第30話 今日も今日とてヒマですねぇ
ライスのメニューもパンのメニューも決まって、これからいよいよ本腰を入れて、食堂を立て直すぞ!
……と、意気込んだはいいものの。
メニューが決まった日から数日。食堂は今日も、暇を持て余しているのである。
飲食スペースは相変わらず閑散としてるなぁ……。ため息も吐きたくなるってもんだよ。
「今日もあまり来ないね、冒険者たち……」
食材はひとまず用意してるだけで、実際にまだ作ってはないから、破棄することはないだろうけど。それでも、下ごしらえはやってるからね。もったいないって思っちゃう。
なんだろうね、なんか出鼻挫かれた感じ。
「この食堂に嫌な思いをさせられた冒険者も、多かったですからね。おそらくその時のイメージが、まだ強く残っているんだと思います」
「前の料理長のせいってやつ? まったく、イヤな置き土産残しやがって。腹立つわぁ」
「一回ついた悪いイメージって、なかなか払拭できないもんねぇ……。難しい問題だよ」
「とは言っても、どうすっかねぇ。ずっとこのままでいるワケにもいかねぇだろ?」
それはそう。そもそも私はこの状況をどうにかするために、ここで働き始めたんだから。
悩みながらふと食堂の入り口を見ると、ミアちゃんが来てくれたのが見えた。ミアちゃんはこうやって時々来てくれるんだよね。ありがたいわ。
「おかえりなさい、ミアちゃん」
「うむ、ミア様が来てやったぞ。相変わらずヒマそうにしているな」
あははーなにも言い返せない。
相変わらずだねぇ。でも口では辛辣なこと言うけど、時々ここに来るあたり、私の料理を気に入ってくれてるんだよね。なんか嬉しいや。
なーんて、本人に言うと反論してくるだろうから、なにも言わないけどさ。
「それで、今日はなにを用意してるんだ?」
「ああ、そっか。ミアちゃんには説明しなきゃだね」
私はカウンターに置いてあるメニュー表を、ミアちゃんに渡した。
メニューが決まった後、いちいち説明する手間をなくそうってことで、メニュー表を作ることになった。話し合いの時に書いたまとめを、そのまま引用したものだけど。
でもそれを見れば、この食堂でなにを出しているか分かるし、こっちが長ったらしく説明する必要もないから、あると便利なのよね。
ちなみに、金額は一律銅貨五枚。おかわりしたい場合は、一回につき銅貨一枚を追加で払ってもらうかたちにした。
ここは冒険者のためのギルドとはいえ、慈善団体ではないからね。対価として、お金を払ってもらうことにした。これもメニュー決めの話し合いで、ついでに決めたことだ。
価格を決める際、私は依頼達成の報奨金とかの相場なんて分からなかったから、日本の時給で換算した。
最低賃金が1,100円だと仮定した場合、この世界では銀貨一枚と銅貨一枚になる。
冒険者になりたてのFランクのヒトたちが、一回の依頼で得られる平均的な収入は、銀貨五枚程度なんだって。これはパティさんが教えてくれた。
そんでもって、これは最初にパティさんに任せちゃったんだけど……。従業員価格は、銅貨七枚にしてもらったんだよね。まぁ700円の定食って考えれば、妥当っちゃ妥当だ。
異世界で銅貨七枚って、なんだか高いイメージがあったんだけど、ギルド職員なら難なく支払える金額らしい。収入が安定してるって素晴らしいね。
そしてそれとは別に、冒険者はギルドの食堂で食事する場合、「冒険者割引き」ってのが使えるみたい。従業員価格より、さらに安く食事ができる仕組みなんだってさ。
だから冒険者は基本的に、ギルドで食事をするんだって教えてもらった。それを聞いて、どうして前の料理長が劣悪だったのに、冒険者たちがこの食堂で食事していたのか、納得しちゃったよ。
まさに、背に腹はかえられないってやつだね。
ともかくそうやって、パティさんたちから色んな話を聞いて出した金額が、銅貨五枚。日本で言うところの、ワンコインランチってやつだ。
現代日本では物価高もあって、ほぼ幻のような存在になっちゃたけど。500円で十分に食べられたあの時代が懐かしいや。この世界には関係ないので、そんな話は頭の片隅に追いやった。
とはいえ、その金額なら初級冒険者も無理なく支払える額だろうって、話がまとまったんだよね。
メニューの一覧に金額もちゃんと書きましたとも。
その一覧を見せながら軽く説明して、なにを食べたいか選んでもらう。
ミアちゃんが頼んだのはパンセットだった。スープは野菜メインで、パンの付け合わせは季節の旬のジャム。ちなみに今の季節限定は、真っ赤な色が特徴なフラーグムジャムだ。
このフラーグムって果物、いちごによく似てて、フレッシュな甘酸っぱさが美味しいんだよなぁ。煮詰めてもその風味が残るから、ジャムにして大正解。
試しに作ってみんなに食べさせたら、買いたいって言われるほどの大人気になっちゃったよ。
それらを皿や器に盛って、ミアちゃんに提供する。
今日の野菜スープは、キャベツっぽい野菜とたまご、ジャッカロープの肉で作った、だしスープ。
味付けはお吸い物に似てるけど、これはスープって言い張る。
「お待たせ、ご注文のパンセットだよ」
「なるほど、悪くない出来だな! では、いただきます」
手を合わせてから、ミアちゃんがまず食べたのは野菜スープだ。一口飲んだミアちゃんは、うんうん、と満足そうに頷いてる。
「素朴なのに優しい味だな。悪くないぞ」
「そっか、それはよかった」
「食材も大きくて、食べるとスープの味が飛び出すのもいい。食べ応えもあるし、なかなか考えられたスープだな。気に入った、褒めてやるぞ」
口では偉そうに言ってるけど、気に入ってもらえたようで良かった。
ミアちゃんはある程度スープを食べたところで、今度はパンに手を伸ばす。
「ところで、このフラーグムジャムというのは、どうやって食べるんだ?」
「ジャムはパンに塗って食べるものなんだ。好きな分量を塗って食べてみて。パンがより美味しくなるよ」
「なるほどな。では……。……む!?」
フラーグムジャムをたっぷり塗ったパンを食べたミアちゃんの目が、びっくりって感じで大きく見開かれた。
なんか懐かしい。最初にみんなに食べさせた時も、こんな反応されたな。
「なんだこれは! 甘くて酸っぱくて、食べたことのないうまさだぞ! フラーグムもとろけるように柔らかくて、でも果肉を感じられて……!」
「ふふ、分かりますよ。美味しいですよね」
「ああ、おいしい! これはただのパンがご馳走になる! まさか、これもカエデが作ったのか!?」
「ふふん、ご明察。私が作りました」
どやっ、と胸を張ってみる。
ちら、とミアちゃんを見てみれば、嬉しいのか悔しいのか分かりにくい顔をしてた。
どうしたん? どんな気持ちなの?
「な、なかなかやるじゃないか。くぅ、このミア様をここまで陥落させるとは……!」
そんなことを呟いてから、あれよあれよとパンとジャムを食べ進めちゃったよ。
そのあと、綺麗になくなったパンとジャムの皿をしばらく見つめていたけど、ミアちゃんは顔を赤らめながら話しかけてきた。
「どうしたの?」
「その、あれだ。ミア様はこの未知の美味しさをまだ、解析しきれてないから……。えっと……。パンとジャム、おかわり……」
そんなに恥ずかしがることなんてないのに。あれかな、年相応に振る舞うのに慣れてないのかな。子供らしくて可愛いところもあるんだね。
「はーい。ビリス、パンお願いできる?」
「ああ、大丈夫だぜ」
余程ジャムが気に入ったみたいで、おかわりした後にもう一度おわかりって言われた時は、さすがにびっくりした。
なんにせよ、満足してくれたようでよかったよ。




