sideアルフレッド:初めての感情と独占欲
初めて君と逢ったのは……数日前に開催された夜会。
その時は、軽く挨拶を交わしただけだった。
ディルク・ヴァーミリオン伯爵令息。
夕陽の様な眩しい瞳と美しく流れる髪に、白く透明な雪の様なきめ細やかな肌……女性とも見紛うその美しさは社交界でも評判で。そんな彼のデビュタントともあって、その夜会はいつも以上に人数が多かったと記憶している。
ヴァーミリオン伯爵の天才的な頭脳と、伯爵夫人の美しい容姿をそのままに引き継いだ彼の噂は、学舎が異なる私の耳にも入っては来ていた。
しかし、私と彼とでは住む世界が全く違う。今後関わる事はなく生涯を終えるだろうと。——そう、思っていたのに。
「まさか、今日一日だけで——こんなにも大きな存在になるなんて……」
今頃我が家の浴室でゆっくりと身体を癒しているであろう愛しい彼を思い浮かべながら私は、彼と出会った日から今日までの数日のことをソファに腰掛けながら思い返していた。
夜会では挨拶を交わした程度で、彼とは特別なことなんて何もなかった筈だ。しかしその翌日、ヴァーミリオン伯爵家から婚約の打診が来たのだ。
父上と母上は旧知の仲である伯爵夫妻から来た打診に二つ返事で返そうとしたが、私はそれに待ったをかけた。
「婚約前に顔合わせをさせてください。伯子とはまともに話した事もないのです。そんな者と、いきなり婚約を結ぶ事は出来ない」
婚約者になってしまえば、その流れで確実に結婚しなければならない。父上と母上の気持ちも汲んではあげたいが、これは私の人生なのだ。一生を添い遂げる相手は……自分で決めたい。
「——昔から、アルフレッド様のご活躍は耳にしていました。貴方へ憧れと、尊敬の念を持っていた。そして以前の夜会で初めてお会いして……その佇まいに心を奪われました。貴方が良いと、貴方と共に過ごしたいと思った」
まっすぐ。私だけを見据えて。
頬を紅潮させながら、瞳を潤ませて……気持ちを吐露してくれた彼の言葉が心にじわじわと暖かさをくれた。
( ああ、なんて……綺麗な瞳なんだ )
素直に、目の前の彼が綺麗だと思った。
真摯なその姿に——この子となら気持ちをゆっくりと共に育んでいけるかもしれない。そう感じた次の瞬間に「婚約を取り下げる」とその美しい口唇からまさかの言葉が紡がれて……私は、何故か戸惑ってしまったのだ。
( 私の気持ちを慮ってくれているのだろうが——もう、身を引いてしまうのか。……?……なんだ、この気持ちは。重く、苦しい )
その私の中に芽生えた感情の答えが、その後すぐ出ることになる。
我が公爵家が数年前に管轄を持つことになったノースユグレスシアでのラットの発生報告。
別名、北の領地と呼ばれるそこは、魔の森と隣接していて。管理をしてくれている獣人のラース・ベルグマンより父上へ連絡が入ったのだ。
魔力を持たない伯子をガゼボにひとり置いていく訳にも行かず、転移をするために手を取り転移中に離れることを防ぐために彼に腕を回すと、全身が心臓かの様に彼から脈打つ音が響いた。心なしか頬が上気するその様に……何だか気持ちがフワフワした。初めて感じるその感情は、なんとも表現できないものだった。
( ——私の事を、愛しく思ってくれているのは……本当、なのだな。それなのに、婚約の取り下げとは……どんな心境の変化なのか…… )
転移後、魔力酔いを起こしていないか心配になり声を掛けると私だけに向けられたその表情にゾワゾワして、言いようのない感覚に囚われた。
そして、ラース殿の報告の後、ラットを見極めるために戦闘経験もないのに最前線へ向かいたいと、私たちを守るために知略をつくすと真っ直ぐな瞳で訴えられて胸が苦しくなった。
極めつきは、涙だ。彼がずっと、流さない様に堪えていた涙。領民を、我がローゼンフェスト公爵家を、関わる全てのものを守るために自らの持ってる全てを賭したいと。
その心の強さを持った彼の瞳から、止めどなく溢れ出た涙を見て、堪らない気持ちになった。抑えられない感情が、私の中で溢れて止まらない。
( ——ああ。なんて……綺麗な涙なんだ。君の助けになりたい。君と未来を歩んでいきたい。私のこれからの人生を、君に共に歩んで欲しい。君じゃなきゃ、嫌だ——私の婚約者は……ディルク。君が、いい )
こんな感情など、今まで持ち合わせた事がなかった。
私の周りにこんなにも綺麗な瞳をした人物はひとりとしていない。その瞳にもっと、私を映して欲しい。
涙が止まらないディルクが心配で、ずっと見つめてしまった私に心配をかけたくないからか、ふわっと微笑んでくれたそのあまりの可愛さに、苦しさと切なさが突如襲って胸を抑えて呻いてしまった。
なんて愛しくて、可愛くて、切ない存在なのだ。
誰にも取られたくない。渡したくない。
君を——私だけの、モノにしたい。
「たった一日……たった一日、共に過ごしただけなのに……こんなにも、愛しくなるなんて。——どうしたら、手に入る……?ディルク、私は君を……離したく、ない」
唯一、君だけだよ。ディルク。
こんなにも私の心を掻き乱して、私をおかしくさせるのは。
きっと今夜、手を離してしまえば、君は婚約の取り下げを伯爵に告げ……間違いなく、私から離れるだろう。——でも。
コンコンコン、とノック音が聞こえて。「どうぞ」と声を掛けるとキィ、とドアが開いた。
湯上がりの、愛しい君がおずおずと顔を覗かせたことに、血流が激しく巡る。
かわいい。好きだ。君を、抱きしめたい。
「えと……アルフレッド、様。その。お風呂、ありがとう、ございました」
「っ、——おいで、ディルク。大事な話があるんだ」
私の元から離れるなんて、絶対に許さないから。
私は絶対に、君を手放したり、しない。




