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魔物のレベルを上げるには  作者: 泉とも
魔物の祭りを開くには
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・少女の心

・少女の心


 行きずりのはずの俺は、彼女の名前を聞いていた。町外れの墓地の、一段高い場所。隣には並の戦士よりも立派な体格の女性、ディーがいた。


 成り行きで、この人の話を聞くことになった。


「それで、話っていうのは」


「うん……えっと、そうだな、呼び止めておいてなんだけど、何から話せばいいのか」


「思いついた所からでいいですよ」


 その場に座り込むディーと、背の低い柵に腰かける俺。見たところ一人でメイド服。予想としては誰か、ご主人様が亡くなった、とかかな。


 そういえばこの世界の人間の偉さとか、全然分からないな。


「えっとさ、あたし、こう見えて魔物なんだけどさ、その、結構強いんだ」


「うん」


 頷きはしたものの、今はそう思えなかった。外見は強そうだが、一度あの目を見てしまうと、むしろ戦いから逃げたがる人のように見える。


「でさ、その、前の戦争でさ、家族、いっぱいいたんだけど、今はもうあたし一人でさ」


「うん」


 少しだけ振り向いて眼下の街並みを見る。元気な魔物と人間が沢山いた。それはどこからか来て、どこかへと消えていく。


「一応父さんもいたんだけど、もう最近は来なくなっちゃって。あたし一人なんだ」


「うん」

「最近さ、なんだか一人が、怖くなってきちゃって」

「なんで?」


 意地が悪いとは思ったけど、聞いた。何せ通りすがりに聞いてくれなんて、ただ事じゃない。


 聞いて気分のいいことじゃないだろうけど、吐き出させたほうがいい。


「誰もいないんじゃないかなって、ううん、違うな。誰もいなかったんじゃないかって。ここに来るとね、皆って本当にいたのかなって、あたしの思い出って、本当にあったのかなって、すごく寒くなるの」


「分かる」


 そんなことを口走る。たぶん、一人ぼっちってことにさえ確証が持てないんだ。一人には違いないけど、本当に? ていう気持ちだ。


 この世界に来る前は、それを色んな物で蓋をした。

 実際に思い知らされることもあった。


「怖くて寒くなるんでしょ」

「うん」


 なんとなく、ディーの側に寄る。ディーも、俺の腰に彼女の肩が当たる手前まで寄る。


 そこで一度会話が途切れた。夏の太陽は昼を迎えていよいよ高く、風が止んで、遠くの音が届き始める。


「今さ、昔の仲間が誘ってくれてるんだ。また一緒にやらないかって」


「怖いの?」


「そうだけど、どうしていいか分からないんだ。一緒に行きたいって気持ちもあるけど、迷ってる。父さんを一人残しては行けないし、一緒に行こうって言っても駄目でさ」


 想像すると、残った家族は父親だけで、戦争を生き残った仲間が彼女に声をかけている。どんな仕事かは分からないけど、親子でやっていたもの。


 父親は、あまり考えたくないけど、ディーの態度を見るにいい父親なんだろう。そいつはもう乗り気じゃないと。


「たぶん、家を留守にしたくないんだろうって思う」


「だろうね。残ってる家族があんたしかいないなら、尚更だよ」


 残された家族か。ディーは見た目を考えなければ、可愛そうな女性って奴なのかもしれない。


 戦後に仲間と家を出る機会を得たが、父親を残してはいけない。そういう葛藤なのか。


「そのお父さんはなんて?」

「お前の好きにしなさいって」


 概ねテンプレートな答えだった。後腐れなく置いて行ける家族なんて少数派だ。


 お互いが大事だからこそ、一歩踏み出せないままでいるんだな。羨ましい話だ。


 だけど本当に心細いのだろう、ディーの横顔から見える表情は、随分と思い詰めたものだった。


「あんたはどうしたいの? この先の展望とかじゃなくて、本当はどうなってほしいの?」


 月並みな返しを入れるが必要なことだ。仲間のことはこの際置いておく。具体的なことも外す。


 彼女にとって一番大切なことを今、本人に再確認させないといけない。通りすがりがちょっと荷物を持ってあげて、探し物を手伝う。それだけがこの場で必要なんだと思う。


「あたしは……」


 ディーが両手で顔を覆う。そのまましばらくの間考え込んでいたが、やがてゆっくりと手を離して、大きなため息を吐いた。瞳が少しだけ潤んでいる。


「あたしは父さんに、もう一度元気を出して欲しい。あんなに傷ついた父さんを、あたし、放っておきたくない……!」


 静かに拳を握って告げたディーの想いは、どれほど温かかっただろう。そう絞り出した彼女の心は、どれほど凍えていただろう。


 俺は、柵から降りてその場に座ると、彼女にもたれ掛からずにはいられなかった。


「そのままでいい。聞いてよ」


 夏雲が日を隠して、少しの間辺りが暗くなる。触れているディーの体はとても冷たかった。


 こんなに緊張していたんだ。見た目の筋肉以上に、硬くなっている。


「私はさ、正直な話、良い家族ってのがよく分からないんだ。だから、あなたの気持ちに添えなくて悪いんだけど」


 ディーの息が髪にかかる。寒い。一緒にいるのに、なんだか俺まで寒気がしてきた。寂しい。一緒にいるのに、寂しい。


「今は、お父さんの気持ちを、考えちゃ駄目なんだと思う」


 え、という声がする。ディーの体の震えが伝わってくる。


 怒っているのか、悲しんでいるのか、分からない。不安と焦りは伝わるのに。


「仲間と一緒に、強引にお父さんを連れ出して、あなたがわがままを言って、お父さんを困らせて、それで幸せなんだって、そうやって押し付けてあげるのが、いいんじゃないかな」


「それ、父さん、嫌がらないかな……」


 どの道今のままではいけないのなら、何か手を出すしかないけど、俺には正解なんか出せない。なら行きずりは、行きずりらしく気休めを言えばいい。


「嫌そうなふりは、してくれるよ、きっと」

「そうかな、そうかもね…………ありがとう」


 そして、通りすがりの無責任な一言は、ディーに何かを決心させたようだった。不思議だ、彼女の不安が和らぐと、俺の寒気も薄れていく。


 雲が晴れて、丘の上には夏の日の光が戻ると、触れている彼女の体は、ほんの少し温かくなっていた。

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