33.婚約の契約(3)
——王宮の最奥にある神真の間にて行う婚約の契約。
それは、口約束などで済む簡単なモノではない。
別名、王権魔力による「誓約の刻印」。婚約をする両者のお互いの血と国王様の魔力によって婚約という行為を確固たるモノにする儀式だ。
国王様が自らの魔力を直接注ぎ込み、婚約をするふたりの右手の薬指に「王家の刻印」である紋章を浮かび上がらせる。国王様の魔力が「婚約の保証人」になるため、貴族社会での効力が高い。この契約をすることで、婚約破棄が極めて困難になるというもので、どうしても結婚をさせたい場合にこの契約は実行されるのだ。
契約の手順は、国王様の魔力を両者へ流す前に、相互の忠誠を口頭で誓い、右手の薬指の指先に少し切れ込みを入れ、血を少し出す。その血を経由して魔力を流す事で薬指に紋様が刻まれるのだ。
紋様が消えない限り契約は有効。その間に正式な婚約の解消をせず契約した者以外の別の者と、身体を繋げるなどの肉体関係を持ってしまうと国王様の魔力が逆流し、紋様が熱を持って不貞を働いた者に永遠とも思えるほどの痛みと苦痛を与える。最悪の場合、重症もしくは死に至るケースもあるのだとか。
ざま婚本編では、アルフレッド様はこの契約を正式に解除するまではセシル様に触れる事もままならず、辛い思いをされていた描写がアルシルファンのお嬢様達の心を掻き乱していたし例に漏れることなく、俺もきゅんきゅんしていた。
ディルクを断罪後、正式に婚約の解除を行い……後は、晴れて自由の身となったアルフレッド様が行う事といえば——想像に容易いだろうが、セシル様をめちゃくちゃに、ぐっちゃぐちゃに愛しまくったのだ。
web連載ではその部分は朝チュンカットされていて、俺が事故をした日に発売された新刊でおふたりの濡れ場が細部に渡り記されていた、らしい。
そのことは、出版社の宣伝や、先生がSNSで「凄くえっちに仕上げました!」と発表されていたのを見て知っていただけで、俺はそのシーンを見る事はなく、ディルクになってしまったのだけど。
( 想いが爆発したアルフレッド様の濡れ場は先生、相当筆が乗っただろうな……ああ、読みたい人生だった…… )
当時、普通の一般的な男子が読んで興奮しているグラビア雑誌とかには全く興味が持てなかった。俺が読んでドキドキするのは、グラビア雑誌に写っている水着姿の可愛い女の子でもなければ、少女漫画でもなく……妹が持っていたBL小説。そこで、自分が腐男子だと気付いたのだ。
だから、どれだけ女の子から告白されても……何も感じないし付き合いたいとも思わなかった。
( きっと俺は……前世から恋愛対象が男だったんだろうなあ…… )
そんなことを考えながら、いまだに俺の手を離そうとしない、俺の横に座っているアルフレッド様を俺は見つめた。
アルフレッド様は、俺の右手を恋人繋ぎの様に——指と指の間を絡めて、ぎゅ、と握っている。手汗がそろそろ心配になって来た。普段は手袋を嵌めているけれど、今日は契約のために素手でいる必要があったのだ。
今、俺とアルフレッド様は、婚約の契約をするための神真の間にて国王陛下の所用が終わるまで、ふたりで待機している。予定よりも早く到着した俺たちは、国王陛下が来るまで、ふたりだけでこの部屋で待つようにと指示をされていた。
父上と母上、ラインハルト様とマリアベル様はこの契約が終わるまで、は別室で待機をする必要があるとの事で、ここにはいない。
三日振りに近くで見るアルフレッド様の横顔は、とても綺麗だ。
間違いなく作画はざま婚でも群を抜いてトップクラスに端正で、イラストレーターの低海先生が「過去最高に美しく描けた」とご自身で絶賛していたほどの美形。うん。恰好良すぎてヤバい。でもそれは、俺が彼への気持ちを自覚したからだというのもあるのだろう。
じ、と見つめていた俺の視線に気付いて、アルフレッド様と視線が交わってドキリ、と心臓に血が巡るのを感じた。
息が、苦しい。
「——ディル……?どうした……?」
「あ、いえ……その。こ、国王陛下、遅い、ですね」
「ッ、」
目線を合わせるのが辛くなって、パッと視線をずらしてしまった。あからさまな対応をしてしまって、マズいと思った瞬間、空いている腕が俺に回って、アルフレッド様に包まれてしまった。
「っ!あ、るふれ」
「——ディル、君の口唇に触れてしまった事が、気に障ったのだろうか……?」
「……え、……?」
「医事室でしつこく、君の口唇を求めてしまったことが、よくなかったのだろうか……?あの後から、君との間に距離を感じるんだ。だとしたら——すまなかった。私は、君に重なる事を赦してもらえて……自分でも驚くほど舞い上がっていた。自分でも止められなかったのだ。気付いたら、しつこく……君の口唇を、求めてしまった」
「あ……その、えっと」
「——ああ、なんて顔をするんだ……、そんな顔をされたら……欲しくなって、しまう」
アルフレッド様に近距離で熱の籠った目線を向けられているように感じて、絶対に思い違いなのに、恋は盲目。自分の都合のいいように見えてしまうものなのかもしれない。そんなアルフレッド様の発言に、頬に熱が集まる。
そんな俺の頬に彼はリップ音を鳴らしながら、ちゅ、と口唇を落として俺の耳元で、小声で囁くように声を落とした。
「——ディル……かわいい」
「ッ、」
心臓が、いたい。
あれだけ泣いて、泣いて、泣き腫らしたのに。
——全然、忘れられていない。
アルフレッド様と俺の視線が絡んで。
ゆっくり近づいてくる口唇を、俺は……受け入れてしまったのだった。




