10.北の領地(4)
俺が今、一番恐れているのは、ブラッドボーンの襲来だ。
ブラッドボーンは、体長3~4m級の巨大な日本でいうところの猪をベースにした魔物。見た目はそれこそ猪に近いのだが、この世界のブラッドボーンは狼の要素も混ざっているハイブリット種だ。
全身を覆う赤黒い剛毛は血を浴び続けているように常に濡れて光っている。頭部に巨大で湾曲した血色の牙があり、牙の先から血のような粘液が滴っている。
目は真っ赤に充血し興奮すると鼻息が血の霧のように噴き出すのが特徴だ。
そして、肩や背中に硬い骨質の突起があり、突進時の破壊力が非常に高い。
狼の俊敏さと猪のタフネス・突進力を兼ね備えた魔物で、生身の人間はひとたまりも無い。
過去の文献や資料には、常に血に飢えているので、ひたすら血を求めている魔物。血への狂暴なまでの執着を持つと記載がある。
血の匂い……特にスウォームラットの血と死骸の香りを嗅ぎつけると集団で暴走・突進する。
あと知能がそこまで高くないため、敵味方の概念がない。
一匹、二匹程度なら北の騎士団や衛兵などが迎え撃てば何とか勝てる中級の魔物だが、集団になってしまうと精鋭が集まっている王国騎士団とて五分五分と言われるほど。
だから今回のラット騒動は、そのブラッドボーンを誘発させないためにラットの見極めが重要になるのだ。
「判断基準は両者の『微妙な移動パターン』や『集団心理』です。 一般的な判断基準である個体数は今回ラットが減少していないところを見ると該当しないと私は仮定しています。外見だけでは絶対に判別できないため、ラット達の行動を一定時間観察し周辺の痕跡を総合判断しないと見極められません」
「ふむ。承知した……『全動員に告ぐ。今から10分間、隠密の陣を組め。今からは王都よりお見えのディルク・ヴァーミリオン伯爵令息の支持の下に動く。よろしく頼む』」
ラースが魔石を動力源とした魔道具で北の騎士団や衛兵達に通信した。ラースの持っている魔道具からは各々『御意』と返事がある。
( 番外編で読んだ魔道具……っ!すごい、本物だ……!っと、感動してる場合じゃなかった。挨拶、しなきゃ )
「え、と。んんっ。『初めまして。ヴァーミリオン伯爵家の嫡子、ディルク・ヴァーミリオンと申します。以後、お見知り置きを。ラット検証にご協力賜り感謝致します。では10分後、改めて通信します。それまでの間、殺傷はもっての外、ラットに触れる事も禁じます。よろしくお願いします』」
『御意』と改めて聞こえたのを確認したところで魔道具をラースに返して、俺は木陰からラットの動向の監視を始めた。
「ディルク様、到着早々すまない。本来なら公子様と同様に、その身を休めてもらってから、とも思ったのだが」
「いえ!ラース様、お気になさらないでください!ラットの見極めが、ブラッドボーンを防ぐ事に繋がるので……寧ろ、ラース様には、お付き合いくださり感謝しかありません」
そう。アルフレッド様は、王都から遥か北西に数万キロ離れたローゼンフェスト公爵領であるノースユグレスシアへの転移に、ご自身と俺——通常の2倍もの魔力を消費された事により念の為、休息を取られている。
ご本人様は「私も、同行する……っ!」と何故かラット判別にノリノリだったのだけど ( ラットが好きなのかな? ) 、ラットの判別は俺しかできないし、同行してもらっても10分間程何もしない時間が続くだけなので、もしも本当に防衛戦になった際にはいていただかないと大変な事になるので休んでもらう様お願いしたのだ。
ラースは北に着いて早々に、声をかけるまでもなく彼からやって来てくれた。どうして降り立った場所が分かったのか不思議に思っていると「ローゼンフェスト公爵家とは違う匂いがしてね」と、どうやらヴァーミリオン伯爵家の初めて感じる匂いを嗅ぎ分けて迎えに来てくれたらしい。さすが狼の獣人。嗅覚が鋭い。
ラース・ベルグマン。狼の獣人。
魔の森と隣接しているノースユグレスシアの代表獣人。日本でいうところの市長や町長や村長みたいなものだ。
バルカノン元公爵の無慈悲な政治に待ったを掛けた張本人である。
番外編では同じく、ラースがシャドウラットの報告をした後、アルフレッド様とセシル様が到着後、スウォームラットだとセシル様が気付いた時には後の祭り。
数を増やし続けるラットに痺れを切らした北の騎士団員が大量殲滅をしてしまい、その血のフェロモンに誘発されてブラッドボーンがブラッドボーン・ボードとしてココに押し寄せてしまう事態となった。
そしてラースは自身の判断ミスに負い目を感じ獣人代表を退いて1人旅に出てしまうのだ。
しかし、ラースはこのノースユグレスシアをとても愛していた。愛する故郷を離れる事なんて、してほしくない。
( セシル様が聖女の力に目覚めていたから浄化の力を広域に展開してブラッドボーンは消滅していたけれど……今回は、セシル様もいないし、ブラッドボーン一匹ですら呼びたくない。スウォームだと分かった時点で、誘導しないと……それに、ラースにはこの地を守っていて欲しい。絶対、同じ轍は踏まない……! )
俺は、大好きな世界の大好きな推しになれて嬉しい反面、大好きだった日本を離れて、大好きだった家族と別れる事はとっても悲しい事だった。
ラースには、俺と同じ思いをしてほしくないから。
俺は、俺のやれる事をやって……絶対に、悲劇を最小限に食い止めたいのだ。




