15.北の領地(9)
領地外へ移動をしてからは、あっという間だった。
俺が準備した誘引物を「ディルクの支持の下、私が配置する。指示を頼む」とラットが大好きなアルフレッド様が配置をしてくれたお陰で、その香りに引き寄せられたラット達が、みんなの誘導もあり物凄い勢いで領地外へと駆け込んできた。
香りに誘われて入り口付近まで移動するものの、思った通りに誘導されないラット達は、獣型のラースの追い込みにより、これまた凄い勢いで俺たちのいる場所までやってきた。
待望のラットとの出会いにきっと大喜びだろうとアルフレッド様を見遣るとスン……としていた。
( あれっ?もっと大喜びするかと思っていたのに……予想外にクールだな……?あ、そっか。ざま婚の時も、セシル様にも、好き好き好き~っ!てしてなかった。きっと、表面には出ていなくても内面では喜びと愛しさが爆発してる筈…! )
ワラワラと集まったラット達を魔力部隊の土魔法で地面に檻を作り窒息させないように地面に囲った。
後はこの檻の状態で魔の森へ転移魔法で運び土魔法を解除してラット達を森へ放ち、ラット騒動は終息を迎えたのだった。
「もし今後、ラットが現れたら……対処法を記載した資料を置いておくので参考にしてください。この通り進めて、上手くいかなければ……ラース、俺に魔石を通して連絡してほしい」
公爵様にこの紋様の使い道が分からなくて聞いたところ、俺が魔力が無くてもラースの魔力で連絡を取ったり、緊急時にはお互いの場所に行き来したりは出来るらしい事が分かった。その代わり、ノースユグレスシアから王都までの距離は相当なものだから、ラースの魔力では毎日は無理なようで移動は緊急時、連絡は3日に1回くらいの頻度がラースにとって負担のない回数らしい。
それを考えると王都からヴァーミリオン伯爵家、そしてその後ノースユグレスシアへ俺を帯同して転移して、一時間弱で魔力が回復したアルフレッド様の魔力量の多さに圧倒されてしまう。
さすが主人公。そして、将来聖女の力が顕現されるセシル様の旦那様になられる方だ。そんな凄い方と、このノースユグレスシアを守るための一助を担えたのは魔力も武力も無い俺の誇りにもなった。
そして、友達になったラースとこれからも連絡が取れる事も、俺の知識をこれからも魔物と隣り合わせなノースユグレスシアのために使えるのも純粋に嬉しかったのだけど。
俺は気付いたら、アルフレッド様に抱き竦められていて前が全く見えない上に彼の香りにクラクラしておかしくなりそうになっていた。
あれ。いつの間に、こんな状況に。ぐえ。
「——あの……アルフレッド、様……?く、くるし……前、見えな……!うう……!いい匂い……!」
「うん?ディルクは、何も見なくて良い。——はぁ。この綺麗な雪の様な左手にこんな陰湿な紋様がある事すら意味がわからないのに……ラース殿、貴殿は——立場を分かって、いるよな?」
「勿論です、公子様——私は、ディルクの唯一の騎士であり、友達……今後、ディルクの瞳が哀しみに染まらない様、支えるつもりです」
「——っ、……ディルクに関する全てのことは、貴殿の出番はありはしないと思え……!ディルク、帰ろう。ローゼンフェスト公爵家へ転移する」
「えっ?!いえ、帰るのは、ヴァーミリオン伯爵家へ……!」
「ディルク?帰るのは……ローゼンフェスト公爵家、だ。」
「……ひゃ、ひゃい……」
何故かアルフレッド様の周りの空気がズモモモ……と黒く渦巻いていて、やっぱり怖くて2度目の「ひゃい」という返事をした俺のおでこに「いい子だ」と言いながらアルフレッド様は再び口唇を落とした。
柔らかくしっとりしたアルフレッド様の2度目のおでこへの襲来に、真っ赤になってビキっと固まった俺を抱きしめながら「今から、公爵家で。ディルクにしっかり教え込むから」と意味の分からない言葉を放って転移の呪文を紡いだ。
まさかの2度目のおでこへの攻撃に爆発してしまった俺は、ラースに挨拶をキチンと出来ずにノースユグレスシアを後にしたのだった。
◇
「ラース、ご苦労だったな。今晩はしっかり休むと良い」
「公爵様、労いの言葉……感謝痛みいる」
「……しかし、なあ。アルフレッドのあの変わり様にも吃驚だが……ラースがまさか、騎士の誓いをディルクに立てるとは。予想もしていなかったよ。まあ、あそこまで魅力的なご子息なら……頷けるな」
「ははは!当たり前だろう?私とシルヴィの子だぞ?」
「まあ、ね。——でも。今日のディルクは、なんだかディルクじゃないみたいで。何かあったのかしら……それとも、気のせい……?」
「……」
「それでは婚約は進めて良いだろうか。アルフレッドもだが、マリアがディルクを相当気に入っていてね」
「あー……ちょっと待って、ラインハルト。ディルクの様子が少し変だったの。今夜、改めて気持ちを確認するから。アルフレッドにも、再確認しておいて」
「アルフレッドは……あの様子だと二つ返事だろうがな。では、帰ろう。ラース、失礼するよ」
「お気を付けて。ありがとうございました」
「うん、またね」
公爵様達が転移したのを確認して、俺は陽が落ちかけて薄暗くなった空を見上げた。
( ——ディルクは、ディルクでは、ない……?確かに彼からは、二つの異なる匂いがした )
どちらにしても彼が魅力的なのは変わらない。
またいつか、会いに行くし、声を聴かせて。
だからお願いだ。
どうかあの変わらない柔らかい笑顔で。
( 待っていて——俺の、最愛。離れていても繋がっているというのは……堪らないものだな )
彼の左手に輝く北極星が、俺の眼前に光り輝いていた。




