23.まさかの展開(2)
王立イグニス・ファルシオン・シュクリストア・ヴァルティアス・シルヴァニス学園。
この長々とした学園名は王立アカデミー同様、歴代の学園長の想いが付け足された結果なのだという事はweb小説の番外編で描かれている。
なんと、その番外編はアルフレッド様やセシル様が1ミリも登場しない、アカデミーの歴代理事長と学園の歴代学園長が一斉に介する内容なのだ。主人公不在のおじ達の会合ストーリーは、いいね♥の数が5,000超えの番外編の中でも超人気ストーリーのひとつだ。恐るべしおじ好きパワー。
おじ好きの妹もこの番外編が特別好きだった。「おじは世界を救う」と妹に毎日、合言葉のように言われて言わされていたあの日を思い出して懐かしくなる。
その話は本来ならご存命でない先代たちが一堂に会するもので。
お互いに切磋琢磨するライバルであったり、実は恋人だったが仲が拗れていたりと、複雑に絡み合った人間関係を先生の巧みな筆捌きで面白くも爽やかに纏め上げられていた内容だった。
おじ達のキャラデザも最高に渋くて格好よかったこともあっておじ好きの大手の二次創作陣の腕も鳴りまくっていたのだ。
アルシル、ラスシルを食う勢いのおじ本の量の多さに、俺たち兄妹が現地で息を呑んだのは記憶に新しい。
そして、その長い名前の学園は、アルフレッド様とセシル様が出逢って愛を育んでいった舞台でもある。
前世、俺と俺の妹が大好きだったBL小説『悪役令息である夫を断罪したのち、聖女の力を持つ健気な子爵令息と結ばれることになりました』—— 通称『ざま婚』。
その始まりはアルフレッド様とセシル様が、王立イグニス・ファルシオン・シュクリスぞ……っ、……んんっ。……しゅ、シュクリストア・ヴァル、ティアス・シルヴァニス学園——あの教授よく噛まないで言えたな——の入学式後の噴水前で出逢う所から始まる。
アルフレッド様は、まずセシル様の美しさに目を奪われ……そして、数々のイベントをふたりで乗り越えていき、彼の健気さや優しさにのめり込んでいくのだ。
そんな作品の舞台に今から俺はお邪魔が出来るだなんて……!それって、それってつまりは。
聖地巡礼、というやつではないだろうか。
( やば、めちゃくちゃテンション上がる……ッ!ふふふ……!妹よ、お兄ちゃんは、本物を生で見てくるぞー! )
朝のHRの終わりを告げる鈴の音が鳴ったところで「じゃ、学園へ向かう生徒は15分後、実習室に集合で」と言いながら部屋を出て行った。
嬉しすぎて目がランランしている俺に、前方斜め前の席にいるオスカーが俺の方へ改めてやって来て、今日は休みらしい俺の隣の席の子に「椅子借りるなー」と言いながら腰掛けた。
「ディルク……目、覚めたみたいだな」
「オスカー!うん!目、覚めた!まさか、学園に行けるなんて……!すごい!なんでだろ?なんでかな?……ま、いいや!なんでも!嬉しーッ!やったあ!」
「ははっ。かわい。——うん、俺も。お前が嬉しそうで、嬉しいよ。そういやディルクは前から、自分で組み立てた戦術、学園の生徒に実践で使ってもらいたいって言ってたもんなあ」
ウキウキしてる俺の頭をポンポンと叩きながら、オスカーはニコニコしている。
そうなのだ。ウチの天才児ディルクは戦術の組み立てが最強に上手なかわいこちゃんなのだ。さすが俺の推し。まあ俺なんだけど。
王立アカデミーで実習できると言っても、やはり出来る事は限られてくる。アルフレッド様たちが通う学園は、実践向きの設備も整っていて、加えて魔法や剣術を使用できる生徒たちが沢山いる。——ああ、なんて宝の山なんだろうか。まるで、宝石箱や~なのだ。思わず某有名大食いタレントさんになってしまった。
そんな素晴らしい状況で自分の組んだ戦術を実践できるなんて……嬉しすぎる。あまりに嬉しくて俺の中のディルクがサングラスを掛けてうきうきウォッチングしている。かわいい。
そんな俺を「かわいー。やっぱり……ディルクは化粧とかじゃなくて、ニコニコしてるのが一番綺麗」と言いながら、オスカーはぎゅ、と抱き締めた。
「はー。こーんなかわいい子に……虫がもうすぐ付いちゃうなんてなあ。あーあ。もうちょっとディルクを独り占めしたかったなあ~」
「へ?虫?」
言われて、思わずキョトンとしてしまった。虫が付くってどういう事だろうか。もうすぐという事は、まだついていないという事で。
オスカーは何故か未来の話をしている。
ぽくぽく考えて、数秒。教授が来る前にしていた話を思い出して、彼の事かと答えに辿り着いた。
「——!ああ。アルフレッド様の、こと?」
「そ。婚約するんだろ?おめでと。でもなあ。こーんな可愛いディルクのこと……独り占めするなんて、ちょっとどうなの?俺もうちょっとディルクのこの溢れる可愛さを俺だけが愛でていたいのに~」
そう言いながら、いつもの様にオスカーは俺の頬に何度もちゅ、ちゅ、とリップ音を響かせながら口唇を軽く落とし続ける。
この行為は、オスカーとよくつるむ様になってからの毎日の事なのだ。オスカーの通常運転。
オスカーは自分の中での美の基準があり、最高峰と思うものには人間、植物、物体、動物、魔物、種類は関係なしにちゅちゅちゅちゅしてしまうらしい。らしいというのはオスカーから聞いた話で、俺にする以外、しているところを見た事がないからなのだけど。
オスカー曰く「ディルクは最高峰」らしい。ありがたいやら恥ずかしいやら。
オスカーから頬に降り注ぐキッスを受けながら、聖地巡礼をどう巡ろうか、と「ううううんん」と思案していたその時だった。
俺の身体がふわっと浮いて、胸がギュッとなる香りが……俺を包んだ。
「——ぅ、わっ?!……ッ!この、香り……!……っ!」
俺の事を包んで、俺を見つめるのは昨日俺の心臓を爆散しようとした犯人であるアルフレッド様だった。
「……やっぱりアルフレッド、様……?!どうして、ここに……!」
「ディルク……逢いたかった。詳しくは後で話そう。まずは……私の婚約者に手を出したこの男への尋問が先だ……なあ、ブライタス侯爵令息?」
「——わお。すっごい……!ここまでとは。——失礼いたしました。今後は、ローゼンフェスト公爵令息様がいないところでいたしますので」
「……ほう……?それは、私に対する宣戦布告かな……?」
「いえいえ。僕は、美しいものを単に僕の愛で方で思う存分愛でたいだけですよ。ただそれだけです」
ふたりともニコニコしているのに、何故か空気が重っ苦しくて。
「えっ……な、なにが、どうなって……」
俺はちょっと泣きそうになりながら、ふたりの間で固まってしまったのだった。




