26.まさかの展開(5)
「……にい……、おにい……っ!おにい!おーい!戻ってきて~!」
妹の声で遠くに飛んでいた意識が覚醒する。
俺は、ディルクに出逢ってから、ディルクのことばかり考える生活を送っていた。
「はっ!——ごめん、ディルクが倖せになれるルートがないか妄想してたわ」
「んもう!また、ディルたんのこと考えてたの?!おにいの頭の中はディルたんのことばっかりなんだから……2次元のキャラクターが初恋だなんて、さすが我が兄。オタクの鑑。これでモテモテなんだもんなあ。まあ、作画良くて優しいのって女子的にポイント高いんだろうな~。パパとママに感謝したほうがいいと思う」
「んー、確かに父さん、母さんにはここまで育ててくれて感謝はめっちゃしてるけど……興味ない子に好かれてもなあ。本当に好きな子だけに好かれないと意味なくない?ディルクに好かれてぇ~~!……はあ。何とかしてざま婚の世界にいけないかなあ……そしたら、俺がディルクを……倖せにするのに」
「いやもう我が兄、限界オタク過ぎて……これもう優勝。素晴らしすぎて表彰したいレベルだわ」
妹は呆れた様にそう言いながら「これ!隣のクラスの子がおにいに渡してほしいって」と手紙を俺に渡した。
週に1回は確実に届く手紙。送り主は全部違う子からだ。内容は『好きです』、『付き合ってください』など。送り主の名前は面識のある子からない子までさまざまだ。
個人的な連絡先を家族と数人の親友と呼べる男友達にしか知らせていないためか、告白するためのツールは手紙という古風な手段を使われることが殆どだった。
俺は生まれてこの方、一度も人を好きになったことがない。一日中その子のことが頭から離れなかったり、胸が苦しくなるなんて……ざま婚のディルクにしか感じたことがないのだ。
そのことを妹に言ったら「おにい、さすがやで」と普段、標準語のくせになぜか関西弁で肩ポンされた。意味が分からん。
そこから妹には俺の初恋はざま婚のディルクだと認定されている。2次元のキャラクターに恋だなんてありえないけれど、恋をしている定義に当て嵌まるのは確かにディルクだけかもしれないと、敢えて否定はしていない。でもディルクは手の届かない存在だから、どちらかというと俺の中では『初恋』というよりは『推し』なのだ。
つまり、俺は3次元で恋したことがないため初恋はまだだという認識。このままいってもディルクを超える存在は現れないんじゃないだろうかとさえ思う。
「返事は急いでないって言ってたけど……もう書くの?相変わらず返事書くの早いねえ」
「返事待たせて、変に期待させたくないから。——できた。はい、これ。渡しておいて」
『気持ちを伝えてくれてありがとう。でもその気持ちには応えられません。ごめんなさい。』——いつもの便箋に、いつもの返事を、いつものように書く。
そしていつもの封筒に仕舞って、いつものように妹に渡すのだ。その封筒を受け取った妹が、はあ。と溜息を吐きながら封筒を鞄に仕舞った。
「また一人、ディルたんに敗北した女子が増えた……おにいをここまで夢中にさせるなんて罪な男だなあディルたん。おにい、いつかディルたんに逢えたらいいね」
「逢えるわけないだろ?そこはさすがに弁えてるよ。異世界転生するくらいしか方法はないんじゃないか。それも創作の世界の話だから有り得ないだろうけど」
「おにいって限界オタクのくせにリアリストだよね。でももし転生できるなら……私はセシルがいいなあ!」
話を膨らませる気もなかったのに、妹の予想外の意見に驚いて「へえ、意外。お前『ディルたんを裏切ったアルフレッド許せん』とか言ってなかった?」と思わず聞き返すと「だからこそよ~!わかってないなあ」と妹は人差し指を左右に振りながら「ち、ち、ち」と続ける。
「セシルになって、早めに魔力値カンストして、ディルたんを守るのよ!ディルたんが何で悪いことすることになったかは……ちょっとまだ分かんないから防ぎようがないけど。転生できるなら私は、ディルたんが断罪されないように……ディルたんが悪事を働かないように、見守りたい。で、欲を言えば……騎士団長のシグルド様と婚約したいなあ~!」
「出た。おじ好き。——と、なると俺はアルフレッドだな。ディルクをめちゃくちゃに愛したらいいんだろ?簡単すぎる」
「おにいのディルたんへの愛、激重だからな~!ふふふ。アルフレッド様からディルたん、逃げたくなっちゃうかも」
——うん。わかる。妹よ、俺はアルフレッド様には転生できなかったけど……彼の愛は……予想以上に重いぞ。
俺は、既に、逃げたい。
「ア、アルフレッド、様……ご心配、おかけしてすみません。だ、大丈夫ですから、その。ちょっと、お、降ろしてください」
「頬が紅潮している……発熱か?医事室へ連れて行こう。ベッドで」
「ちょ、ちょ……っ!だ、だいじょぶ、大丈夫ですからー!」
学園に転移が完了して、炭酸風呂の気分でアルフレッド様に身を委ねていると、俺の体調を心配したアルフレッド様が俺を横抱きにした。
体調は大丈夫だと必死に訴えるも、聞いてもらえずズンズン進もうとするアルフレッド様を止めてくれたのはエドガー王太子殿下だった。
「アルフレッド、落ち着いて。ストップだ。大丈夫だと本人が言っている。ディルクを降ろして」
「エドガー、しかし」
「あまりに過保護すぎるとディルクが逃げたくなってしまうぞ?なあ、ディルク」
「う、あ、は、はい」
「っ、……わかった。しかし、体調が優れないようならすぐに教えてくれ。いいな?ディルク」
「わ、わかりました」
渋々、身体を下ろしてくれたアルフレッド様にお礼を言いつつ、身だしなみを整えていると学園の先生が「今から本日の実習の工程を説明するから、参加者は講堂に集まるように!」と声掛けをしている。そういえば、今日は王立アカデミーでの実習だったものが急遽変更になり、学園での実習になった。
「アルフレッド様、今日のことは、ご存じだったのですか?」
「いや、私も登校して急遽合同で実習することになったと聞いた。エドガー、何か聞いているか?」
「ああ……それね。我が王宮で預かっている問題児が、週末に発案したんだよ。それで急遽実施しようとなって」
「?問題児……?」
エドガー王太子殿下が言っている問題児が誰かわからなくて、小首を傾げていると「ああ。見えてきた。あの者だ」と講堂の真ん中にいる、ある人物に目を遣った。
その視線の先を見ると、まさかの人物がいた。
「——国王様と王妃様、……と、——?!っ、あの方は……!」
俺が、どうしているのか気になっていた人物。
「セシル・アストラル子爵令息。——この国の、聖女だ」
エドガー様のまさかの発言に、俺は大きく目を見開いて固まってしまった。
セシル様が聖女の力に目覚めるのはもっとずっと先の話のはずなのに。
「うそ……なんで……?」
この世界にいるセシル様は、既に——聖女になっていたのだ。




