37.婚約の契約(7)
目を開けると、ラースに包まれて抱き締められていた。
冷房もついていないのに、神真の間の空気はひんやりとしていたせいもあってか、俺を包むラースの灰色の毛は低温の炬燵に入っているような温かさだ。
( 炬燵といえば蜜柑だよな……ぜひこの場で蜜柑を食べたい。この世界で蜜柑の代わりになるものといえば……安価なモノだとルミカ。少し値が張ったものだとソルシアあたりかな。そういえば、この前、我が領地で品種改良に成功したマナカンの効果を試していなかったな……今度、年中寒いノースユグレスシアを訪問した時にでも、マナカンを持って行ってラースに協力してもらおう。それに、そんな状況下で食べる蜜柑は絶対美味しいと思う……炬燵蜜柑、最高 )
ルミカも、ソルシアも、この世界の果物で、見た目はオレンジに近いけど味はほぼ蜜柑。マナカンはディルクがあまりにも蜜柑好きなのが功を奏して、ヴァーミリオン伯爵家が管理している領地の一角に農村があり、そこで品種改良を行った結果出来上がった果物だ。
ひと齧りすると、ステータス異常が回復し、ふた齧りすると魔力が回復する。ステータス異常の回復はラットで検証済だから、あとは魔力持ちの人に魔力回復の効果を試す必要があったのだけど、俺は魔力がないから試すことが出来なくて。でも蜜柑は大好きだから、バクバク食べるだけになってしまっていたのだ。
( ラースの魔力は、ほぼカンストしてるっていうし……魔法訓練か何かの後に、試しに食べてもらえば……ふふふ。効果も試せるし、俺は炬燵蜜柑の再現も出来るし一石二鳥じゃないか……! )
そんなくだらない事をあまりの絶妙な暖かさにうっとりしながら考えていた俺を、ラースはひょいっと持ち上げた。
「う、わっ?!」
「——ディルク。先程、大量の魔力を浴びた筈だ。俺も突然の事で、魔力の制御が出来なかった……すまない。痛みはないだろうか?苦しいところは?」
「う、うん。大丈夫、なんだけど……えっと、その。ラース?この体勢は……一体……」
そして俺の体調を心配しながら、ラースは俺を横抱きにした。
俺は、突然横抱きにされて、突然の浮遊感に吃驚して、慌てて落ちないようにラースの首に手を掛ける。
「——ッ、ディル……!」
「アルフレッド、落ち着け。今、あの二人の周りにはラースの魔力で奇妙な結界が張られている。ヘタに近付くと……怪我をするぞ」
「っ、」
五日振りに見るラースは、見た目は何も変わっていないのに、魔力がない俺でも纏っているオーラが前と違うように感じた。
ラインハルト様の『結界』という言葉に、どういうことか分からなくてラースに話しかける。
「——結界って、どういう、こと」
「恥ずかしい話だが、突然の召還に混乱してな。魔力の制御が出来ずに、ここに来てしまった。気付いたら目の前にいるディルクを守らねばと魔力が発動してしまって……俺と君の周りにいた者達を吹き飛ばしてしまったのだ。申し訳ない」
「えっ……!」
そういえば国王陛下と、エドガー様とセシル様がいないと、辺りを見渡すと、陛下が咄嗟に防御魔法を掛けてくださったようで陛下に包まれるようにエドガー様とセシル様は立っていらした。
「ちょっ!まじ!ココの世界のキャラクターやっば!濃!!!キャラ濃!!!!最高過ぎる!ありがとうございます!」
「セシル……?いい加減にしないか。後で——私の部屋に来なさい。教育のし直しだ」
「ええええ~やだあ……エドガー、しつこいんだもん……」
「ははは!ラースはやはり最高だな!北の領地の管理者に留めておくのは惜しい逸材だ!なあ、ラインハルト?今からでも遅くはない。王国騎士団に招き入れたいがどうだろう?」
「戯言を、国王陛下。彼は、ノースユグレスシアとディルクにのみ忠誠を誓っている。難しいと思いますよ」
( いや……セシル様も、相当キャラ濃いけど……?!ていうか、ココにいるみんな、キャラ濃……っ )
既に聖女になっていて、予想だけど、きっと転生者、セシル・アストラル様。
セシル様にだけ感情を剥き出しにされる、エドガー・シルヴァン・アッシュフォード第一王太子殿下。
王妃様とラースの事が大好きな、テオバルド・シルヴァン・アッシュフォード国王陛下。
明るく朗らかで、公爵様と我が母上を大事にされている、マリアベル・ローゼンフェスト公爵夫人。
騎士としての技量も持ち、混乱した領地を、その頭脳と計算で見事に纏め上げた、ラインハルト・ローゼンフェスト公爵。
人の心に聡く、騎士としての技量を持ち合わせている母上——シルヴィア・ヴァーミリオン伯爵夫人。
頭脳明晰で、こちらも騎士としての技量を持ち合わせていて、母上と俺をこよなく愛してくださっている父上——ロウエン・ヴァーミリオン伯爵。
北の領地の管理者で、俺の騎士。魔力がほぼカンストしている獣人、ラース・ベルグマン。
そして、ざま婚本編ではディルクに冷たかったのに今のディルクにはめちゃくちゃ甘くて重い、でもセシル様の事もきっと気になっている?——アルフレッド・ローゼンフェスト公爵令息。
ラースと仲が悪かったことを思い出して、アルフレッド様が気になって彼を見遣ると、ラースに向けられた視線は仄暗く殺気に満ちていた。
( っ!アルフレッド様、なんて顔を……っ!そ、そこまでラースの事が……! )
ざま婚本編の主人公にあるまじき表情に、俺は思わず「ひぇ」と戦慄の声を上げていた。




