番外編 とあるエルフの独白そのニ
この話の次からまた本編に戻ります
パーティのみんなが殺された、悪夢のような惨劇。
それから命からがら帰還して治療を受けた私は、一人残されたことに、ひどく絶望していた。
私は逃げるばかりで、なにもできなかった。剣士もヒーラーもモンクも、誰一人助けられなかった。
それが悔しかったし、何より情けなかった。
敵から逃げて、戦いもせずおめおめと一人で帰ってきて、なにがパーティ随一の魔法使いだ。なにがAランク冒険者だ。
自分が嫌になる。こんな思いをするのなら、あの時逃げずに戻れば良かった。どうして私一人だけ、生き残ってしまったのだろう。
それでも。あんな悲劇に遭っても、冒険者自体を嫌いにはなれなかった。足が無意識に冒険者ギルドに向かっていたし、冒険者たちやギルドの空気は好きだった。
とはいえ、惨劇直後は冒険者ギルドに来たとて、依頼を受ける気になれなかった。
ギルド内のどこか静かな場所にいたくて、灯りはついてても仄暗い空間を見つけた私は、そこに行っては連日自分を責め続けた。
そうやって一人でいたところに、ある日その人はやってきた。
その人はそこにいた私の前に、スープが盛られた皿をことりと置いた。その人は私の恩人であり、初代料理長兼オーナーであった、初老の人間の男だった。
「ほら嬢ちゃん。冷めないうちに食べな」
「……いえ、結構です。食欲もありませんし……」
「そんなこと言って、ここ数日なにも食ってねぇだろ? 気付いてないかもしれないが、ここはギルド内の食堂だ。嬢ちゃんが食堂に来て何も食べずに帰るとこ、俺は何度も見てたんだぞ?」
「え、食堂……?」
その人に言われて、私ははじめて自分がいた場所を見た。
長テーブルにイスに、奥には厨房があった。確かにその人の言うとおり、私は食堂にいたことに初めて気が付いたのだ。
「あ……」
「はぁ、それすら気付いてなかったんか。まぁいい。何があったのかは知らねぇが、腹が減ってちゃあ、なぁんも良いことなんかない。今日は奢ってやるから、食べてみな」
「いえ、ですが……」
いらない、と返そうとしたが、スープの匂いに釣られたのだろう。私の腹が、きゅう、と切ない音を立てた。
心はどうしようもなく沈んでいるのに、なんて現金な体なんだろうって、少し恥ずかしくなったのを覚えている。
「ほら、体も腹減ったって訴えてるぞ」
「……。……では、少しだけ……」
皿に盛られていたのは、野菜と豆のシンプルなスープだった。そこから優しい香りが漂って、どこか緊張していた体が解されるような感覚がした。
スプーンを持って、スープを一匙掬う。そのまま口に運ぶと、ふわりとした温かい味が舌に染み込む。
野菜の甘みと豆の風味が溶け出してるスープは、とても美味しくて、心をほっとさせる味をしていた。
一口飲むと、途端に視界がぼやけた。両目からぽたぽたと雫が溢れて、嗚呼、今自分は泣いているのかと気付く。
美味しいと感じることに、ひどく安心して。自分は生きているのだと。この体は生きたがっているんだと、思い知らされて。
これまでの色んな感情が止まらなくなって、泣きながらまたスープを飲む。
「おう、たーんと食え食え。美味いだろ?」
「はいっ……美味しい、です……っ!」
「だろう? 食べるってことは生きるってことだ。嬢ちゃんの体は今、必死に生きてるんだ。だったら、ちゃんと食わないとな。おかわりもあるぞ?」
「おねがい、しますっ……!」
その時飲んだスープの味を、私は生涯忘れることはない。あの優しくて美味しいスープは、私に生きる希望を与えてくれた。
スープを飲んだ後、初代料理長は私を食堂で働かないかと誘ってきた。人手が欲しいとのことだった。
あの惨劇で仲間が死に、恐ろしい思いをした私は、もう二度とそんな思いをしたくなかった。あんな身が引き裂かれるような思いは、二度とごめんだと。
だから、初代料理長の提案はありがたかった。ギルドの職員になれば、少なくとも目の前で仲間を失うことはないだろう、そう考えた。
今度は冒険者を支える側に回ろうと、私は提案を受け入れて冒険者を引退した。
それからの日々は、目まぐるしくも学ぶことが多くて、新鮮な気持ちで過ごすことが増えた。
冒険者として生きていた頃とはまた違った楽しさがあって、毎日が楽しくて仕方なかった。
冒険者も毎日に食堂に来て、笑い合ったり時には別れを惜しんだり、様々な様相を見せてくれた。
それも含めて、初代料理長はたくさんのことを、私に教えてくれたのだ。
だからこそ、初代料理長が老衰で亡くなってしまった時は物凄く寂しかったし、悲しかった。
葬式はずっと泣きっぱなしだったし、彼を失った喪失感は凄まじいものだった。
初代料理長は生涯独身であり身寄りがなかったこともあって、彼が使っていた調理器具は私に受け継がれた。器具は傷もなく、大事に扱われていたのだと一目で分かった。
そして彼の意思を引き継いで、私は食堂のオーナーとなった。彼の思いを大切にしながら、これからも前を向いて働いていこう、そう思っていたのに。
次に来た料理長によって、食堂はこれまで続いていた平穏を失ってしまった。
次に来た料理長……度々話題に出る人物でもある前の料理長は、とにかく横暴だった。
何事も勝手に決めて、それを従業員にも冒険者にも押し付けて、相手がそれを気に入らなければ徹底的に攻撃するような男。
鍛冶場の人たちに無理矢理質のいい道具を作らせたり、解体場で他に卸す予定だった食材を強奪したりと、随分と勝手に暴れ回っていた。
料理の腕も悪いのに、質のいい道具を使っているから料理が得意だと勘違いして、ヒトが食べれないようなものを料理と言い張る人物だった。
私は彼に命令されて、料理ができた後に無理矢理術をかけて加護を付与していた。最初こそ反対したものの、他の従業員が命令されてる現場を見て、大人しく従うことにしたのだ。
他の従業員が苦しむ姿は見たくなかったし、仲間が理不尽に潰される姿を、見過ごせなかった。
それでも前の料理長は従業員とも度々衝突を起こし、耐えきれなくなった従業員が一人、また一人と食堂から姿を消していった。
トラブルを起こしてばかりの人物だったのに、簡単に追放できなかったのは、彼が国から遣わされた人物だったからだ。
ギルドが得ていた前情報では、とても優秀で人情に溢れた人物だと聞いていたのに、蓋を開けてみれば悲惨な有様。
ギルドからも何度も国に報告をあげていたが、彼を追放するまでに多くの時間がかかった。
数々の証拠や証言、そして国からの処分証明書をもって、ようやく前の料理長を追放できたものの。
後に残されたのは、誰もいない厨房と誰も来ない食堂だけだった。
また私は、誰も守れなかった。誰も助けられなかった。
だけど、この場所だけは。温かい思い出が詰まっていた、この食堂だけは。
一人になってしまったけど、私が守っていこう。たとえ、冒険者たちから虐げられたとしても。
それからカエデと出会うまで、私は一人厨房に立っていた。




