34.婚約の契約(4)
ゆっくりとアルフレッド様の口唇が、俺のそれに落ちた。
その触れ合いは、医事室の時のものとは違って、音を立てる事もなく触れ合った瞬間にすぐ離れて……彼は俺の首元に顔を埋めて、俺に回していた腕に少しだけ力を入れて俺を引き寄せた。
トクン、トクンと優しく響くアルフレッド様の鼓動と、ふんわりと彼の香りを感じて、胸にじんわりと嬉しさが込み上げる。
すると顔を……俺に埋めたまま、彼は口を開いた。
「——すまない。逃げ場がない君に……こんなこと。卑怯だとは分かっているのに……止められなかった」
「……、——っ、」
「ディル、聞いて欲しい。——私自身……こんな風になってしまうなんて……、自分が自分じゃないようで、とても困惑している。おかしな話だが、私のもとにやって来てくれたと思った瞬間に、君が私のもとから……途端に擦り抜けて、消えてしまいそうな感覚に陥るんだ。不安で、しょうがない」
「アルフレッド、様」
すると、アルフレッド様はゆっくりと顔を上げて俺を抱き寄せていた腕の力を緩めると、絡めている手を上に持ち上げた。
そして俺の右手の薬指をゆっくりと彼の口唇に当てて、ちゅ、とリップ音を鳴らした。
「っ、」
「——今日……ココに、婚約の証となる紋章が刻まれる。……これから先、生涯——ふたりが死を分かつまで……いや、違う。死してなお、私とともに」
その時、カラーン……!と何かが落ちた音が聞こえて、音のした方を見ると目をまん丸にした国王陛下と、口元に両手を当てて顔を真っ赤にしながら、わなわなしているセシル様、そしてセシル様が落とした杖を溜息を吐きながら拾っているエドガー様がいた。
「——へっ?!ちょ、ま?!うそ?!やだ!アルフレッド様と、ディルた、じゃなくて、ディルク様……っ!えっ?!すご、なんで!?最高すぎん……?!尊……!!!」
「ほお。これはこれは。ラインハルトの子息の必死さたるや……日程を早めたのも、頷ける」
「ふぇっ?!セ!セシル、様……ッ!それに国王陛下、エ、エドガー様も……っ!」
「やあ、ディルク。聖女が煩くてすまない。後でしっかり仕置きを施すから許してほしい。セシル、杖を落としたぞ、しっかりしなさい。……ね?陛下、お伝えした通りでしょう?完全にアルフレッドが、ディルクに心魂を傾けているのですよ」
そう言いながら、エドガー様はセシル様に杖を預けて、ニッコリ微笑みながら国王陛下に話しかけると国王陛下は「ふむ」と言いながら、視線がアルフレッド様の肩口に置いてある俺の左手に移動した。
その瞬間に更に目を見開いて「——なんと」と続けた。
「ありえない……!ヴァーミリオン伯爵令息の左手の甲に光輝く魔石と紋様——彼はラース・ベルグマンの騎士の誓いも受けておる……!ははは!アルフレッドだけでなく、ラースまでも落とすとは……なかなかに面白いじゃないか!」
「やだ……っ!ラース様の騎士の誓いまで……?!この世界のディルたんヤバすぎ……っ!近くで……!近くで拝見したいいいい」
「セシル……!落ち着け……!頼むから……っ!」
興奮しすぎて取り乱しているセシル様をエドガー様が羽交締めにしている。こ、この世界のセシル様、転生者で間違い無いけど、相当なオタクだ。エドガー様が可哀想に見えてきた。
先程まで甘く切ない空気を醸し出していたアルフレッド様から何故かおどろおどろしい空気が漂ってきて思わず「ひぇ……」と声を出してしまった。アルフレッド様、どうしましたか……?!
「陛下、その忌々しい言葉は控えていただきたい」
「——ほお?ラースの名を、毛嫌って、おるのか?」
「……!陛下……!」
「ははは!これは、堪らなく面白いな!」
国王陛下がラース、と名前を出しただけでアルフレッド様の空気の黒さは濃さを増す。
あのふたり、あの時一体何があったのだろうか。北の領地に着いた時は普通だった筈なのに、帰る時には気付けば空気が悪くなっていた。
俺の計り知れないところで、きっと色々とあったんだろう。ざま婚本編でも言うてもそんなに絡みはなかったから……あの時には既に仲が悪かったのかも。
そんな事を考えながら、さすがにアルフレッド様に指を絡ませられ、身体を寄り添わせているこの状況を一先ず打開したくて必死に力を込めるけれど、力量の差は歴然すぎて、うんともすんともしない。俺がウゴウゴしているだけだ。その俺の動きに気付いたアルフレッド様が視線を俺に向けて口を開いた。
「——ああ、ディル……そうやって無理なのに必死に望みを叶えようとする君は可愛くて仕様がないが……叶えてやれそうにない。すまないが——離れないで」
「はな、離れますよ!ちょ、アルフレッド様、離して……!ふ、不敬ですよ……っ!」
「ローゼンフェスト公爵令息……?近すぎる、離れてもらおう」
「父上……っ!」
ベリベリっと、引き剥がされて。いつかのデジャヴを感じた。あ、今日のことだな……く、くっついてばかりで申し訳ありません父上。俺は自分に甘い、弱い人間でした。
「ロウエン!久方ぶりだな。ラインハルトに、シルヴィアにマリアベルも。契約が終わるまでは別室ではなかったか」
「国王陛下、お久しゅうございます。ロウエンったら、長時間ふたりきりにはさせられないって部屋を飛び出しちゃって。ほんと、仕様のない人。そういうところも好きだけど」
「……っ、シルヴィ……!不意打ちが過ぎるぞ……!私も愛している……!」
「ラインハルト様!私も!私も大好きよ!」
「私も愛しているよ、マリア」
ラブラブな両親たちを見せられて、固まっていると「……む。王妃はここにはいないが……私も王妃を狂おしいほど愛しているぞ」とコッソリ参戦していた国王陛下にエドガー様がブッ!と吹き出していて。
俺はその光景になんだか、ほっこりしてしまったのだった。




