第9話 ひとまず現状を知りたいのですが
書類にサインしてギルマスさんへ渡す。
凄いよね、手は日本語のつもりで書いてるのに書き上がった文字はちゃんと異世界語になってる。私を転生させた神様のおかげなのかな、これ。
「では最後に、すまんがお前を鑑定させてもらう」
「鑑定?」
「ステータスを見る鑑定とは別物です。簡単に言えば、その人の正邪を測るんですよ」
「職員はもちろん、ギルドに入会する人はみんな受けるものよ。冒険者でも稀にいるのよねぇ。邪な心を抱きながらも、それを隠して取り入ろうとする輩がさ」
あーなるほど。言いたいことはなんとなくわかる。
詐欺まがいなことをする人から、ギルドを守るための処置ってことね。
「わかりました。お願いします」
「ああ」
ギルマスさんが私の方に手をかざすと、魔法陣が浮かび上がった。
おお、ちゃんと魔法を見るのは初めてかも。さすがエルフ。魔法に長けてるイメージそのまんまだ。
「──特に問題はない。よってお前を正式に、ギルドの職員として採用する」
「ありがとうございます」
「ああ。改めて、ターガイニの冒険者ギルドのギルドマスター、シルトだ。これからよろしく頼む」
「カエデです。こちらこそ、非才の身ですが精一杯頑張ります。よろしくお願いします」
「証明書は後でサラサに届けさせる。いいな、サラサ」
「了解しました」
「では手続きはこれで終わりだ。各々仕事場へ戻れ」
シルトさんの一言で、その場は解散となった私たちは一度厨房に戻った。怒涛の展開で疲れたこともあって、休憩をちょっと長めにとることにした。
冷たい水が体に沁みるわぁ。
まさかちょっとした職業体験だったはずが、正式な職員として雇われることになるなんてね。これもまた人生経験ってやつなんだろうね、きっと。
「えーっと、これから私はどうすれば……?」
「そうね……。というか本当に今更だけど、強制するようなことしちゃって、ごめんね」
「職員として採用させるって話ですか? 確かにまだビックリしてますし、理解が追いついてないですけど……」
「カエデさん……」
「でも大丈夫です。私の料理を美味しいって言ってくれる二人の言葉が、嬉しかったので。やれることはやってみます」
そう、最初にこの世界に来た時に思ったことだよ。
なるようになれ、ってやつ。
「ありがとうございます、カエデさん。私も精一杯支えて、カエデさんの力になりますね」
「ありがとうパティさん。頼りにさせてもらうね」
よし、ひと段落したところで色々と聞きたいこともあるし、質問してみよう。
「あの、聞きたいことがあるんです。この食堂が、どうしてこんな状態になってるのか……教えてくれませんか?」
私の質問に、パティさんもサラサさんも黙ってしまった。とはいえ、この話は避けて通れないって思ったんだよね。
言いづらい内容だとしても、自分がこれから働く場所について知っておきたい。そう感じたんだ。
私の真剣さに、なにかを感じてくれたのか。まずサラサさんが頷いた。
「そうね。料理長としてここで働くなら、知っておかなくちゃいけないわよね」
「でもサラサ──」
「パティ。このまま黙っているのは、カエデにとって失礼になるわよ。隠したまま働いてもらうなんて、私には無理。そんな環境は不健全よ」
「ですが……」
「それにあなたも分かってるはずでしょ? このまま黙っていたところで、どうせバレるんだから。だったら直接教えた方が親切ってものよ」
「それは……」
予想はしてるけど、想像以上にやんごとなき事情がありそう。やっぱり聞くのやめた方がよかったかな、なんて思ってたらサラサさんが教えてくれた。
「最初に、ここはワケありだって言ったの、覚えてる?」
「はい」
「ここの食堂、一昔前まで別の料理長が働いてたの。でも従業員や冒険者たちとの間で、色々あってね。だから今はほぼ開店休業状態なの」
「色々……?」
「ええ。ひどいものだったわ──」
サラサさんが教えてくれた内容は、誇張なしでひどい話ばかりだった。
食材を卸してくれる店の店主には文句ばかり言うわ、そのうえやっすい物を仕入れてるクセに冒険者には高級品と偽るわ、従業員を自分の手足のようにこき使うわ、体調が悪くても強制労働させるわ、冒険者からのクレームにクレームで返すわ、あまつさえ金額を騙し取るわ……。
聞くだけでお腹いっぱいになりそうなくらいのクズっぷり。
まさにブラック企業にいる、使えないクセに命令だけはいっちょまえな上司そのものじゃん! てかこっちの世界にもそういう輩がおるんかい!!
「それ、契約違反で強制退職できなかったんですか?」
「もちろん、最終的にはギルドの総意で追い出したわ。けど厄介だったのが、そいつは国の方から遣わされた料理人だったの」
「うわぁ……」
「だから追放するためには国王の証明書がどうしても必要だったし、それを得るのにも時間がかかったの。だから自由勝手を許しちゃったのよね」
その間に従業員離れと冒険者離れが加速しちゃって、結果として開店休業状態になってしまったと。
なるほどなぁ。今がこんな状態なのは、前の料理長の負の遺産のせいってわけかー。
でも確かに一度着いた悪いイメージって、そうそう回復しないもんねぇ。これはそう簡単に解決できる問題じゃなさそう……!
「そういうわけで、今じゃここは誰も来ない無人の食堂ってわけ。それをたまにいる新人の冒険者が面白がって、亡霊食堂とか給料泥棒食堂とか、言いたい放題言われてるのよ」
「はぁああ!?」
「食堂側の理由を知ってる冒険者たちや職員は、そんなこと言わないんだけどね。それでも、言われてるって事実は本当なの」
なにそれ! 理由を知らないとはいえ、言っていいことと悪いことがあるでしょ!?
そんなこと言われてるのに、なんでパティさんはずっとここにいるの!?
「そんな環境なのに、どうしてパティさんは辞めなかったんですか!?」
「えっと、それはですね。……私、この場所が大好きなんです。初代料理長にここで救われて、だからなくしたくなくて」
「それでずっと、前の料理長になにされても耐えてたってこと……!?」
「そういうことになりますね。それでも、この場所から離れることはできなかった。おかえりで出迎えて、笑顔になった人たちをいってらしゃいで送り出す。そんな温かい場所を、守りたかったんです」
結局守れてないんですけどね、ってパティさんは困ったように笑った。
そんな、そんなこと聞いたらさ……! こっちも頑張りたくなるってもんじゃん……!! こんなに優しくていい人のために、力になりたいって思っちゃうじゃん!!
「……わかりました。教えてくれてありがとうございます。今の話を聞いて、完全に腹を決めました」
「それはどういう……」
「パティさん、一緒に頑張りましょう!! 前の料理長だか馬鹿だか知らないけど、そんな奴が残してくれやがったイメージなんて、全部吹っ飛ばしましょう!」
「カエデさん……! ありがとうございます!」
いいよ、やってやろうじゃん。
どこまで出来るかは分からないけど、せめてまた盛り上がるように、頑張ってやろうじゃない!!




