくれた枕出して」
「奮発するなあ。先生、これを!」
ミトラスがトレーナーのお腹のポケットに手を突っ込むと、次の瞬間には枕が出て来た。魔物の梟の羽毛で作られた、強烈なヒーリング効果のある、ほわほわの枕だ。
俺も気に入っていたが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
「いいの? こんな高級品。はっきり言ってこの子の羽毛より上等だよ? 後で返せと言っても遅いよ?」
ギンボン先生は左側のコブから、触手を出して枕を取り込むと、またぶつぶつを言いながら、処置を続行する。
看護婦さんも医療用ラックに大量の薬瓶と注射針を載せて戻って来る。
棘を加工して作ったような注射針を、何かの皮のような管の先に取り付け、管は木製のカップに繋げる。カップには薬が注がれる。そして針をギンボン先生の背中に挿していく。この工程を何度も繰り返した。
「血液が不足しているが、水分と栄養はなんとかなりそうだなー」
それからしばらくの間、巨大サボテンの胴体は揺れていたが、やがて動きが収まっていく。
もしかして消化してしまったのだろうかと心配していると、右のコブから先ほどの患者がずるり、と吐き出された。
「処置は終了しました。成功です。安静にしていれば容体も落ち着くでしょうが、翼の機能を回復させるには運動療法が必要です。マニュアルを出しておきますから、この方が目を覚ましたら、どうぞ渡してあげてください。お大事に」
恐る恐る吐き出された怪我人を見る。大きな白い翼には、発見時の血の汚れもなくなり、柔らかさと美しさを取り戻していた。
不自然に折れ曲がっていた箇所は、今は正しい曲線を描き、悍ましい肉の裂け目は何処にも見たらない。
本当に良かった、と胸を撫で下ろして、そこに連なる体を見た。栗色の短髪、褐色の肌、そばかすの残る幼い顔。華奢な矮躯。
子どもだった。俺よりも小さい。
――蝶々みたいだと思った。
「天使といえど、一応聞いておかないといけないから聞くけど、保護者の方は?」
「……後で聞いては見ますが、たぶん僕たちになるのではないかと」
サボテン先生はボトルから、消毒薬をコブへと流し込みながら聞いてきた。
ミトラスが険しい顔をしている。
「え、ちょっと待ってくれよ。俺たちはただ、怪我人を届けただけで、なにもこの子の保護者になるって訳じゃないだろ。そもそも大怪我してたんだし、入院しなくていいのか!?」
「サチウス、帰ったら、説明をしますから。この子のこと、天使のことを」
俺の困惑を、ミトラスが静かに遮った。
物悲しい表情を浮かべた横顔には、有無を言わせない力があった。俺はもう一度、天使と言われた子どもの顔を見た。初めよりも安らかで、今は小さな寝息を立てている。
「年明け早々大変なことになったね区長。お大事に。それと、お気をつけて」
「ありがとう、先生。それでは、この子はうちで預かります。行きましょう」
ミトラスに促されて、俺たちは病室を出た。翼を引きずることになってしまうので、担ぐのは俺だ。
何気に病室に運んだのも俺だったりする。翼が大きさの割に随分と軽かったから、そこまでの負担じゃ、なかったけど。
「なあ、ミトラス。その、天使ってことはさ、やっぱりその、魔物と敵対してたりするんだよな……」
服の裾を掴みながら俺はミトラスに尋ねた。不安を和らげる答えが欲しかった。
だがミトラスは答えなかった。その代わり。
「サチウス。天使はね、この世界でもっとも、哀れな人間なんだよ」
そう言って、転移魔法の呪文を唱えると、いつもの区役所へと飛んだのだった。
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