5.貴方へ紡ぐ気持ち
ローゼンフェスト公爵夫妻、そしてヴァーミリオン伯爵夫妻——我が父上と母上。この夫妻同士はどうやら、アルフレッド様が現在通学されている学園で学友で、しかも旧知の仲だったらしい事を、案内された公爵家の客間で知って吃驚したのは数分前の話だ。
" 両親が仲が良いいのに何故、ディルクとアルフレッド様が今の今まで出会わなかったのか " と日本人の俺の感覚だと感じる疑問は、ディルクの感覚の俺がバッサリと一刀両断した。
理由は " アルフレッド様は第一王太子であるエドガー・シルヴァン・アッシュフォード殿下の側近になるべく、小さい頃から殿下の学友として共に忙しく過ごしていたから " だ。
殿下の側近に据えられる公子たちは、王家の調査の元、本人の能力や素質、そして人間性などにより殿下と同年代の者の中から3名から5名程選出される。選出された者は小さい頃から多くの時間を殿下と共に過ごし、学び、信頼関係を構築していくのだ。
中でも、アルフレッド様は群を抜いて能力値が高く、エドガー殿下とも仲が良いというのは噂好きの令嬢達が夜会で話していたのだけど。
( 日本じゃ、仲良い両親同士が一緒に遊ぶ時に同年代の子供同士は勝手に遊ぶっていうのが普通だけど、異世界は子供の頃から色々大変なんだなあ…… )
日本人の俺の感覚とディルクとして育った俺の感覚。そのどちらも共存している今、間違いなく脳みそはフル稼働状態で、そんな時は考え込むように目を伏せるのだけど、そんな俺を心配した公爵夫人が俺に向かって口を開いた。
「ディルク……?どうしたの?体調が優れないのかしら……」
「マリアベル、ごめんなさいね。ディルクったら今朝から緊張していて」
「緊張、してるの?っ!可愛い……!アルフレッド。婚約する前に、お互いの事、もっと知る必要があるでしょうし……ふたりだけでお話した方がいいわ。今日は天気も良いし、今朝ディルクがやってくる事を喜んでるみたいに開花したお花がたくさんあるの。ディルクに見て欲しいわ!ね、ディルクをガゼボに案内してあげて?」
「——承知、しました。」
と、いう流れで。俺はアルフレッド様とふたりで公爵邸のガゼボにやってきた。
白を基調としたローゼンフェスト公爵邸のガゼボ。テーブルには公爵邸の侍女たちが紅茶と菓子を用意してくれて、準備が終わったのを確認したアルフレッド様が「ありがとう。後は自分たちでやるよ」と人払いを済ませて、俺に向かって口を開いた。
「——君は、私の何処を好いてくれたのだろうか。君とは以前の夜会で会っただけだろう?そんな君から婚約者に、と打診がきたことに……正直、戸惑っている」
「っ、」
俺だけに向けられたその濃紺の瞳に、低く響くしっとりした声に……心臓がぐちゃぐちゃになるのを感じて息が詰まりそうだ。心臓の彼への反応に『アルフレッド様に一目惚れしたから』という一言で片付けられない事を、まざまざと感じる。
( 俺……この人の事、尊敬してるし憧れてる。愛したいし愛して欲しいって、彼を心の底から欲してるのが痛い程、わかる。泣きそうになるくらい、今、こうして一緒に過ごせる事が——嬉しい )
アルフレッド様への想いが暴発しそうなくらいにディルクの中では彼の存在が大きくて。
それと同時に『彼に嫌われたくない』と俺に叫んでいるのだ。ほんと、健気で、純粋で——推しが可愛すぎて……堪らない。
「——昔から、アルフレッド様のご活躍は耳にしていました。貴方へ憧れと、尊敬の念を持っていた。そして以前の夜会で初めてお会いして……その佇まいに心を奪われました。貴方が良いと、貴方と共に過ごしたいと思った」
「……そうか」
「はい。でも……貴方の気持ちも尊重したい。貴方が共に過ごしたい方がいるなら、その方との未来を優先していただいて構いません」
「——、なに……?」
「俺……貴方に、穏やかに過ごして欲しいんです。望まない婚約を、進めたくはない。今回の突然の婚約の打診、申し訳ありませんでした。此方から打診したにも関わらず、二転三転して申し訳ないのですが、俺からも取り下げのお願いを父上にしておきます。あ、紅茶、いただきますね」
「……」
俺はアルフレッド様の態度に憤慨して、さっきまで嫌われにかかろうと躍起になっていたけれど、推しであるディルクのありのままの気持ちを伝えて、そこに、俺の本心を織り交ぜた。
きっと、ディルクはアルフレッド様を優先に考えて行動する。愛しくて愛しくて堪らないし、ずっと彼と添い遂げたいと思っているのも間違いないけれど、それでも。
穏やかに、本当に愛する人だけを愛してあげて欲しい、と俺の中のディルクが叫んでいたから。
( きっと……改変、されちゃうかもしれない。それでも、俺はこの発言で、正解だと……思う。頑張ったな、ディルク。帰ったら——たくさん、たっくさん……泣いていいから )
あのフカフカふわふわの枕に枯れるくらい零す涙を沢山吸ってもらわなければ、と帰宅した後のことに思いを馳せながら紅茶とお菓子をいただいていると「アルフレッド様!おふたりでお過ごしのところ申し訳ありません!」と公爵家の使いの方が大慌てでアルフレッド様に向かってやってきた。
「構わない。どうした」
「っ、りょ、領地に……魔物が……!公爵様がすぐに戻るようにと」
「何だって……?!瞬間移動をする。ディルク伯子、手を」
「……っ!はい……!」
瞬間移動をするために、アルフレッド様は俺の手を取りもう片方の手は抱きしめるように俺を包む。
そして、紡がれる詠唱は移動の呪文。
( ——ああ。すっごく大変な状況なのは分かってるけれど……まさかのラッキースケベ……!心臓が、ぶっ潰れそう……! )
よかったな、ディルク。と心の中でエアー肩ポンを可愛いディルクにしたのだった。




