第25話 後悔してほしくないからワガママを通す
ため息を一つ。
結局この獣人は、冒険者になりたいだなんて最初から思ってない。ただパン職人を辞めたいって言い訳に使ってるだけだ。
そもそも、ヒトそれぞれ好みや趣味や趣向が違うんだから、気に食わないって言ってくる人が出るのは当然でしょうに。
「誰からも認められるものなんて、そんなのあるわけないじゃない。一人一人違う生き物なんだから」
「そりゃあまぁ、そうかもしれないけどよ……」
「認めないヒトがいるかもしれない。そう分かっていながらもパン作りを続けていたのは、それが生きがいだから。違う?」
それこそ、ルルスちゃんにパン作りバカって言われるくらい、ビリスはパン作りにのめり込んでいる。それはなんでか。
そんなの、辞められないからでしょ。これまでパンと一緒に歩んできた人生を、そう簡単に切り捨てることなんてできないって思うのが普通だ。
というか、捨てたら絶対に後悔すると思う。
「それに勘違いしてるけど、あなたがパン作りを辞めてもテムさんたちは喜ばないよ。むしろその逆で、悲しむと思う。というか、そんなこと望んでないって本人から聞いた」
「ばーさんが、そんなことを……」
「うん。それにパン作りを諦めるって、それってルゲンさんから教わったこと全部を捨てるってことなんだよ。そんな恩知らずなことをしたいの?」
「そんなワケないだろ! けど、だけどよ……!」
ここまで言われても、ビリスはまだ本音を言おうとしない。あともう一押しだとは思ったけど、その前に私の方が先に限界が来ちゃった。
「あーもう! まだるっこしいな!!」
バンッ、とテーブルを叩いてから立ち上がる。
自分でも気付いてるくせに、いい加減腹を括れってもんだ。この際だ、言いたいこと全部言ってやる。
「パン作りを教えてくれた人のためって思うのなら、なおのことパン作りは辞めちゃダメでしょ! 今アンタがやろうとしてるのは、ただの自己満足と変わらない!!」
「お、おぅ……」
「それに冒険者になったとして、戦って死んだら全部おしまいなんだよ!? そうなった後で、やっぱりパン作りを辞めなきゃよかったって後悔しても、もう遅いんだよ!?」
「それは、でもオレは……」
「結局アンタはこれからもパンを作りたいの? 作りたくないの? どっち!?」
ずい、と迫って問いただす。
ビリスは、ぐっ、と何かを堪えるような表情をしたあと、堰を切ったように叫ぶ。
「オレだって辞めたくねぇよ! ずっとパンを作っていきたいに決まってるだろ!! これまでの人生、簡単に捨てられるワケねぇだろうが!」
「だったら最初からそう言いなさいよ! 獣人だからとかオレのせいでとか、そんなの考えるのはあとでいい!」
やりたいことがあるなら、後悔しない選択をして欲しい。そう思うのは、私のワガママだ。でも今回はこのワガママを押し通させてもらう。
「テムさんたちに迷惑をかけたくないのは結構だよ! それでもパン作りを辞めたくないなら、私のところで働いてパンを作り続けなさい! それが回り回って、恩返しにもなるんだから!!」
最後の方は肩で息をしていた。
はーっ、スッキリした。言いたいこと全部言ったわ。矢継ぎ早に色々言っちゃったけど、やっと本音を聞き出せたよ。
やっぱり、本当は辞めたくなかったんじゃん。
椅子に腰掛けてからビリスを見れば、黙ったまま俯いてる。
……えっと、これちょっと言い過ぎちゃった……? 勢いに任せて勝手にあれこれ言ったの、気に障ったかな……。
「……いいのかよ、オレがパンを作っても」
謝ろうかなって思い始めた頃に、ビリスが呟くように問いかけてきた。よかった、怒ってなかった。
「最初に言ったでしょ。私はあなたをスカウトしに来たって。あなたの焼くパンが、私には必要なの」
「ワーウルフのオレが焼くパンでもか?」
「それも言ったよね。ワーウルフだからだとか、あーだこーだ考えるのは後でいいって。今はパンを作り続けたいって、そう思う気持ちを持ってるだけでいいの」
そう言ってのければ、ビリスは呆気にとられた表情になってから、ははっと笑う。
「骨の髄まで物好きなんだな、アンタってやつは。……わかった。そのスカウト、ありがたく受けさせてもらうぜ」
「ホント? あとからやめた、なんてのは無しだよ」
「わかってるよ。オレもここまで言われちゃ、応えないわけにはいかないだろ」
「良かった。それならそれで、テムさんたちに話さないとね。きっと喜んでくれるよ」
そうと決まれば、善は急げ。ビリスとの話が決まったところで、店の中に戻ってテムさんとルゲンさんを呼ぶ。店も落ち着いてるからと、厨房の中で一連の流れを話すことになった。
ビリスがこれまでのことを話し、食堂で働く許可が欲しいと頭を下げる。
ビリスの言葉を受け止めたテムさんとルゲンさんは、頬を緩めながら「もちろんだ」と言ってくれた。
ビリスがパン作りを続けるって知ったテムさんもルゲンさんも、心底嬉しそう。いい顔で笑ってるよ。
「お前がパン作りを続けてくれるのなら、私たちはそれで幸せなんだよ。だからお前のパンで、これからもっと多くの人を幸せにしておやり」
「お前は私が認めた獣人イチのパン職人だ。それは私たちが保証する。だから胸を張って、正々堂々としていればいい。分かってくれる人は、必ずいるのだから」
「じーさん、ばーさん……。……二人とも、獣人のオレをここまで面倒見てくれて、ありがとな」
ビリスが照れくさそうにお礼を言うと、テムさんがうんうんと頷いて右手を握り、ルゲンさんがビリスさんの左手を握って、肩をとんとんと叩く。
本当の親子じゃないけど、まるで親子のように笑い合える関係性っていいね。なんだか羨ましくなっちゃう。
「良かったね」
「アンタにも礼を言わないとな。オレの背中叩いてくれたおかげで、腹を決められたぜ」
「あなたのパンが食べられなくなるのは、私もイヤだったからね。お互い様だよ」
「カエデさん」
テムさんは立ち上がると、私に近付いて手を握ってきた。しわしわだけど、すごく温かい手だ。おばあちゃんの手って感じ。
「ビリスに手を差し伸べてくださって、ありがとうございます」
「大層なことはしてないですよ。私は提案しただけで、最終的に決めたのはビリスですし」
「それでも、あの子がパン職人を辞めずにいられるのは、あなたのおかげです。うちのビリスを、これからよろしくお願いします」
「私からも、お願いいたします」
テムさんだけじゃなくて、ルゲンさんからも深々と頭を下げられる。まるで孫を見送る祖父母みたいで、微笑ましいな。
「わかりました。ビリスには、これから一緒に頑張ってもらいますから。ね?」
「そうだな。期待にはきっちり応えるぜ」
「うん、頼りにさせてもらうからね」
「ああ。冒険者ギルドに行くのはいいんだけどよ、その前にちょっと頼みがあるんだが……いいか?」
なんだろ、別に構わないけども。
特に問題もないからと聞いてみると、冒険者ギルドに行くのは、明後日にして欲しいと言われた。
「最後に、じーさんと一緒にパンを作りたいんだ。これまでの感謝も込めてな」
なるほどね、ここのパン屋での最後の思い出作りをしたいってことか。素敵なこと考えるじゃん。
「いいよ、分かった。じゃあ明日のこの時間に、迎えに来るね」
「何から何までありがとな」
その日はそこで別れて、冒険者ギルドに帰った。
******
翌日。
ビリスを迎え入れるための準備諸々を整えて、約束の時間に私はまた『麦のよろこび』に来た。
店の前にはすでに荷物を整えていたビリスと、ビリスを見送るテムさんとルゲンさんが待っていた。
「お待たせ。今日はどうだった?」
「ああ、いつも通りって感じだったぜ。でも楽しかった。じーさんとばーさんと、色々話せたしな」
「そっか。それは良かった」
それじゃあ、と同行を促す。ビリスも頷いて一歩前に進んでから、一度振り返った。
「一度は辞めようって思ったけど、やっぱオレはパン作りが好きだ。アンタたちから教わったことは、絶対に忘れないから」
「私たちこそ、一緒に過ごした時間は忘れないよ」
「これからも、パン職人として精進するんだぞ。会いたくなったら、またいつでも来ていいんだからな」
「アンタらも、体には気を付けてな。もうそんなに若くはねぇんだから」
そんな軽口を叩いてから、じゃあな、ってビリスが言う。そんなビリスを、テムさんとルゲンさんが優しく見守りながら、ある言葉を言った。
「いってらっしゃい、ビリス」
「……ああ。いってきます」
そう答えたビリスは、明るい表情で私と一緒に歩き始めた。




