17.ローゼンフェスト公爵邸にて(2)
さっきまで、人生最後となるであろう公爵邸のお風呂をじっくりと堪能させてもらった。
湯質も広さも申し分なくて。ただ、日本でいうところのシャンプーやコンディショナー、そしてボディソープなんかは……やっぱり異世界モノらしく、あまり使い心地がよくない。
よくよく思い返してみると我がヴァーミリオン伯爵邸で使用しているモノも、そこまで良い品物ではなかった。
日本のそれらの商品はやはりジャパンクオリティ。素晴らしい技術と開発者たちの熱き想いが盛り込まれていたんだなと実感して、思わず感動して風呂場で涙ぐんでしまってヴァルターに心配されてしまった。ヴァルターごめん。俺、今日前世の記憶が戻ったばっかりだから……情緒不安定なんだ。許してほしい。
明日からまた普段の生活に戻る事だし、魔物の研究がてら、このディルクの素晴らしい知能をフル活用して滑らかなシャンプー達を作成しようと心に誓った。そして、完成した暁には、お世話になったローゼンフェスト公爵家にも『婚約打診なんてして振り回してごめんなさい&北の領地ラットお帰りいただきマウスイベントでは沢山お世話になりました』見舞い(?)という名目でプレゼントをしたい。きっと喜んでもらえるだろう。
そんなことを考えながら、浴室からヴァルターが「ご案内します。どうぞこちらへ」と声を掛けてくれた流れでヴァルターの後を歩いている。
ローゼンフェスト公爵家はあまりの大きさに、それはもう迷路の様で。ディルクは空間認知能力にも長けているから、道順は問題なさそうだけど、日本人の俺だったら間違いなく覚えられない。自慢じゃないけど、テーマパークの中にある全面鏡だらけの迷路のアトラクションで高校生になっても迷子になっていた俺は方向音痴大魔王とかいう情けないあだ名を妹に付けられるほど大魔王なのだ。間違えた。方向音痴なのだ。
「——あの。ヴァルター、さん。衣服、お貸しいただきありがとうございます」
「とんでもないことでございます。その衣服はアル様が普段着用されている夜着の内の一着でございます。少し大きめではありますが……ふふ。とても、お似合いですよ」
「ア……ッ?!アルフレッド様の、夜着……?!よ、よろしかったんですか……?!」
「ええ。アル様から、そちらを渡すようにと言付かっておりましたので、問題ございませんよ」
俺が今、着用している服は、日本でいうところのパジャマだ。絹で出来ているため、とても滑らかで……間違いなく我が伯爵家で使用している夜着のものより格上の素材だと分かるくらい、肌への感触が堪らない逸品だ。
アルフレッド様が使用しているというだけあって、俺には少し大きいけれど、ボトムスは腰部分がゴムで絞ってサイズを調整できる仕様になっているから最大限絞ったお陰で、ズレ落ちる事はなくて本当に良かった。
トップスは丸首の長袖シャツなのだが、俺には大きいせいか、丸首部分がとても開けていて、少し位置がズレると下手したら肩が見えてしまいそうになる。アルフレッド様の鍛え上げられた太い首周りの筋肉を思い出して、心臓の鼓笛隊をどうどう、と制しながら( あの首の太さなら、俺が来たらぶかぶかだよな…… )と変に納得してしまった。
しかしだ。俺はお風呂を堪能後、すぐに帰りたかったのに……着用していた衣服がないと、さすがにこの夜着では外へ出ることは出来ない。
「その。俺、すぐ……帰りたいんです。さっきまで俺が着ていた服は……?」
「あちらの衣服ですが、土や埃が凄かったのです。今、侍女たちが整えてございます。整え終わるまで、もう少々お時間頂戴したいので……それまでアル様のお部屋で、お待ちください」
ヴァルターがそう言った瞬間にピタリ、と歩みを止めて「さ、こちらでアル様がお待ちですので。どうぞ、お入りください」と言いながら、彼が手を差し出した先には大きな扉。
( アルフレッド様と、話する事なんか、もう何もないのに……なるべくなら、一緒に過ごしたくない。折角、ディルクが諦める事に納得してくれてるのに……気持ちが、ブレる…… )
ディルクとたくさん相談した。大好きだけど、それでもアルフレッド様に悲しい思いをさせたくないと。
だから、今夜は。一緒にいっぱい泣いて気持ちを切り替えようなって、ディルクと約束したのに。
( 取り敢えず、着てきた衣服が整うまで、それに父上母上が戻ってくるまで。他愛もない話をして、やり過ごす……! )
ヴァルターにお礼を言って、深呼吸をした。
今の気持ちは、RPGでレベル上げが絶対足りないパーティでラスボス戦に挑む時と同じ。
コンコンコン、とノックをすると「どうぞ」と扉の中から低くしっとりした声が聞こえて。
キィ、と扉を開けるとそこには、ソファに座って「おいで、話がある」と俺を呼びかけるラスボス——もとい、アルフレッド様がいた。
( ——負けられない戦いが、ここにある……! )
俺は、くぅーっと叫びたい気持ちを抑えながら、アルフレッド様の元へ向かったのだった。




