表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物のレベルを上げるには  作者: 泉とも
魔物の港を開くには
68/227

・サチコの決断

・サチコの決断


 役所へと帰った俺を待っていたのは、バスキーから渡された、移住手続きの書類の山を前に、嬉しそうに仕事に励むミトラスとパンドラだった。


「ただいま」


「あ、お帰りサチウス。早速で悪いんだけど、これ手伝ってもらえるかな!」


 あまりに嬉しそうな顔をしているものだから、俺も断ることができずに、指し示された書類箱の一つを、覗き込むことにした。


「僕は認可の署名と捺印で手が離せません。サチコはその書類の補記をお願いします」


「仮にしくじったら直ぐに言えよ。オレが同じ書類を出してやるぜ」


 甲冑姿のパンドラが親指を立てる。文書ソフトの『元に戻す』とコピー機の機能を併せたような能力という、書類仕事上類を見ないセーフティー要素を発揮できることが分かってからというもの、重要なデスクワークでは、外せない存在となっている。


 しかも写しではなく本当に同じ書類だから、原本指定でも問題ないのだ。


「どれ……うん、色々間違ってるな」


 ざっと手に取って見ると、必要事項の記入欄がズレていたり、名前の綴りが間違っていたり、役所の記入欄に書いてしまっていたりだ。


 羽ペンに赤いインクを付け斜線を引く。そして正しく記入をし直す。


 確認が必要そうな案件、家族の数のブレや、人間の街に生まれや住居の登録が元々ない者、また別の書類が必要な者とそれぞれ分けていく。


 俺はこの世界に召喚された際の特典、と言って良いのか分からないが、この世界の識字については問題ないので、こういう仕事ができる。


「それにしても、今回はバスキーの奴に良い所を全部持っていかれたな。まあ、ほぼ全部一人でやったんだから、当然っちゃ当然だけどさ」


 保留と補記を済ませた物を分けるために、箱を二つ引っ張り出しながら、俺は呟いた。


 始めからバスキーの、手の平の上だったような気がする。


「良いときは良い方へすごい勢いで状況をぶん回すんだよあいつは。滅多にないけど。女に入れあげてもケチがつくのが基本だし。あまり買い被るなよ。常人ならその場に崩れ落ちるような借金を、擦り付けてくることもあるからな」


 パンドラが抑揚の無い声で返事をした。返せるアテがパンドラだとしても、借金の返済に使われるのはかなり嫌なようだ。誰だってそうだろうが。


「あの竜なりに、僕たちを出し抜こうと必死だったんだと思いますよ。結果は彼主導の再開発を、僕たちが手伝った形ですが。どこかで下手を打ったり不運が重なれば、僕たちの再開発を、彼が手伝うことになっていたかも知れません」


「どう違うの? それ」


 作業の手を止めずにミトラスに聞く。


 今の補記内容は、振り仮名の未記入。相手側がこちらの言葉で、自分の名前をなんと書くのか、なんと言うのか知らない場合があるので、そこを記入する。


「彼の面子が立つかどうかですね」

「面子?」


 順番が前後するだけで、そんなことってあるんだろうか。そもそも面子というのが良く分からないけど。


「これだけの魔物に声をかけたんです。それはつまり待たせた分だけ信用が失われ、相手を失望させることにもなり得るということ。これは想像ですけど、ワイバーンの件が無ければ、最初の視察の日に今日の結果を持ってくることも、出来たんじゃないでしょうか。それだけに、あの密猟者たちは彼にとって非常に煩わしいことだったんです。人死にが環境に与える影響も考えていたからこそ、長引いてしまった。もっと長引いて、僕達が街の整備を終えて、定員を定めてから住民の募集をかければ、声をかけた人魚たちの中でも、受け入れられない者が、出てしまったかも知れない。そうなれば、彼にかけられた期待や信用というものが失われる。助けようと思った相手に、そんな仕打ちをするなんて、バスキーは許しませんよ」


 言われてみれば枕に執着していたのも、人魚たちにやらせるつもりだったんじゃないだろうか。


 漁業だって漁師の位置に据える魔物となれば、当然水棲の魔物を宛がう算段だったに違いない。


「なんだ、仕事のことを考えれらなかったって、何げにちゃんと考えてるじゃないか」


「まあそんな訳で、彼は面子を保てて、僕たちは彼に大枠を埋めてもらい、残すは後詰めと細かな修正くらいです。人数は増えましたがその反面、僕たちが周知するよりも早く、抵抗もなく招き入れることができた訳ですから、上手くいったといっていいでしょう」


 ん? なんだ、何か引っかかるぞ。


 なんだかまるでバスキーのやることを、分かっていたみたいな口ぶりだ。


「ミトラス。お前もしかしてバスキーが動いてることを知ってたのか?」


「一応は。でもまさかこんなに上手にやるとは、夢にも思いませんでしたけどね」


 書類にサインをし続けながら事も無げに言い放つ。分かってて泳がせてたってことなんだろうか。こいつが魔物っぽいとこ見せるのも、久しぶりだな。


「なんかなー」

「どうしたんです?」


 今回の一件を振り返ってみると、俺はほぼいいとこなしだ。


 皆がお見舞いに来てくれて嬉しかったし、バスキーのおかげで仕事も楽ができた。しかしそれだけで今回仕事をできたかというと、そうでもない。


 この後の処理が残っているとはいえ、和服以来のスピード解決だ。役所の仕事に達成感を求めることが、間違っているとは言えど、もう少し何かできることがあったのではなかろうか。


「俺今回いいとこ無しだったなーって。そろそろ修行でもしないとまずいかなあ」


「お、やる? 修行。そうかサチウスもとうとう修行するかあ」


 なぜかパンドラが食いついてくる。

 なんでお前がそんなに嬉しそうなんだ。


「別にいいじゃないですか。荒事で活躍するサチウスなんて、誰も望んでいませんよ。今の優しい、普通のサチウスじゃないと僕は嫌です。それよりもまだまだ仕事は残ってるんですよ。偽腐も改名しないといけないんですから」


 しれっと我侭にラブコールを混ぜて来るなよ恥ずかしい。でもそうか。これはいよいよ本腰入れないと、ヒモに堕ちる日も遠くないな。何か考えないと。


 でもその前に街の改名しないと。


「前は妖精町だったけど今回はどうする? 人魚町、は駄目だな。もうある」


「癪だがバスキーの顔を立てて竜人町なんてどうだ」


 俺とパンドラが言うと、ミトラスは興味がないとばかりになげやりに言った。


「じゃあそれで」


 どうも仕事を取られたことで、モチベーションが下がっているようだ。自分で名付けたかったのかも。


 仕事が早く少なくなる度に、やる気が無くなっていくのは、こいつの本当に悪い癖だ。


「じゃあ、偽腐区改め群魔区竜人町ということに決定しましたっと」


 既に署名と捺印された書類に名前を書き込む。これで名実ともに偽腐は群魔の一部ということだ。


 神無側市群魔区竜人町か。


 うん、それっぽいんじゃないかな。名前の由来も中々しっかりしてる。


「やっぱり今度はちゃんと僕たちでやりましょうね。つまんないし」


 ミトラスがぼそりと言う。後頭部からむっつりとした空気が伝わってくる。


 ああ。本当は悔しかったんだな。


 それからというもの、しばらく竜人町は区の財政を圧迫したが、春を迎える頃には復活した漁業と、形になったジャイアントクラブ漁、ストリクスの残した羽で作られた高級枕で、冬の一シーズンに限り他の区の黒字を、軽く上回るほど成長するようになっていた。


 竜と鳥は海を渡り、人魚たちは海を越えて、やって来る。そんな潮騒に賑わう景色が、群魔区にまた一つ加わったのであった。


「来年は安定化に注力しますよ!」

「そんなこと言ってるとまた厄介ごとが舞い込むぞ」


 そんなふうに話している二人を見て、俺は思った。やはり少しずつでいいから、体を鍛えよう。でないとそのうち、本当に厄介ごとに殺されてしまうかもしれない。


 俺は決意を固めると、残った書類仕事を続けた。


 まあ決めはしたけど、善は急げと言うけれど、せめて年納めまでは、今の俺のままでいてもいいはずだ。


―了―

これにて5章は終了です。

ここまで読んでくださった方

本当にありがとうございます。


誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ