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魔物のレベルを上げるには  作者: 泉とも
魔物の翼を治すには
73/227

・希望

今回長めです。

・希望


 神無側区は広い。流石に二区併合した群魔ほどではないが、三分の二くらいある。


 市が県代わりというか、街のスケールが元の世界に比べて一段下がっているので、あまり広くは感じないかも知れないが、幕藩体制だって外国の土地面積基準となると、普通に広い。


 何て言うんだろうな。名前の規模は一段下がってるけど、実際の広さは段違いなんだよね。


 つまり『ここから少し行ったところ』が、徒歩だと軽く一時間くらい、かかるってことなんだよ。まあ、一時間外を歩いたおかげで、頭が少し冷えたけど。


 先にご両親の職場にお邪魔したが、二人ともパトリシアの喪に服しており、出勤してないしさせていないとのこと。この世界の人間を少しだけ見直したぞ。


 俺の母国よりよっぽど人間的だ。まあそもそも今は休みの期間な訳だけど。


 そして、視界の先に見えてきた素朴な石造りの一軒家が、パトリシアの家ということになる。貸家で春先まで借りている予定だそうだ。


 白塗りの壁に、分厚い木製のドア。ノックしようとして、手が止まる。どういうふうに言えばいいのか、どんな顔をすればいいのか、分からない。


 そのとき、ウィルトが俺の手にそっと触れた。


「サチウス。これからご両親にお会いします。私から話しますから、ディーとあなたは私の言葉に、不足があれば補足をして頂きたい」


「あ、お、お願いします」


 見るに見兼ねたってことなんだろうか、それとも気を遣われたのか、ウィルトが先頭に立ってくれた。


 珍しくあだ名で呼ばれたな。改めて二人を見ると、今回は二人とも狩衣に羽織姿と、正装をしていたことに今頃になって気付く。


「しっかりしなさいサチウス。きっと大丈夫だから。いきますよ」


 静かに、しかし力強くウィルトは励ましてくれた。ディーも無言で背中を押してくれる。


 そうだ、気をしっかり持て。俺よりも追い込まれている人に、これから会うんだから。


 俺が息を整えるのを待って、ウィルトが玄関のドアに取り付けられていた、輪っかを掴むと数回ほど打ち付ける。


「ごめんください、こちらウルスラズさんの、お宅でよろしいしょうか?」


「はい、どちら様でしょうか」


 玄関のドアを開けて中から姿を見せたのは、小柄な女性だった。パトリシアと同じく褐色で、背は俺より低い。


 黒髪を後ろで結い上げており、橙色のカーディガンとエプロンに、もんぺといった格好で、全体的にふっくらしている。


 目の下に隈があった。憔悴しているようで、事情が分かるだけに気の毒だ。


「私達は群魔区の役所の者でして、今日はウルスラズさんの移住願いが受理されましたので、お伺いさせて頂きました。こちらをどうぞ。紛失したら役所に届け出てください。すぐに再発行致しますので」


「はあ、わざわざご親切にどうも……」


 返事はどこか上の空だった。普通こんな三人組が、ある日突然やってきたら、もう少し警戒しても良さそうなのに。


「それと、ご主人様はご在宅でしょうか?」

「ええ、主人が何か?」


 奥さんがちらり、と家の中を見る。

 内装は木製の壁と床、奥から暖気が漂ってくる。

 暖炉でもあるのだろう。


「実はもう一件、お嬢様の件で、お話しをさせて頂かないと、いけないのですが」


「パトリシアの、なんでしょう。あの子はもう……」


 娘の名前を聞いた瞬間、奥さんはとても辛そうな顔をした。うん、ちゃんとしたお母さんだ。


 うちみたいな糞ッ垂れだったらと不安だったが杞憂で済んだ。


「とても大事なことですので、できればご主人様と、ご一緒に聞いて頂きたいのですが」


「お子さんは今、天使です。うちで保護しています」


 ディーが後ろから口出しする。我慢できないというふうではなく、奥さんに最低限度の事情を説明するために、教えたといった感じだ。


 案の定、きょとんとした後、奥さんは口をぱくぱくと開け閉めして、家の中へと駆け出して行った。


「ここからだ。気を引き締めろ。お前たち」


 ウィルトの口調が変わった。まるで戦場にでもいるかの様な迫力だった。


 どういうことか聞きたかったが、その前に奥さんともう一人、同じく小柄な男性が、血相を変えてやって来た。


「ヴァイン・ウルスラズさんですね。こんにちは。群魔区役所、戸籍課の者です」


「む、娘が天使になったって、ほ、本当ですか!?」


 完全に気が動転している。奥さんにセーターの裾を何度も引っ張られて、ようやく我に返ると、俺たちを中へと案内してくれた。


  *


 奥さんの名前はレイスというそうだ。普段はお針子さんとして働いているが、服のデザインもたまにするらしい。レースの飾りが得意なのだという。


 旦那さんの名前はヴァイン。貴金属や服飾品を手掛ける職人で、髪飾りの修行も兼ねて、ここ群魔に来たという。


 邪魔にならないよう、短く刈った髪の毛は栗色で、パトリシアと同じ。目の色は家族揃って緑色。背は低いが筋肉質で、豆タンクとでも言おうか。こちらは灰色のセーターに黒いズボンを履いてる。


 この人も顔に疲労の色があったが、弱っているという印象は受けなかった。


「先ずは、お嬢様のご不幸、お悔やみ申し上げます。そして、今は天使になりましたこと、ご報告申し上げます」


 テーブルに着いたウィルトがそう切り出した。ご両親の顔から、苦しみみたいなものが、薄まっていくのが分かる。


 案内されたリビングは玄関周りと違い、石やレンガの配分が増えていた。


 というのも室内には、現在も赤々と火を灯す暖炉があったからだ。


「ほ、本当に、う、うちの娘が、天使に、なったんですか」


「はい、今は役所で保護しています。まだ自分が天使になったとは、よく分かっていないようですが、ここの住所はちゃんと覚えていましたよ。利発なお子さんですね」


 旦那さんの問いに、ウィルトがさらっとパトリシアを褒めながら、笑顔を見せる。


 こんなの今まで見たことない。


「ただ高くまで飛んだところ、下を見たら怖くなってしまったらしくてですね、固まって墜落したようで、そのせいで翼を怪我してしまいました。幸いにも治療は済んだので、今は安静にしています」


 これはウィルトが親御さんに説明するため、事前に考えたカバーストーリーだ。


 本当のことなら説明してもいいだろうと言ったが、子どもを亡くした親に追い打ちをかけろというのか、と説かれて黙らされた。


「ああ、あの子ったらまったく、天使になっても心配をかけて」


「でも、本当に良かった。先月あの子に先立たれて、何も考えられなかった……それが、それがこんな形になって」


 二人の顔に生気が戻ってくるのが分かる。


 嬉しいんだ。この人たち、いや、天使を信じる人々にとっては、天使になるってことは、その場で生き返るとか、異世界じゃないけども、転生するってことに近いのかも知れない。その人のままで。


 そりゃ嬉しいよな。


「医者からは運動療法の指示書も出てます。なんでしたら、このまま役所に行くか、でなければ御嬢さんをお連れしましょうか!」


 俺が期待を膨らませて先走ると、しかしご両親は互いに顔を見合わせて、首を振った。さっきとは違い、はっきりと意思が表れている。


「お気持ちはありがたいですが、今の私たちのこの様では、あの子に会わせる顔がありません。ちゃんと親の顔に戻してから、会いに行きます」


「申し訳ありませんが、それまではあの子をよろしくお願いします。そうだわ、あの子の着替えを……今は背中に翼があるんでしたね」


 断られてしまったが、彼らは喜んでいる。引き下がるしかないだろう。


 だけど分かったことがある。パトリシアはこの人たちの生きる希望なんだ。それだけでも、確かめられて良かった。


「分かりました。ですが、なるべく早く、会いに来てあげてください。あの子はまだまだ子どもです。親が恋しいことに変わりありません。何か託けか、渡す物があれば承りますよ」


 俺がそう言うと、二人はあたふたと部屋を出ると、幾つかの荷物を持ってきた。多い。


「パティの、あの子のために作った飾りです。持って行ってやってください」


 文明から考えても非常に精巧かつ頑丈そうな皮張りのケースを渡された。


 テーブルに置いて、上面を持って開けると、中には息が止まるような、宝飾品の数々が詰まっていた。


「あの子の服に、縫ってあげようと考えた図柄です。どうか見せてあげてください」


 奥さんのほうは、明るいキツネ色をした、屋根付きバスケット。


 中には細かく編まれたレースのワッペン。色々な形があり、見慣れないせいで上手く形容できないけど、温かみがある。それと裁縫セット。


 そうして二人から『よろしくお願いします』と頼まれて、俺たちは手土産と共に退出することとなった。


 雪の残る道を歩きながら、さっきまで浮かんでいた自分の笑顔が、徐々に消えていく。


「善い親御さんじゃないか」

「そうだね……そう思う」


 ディーとウィルトの三人で、すぐに帰らず、しばらく歩き続けた。途中で、パトリシアの家を振り返る。


 ドワーフの保護者たちの話し声が、今もまだ、耳に残ってる。


「……なんとかしてやりてえよ」


 言ってどうなるものでもない。

 吐き捨てるしかない。


 もう少しだけ歩いたら、帰ろう。二人が気を遣ってくれてるのは分かるけど、いつまでも付き合わせる訳には行かない。


 そう思って、立ち止る。

 帰ろう、そう声をかけようとしてウィルトを見た。


 碧い眼が俺を真っ直ぐ見つめていた。

 彼だけじゃなく、ディーも。


「その言葉、本当ですか」

「……ウィルト?」


 その響きは、冷たく重たかった。誤魔化しや前置きを許さない視線があった。


 下がり眉のせいか、いつも悲しげな表情の下にある物憂げな三白眼が、真っ直ぐこちらを射抜いていた。


「その心が本当なら、あなたが本当にそう願っているなら、手が無いこともない」


 俺はもう一度ウィルトの眼を見た。試そうというんじゃない。厳しいけれど、突き放そうという敵意じゃない光。


 初めて見る眼だった。


「ある。頼む、あの子を親元に帰してやるには、どうしたらいいんだ」


「……帰ってから教えます。ディーは私の我侭に付き合わなくてもいい」


 ディーは無言で首を振った。彼女も手を貸してくれるようだ。いや、もしかしたら皆、そうだったんじゃないか。そんな気さえしてくる。


「でも、ウィルトさんはいいのか? その、自分の宗教なのに」


「別に。ただ、よりを戻すかどうかはあの親子が決めることです。そこで選ばれなければ、それまでだということを、忘れてはいけない。いいね」


 そう返すとウィルトは手招きをして、呪文の詠唱を始めた。役所に戻るようだ。


 俺とディーは彼の傍に近付き、服の裾を掴んだ。


 不思議だった。こんなに真剣なのに、こんなに真面目なのに、全く怖くない。


 俺には理由が分からないけど、何故だろう。今は、ウィルトが見せた厳しさが、とても頼もしく思えた。

お父さんの服装を書き忘れていたので追加しました。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

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