3.ディルク・ヴァーミリオン伯爵令息と俺
ディルク・ヴァーミリオン伯爵令息。
彼がアルフレッド様に断罪されるのは確か、ディルクが22歳の時。その2年前、アルフレッド様に初夜で「お前を愛することはない」と言われ、別々に眠るというシーンがディルクの初登場シーンだ。
デビュタントでアルフレッド様を初めて見たディルクは、彼に一目惚れ。そこからずっと想いを寄せていた。この事は、本編には収録されていない内容だ。
え?何で俺がこの事を知ってるかって?俺は、かわいそかわいいディルクに心を奪われてから( ぶっちゃけ俺的に作画はダントツでディルクが優勝だったのだ )、ディルクに関する話を探しに探した。
そこでたどり着いたのが、公式同人誌だ。ディルクの事を気に入っていると公言している作者の先生が公式同人誌でディルクの話を書いている、と。そしてその作品を春庭で出すとSNSで呟いているのを見つけて春庭に参戦。
現場で、先生へ逢えた喜びと感動でオタク特有の早口でディルクへの思いの丈を語りながら「応援してます!」と手紙とプレゼントを渡した。
先生からも「ありがとう」と購入した同人誌に直筆のサインを書いてもらったのは俺の人生でトップに輝く思い出だ。ありがとう先生。いつまでも応援してます。いや、先生のお話はもう読めないのか……?!か、悲しくなってきた……絶望すぎる。
その一方でアルフレッド様は、ディルクと出逢う前から、学園で知り合った——聖女の力に目覚めていないセシル・アストラル子爵令息の健気さに心惹かれていた。
結婚は政治で、家の繋がりが重要視される。そのため、アルフレッド様の想いは当時の公爵様——アルフレッド様のお父様には聞き入れてもらえず、ヴァーミリオン伯爵家との婚約が正式に決まってしまったのだ。
アルフレッド様も可哀想な立ち位置だ。本当に好きな方と添い遂げられないなんて。
「——ディルク様、マジェステはどちらになさいますか?やはり、アルフレッド様の瞳の色に近いブルーサファイアが施されているコチラになさいましょうか」
「えっと……そうだね。それでお願いしていいかな」
「承知いたしました……まあ!素敵……!ディルク様の朱色に、アルフレッド様の碧が映えて……!」
「そ、そう……?ありがと」
高らかに「駒になる!」宣言をした俺の部屋のドアをノックする音が響いたのは数時間前。
「今日はいつも以上に美しくさせていただきます!」と気合の入った侍女長ミストをはじめ、いつもより倍近い人数の侍女たちが現れた。
どうやら今日は、アルフレッド様と婚約者になる前の顔合わせ、らしい。
ディルクがデビュタントから帰ってきて伯爵様——父上に「婚約したい人がいます」とお願いしたのが2日前の事……確かに、そんな事をお願いした記憶が戻ってきつつある。俺は、前世の記憶が急に戻ってきて、ディルクとして過ごした記憶が思い出せなくて。だから、ディルクと俺が入れ替わったのか?とか混乱していたけれど、今はジワジワと記憶が混ざり合う感じがする。
ディルクとして生まれて、ディルクとして育った。
思い返しても、不遇な対応をされた訳でもなく本当に愛されて育ったのだ。一般的な貴族令息の育ち方。
( そうなると、ディルクが悪役令息しちゃうのは……やっぱりアルフレッド様からの愛情が無かったからなんだろうなあ……ディルク推しとしては、正直アルフレッド様の事、あんまり好きじゃないんだけど、でも好きだって感じてるのも、わかる。うっわ。すっげぇ複雑な気持ち )
俺の記憶が戻る前のディルクの気持ちと、俺の気持ちがぐちゃぐちゃに混ざり合って不思議な感覚。きっと、アルフレッド様を見たら……胸キュン、しちゃう気がしないでもない。
( 婚約、しなきゃダメかなあ。うーん……まあ婚約しても、断罪されてお別れするから……変に改変しちゃうと話が狂っちゃうし、とりあえずこのままで進めるか……はぁ。気が重い。 )
丁寧に侍女たちに支度を施されながら、ぼんやりとそんな事を考えていると執事長のテスターの声が後方から聞こえる。
「ディル様、本日は顔合わせだけですので、そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ。肩の力を抜いてください」
「テスター……そう、だね。自分で気付かないうちに物凄く緊張してたみたいだ。ありがとう。軽めの気持ちで、行ってくるよ」
「いえいえ、私はいつでも、ディル様の味方ですからね」
そうこうしてるうちに支度が終わり、ローゼンフェスト公爵家へ向かうための馬車へ父上、母上も乗り込んだ。
「ディルク、とても綺麗よ」
「ほんとだなぁ。ディルクがもう婚約とは……父さんは寂しいよ」
「あなた、気が早いですよ?そういう台詞は結婚前にしてくださいな。——ディルク、大丈夫?緊張、しているの?」
「は……っ、母上。そう、ですね。緊張……して、います」
「しょうがないわよ、好いてる殿方の元へ向かうのですから。着くまで少し時間があるわ。ちょっと休みなさいな」
「あ……ありがとう、ございます」
——緊張、している。間違いない。ざま婚はweb連載も、書籍も、公式の同人誌も全て舐め回すように読んでいたけれど、ディルクとアルフレッド様の出逢いのシーンは全く知らないのだから。
( ディルク初登場であれだけ嫌われていたんだ。相当、アルフレッド様の心証が悪くなる事をしてる筈。俺の力量が試される時だ……! )
何を選択すれば正解なのか、ディルクを愛して知り尽くしてる俺なら、きっと分かるはず……!
着くまでの間は、母上の肩に少しだけ甘えさせてほしいと、その華奢な肩に少し考えすぎてパンクしそうな頭をゆっくりと落として瞼を閉じたのだった。




