第40話 焼きたて食パンは魅惑の香り
今日はビリスに、新しいパンの作り方を教えていた。
やっぱりパン作りバカって言われるだけあって、新しいパンに出会えるのはビリスも嬉しいみたい。本当に楽しそうにパンを作ってるんだよね。
あの時スカウトして、本当によかった。
ちなみに今作ってるのは食パンだ。
一枚あれば、朝食にもデザートにもなる優れもの。それにミアちゃん特製のフープロもあるから、自家製パン粉だって作れちゃう!
テールムさんに天板を依頼した時に、ついでにって頼んじゃったんだよね。でもイヤな顔一つしないで作ってくれた。
いつも美味いメシを作ってくれてる礼だ、なんて言ってくれてたっけ。
「あとは溶き卵を塗って焼くだけだよ」
「おう、分かった」
型の中でしっかり膨らんでいた食パンの生地に、溶いた卵をやさしく塗る。あとは石窯の中に入れる前に、密かに練習してた魔法を使う。
今使いたいのは、水の魔法。まず指先に、魔力を集めるイメージを浮かべて……。
お、指先がなんかあったかいかも。
少しずつだけど、魔力の流れってのがわかるようになってきたぞ。
そしてこの集めた魔力を、石窯の中に吹きかけるように……。私の指は今、霧吹きだ……!
「それっ」
ついっ、と指を振ってみる。
よし! イメージ通り霧状になった! 石窯の中にちゃんと霧が入ったし、これで準備はOK!
「じゃあ石窯に入れよっか」
「ああ。ところで、今なにしたんだ?」
「石窯の中に水蒸気を作るために、魔法で水を散布したんだよ。こうすれば窯の温度が均一になるし、外側はパリッと、中はふんわりとしたパンが焼けるんだ」
「そんな技術があるとはな。そりゃ、出来上がりがさらに楽しみになるってもんだ」
食パンの生地を石窯に入れてもらって、焼き上がりを待つ。時々位置を調整しながら、待つこと数分。
厨房内に、魅惑の香りが漂う。
焼かれた小麦の香ばしい匂いと、甘いバターの匂いがたまらない! お腹が空く!
「いい匂いですねぇ」
「だねぇ。パンが焼ける匂いって最高〜。これもボナくんが、良い乳製品の仕入れ先を見つけてくれたおかげだよ」
「へへっ。ここ最近は知らない食材でも、前向きに検討する事があるんだ。カエデなら絶対に美味しく作ってくれるって信じてるからね」
嬉しいことを言ってくれるねぇ。そんなこと言われたら、私ももっとがんばろうってなるよ。
「もうそろそろいいかも。ビリス、出してくれる?」
「分かった。熱いから気をつけろよ」
石窯オープン! からの、しっかり山型に膨らんだ食パンが登場!
膨らんでなかったらどうしようって思ってたけど、ちゃんと成功してよかった〜!
これを熱いうちに型から取り出して、山の部分に溶かしバターを塗れば──。
「食パンの焼き上がりっ!」
「おお〜!」
最後の溶かしバターのおかげで、パンの表面がツヤツヤしてて良い感じ〜! そこから漂う焼きたてパンの香ばしい香りは、もはや癒しのアロマだよね。
焼きたてから一枚分を切る。
新しい料理が出来たら、まずみんなで試食する。いつの間にか出来ていた、厨房の暗黙のルールだ。
一枚分をさらに四等分に切って、みんなに渡す。
「はい、みんなの分ね」
「ありがとうございます」
「この間のフォカッチャってのより、かなり柔らかいね!」
「こんな真っ白なパンなんて、生まれて初めてだ。けどこいつはなんとも、いい匂いだな」
誰からともなく、いただきますの合図で食べる。
ふんわりとした食感に、小麦とバターの甘みが最高! 耳の部分もさっくりしてて、文句のない出来! 何もつけなくても、ここまで美味しい!
それに食べれば、香ばしくて甘い香りがふわって鼻に入って、食欲を掻き立てられる!
水の魔法で作った水蒸気も、ちゃんといい仕事してくれてる。練習しててよかった〜。
今回もみんな喜んでくれてるし、メニューに追加しても問題なさそう。
選べるパンが増えるのは、刺激になっていいことだからね。
食パン談義に花を咲かせてると、飲食スペースの方から声が聞こえてきた。
「こんちは〜っす」
「イグニスさん! おかえりなさい」
鍛冶場で働くテールムさんの、一番弟子のイグニスさんだ。
片手をあげて返事をしたイグニスさんが、目を細めて匂いを嗅いでるっぽい。そりゃあ気にならざるを得ないよね、この魅惑のパンの香りはさ。
「なんかいい匂いがするっすね?」
「実は新しいパンを試作してて、焼き上がったばかりなんですよ。今後食堂のメニューにも追加しようって思ってるんですけど、良かったら食べてみませんか?」
本当はまだ出す予定はないけど、イグニスさんなら従業員だし大丈夫でしょ。
それに色んなヒトの感想も聞きたいし。
「いいんすか!? じゃあ今日はパンのセットで、肉のスープでお願いします!」
「わかりました。飲み物はどうしますか?」
「えーっと、なんて言ったっけ。つむじだかスジだか、そんな名前の飲み物あるっすよね?」
なんつー間違いしてんだ。
しかも絶妙に惜しい間違いしてるし。
「ああ、スムージーですか?」
「そうそれ! スムージー! それがいいっす!」
「はーい。パティさん、スムージーお願いしていい?」
「はい、任せてください!」
パティさんも料理の楽しさを日々感じてるみたいで、自信満々に答えてくれた。良い傾向だ。
なんだかんだと、毎日一緒に料理してるもんね。
「ありがと。ビリス、食パン切るの任せていい?」
「ああ、任せとけ。さっきと同じくらいの厚さに切ればいいんだろ?」
「うん。それを二切れ分お願い。ボナくんはサラダをお願いしていい?」
「任せて〜!」
こうして見ると、本当にいいチームになってきてるなぁなんて思う。こうやってみんなで協力して仕事をするの、やっぱり楽しいな。
こんな感覚は久しぶり。
日本にいた時なんて、仕事なんてただただ苦しいだけだったから。周りの人も、敵じゃないけど味方でもなかったし。
「っと、いけないいけない。おセンチになるのは今じゃないってね。スープ用意しなきゃ」
イヤな思考は頭の隅に追いやって、今日の肉メインのスープを盛る。
今日の肉メインのスープは、結構リピーターが多い、オーク肉のスペアリブを使ったスープだ。
それぞれ用意ができたものをお盆に乗せて、イグニスさんの席に出す。
「お待たせしました、選べるパンセットです」
「あざます! これが新しいパンっすか?」
「はい。食パンって言います。美味しいですよ」
「へぇ〜。それじゃあ早速、いただきます!」
食パンを一口食べたイグニスさんが、大きく目を見開く。ふふ、食べたことのない食感でしょう?
「うっま! なんすかこのパン! こんなに柔らかくて甘いパン、はじめてっすよ!」
「ありがとうございます」
「人生の中で、こんな美味いパンが食べれるなんて……! オレ、生きてて良かった……!!」
そこまで感動されるとは。
次にスムージーを飲んで、イグニスさんはまた歓声を上げた。
「このスムージーも美味い! こいつはフラーグムっすか? 甘酸っぱくて爽やかで飲みやすい!」
「気に入ってもらえて嬉しいです」
「実は冒険者たちが話してるのを聞いて、気になっていたんすよ。ジュース以外に、あんなに甘くて美味い飲み物ははじめてだーって賑わってて」
「そうなんですか?」
まさか話のタネになっているなんてね。
ああでも確かに、スムージーを頼む冒険者は後を絶たないからな。
それだけ気に入ってもらえてるのは、嬉しいな。
それもこれも、ミキサーを作ってくれたミアちゃんのおかげだね。改めて感謝しなきゃ。




