40.騎士の召し上げ
右手の薬指の付け根部分から第二関節の間に、国王陛下の髪色を思わせる、黄金に光り輝く蜂蜜色の紋様が刻まれていた。
俺の体内に、何かが巡っている感じがする。
( 魔力が空っぽだからこそ分かる……陛下の魔力が、薬指に宿ってる )
陛下の魔力は、少し刺激的だ。そう、例えるならばそれは電気風呂。微弱のやつ。
たまにピリッとする程度で、生活に差して支障はないだろう。
紋様が完成した瞬間……俺は指先に、残る少しの刺激に小さく息を乱した。
国王陛下の魔力を感じて、そしてその事が婚約の契約が完成された証なのだと気分が高揚したから。
横にいるアルフレッド様が気になって彼を見遣ると、表情は崩れていない。けれど、わずかに寄せられた眉に、彼の中での動揺を感じる。涙を流し、俺に真摯に向き合い忠誠を誓ってくださったアルフレッド様。それでもきっと、心の中には——別の人が、いるのだろう。
ざま婚本編での、あの婚約の契約の際に刻まれた紋様を苦しそうに見つめる彼の表情。挿絵で見たソレと今の彼の表情が、不思議と重なって……俺の中で一致していた。
( ——そっか。そう、だよね。本当ならアルフレッド様は……目の前の彼と、一生を添い遂げたかったはずなんだ。まっすぐな彼の態度に、つい。いつも、勘違いしてしまうな……気を付けないと )
ちくちく痛む胸を抑えながら、これでいいんだ、と自分で自分に言い聞かせた。
こうなることを、俺は最初から望んでいた。あとは、二十歳で結婚式を挙げて……二十二歳で断罪される。婚約したから会う機会も多いだろうけど、ふたりの邪魔はしたくないし夜会の誘いなども体調が悪いと断ればいいだけだ。なるべく原作通りに。関わらないし、近寄らないように。
苦しい胸を抑えながら、腹の奥がぐるぐるして嫌な気持ちが蠢いている最中。
アルフレッド様が本当に想いを寄せるセシル様が「あのー……国王陛下?」と手を挙げた。
「どうした?セシル。晴れの場なのに、浮かぬ顔だな」
「えっと。北の領地って……ラース様以外に管理できる人、いますか?」
「ん?どういう、ことだ」
セシル様の突然の発言に、国王陛下も、この場にいる全員が目を見開いて固まった。
どういうことか理解が出来なくて全員の視線がセシル様に向けられている中「発言、よろしいか」とセシル様の横でラースが口を開く。
「ラース。構わんよ。申してみよ」
「発言の許可、感謝痛み入る。国王陛下の魔力を主の体内に取り入れるため、魔力制御を施したのだが……それは今も」
「まさか……!お主、そんな涼しい顔をして制御を継続しておるというのか……!」
「そうなのです!通常魔力の制御なんて、相当な労力を使うのに……!ラース様、赤子の手でも捻るかのような……素敵すぎてゾクゾクするぅ……!」
「セシル、落ち着きなさい」
「はぁい」
「聖女殿、説明助かった。ありがとう。——それでだ、国王陛下。今、この制御を解除してしまうと……ディルクの身体が、壊れる危険が」
「えっ」
思わず声を出してしまった俺にラースは眉尻を下げながら申し訳なさそうに微笑んだ。そして、セシル様が「私が状況を説明しますね……!伝われ、この思い……!」と口を開く。
どうやら、契約のために取り入れられた国王陛下の魔力を、俺を守り続けているラースの魔力が敵とみなして暴走するのは間違いないようで。それを防ぐためには、ラースに毎時魔力制御をしてもらわなければいけないと、セシル様が熱く……それはもう、とても熱く語られた。
そして、制御をするために——ラースは俺の傍にいる必要がある、らしい。
「遠く離れたノースユグレスシアで、魔力制御なんてし続けたら……今度はラース様が倒れてしまう。なので、ラース様を王都に召し上げる必要が。そして、北の領地の管理者に誰かを任命してほしいんですけど……該当者って、います?」
そのセシル様の発言に、わなわな震えていた国王陛下が「やっとこの時が来たか」と瞳を輝かせた。
「北の管理者、ラース・ベルグマン。王命により、異動を言い渡す。貴殿は本日付で王国騎士団へ転属。貴殿はローゼンフェスト公爵家専属騎士のまま、表向きは、婚約をした事によるアルフレッド公爵令息の周辺警護。そして、有事の際はその力を王国騎士団へも預けてほしい。そして、真に重要な任務はディルク伯爵令息の身を守る事。第一優先はそちらだ。よろしく頼んだぞ、ラース」
「っ、御意に」
「ラインハルト・ローゼンフェスト公爵。早急に北の領地の管理者を選出せよ!」
「——承知、いたしました」
臣の礼をしながら「……テオの奴、思い通りに事が運んでウキウキしているな」と国王陛下に聞こえない小さな声でボソッと零したラインハルト様の台詞に、なるほど……と台詞の通りウキウキしてる国王陛下を見て全員が納得したのだった。




