表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物のレベルを上げるには  作者: 泉とも
魔物の祭りを開くには
28/227

・丘の上で

・丘の上で


 ミトラスが俺以外の三人で、出かけるようになってから早数日。


 全員が生傷を負って帰ってくるようになった。だいたい次の日には治っているのだが、こっちは気が気でない。いったい何があったのかも、話してくれない。


 一応本人たちはこれでも目標に前進していると言うのだが、日に日に傷の度合いが深まっている。


 俺にできることといえば、市長が持って来た『条件』を整理し、祭りの準備を進めることだけだった。


 群魔区の夏祭りが、文化的事業と認められる条件。それは大きく分けて三つだった。


 祭りの開催中に人間とトラブルを起こさないこと。人間側が出店するための区画を用意すること、そして責任者は、区長以外の魔物が務めることであった。


 一つ目は言わずもがな。二つ目は要するに企業ブースを作れということだ。店を出すことで何か主張したいらしいが、詳細も何も無く、ただ丸投げされているので、遠慮なく端に追いやってやる。


 三つ目、これは最初にミトラスが言っていたことが的中した形だ。


 書類の提出期限は、夏祭りの開催日の数日前まで。まだまだ余裕があるし、出店の登録も徐々にだが増えている。


 これは余談だが、和服の一件で残念ながら声をかけられなかった魔物たちが、名誉挽回とばかりに、張り切っているらしい。


「ユグドラさん、今度の祭りなんですけど、現地見て来てもいいですかね?」


「大丈夫? 今は区長がいないから、絡まれたりしたら一溜りもないわよ」


 植物の魔物、アルラウネのユグドラさんが心配してくれる。


 祭り用のスタッフの衣装を考えているらしく、大量の資料に悪戦苦闘している。格好もドレスから和装になっていた。


「大丈夫ですよ。なんのかんので俺もあいつのツレくらいには、周りに思われてるみたいですし。一応呪いで不老不死らしいし」


「あなた自身が強い訳じゃないから、然程意味は……まあいいわ。念の為これを持って行きなさい」


 そう言ってユグドラさんは、袖の下から何やら取り出した。どこかで見覚えのある二つの木の板。拍子木だった。


「身の危険を感じたらそれを打ち鳴らしなさい。大きな音と特殊な波長が発せられて、私たち植物の魔物に届くから、すぐに異常に気付けるわ」


「あ、ありがとうございます……」


 俺は警報器具扱いの拍子木を受け取ると、役所を出て街へと向かった。今まではミトラスが一緒で、街を一人で歩くなんてことはなかった。


 けど今は、自分にできることをしようとするなら、この街のことを、知っておかなければいけない。


 夏の陽射しは強かったが、神無側の気候は日本に比べれば、格段に過ごしやすい。風には草木の匂いが混じり、何かに導かれるように足も動き出す。


 群魔の空に夏雲は高く、遠く聞こえる喧噪が、今日も他人事のように通り過ぎていく。


  *


 これまで必要なかったから見ることもなかったが、地元の地図という物を見てみると、この群魔が如何に僻地にあるかということがよく分かった。


 こっちこそ端に追いやられている。

 抽象的にはマップの下の方。


 まず全体図として神無側市は広く、四角い平野部なのだが、その中で区が複数ある。そして居住者のいない区も二つほどあり、そこに挟まれた部分がここ群魔区だった。


 ゴーストタウンに挟まれて、中央以北とは権利的な問題で真っ向から分断されている。


「片方が砂丘で、片方が海とか鳥取じゃあるまいし、この世界の地理はどうなってんだよ」


 そんなことを愚痴りながら、夏祭りの予定地を見て回る。石のタイルでそれなりに舗装された道の上に、まばらな人通り。


 魔物の姿が大半だけど、前よりは人間の数も増えている。俺と同じで誰もが帽子を被っていた。この世界でも熱中症はあるようだ。


 役所で作られた服の多くは、出勤している魔物たちの元職場、つまり自宅で売られている。和服目当てに訪れる者もいれば、トレセンの評判を聞きつけ戦いを求めて来る者も増えた。この街は今、間違いなく繁盛している。


 現地の視察を手短に済ませて、情報を頭の中で整理する。使うのは役所の敷地と正面の通り、市場と商店外の手前まで。道は長いけど狭かった。


 後で相談しよう……ん?


「これは」


 視界の端に留まったのは、自分の持ち物より、もう少し規模の小さな地図。街の案内図だ。


 折角だから、土地勘を広げようと思って見てみる。教会、駅、他区との境界線、様々な場所の中、たぶん世界だからこそ、興味を引かれた場所があった。


「墓地、か」


 そう書かれた場所は、通りを外れて緩やかな坂の上にあった。小高い丘で、所々に埋葬されている者の名前が、詰めるように掘られた石碑がある。


「行って見るか」


 ここから近いこともあって、俺は墓地に向かった。


 不思議なもので、そこは絶えず風が吹いて、陽射しも柔らかい。階段があった。


 着いてからもまだ登ってみると、街並を一望できる高さと、誰の声も届きそうにない、静けさがあった。蝉の鳴き声が恋しい。


「二人だったら、絶対に来れなかったな」


 ミトラスの顔が浮かぶ。あいつは俺に気を遣って

こういう場所には連れて来ないだろう。


「あっ」


 不意に風が強くなって、被っていた帽子が飛んだ。我ながらちょっと可愛い声が出た。


 慌てて振り替えると、誰かの手が伸びて、飛んで行こうとする帽子を、捕まえてくれていた。


「墓参りかい? あんたも」


 そう言って帽子を返してくれたのは、たぶん女だ。金髪碧眼、色白でおでこが広い、水色を基調としたメイド服に身を包んだ女性。この後の説明がなければ、きっと美少女を想像するに違いない。


「あ、ありがとうございます! いえ、私は新参者ですから、その、通りすがりです」


「新参者の、通りすがり……ね」


 夜中に聞いたら身悶えしそうなほどハスキーな声を出した彼女は、筋骨隆々の大男、いや大女だった。


 身長も二メートルはあるだろう。


 普段のパンドラより大きい。前に見た冒険者崩れのおっさんを考えれば、こういう女性も間違いなくいるだろう。


「すいません、私、帰りますんで!」

「待ちなよ」


 逃げようとして呼び止められる。まずい。俺は今隠しようもなくびびっている。そんな状態だから待てと言われたら、怖くて待っちゃうに決まってるだろ。


 声が良くても体格差がありすぎる。


「別にとって喰ったりしないよ。ただちょっと」

「ちょっと?」


 なんだろう。もしかして森の熊さんよろしく、俺は何か落し物でもしたんだろうか。帽子に気を取られた辺りで。


「あたしの話を、聞いて欲しいんだ」


 違った。思い返してみると、ここは墓地なんだ。


 もしかしたら、気持ちの整理がつかないとか、そういうことなんだろうか。こういうことって、相談できる人は、限られてるもんな。


「……話?」

「行きずりなんだろ」


 振り向くと、そこには寂しげな色を湛えた、碧い瞳があった。目が合って、ハッとする。


 見覚えが有る。良く知ってる目だった。

 毎日見ている子が、時折見せるような目。


「名前は?」


 馬鹿だな。こんなことで関わり合いになるなんて。一言謝って逃げればいいのに。鈍臭い。自分でも良くない傾向だとは思う。


 けど、俺はそういう本性でありたい。


「ディー」


 名前を聞いた瞬間、森がざわめいた。何故か後戻りは出来ない。そんな気がした。


「ディー……」


 名前を呼んだ瞬間、風が止む。何故か逃げてはいけない。そんな気がした。

誤字脱字を修正しました。

文章と行間を修正しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ