番外編 とあるエルフの独白その一
今回はパティ目線の話になります
最近、食堂の仕事が楽しい。
そう思えるようになったのも久し振りで、ちょっと懐かしい気持ちを思い出す。
私の名前はパティナーニ。みんなからは、パティって愛称で呼ばれてる。
ここの食堂で働く前は、とある冒険者パーティに所属していた。そう、私は元冒険者だ。
私はエルフ特有の魔力量の多さから、魔術での支援と回復担当を務めていた。とはいえ攻撃技もそれなりに会得いているから、時折前衛に混じることもあった。
私がいた冒険者パーティのランクはAで、そこそこ強かった。心許せるいい仲間たちにも恵まれて、とても充実した日々を過ごしていたと思う。
そんなパーティが解散したのは、突然のことだった。
その日は高難易度の依頼を受けて、とある洞窟に来ていた。依頼内容はキマイラの討伐。
魔物のランクはS寄りのAだったけど、そろそろSランク昇格に挑戦しようとしていた私たちは、腕試しも兼ねてその依頼を受注したのだ。
私を含めてみんな、力がついてきたからと自信に満ち溢れていた。それが油断と驕りを生んでいたことに、気付くこともなく。
結果だけ言えば、依頼の魔物は無事に討伐できた。
みんなで喜びを分かち合い、称え合っていたところまでは、なんの問題もなかった。
事件が起きたのは、収納のスキルで魔物を収容しようとしていた時だった。その時のことは、今でも忘れられない。
私が死体となったキマイラに近付いたところで、仲間の一人が突然「離れろ!」と叫んだ。
最初はその声に驚きはしたものの、直後に地鳴りが響いたのだ。それをきっかけに、なにかあると判断してその場から離れ、みんながいた場所へ戻った。
突然の出来事にみんな動揺した。
だって依頼場所の洞窟には、標的のキマイラ以外の魔物なんて、いないはずだったのだから。
それでも地鳴りは止まず、地面はひび割れ、とある魔物が地中から這い出てきた。その正体は、異様なオーラを纏ったワイバーンだった。
本来ワイバーンは、キマイラよりも弱い魔物だ。ランクもC寄りのBランクで、実力のある冒険者たちにとっては、苦戦なんてしない相手である。
だが一目で分かった。このワイバーンは異質だと。このワイバーンの力は、死体になる前のキマイラを凌駕すると。
みんなもその異質さを肌で感じ取ったらしい。身動きが取れずにいたけど、最初に我に返ったパーティのリーダーが、叫ぶ。
「逃げろっ!!」
その鶴の一声に、みんなで一斉に出口に向かって走り始めた。ワイバーンはといえば、私たちを敵と認識したらしく、咆哮を一つ上げてから追いかけてきた。
狭い洞窟内だったにもかかわらず、ワイバーンは器用に飛んでみせた。一気に距離を詰められて、一番後ろを走っていた仲間の剣士がまずやられた。
響く絶叫。空を舞う鮮血。
私たちのパーティの中で、一番強くてキマイラ戦でも頼りになった剣士が、ワイバーンのたったのひと薙ぎで倒れ伏した。
剣士の恋人だったヒーラーが助けに入ろうとしたけど、剣士はただただ「逃げろ」と、血を吐きながら繰り返し叫んだ。
ワイバーンの鋭利な爪には、剣士の血がべったりと付いていた。このまま放っておけば、明らかに失血死してしまうだろうと、簡単に予測できてしまった。
後ろ髪を引かれる思いだったが、ここで死んでは剣士の犠牲を無駄にしてしまう。泣きじゃくるヒーラーを説得して、私たちは再び走った。
背後から聞こえてきた、剣士の悲鳴と骨を砕くような音を、振り払うかのように。
それでもワイバーンは止まらなかった。出口まであと半分のところで、二人目の犠牲者が出た。
二人目の犠牲者は、泣きじゃくっていたヒーラーだった。地面に足を取られ、転倒したところにワイバーンは飛来した。
立ちあがろうとした彼女は、ワイバーンの足で地面に力一杯押さえつけられた。
凄まじい衝撃だったのだろう。普段の彼女からは想像もできない、物を吐き出すような、汚い悲鳴を上げたのを覚えている。そしてそのまま頭部を一口で食われたのが、彼女の最後だった。
恐怖と混乱が、残っていた私たちを包んでいた。
どうしてこんなことになったのだろう。
どうしてこんな目に遭わなければならないのだろう。
とはいえ、ここで足を止めてはならなかった。剣士とヒーラーのためにも、ここを脱出して事態をギルドに伝えなければならなかった。
私と、残っていたモンクの男は走った。
走って、走って走って、そろそろ出口だというところで、男は洞窟側を見て止まった。
なにをしているのか。私は男に声をかける。
「お前は逃げろ。逃げて、ギルドにこのことを伝えるんだ。俺はここで、アレを足止めする。なぁに、アレを外に出さない方法なんて、いくらでもある」
その言葉はもはや、遺言のように思えた。私は悟ってしまった。この男は、ここでワイバーンもろとも心中するつもりなのだと。
そんなことはやめてほしい、二人で逃げよう。そう反論しても、男は飄々とするばかりだった。
大丈夫だと何度も言うが、なにが大丈夫なものか。そっちがその気なら、私も残るまで──。
「……悪いな、パティ」
そんな呟きが聞こえた直後。男は私に攻撃した。
不意打ちのような攻撃に受け身も取れず、私は洞窟の入り口近くまで吹っ飛ばされた。慌てて起き上がって洞窟を見れば、男は洞窟の天井に向かって攻撃を放った後だった。
大きな音を立てて、洞窟の天井が崩れていく。私とみんなが引き裂かれていく。
戻りたかった。私一人残されるなんて、耐えられなかった。そんな私の心情なんて、叫びなんて、この場の誰にも伝わらなかった。
だけど私には、立ち止まることは許されなかった。
走って走って、ボロボロになりながらギルドまで辿り着く。一人で帰還した私を心配した受付嬢の友人に、事の経緯と救援をお願いしたところで、私の意識は途絶えた。
これが、私が冒険者を辞めたきっかけの事件。
そしてこれから、ギルドの食堂で働くようになったきっかけの出来事でもある。




