・丘の上で
・丘の上で
ミトラスが俺以外の三人で、出かけるようになってから早数日。
全員が生傷を負って帰ってくるようになった。だいたい次の日には治っているのだが、こっちは気が気でない。いったい何があったのかも、話してくれない。
一応本人たちはこれでも目標に前進していると言うのだが、日に日に傷の度合いが深まっている。
俺にできることといえば、市長が持って来た『条件』を整理し、祭りの準備を進めることだけだった。
群魔区の夏祭りが、文化的事業と認められる条件。それは大きく分けて三つだった。
祭りの開催中に人間とトラブルを起こさないこと。人間側が出店するための区画を用意すること、そして責任者は、区長以外の魔物が務めることであった。
一つ目は言わずもがな。二つ目は要するに企業ブースを作れということだ。店を出すことで何か主張したいらしいが、詳細も何も無く、ただ丸投げされているので、遠慮なく端に追いやってやる。
三つ目、これは最初にミトラスが言っていたことが的中した形だ。
書類の提出期限は、夏祭りの開催日の数日前まで。まだまだ余裕があるし、出店の登録も徐々にだが増えている。
これは余談だが、和服の一件で残念ながら声をかけられなかった魔物たちが、名誉挽回とばかりに、張り切っているらしい。
「ユグドラさん、今度の祭りなんですけど、現地見て来てもいいですかね?」
「大丈夫? 今は区長がいないから、絡まれたりしたら一溜りもないわよ」
植物の魔物、アルラウネのユグドラさんが心配してくれる。
祭り用のスタッフの衣装を考えているらしく、大量の資料に悪戦苦闘している。格好もドレスから和装になっていた。
「大丈夫ですよ。なんのかんので俺もあいつのツレくらいには、周りに思われてるみたいですし。一応呪いで不老不死らしいし」
「あなた自身が強い訳じゃないから、然程意味は……まあいいわ。念の為これを持って行きなさい」
そう言ってユグドラさんは、袖の下から何やら取り出した。どこかで見覚えのある二つの木の板。拍子木だった。
「身の危険を感じたらそれを打ち鳴らしなさい。大きな音と特殊な波長が発せられて、私たち植物の魔物に届くから、すぐに異常に気付けるわ」
「あ、ありがとうございます……」
俺は警報器具扱いの拍子木を受け取ると、役所を出て街へと向かった。今まではミトラスが一緒で、街を一人で歩くなんてことはなかった。
けど今は、自分にできることをしようとするなら、この街のことを、知っておかなければいけない。
夏の陽射しは強かったが、神無側の気候は日本に比べれば、格段に過ごしやすい。風には草木の匂いが混じり、何かに導かれるように足も動き出す。
群魔の空に夏雲は高く、遠く聞こえる喧噪が、今日も他人事のように通り過ぎていく。
*
これまで必要なかったから見ることもなかったが、地元の地図という物を見てみると、この群魔が如何に僻地にあるかということがよく分かった。
こっちこそ端に追いやられている。
抽象的にはマップの下の方。
まず全体図として神無側市は広く、四角い平野部なのだが、その中で区が複数ある。そして居住者のいない区も二つほどあり、そこに挟まれた部分がここ群魔区だった。
ゴーストタウンに挟まれて、中央以北とは権利的な問題で真っ向から分断されている。
「片方が砂丘で、片方が海とか鳥取じゃあるまいし、この世界の地理はどうなってんだよ」
そんなことを愚痴りながら、夏祭りの予定地を見て回る。石のタイルでそれなりに舗装された道の上に、まばらな人通り。
魔物の姿が大半だけど、前よりは人間の数も増えている。俺と同じで誰もが帽子を被っていた。この世界でも熱中症はあるようだ。
役所で作られた服の多くは、出勤している魔物たちの元職場、つまり自宅で売られている。和服目当てに訪れる者もいれば、トレセンの評判を聞きつけ戦いを求めて来る者も増えた。この街は今、間違いなく繁盛している。
現地の視察を手短に済ませて、情報を頭の中で整理する。使うのは役所の敷地と正面の通り、市場と商店外の手前まで。道は長いけど狭かった。
後で相談しよう……ん?
「これは」
視界の端に留まったのは、自分の持ち物より、もう少し規模の小さな地図。街の案内図だ。
折角だから、土地勘を広げようと思って見てみる。教会、駅、他区との境界線、様々な場所の中、たぶん世界だからこそ、興味を引かれた場所があった。
「墓地、か」
そう書かれた場所は、通りを外れて緩やかな坂の上にあった。小高い丘で、所々に埋葬されている者の名前が、詰めるように掘られた石碑がある。
「行って見るか」
ここから近いこともあって、俺は墓地に向かった。
不思議なもので、そこは絶えず風が吹いて、陽射しも柔らかい。階段があった。
着いてからもまだ登ってみると、街並を一望できる高さと、誰の声も届きそうにない、静けさがあった。蝉の鳴き声が恋しい。
「二人だったら、絶対に来れなかったな」
ミトラスの顔が浮かぶ。あいつは俺に気を遣って
こういう場所には連れて来ないだろう。
「あっ」
不意に風が強くなって、被っていた帽子が飛んだ。我ながらちょっと可愛い声が出た。
慌てて振り替えると、誰かの手が伸びて、飛んで行こうとする帽子を、捕まえてくれていた。
「墓参りかい? あんたも」
そう言って帽子を返してくれたのは、たぶん女だ。金髪碧眼、色白でおでこが広い、水色を基調としたメイド服に身を包んだ女性。この後の説明がなければ、きっと美少女を想像するに違いない。
「あ、ありがとうございます! いえ、私は新参者ですから、その、通りすがりです」
「新参者の、通りすがり……ね」
夜中に聞いたら身悶えしそうなほどハスキーな声を出した彼女は、筋骨隆々の大男、いや大女だった。
身長も二メートルはあるだろう。
普段のパンドラより大きい。前に見た冒険者崩れのおっさんを考えれば、こういう女性も間違いなくいるだろう。
「すいません、私、帰りますんで!」
「待ちなよ」
逃げようとして呼び止められる。まずい。俺は今隠しようもなくびびっている。そんな状態だから待てと言われたら、怖くて待っちゃうに決まってるだろ。
声が良くても体格差がありすぎる。
「別にとって喰ったりしないよ。ただちょっと」
「ちょっと?」
なんだろう。もしかして森の熊さんよろしく、俺は何か落し物でもしたんだろうか。帽子に気を取られた辺りで。
「あたしの話を、聞いて欲しいんだ」
違った。思い返してみると、ここは墓地なんだ。
もしかしたら、気持ちの整理がつかないとか、そういうことなんだろうか。こういうことって、相談できる人は、限られてるもんな。
「……話?」
「行きずりなんだろ」
振り向くと、そこには寂しげな色を湛えた、碧い瞳があった。目が合って、ハッとする。
見覚えが有る。良く知ってる目だった。
毎日見ている子が、時折見せるような目。
「名前は?」
馬鹿だな。こんなことで関わり合いになるなんて。一言謝って逃げればいいのに。鈍臭い。自分でも良くない傾向だとは思う。
けど、俺はそういう本性でありたい。
「ディー」
名前を聞いた瞬間、森がざわめいた。何故か後戻りは出来ない。そんな気がした。
「ディー……」
名前を呼んだ瞬間、風が止む。何故か逃げてはいけない。そんな気がした。
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