・番外編 <その頃の僕ら>
・番外編 <その頃の僕ら>
※このお話はミトラス視点でお送りします。
『ぐわーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!』
僕たちはキレイサッパリ吹き飛ばされて、大袈裟な悲鳴を上げた。ここは群魔区トレーニングセンター。
最近みんなの調子が良くて、レベルの水増しにも随分幅が出てきたが、夏になってからは暑さのせいか、日中の利用者が少ない。
そして僕たちの相手は彼ら職員じゃない。
「どうした。三人揃ってその様か」
目の前の人物が冷たく言い放つ。
この人はウィルト。
銀髪碧眼の灰エルフで、四天王の一人であり、僕の先生だった人だ。灰エルフは白エルフと黒エルフの番から生まれる。えらい強い。
どれくらい強いかというと今の僕たちが父、つまり魔王相手にワンチャンスあるのに対し、彼には三人がかりでノーチャンスといえば、伝わるだろうか。
「小僧、我が思うにあ奴の代わりを探し、祭りを開いたほうがよいと思うぞ」
「逆です。先生さえいれば他はいらないくらいです。しかし先生を仲間にするには、皆の力は必要不可欠でした」
バスキーが苛立たしげに息を吐く。辺りに舞う砂埃が収まると、こちらよりは軽傷の先生が見えた。
サチコと僕の間ぐらいの身長、尖った耳に蝋燭のように白い肌。特に魔法もかかっていない黒いカソックに白いガウン、何の変哲もない木の杖。
ほとんど着の身着のままだ。
「確かに、私を連れて行きたいのなら力づくでと言ったがな、これでは期待外れだぞ」
「てめえ、何もかも終わってから、強くなってんじゃねえーよ!」
パンドラが起き上がると変身を始める。甲冑姿がどろりと溶けたかと思うと、戦車へと変わり、僕がそれに飛び乗る。
バスキーがもう一度空を飛ぶ。天地で並走しつつ、攻撃を仕掛けるのが、現状通じる唯一の戦法だった。
「性懲りもなく、いいだろう。一端の連携が取れるまで付き合ってやる」
先生、ウィルトはそういうと、杖を正面に翳して、僕らと対峙する。
*
時を遡ること、市長が区役所を訪ねて、夏祭りの提案がされる数日前。
僕は町外れの墓地に、師匠ことウィルトと墓参りに来ていた。
「最近、良い調子らしいな」
「はい、新しい仲間のおかげで、以前の仲間も戻ってくれました。街も少しずつだけど、活気付いて来ています」
以前よりも、街の夜には灯りが増えた。誰もが一日を終えたがっている日々は、徐々にだけど遠ざかっていた。
「お前もようやく、それらしくなってきたということかな」
久しぶりに、先生が笑った。
涼やかで、優しい笑顔。
「僕は変わってません。助けてくれる人がいて、元に戻れただけです」
「……そうか」
先生は石碑の前で黙祷した。僕もそれに倣う。ここには先生の子どもたちが眠っている。先生は孤児院、今風に言えば児童養護施設の先生だ。この人が魔王軍に来る前は、人間側の先生だった。
増えていく孤児を疎ましく思った人間側から襲撃を受けて、一人だけ生き残ってしまった。
それから程無くして、エルフの扱いが人間から魔物に変わった。
この人は、魔王軍でも懲りずに、僕を含めた魔物の子どもを育てていた。そういう性分なんだろう。魔物の子どもは育ったが良いものの、戦いに出て、僕以外は一人を残して皆死んでしまった。
そんなこの人が、厭世的になるのは仕方がない。
生きているのも娘が一人残っているからだろう。
そんなこの人を、僕は放っておけなかった。
置き去りにしていきたくなかった。
夏祭りの案が閃いたとき、本当はもっと他に、平和的で相応しい魔物はいた。けれど。
その時この人を巻き込めると、気付いた瞬間、ここしかないと思った。星明りに照らされても、くすんだままのこの人を助けるには、仲間の力がいる。
*
――そう思ってかつての仲間を集めたというのに。
「我が身に宿る怒りの贄よ、行く手を飲み干し荒ぶるがいい。赤紅流」
先生が杖を振るうと、視界を埋め尽くすほどの炎が眼前に巻き起こる。それを突っ切って肉薄し、同じ魔法をそのまま返す。赤紅流は火属性の高度魔法だ。
「ならこっちも! 赤紅流!」
僕も幾らかは先生と同じ魔法が使える。魔法は属性毎に有利と不利がある。そして同じ属性は魔力の力比べになる。
故に高レベルの魔法が使える者は、一つの魔法を使う時は、反撃に備えてまた別の属性の魔法を準備しているものだ。
けど敢えて間隔をずらしオウム返しにすることで、ノーガードの殴り合いに持ち込むこともできる。でもそれは相手も織り込み済みだろう。
案の定先生は大したダメージも無く、既に次の魔法の準備を終えた姿があった。
「飛ぶぜ! ミトラス!」
「永遠の伴侶、内なる従僕、今こそ牙を突き立てよ、逆降天!」
先生が杖で足元を突くと、僕たちの足元の影から、白い光線が真っ直ぐに放たれた。
パンドラが大きく飛び跳ねる。さっきはこれで体勢を崩して負けたんだ。咄嗟にバスキーが火焔を吹いて影を覆い、蓋をする。炎の後にまた熱線で撃たれるということはなかった。
「さっきよりは動きが良くなっているな」
「今度こそぶっ倒してやるぜ! ウィルト!」
「誼じゃ! 頂戴せいよ!」
パンドラが吠えて先生の頭上に降りかかる。それは難無く躱されるも、今度はバスキーが接近、翼を打って風を起こし呪文の詠唱を妨害する。
「ここまで来るのは早くなったな」
「何度も負けました! これで勝ちます!」
これ以上呪文の詠唱はさせない。そのままパンドラから飛び降りて先生の懐に飛び込む。
「よかろう。来なさい」
「かかれ!」
魔法が使えなくなった僕たちは、後はもう体力が許す限り殴りあった。それこそ日が暮れるまで。
先生は体術も普通に強くて技量が上なので、三人で襲い掛かっても、中々ダメージを与えられない。
それでも何度も繰り返し食らいついているうち、徐々に先生にも疲労の色が見え始める。
こうなるともう、誰もが気の利いた反撃一つできなくなる。曲がりなりにも全員が魔王軍の重鎮だった。
全力で殴り殴られて、空が暗くなるまでやっても、まだ決着がつかなかった。
――そしてまた、この結果になった。
「また、時間切れだな」
「…………ぐ、ありがとうございました」
日が暮れて、流石に先生も息が切れていたが、倒すまでには至らなかった。悲しいかな僕たちは強くなり過ぎた。
短時間でお互いに決着を付けようとすると、採れる手段が物騒になりすぎる。かといって原始的な接近戦では、今のように何時間もかかってしまう。
「私の体力はあと半分ほどだ。頑張ればそろそろ負けるだろう」
「お前それ本気で言ってる?」
「嫌味にしか聞こえんわい」
パンドラが呆れ、バスキーはふて腐れている。この数日、僕たちはこうして同じ引き分けを、繰り返していた。
時間制限があるのは先生が提案した条件のせいだ。
三人がかりで三日も戦えば勝てるだろうが、それでは意味がないと言われたのだ。退勤までの時間内に、自分に勝てなければ、仲間にはならないと言われてしまった。
条件というよりは、鍛えられていると言ったほうが正しい。
「しかし不思議だな。魔王軍にいた頃はろくに会話もなかったが、今はこうして一同に集まって、年を考えず殴り合っているんだから」
先生がまた少し笑った。僕の感じている手応えの根拠はこれだった。僕たちと一緒の時間を喜んでくれている。まだ終わりじゃないんだ。
「あの娘にはもう声をかけたか?」
「今は返答を待っている最中です」
そうか、と先生が小さく相槌を打つ。あの娘とは先生に残された最後の子どものことだ。四天王の最後の一人でもある。
彼女には話を通してあるが、まだ返答を貰ってはいない。
「あの娘が加われば、その時点で私の負けだな」
そこで会話が終わり、僕らはトレセンで別れた。夏祭りまであと数日まで迫り、残すは二人の署名だけ。その署名を求めて、文字通り悪戦苦闘するんだから、人生って分からない。
「しかしあ奴があそこまで強くなっていたとはの」
「やはり、彼女の力を借りなければいけません」
三人の攻撃力では限界がある。今必要なのは、一点突破のできるアタッカーだった。
先生の娘さんは僕たちが誘ったとき、嬉しそうな顔をしてくれた。
もう一度説得すれば、或いは一緒に戦ってくれるかもしれない。役所までの帰り道で、どう話すべきかを考えよう。
「それより先にサチウスに怒られるのがなあ」
「あ」
夕日に照り返すパンドラの言葉に、僕は内心ぎくりとした。
そうだった。この所先生に挑んではボロボロになって帰っているから、サチコが凄く心配するんだ。
ちゃんと説明もしてないし、こればっかりは避けられないけど、また悲しませるのは心苦しい。言い訳もできないから、待ってくれと頼むしかない。
伸びる影とは対照的に、憂鬱な足取りで帰宅した僕たちを待っていたのはしかし、少しだけ意外な取り合わせだった。
「あ……ミトラス兄さん、この前はどうも」
いつもは帰ると、皆の視線が集まってものだけど、今日に限ってそれは受付へと注がれていた。
サチコと、その隣にいる魔物へと。
見覚えのある人型の巨躯。
「ディー!」
こちらに歩み寄ってきたのは、誰有ろう、これから誘おうとしていた先生の一人娘で、四天王切っての肉体派、僕より大きい心優しい妹分、ディーだった。
「ごめん、なんかついて来ちゃった」
彼女の後ろでサチコが困り顔でこちらを見ていた。僕にも何が何だかよく分からなかったけど、一つだけ分かったことがある。
ああ、僕はまた、この人に助けられたんだな。
誤字脱字を修正しました。
文章と行間を修正しました。




