4.アルフレッド様との対面
「ディルク、着いたわよ。起きれるかしら?」
そんな母上の柔らかい声が横から聞こえて、じんわりと意識が覚醒する。
人間って極限の緊張を感じて、究極に頭がパンクすると眠気を伴うことを初めて知った。きっと脳が休めと指令しているのかもしれない。
「母上、肩をお貸しいただきありがとうございました。痛く、なかったですか」
「大丈夫。貴方を産んだ時の方が何百倍も痛かったから。それにしても……大きくなりましたね、ディルク。さ、参りましょう。アルフレッド様がお待ちよ」
アルフレッド様は既に学園でセシル様と出逢われている筈。お二方が通われている学園は魔法と剣術に特化した学園。ディルクには魔法の才も剣術の才もない。ただ、頭脳だけは突出していて、お二方とは別の学園——文官などを目指す者が通っている所へ在籍していたから、ふたりの関係性を知ることなく婚約者に収まったのだ。
つまりは、アルフレッド様は既にセシル様に恋をしている状態で、願い叶わずディルクと婚約しなければならない……その一歩手前の状態。
( ひとまず今日の顔合わせが上手くいけば名ばかりの婚約者になる。後は結婚式まではアルフレッド様に会うこともない筈だし、取り敢えず今日を乗り切るだけだ。ひたすらに嫌われるべし!俺の今日の任務は、伯爵家の名を汚さずに思いっきり主人公に嫌われる!以上! )
キィ、と馬車の扉が開いて、陽の光が差し込む。
父上が母上をエスコートするために先に出て、次いで母上が出た。俺も続いて降りようとした、その時。
「——ヴァーミリオン伯爵令息、手を」
目の前には、ディルクが一目惚れして、愛してしまったアルフレッド・ローゼンフェスト公爵令息、その人が俺に向かって手を差し出していて。
( ……ッ!心臓、痛……っ!ぎゅ、って、なっ……! )
黒い髪なのに、陽の光に当たるとキラキラ深い海かの様な青さに変化する髪。吸い込まれそうな紺碧の瞳。間違いなく愛情などではなく、公爵令息としての正しい振る舞いなだけなのに、それだけでディルクの心臓は恐ろしく悲鳴を上げていた。
( や……っ!ヤバ、ヤバいヤバいヤバい……!これ……っ!めちゃくちゃヤバいやつ……っ!えええディルク、マジか……!こんなに、アルフレッド様の事……好き、だったの……?! )
ディルクになって初めて、ディルクがアルフレッド様にどんな風に感じていたのかが分かって……余計、俺はアルフレッド様の事が愛しくて、憎い、と思った。
確かにセシル様は素敵な方だ。健気だし、守ってあげたくなるような方。それでも。
——どうしてこんなにもアルフレッド様には健気な彼の事を……この人は愛してあげなかったんだろう。
「ありがとう、ございます」
俺のお礼に返事を返すでもなく。ただ、公爵令息としての礼儀を果たしているだけの彼。その行動に「は?」と思ってしまう日本人の俺と「何も返してくれなくても、貴方が愛しい」と思うディルクの心が混じり合って……気持ちが、ぐちゃぐちゃだ。
( とにかく、今日を終わらせたら婚約者にはなるだろうけど、当分会わない。絶対。ディルクには悪いけど、俺は、この人は無理だ )
どれだけディルクがアルフレッド様を心から求めていようとも、それはディルクの倖せではない。お話を改変したくないから、このまま抗わずに進めるけど、俺はこの人に気に入られるような態度は絶対に取れないし取らないと歩幅も合わせず、ズンズン進む彼を見て思ってしまった。
( 結婚するなら、優しい人がいい。俺は、アルフレッド様に早くざまぁされよう。うん。そうしよう )
なんなら、婚約さえももう既にいいのでは?という気持ちになっているけれど、それは改変してしまうのでざま婚ファンとしては許せない。原作の道筋通りに話を進める。初夜で「お前を愛することはない」と言われて別々で眠り、嫌がらせを繰り返してざまぁされる。それが俺が望む正解なのだ。
( ディルクは可愛いから、離縁されても……きっと別にいい相手が見つかるよ。何なら独り身で伯爵家を支えても問題ない。一緒に頑張ろうな、ディルク。俺は……お前の味方だ )
俺の中のディルクにこっそり話しかけながら、俺はアルフレッド様に案内されるままに、ローゼンフェスト公爵家に足を踏み入れたのだった。




