25.まさかの展開(4)
セシル・アストラル子爵令息。
少し褐色気味の肌に大きな橙色の瞳。ふわふわの猫を思わせる質の髪の毛はアルフレッド様が好んでいた柔らかさだ。「セシルの髪は、柔らかくて触り心地がいいな」と、想いを通わせる前からアルフレッド様はセシル様の髪を愛おしそうに指で梳く描写は世のお嬢様方の心を鷲掴みにしていた。
色彩豊かな髪色溢れるこの世界でも、セシル様の白くクリームがかった毛色はとても珍しいのだ。きっと、彼しかその色を持っていない。
その珍しい髪色は聖女の力が秘められているということに起因しているらしい。それは、セシル様が聖魔法に目覚めて、教会での魔法鑑定の際に司祭様の説明で明らかになったことだ。
セシル様の聖女としての目覚めは、ディルクを断罪する直前のこと。精神的に追い込まれ、ディルクが魔物を呼び寄せる草を燃やして凶暴な魔物を王都に呼び寄せてしまう事件が勃発。そこで、人々を守りたいというセシル様の健気な気持ちが強まり、内に秘めていた聖魔法が開花する、という流れ。
今迄のセシル様への小さな嫌がらせも積み重なってはいたけど、この行為が大きな決定打となり、アルフレッド様はディルクへの断罪を決行したのだ。
ディルクは生涯、北の領地にある塔の中に幽閉されてしまう。一日三食、しっかりと食事は提供されるけど、ほぼ軟禁状態。
そして、ディルクは病んだ心を癒せぬまま、自ら命を……というのがディルクのラストだ。
( 確かにこの子はやってはいけない事をしたし、したことに対する罰も見合っているけど……俺は、この子をそんな終わり方にはしたくない。推しであるディルクには、原作の様な生涯を迎えてほしくない。アルフレッド様とは、生涯を添い遂げられないかもしれないけれど、それでも。一生軟禁生活でそのまま、なんて……可哀相すぎる )
ディルクが悪役令息になってしまった経緯は俺が生きてる間に読んでいた、ざま婚の中では明かされていない。——正確には、明かされているのかもしれないけれど、俺がその内容を知らないのだ。
web小説は連載中で完結していなかったし、俺はあの事故に遭ってしまい限定小冊子のディルクの話を読めていない。……もしかしたら、あの小冊子に全てが描かれていたのかもしれないけれど、その答え合わせを出来ない今、俺自身が今後、考えて行動しなくちゃいけないのだ。
コレはあくまで憶測だけど、聡明なディルクが、そこまで悪事に手を染めてしまったのには……きっとアルフレッド様への恋心が歪んでしまったせいもあるだろう。でもそれ以上に、もっと何か別のキッカケがあるんじゃないかと俺はふんでる。俺はまだ一日と少ししか、ディルクとして生活していないけれど……それでも。ディルクがそんな簡単に犯罪に手を染める様な、そんな頭の悪い子だとは、とても思えないのだ。
「——ディルク?大丈夫か……?」
姿の見えないセシル様の事を考えていたら、ディルクの未来の事まで気になってしまって脳内で色々と悩んで意識の飛んでいた俺に、声を掛けてくれたのはアルフレッド様だ。心配そうな表情が目の前に飛び込んできて、あまりの近さに少し驚いてしまった。
「っ!アルフレッド、様……!すみません、考え事を、していて」
「謝る事はない。昨日も、遅くまで君の身を拘束してしまったから……体調が心配なだけだ。今から学園へ転移するが、転移に耐えることが可能か……?魔力値が低い者や、魔力自体が体内に無い者は他人の魔力を受けると体力が消耗してしまう。君の身は私が抱き締めて離さないつもりだから転移自体は問題ないが、到着してからがどうか……」
「さらっとディルクにくっきます宣言してるのヤバ」
「まあまあ、オスカー。そう言わないで。というか、君も。公爵令息相手に毒を吐くのは……気を付けた方がいいよ?——しかし……ディルク相手にこんな必死なアルフレッドを見る事が出来るなんて……正式に婚約の申し込みしたと今朝聞いた時から、まさかとは思っていたが……。アルフレッドの変わり様に、私も驚いているよ」
そうなのだ。ローゼンフェスト公爵家からヴァーミリオン伯爵家に正式な婚約の書状が今週中には届く。
その届いた書状を基に王宮へ両家が出向き、婚約の契約を書面で交わす流れだ。きっと学園とアカデミーが休みに入る空の日……日本でいうところの金曜日に王宮へ向かうように予定が立てられる。
この世界は日本と同じで七曜で構成されている。日曜日が太陽、月曜日が月、火曜日が炎、水曜日が海、木曜日が森、金曜日が空、土曜日が星といった具合だ。学園やアカデミーは月の日から森の日まで開校されていて、空の日から太陽の日まではお休み。その間、学生たちは各々の休日を自由に過ごす。
公爵家と伯爵家……家格を考えても、この申し出は受けなければならない。俺は間違いなく正式なアルフレッド様の婚約者になる。
やっと、ざま婚のスタートラインに立ったのだ。
( でも……セシル様は本当にどこに……?彼がいなくちゃ、話が成立しないんじゃ…… )
そんなことを考えていたらアカデミーの教授が「学園の術者より外へ出ないように!」と注意喚起をしている。
アルフレッド様とエドガー王太子殿下、そして数名の魔力値の高い生徒と学園の教師が魔法陣を広域展開をしてアカデミーから学園へ転移を施してくれる流れだ。アカデミーの実習室は多目的ホールの様な広い場所。そこで円を描くように等間隔に学園の生徒と教師が配置されている。その中に30名弱のアカデミーの生徒と教授。中心部には魔力値がカンストしているエドガー王太子殿下とアルフレッド様、学園の教授が数名。
アカデミー在籍の生徒でもある程度の魔力は保持している。アカデミーの生徒は、学園よりもアカデミーで勉学に勤しみたいという理由で通っている者が多い印象だ。
きっと、からっからに魔力が体内に存在していないのはディルクぐらいじゃないだろうか。今の体力と睡眠不足を考えてもアルフレッド様が提案してくれた案に乗るべきだなと思った俺は、教授の台詞を受けて慌ててアルフレッド様の手と袖を掴んだ。
「っ!もう、出発なのですね……!アルフレッド様、ご迷惑かけますが……、?アルフレッド様……?あれ、大丈夫ですか?」
「……ッ!まさか、君から来てくれるなんて……!」
「え、と。あれ。俺を掴むとか言ってませんでしたっけ……、うあ。聞き間違い?!すみませ、離れ」
「いや!間違っていない!違うんだ!離れないでくれ……!」
そう言ってアルフレッド様の右手は俺の腰に、左手は俺の手を……まるで恋人繋ぎの様に指を絡めた。
「?!っちょ……!アルフレッド様……!こ、この繋ぎ方は、さすがにだめ……っ!」
「ん?ディルク、詠唱をする。動くと危ないから——このままで」
そう俺の耳に低くしっとりした声を落としたアルフレッド様に、顔を真っ赤にして目を見張って固まってしまった俺。
そして「早く……君と正式な婚約者になりたいよ——ディルク」と続けざまに囁いた後、おでこに口唇を落とされて。
完全に機能が停止してしまった俺を見て「その反応はかわいくて堪らないが……ディルク。もっと耐性をつけよう。私は君と、更に先に進みたい」と意味不明な発言をしたアルフレッド様は転移の詠唱を紡いだ。
実習室にいた者は全員、そこから姿を消したのだった。




