・明けたけど目出度くない
明けたけど目出度くない
魔王軍が人類に敗れて、残された魔物は人間の街に組み込まれた。
そんな異世界に召喚された女子高生、臼居祥子ことサチウスは夏に群魔区へ併合された土地の一つ、偽腐区への視察の際、ワイバーンの密猟事件に巻き込まれるが、仲間と共にこれを解決。
この物語は、その後人魚たちの住民としての移住も一段落して、仕事納めも済み、年明けを迎えた頃から始まる。
ああ、冬っていいなあ。夏と比べて布団が格段に気持ちいい。
役所の制服である和服こと狩衣も、パジャマとして使う分にはけっこう快適だ。そんなことをするとミトラスに怒られてしまうが。
「サチコ、初詣に行きましょう」
「ん、ああ、もうそんな時間かあ。今いくー」
三ヶ日も最終日だが、元の世界の社会人のように、長くても年末年始の六日間しか休みがない。なんて悲惨なことはなく、こっちの世界では冬はたっぷり二週間の休みがある。
もっとも、家が職場も兼ねている以上、仕事の件で誰か訪ねてきたら、仕事をしないといけないが。ただ挨拶以外で、わざわざやって来る魔物もいないけど。
コートに着替えて長靴を履くと、外には既にミトラスが待っていてくれた。
「ねえ、早く行きましょう!」
役所の魔物素材で作られた厚手の赤いトレーナー、綿が入ったカーキ色のズボン。ペアルック代わりに、お揃いのマフラーをしている。
ふっリア充。
「ほら、手袋忘れてるぞ」
「あ、ありがとう!」
外には雪が積もり、様々な足跡があちこちに見て取れる。ミトラスはその中で、まだ誰も踏んでいない部分を見つけては、楽しそうに踏んでいる。
寒いことに目を瞑れば、雪に包まれた街を歩くのも悪くない。俺たちはゆっくりと先を目指した。
「なあミトラス。俺たちってウィルトのいる教会に、これから行くんだけど、あそこって何の宗教な訳?」
「ああ、神様教ですよ」
「え? なんだって?」
俺は思わず問い返していた。ストレート過ぎて逆に分かり難い。名前の響きからして胡散臭い。
「神様教。掻い摘んで言うと神様を信じる宗教です。サチウスの世界の言葉で表すと、追っかけとサークル活動が一緒になったような感じかな。神様の名前は確かゴブラとか言ったかな。まあそんなのどうでもいいです。大事なことはその教えが、皆の心の支えになったり、道徳的な規範になったりすることで、当事者は関係ありません。なので気にせずにお参りに行って、今年も上手くいくことを祈りましょ」
年明け早々の初説明台詞が、こんなのでいいんだろうか。分かり易いし、ありがたいとは何となく思ってるけど、信仰は一欠片もしてないっていう。
神様の名前も奴隷とハーレムと弟子虐めが好きって感じがして、好きになれそうにない。
「いいのかそれで。まあ俺は別にいいけど。でもそうだなあ。何を祈ろうか」
「強くなるっていうのはどうなったんです?」
俺の決意を茶化すようにミトラスが言う。前に犯罪者に襲われて、あっさり気絶させられた時から、体を鍛えようと試みたが、現状は生活習慣が、多少健全になった程度に留まっている。
「こういうのは時間が掛かるんだよ。お前はどうなんだよ」
「僕の願いはいつだってみんなの幸せです。勿論相手を選んではいますけど」
自信満々で言うミトラスは誇らしげだ。恥ずかしくはないということなんだろう。
もう何度目か分からないが、俺は彼の頭を撫でた。何も言わずに彼が寄り添ってくる。
そうして歩いている内に教会に着いた。
「おや、二人ともいらっしゃい。お参りですか?」
「はい。教会にお参りってのも妙な感じですけど」
門前にて、いつもの黒服に身を包んだウィルトが、出迎えてくれた。
思えば背広といいこのカソックといい、縁起に担がれる色が縁起悪すぎだよな。正気を疑う。
この人もうちで仕事してるんだから、和服を着てくれてもいいのに、娘共々着替えてくれないんだよな。名前もあだ名で呼んでくれないし。
「ではごゆっくり」
そう言って、ウィルトは出かけてしまった。きっとディーのいる偽腐、今は竜人町に行ったに違いない。
機材の微調整や住民との折衝といったことは、この人の領分だ。
休みに休まらない気質ってのもあるけど。
「さ、じゃあとっとと祈って帰ろう。俺まだ乙女ゲーの途中なんだよ」
「主人公の名前を僕にするの、止めてくれません? 主人公女性だよね?」
いいじゃないか。捗るんだし。ご飯の味付けを変える工夫くらい、認めてくれたっていいじゃないか。
ともかく壇上の机に向かってと。
(今年一年息災でありますように)
無難な内容で済ませると、手を組んで祈る。
賽銭箱も銅像もないから、椅子に座って『どうぞご勝手に』ってなもんだ。
「じゃ帰ろう。さーあとは告白シーンが待ってるぞ」
「ゲームのこととはいえ、何で僕が男から告白されないといけないんだろう……」
不満たらたらだが俺は知っている。ミトラスが乙女ゲーの男の、クサい台詞を夜中に一人で、こっそりと練習していることを。
知らない振りをしているだけで。そのうち使って、顔を真っ赤にする日が、来てくれるんだろうか。
帰る道すがら、今日の晩御飯の要望とか、和服を作りに来ていた魔物たちがどうしているかとか、そんなことを話す。平和な正月だ。
それなのに、ミトラスが急に立ち止まる。表情が素に戻っている。こういうときは、十中八九不穏なことが近くで起こっている。
先月のパンドラの言葉が、脳裏を過る。
「ミトラス。どうした?」
「血の臭いがします」
当たり前だが俺のことではない。
月の周期は当分先だ。
であるならば、近くに怪我人がいるということだ。
「こっち!」
駆け出したミトラスを追って走る。行き先は西側、夏祭りでディーがいた辺りだ。西側には魔物の住宅の他に病院、駅などがある。
驚くのはさっきの場所からどんどん離れていくことだった。時折俺を待って立ち止まってくれるが、もう心臓が痛いし汗も止まらない。
民家から離れた林の中へ足を踏み入れたとき、ミトラスは倒れている人の傍に屈みこんでいた。
「え、うわ! あ、あの、大丈夫ですか!? ミトラスこれ、どう」
背中に白い翼を持った魔物が横たわっていた。
しかしその両翼は無残にも折れ、血で真っ赤に汚れていた。気が動転してしまい、上手く言葉が出ない。
「意識がありません。それにこれだけ酷い傷だと安易に回復魔法を使うのも危険だ。病院に運びましょう。サチコ、マフラーを」
「え、あ! ああ!」
ミトラスが片方の翼の付け根を縛るのを見て、俺もそれに倣う。咄嗟にこととはいえ、上手く真似出来て良かった。止血をするってことなんだろうけど、折角のお揃いが血染めになってしまった。
「捕まって、病院に飛びます」
「いいぞ」
血塗れの怪我人を抱いたミトラスの服の裾を掴む。次の瞬間、視界が光に包まれた。
年明け早々訪れた突然の事件に、さっきまでの幸せな空気は消し飛んでいた。この人が誰で、怪我は治るのか。いったい何があったのか。
一つ思ったことは、祈った矢先にこんなことが起きたんじゃ、来年の初詣は、宗旨替えをしたほうが良さそうだ、ということだった。
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文章と行間を修正しました。




