6.公爵夫妻と伯爵夫妻
アルフレッド様の瞬間移動は——温泉に浸かっているような、じんわりと暖かく……気持ちが良いものだった。
うん。分かっている。変態ちっくな感想だなと、自分でも思うのだけど。でも、本当に身体の芯が暖かくなるような……そうだな。こんな表現していいのか分からないけれど、家族でよく行っていたスーパー銭湯の炭酸風呂に入っている感覚。しゅわしゅわぽかぽか。
俺は魔力が皆無に等しく、自分では魔法で移動など出来ないのだけど、我が伯爵家でも父上が組んでくれた魔法陣を使って転移が出来るシステムがある。
その魔法陣で移動する時の感覚は、よぼよぼのおじいちゃんが入ってる近所の銭湯の激熱風呂が頭を過ぎる。例えが風呂ばっかで申し訳ないのだけど……的確な表現だ。
きっと、その人の魔力の温度、構築力、そして俺との相性なんかがもたらす結果だろう。だから俺は自宅の魔法陣での転移はあまり使わない。使うのは非常時のみ。一瞬で顔が真っ赤になって喉が渇くから。
アルフレッド様の転移魔法の気持ち良さに酔いしれていると「——大丈夫か?」と声が聞こえて、慌てて声のする方に顔を向けると、そこには俺を心配しているアルフレッド様の、美麗な作画が。
「ディルク伯子……?気分はどうだろうか。魔力がほぼ皆無だと聞いている。魔力酔いなどは起こしていないか?」
「ッ!だ……っ!大丈夫、です……!」
『ディルク伯子』
( て、いうか、名前呼び……っ!うわ、ヤバ……俺の中のディルクが嬉しすぎて踊りまくっている……! )
そういえば、さっきもそう呼ばれていたかも、とはたと記憶が駆け巡った。慌ててたのと彼に包まれた衝撃で頭からすっぽ抜けていたけど、確かにアルフレッド様は俺を名前で呼んでいる。
( 俺の中のディルク、嬉しいのは分かるんだけどちょっと落ち着いて……!心臓が、このままじゃ持ちそうにない……っ! )
目と鼻の距離に、アルフレッド様がいるこの状況を早く打開したくて俺は握られていない方の手をアルフレッド様の胸元に当て、ぐ、と力を込めて口を開いた。
「大丈夫、ですから。ご心配お掛けしてすみません。さ、急ぎましょう!早く、公爵様の元へ!」
「——そ、う……だな。しかし、体調が悪くなったなら無理せず、すぐに教えて欲しい。頼む」
「わ、分かりました」
アルフレッド様は真面目で真っ直ぐな方。きっと、自分の魔力のせいで体調を崩す事を懸念されているだけなのだ。その優しさは貴方への恋心を今日で諦めようと頑張っているディルクへ向けてほしくは無い。向けるならお願いだからセシル様だけに。今日は失恋記念日と称して枕をびっちゃびちゃに濡らす予定なのだから。
( 多分、あれだけ魔力が心地良いと体調を崩すことも無いだろうけど……もしも崩れたなら、その時は変な負い目を持たせたく無いし、伯爵家へ帰ってから治療しよう )
そんなことを思いながらアルフレッド様と共に公爵様の元へと向かった。
アルフレッド様の転移魔法は的確に座標を捉えていて、公爵様達がいる客間の横の部屋へ俺たちは降り立ったので、アルフレッド様が3回ノックをして「アルフレッドです。ただいま戻りました」と声を掛けると「入りなさい」という公爵様の声が聞こえた。
アルフレッド様がドアを開けると、騎士服に着替えた公爵様と父上と母上。ソファには顔色の青いマリアベル公爵夫人を侍女の方が支えている。
「父上、遅くなりました——その格好……伯爵様と伯爵夫人も手伝ってくださるのか」
「ああ、そうなんだ。ロウエンとシルヴィアは今も私と一緒に剣を交えていてね。快く引き受けてくれた」
「事態が事態だ。滅多とないが、スタンピードの恐れもある。念には念を。まさかラインハルトと一戦交えようと持ってきていた騎士服がここで役に立つとはな」
父上と母上は、伯爵の仕事をこなしながら週に3回、王城にある騎士団で訓練をしている。
当時の学園でも今の国王様、ローゼンフェスト公爵に次いで父上と母上の剣術と魔力は能力が高かったらしい。
父上と母上は学園卒業後、伯爵家を継ぐまでは騎士団に入団し活躍していたらしく、当時の武勇伝は父上や母上から耳にタコが出来るほど、よく聞かされていた。
そんな中、母上が侍女に支えられて今にも気を失いそうな公爵夫人の元へ向かい、膝を付いて口を開いた。
「マリアベル、心配しないで。知ってるでしょう?私たち強いんだから」
「っ!シルヴィ……!ごめんなさい、私……っ、何も出来なくて……!」
「貴女は私達の横にいてくれるだけで充分なの。貴女がいなきゃ、私達はこうなってないんだから」
「……ッ!シルヴィ……っ!私、ラインハルト様と結婚していなければ……貴女と結婚したかった……!」
「ふふ。よかった。私も同じ気持ち」
「待ちなさい。聞き捨てならない発言だぞマリア?」
「まあ、シルヴィのマリアベル好きは……今に始まったことじゃ無いしなあ」
マリアベル公爵夫人は、当時の王弟のお子様。
ラインハルト公爵様に一目惚れしたマリアベル様の猛烈なアプローチによって心を掴まれた。そして、そのマリアベル様が騎士団に所属していた父上の母上への想いに気付き、ふたりをくっつけたキューピッドだった事は、web連載の番外編で描かれていた内容だ。そんなふたりがディルクの事を無碍にするとか考えられないよなあとか番外編を読んで感じていたのは、正しい判断だったことに、やり取りを見て感じる。
緊急事態だけど、それをも感じさせない偉大な先人達に、俺は頼もしさを感じて、思わず微笑んでしまったのだった。




