41.騎士の召し上げ(2)
「ノースユグレスシア、北の領地獣人騎士団団長ガルド・ランドーク。前任の御方が守り育てた北の地を受け継ぐ以上、疎かにするつもりはございませぬ。武人ゆえ至らぬところもありましょう。されど、民を守り、兵をまとめノースユグレスシアの地の安寧のため力の限りを尽くすことを、北と中央にお誓いいたします」
ガルド・ランドーク。ノースユグレスシア獣人騎士団団長。
ラースが獣人騎士団団長だった時の副団長で、政権を奪還したあの事件時にラースの右腕として尽力し、奪還に大きく貢献した熊の獣人だ。ラースが北の領地の管理者に就任後は団長として獣人騎士団を纏め上げている。
熊の獣人——その中でもガルドは特別に体躯が大きくしっかりしている。実はガルドの父君は熊、そして母君は狼の獣人なのだ。これは裏設定なのだけど、ガルドのご両親は幼馴染で、恋愛結婚だったらしい。原作者の先生が、たまにSNSでざま婚の裏設定を、ぽつりと呟くのは日常茶飯事で、その公式だけど非公式な設定は世の腐女子たち( 俺も含む )をわっと盛り上がらせていた。
その見目は完全に熊だ。熊の血を色濃く宿した巨体は、一人立つだけで周囲を圧する。だけど、特に目を引くのは、その重厚な肉体に宿る静かな鋭さだ。黒褐色の厚い毛並み、広い肩、獣じみた腕力。そのすべてを束ねるように、狼を思わせる眼差しが冷ややかに光っている。
ラースはガルドの豪放さを知りつつも、民を見捨てない男だと評価していて。そのことは、以前からラインハルト様にも、国王陛下にも「自分に何かあった場合はガルドを次期管理者に」と彼を推していた程だ。
王命が下った直後、ラースとラインハルト様は転移呪文でノースユグレスシアへ移動。事の経緯をノースユグレスシアの民全員を集め説明した。
結果、ラースとラインハルト様、そしてノースユグレスシアの民の話し合いの下、管理者にはガルドしかいないだろうと、満場一致で決定したのだ。
「ガルド・ランドーク。貴殿は猛きだけの男ではない。その腕で守り、その背で支え、多くの者に頼られてきた。故にこの任を与える。領地とは土ではない。そこに生きる民そのものだ。そなたの力で守り抜いてみせよ。剣で示してきた忠義を今度は治める力で示しなさい。——貴殿を、ノースユグレスシア——北の領地の管理者に任命する。よろしく頼んだぞ」
「ありがたき御任、確かにお受けいたします。力の限りを尽くし、民を裏切らぬことを、ここにお誓いいたします」
こうして、ガルドはノースユグレスシア獣人騎士団団長兼、北の領地の管理者になったのだった。
◇
拝命式後、ガルドはノースユグレスシアへ帰る前に、個人的に話をしたいと王宮の庭園に俺を呼び出した。庭園で獣人の大柄な男ふたりで語らうなんて有り得ない光景に少し緩む頬を隠しながら、ドカッとベンチに腰を下ろしたガルドの横に腰を掛ける。
すると、ハァーと大きく溜息を吐きながらガルドが口を開いた。
「まったく……厄介なもん押しつけてくれたな、ラース。俺が書類作成苦手なの、知ってるだろう?」
「ガルド、すまない。分かってはいたが、適任者は貴方しか思い浮かばなかった。よろしく、頼みます」
「——まあ、だが、嫌いじゃねえ。俺もお前さんと同じで、あの地を愛している。お前さんに任された土地をしっかり守るよ。決して雑には扱わねえ。昔みてえに前だけ見てりゃいい話じゃねえが、やるさ!しっかし……あのラースがノースユグレスシアを離れるなんてなあ!考えられん!」
「俺も、同じ気持ちです。あの地の事は、変わらず愛している。しかし……」
「——もっと守りたいもんが、出来た……だろ?」
「っ、自分でも、驚いている。こんな気持ちに、なるなんて」
婚約の契約中、魔力制御をするべく、精神を研ぎ澄ませディルクの魂に結びついた俺の魔力を暴れないように引き寄せた。瞬間、俺の魔力がふたつの魂に結びついてることが分かった。
ふたつの魂は共存していて、それでいて、触れたら壊れてしまいそうで。
俺がディルクに感じているふたつの香り、そのどちらも間違いなくディルクだけど、片方はディルクではないと感じるのだ。別の、なにか。だけど、そちらの方が俺を惹きつけてやまない。
( ディルクは勿論だが、ディルクではないと感じる光……恐ろしく愛しい。あの光は、俺が大事にしたい )
俺の手で、このふたつの光を守りたいと、強く願ったその直後、制御を緩めた途端、国王の魔力に威嚇を始めた俺の魔力に冷や汗が流れた。その時、初めて制御の継続の必要があると感じたのだ。
大事なモノが、俺のせいで壊れてしまうなんて——まっぴらごめんだ。
「よかったんじゃねえか?お前さん、ノースユグレスシアには愛情を傾けていたが、それ以外には無頓着だったから心配していた」
「……?そんなことは、ない」
「ッカー!気付いていないおこちゃまはコレだから!イザベラも、アランも、シレスタも!みーんなお前さんとの仲を望んでいたんだぞ?!」
「まさか」
「がはは!ほらな?!おこちゃま決定だな!」
ガルドに謎の判定を下されて意味が分からず思わずむッ、としていると「まあ、しかしだ」とガルドが俺に向かってニヤ、と皮肉めいた微笑みを向けた。嫌な予感しかしない。多分これは、弄られるやつだ。
「お前さんの想い人は、あのラット騒動を纏め上げた伯爵家令息のディルク様。しかもローゼンフェスト卿のご子息が婚約者だろ?——茨の道を歩もうとしてるが、大丈夫か、ラース?」
分かっている。分が悪い事くらい。それでも、彼のことは悪足掻きだとしても、全力でありたい。例えこの想いが届かなかったとしても、彼を守る盾や剣として……傍に、いたい。
「諦められないんだよ。どうしても……あの子が欲しくて、しょうがない。叶わぬとしても、傍らにいたいんだ」
「——うわ。その顔、アイツら三人が見たら鼻血モノだな」
ガルドの発言の意図がイマイチよく分からなくて「?」と小首を傾げると「いや、自覚ないだろうから気にしないでくれ」と言いながらベンチから立ち上がると、俺の前にガルドは跪いて口を開いた。
「ラース・ベルグマン大佐。今後は、俺がお前さんの守りぬいたあの土地を、全身全霊で守るから心配はいらねえ。お前さんが守ってきたものすべて、これから俺が守る。だから安心して任せてくれ」
「——ありがとう。感謝しかない」
遠くから「ラース!こんなとこにいた!ガルドさんも!」と俺たちを呼ぶ愛しい声が聞こえて。
俺はその声の主に顔を向けると「——うわ。すっげえな。そんな顔、あっちでみたことないわ」と意味不明な言葉をまたガルドに言われて。しかし、聞き返すのも面倒で、俺は主の先へと自分の足を向かわせたのだった。




