第24話 マーマレード片手にスカウトしに来た
到着したのは夕方になるちょっと前だけど、用意したものを持って、また『麦のよろこび』まで来た。
コレを作るのに、思ったより時間がかかっちゃったんだよね。でもいい出来に仕上がってるし、気に入ってくれるといいな。
「こんにちは〜」
「いらっしゃい。ああ、カエデさん」
「さっきぶりです、テムさん。ビリスさんは、まだいますか?」
「ええ。呼んできますね」
厨房に入ったテムさんが、少ししてからビリスさんと一緒に出てきた。
「あれ、アンタはさっきの」
「どうも、カエデです。早速だけど、今からちょっとお話しできないかな?」
「今から? まあ後の仕事は窯の掃除だけだから、大丈夫だけどよ」
「よかった。じゃあテムさん、ビリスさん少しお借りしますね。あと、これ買うのでお会計もお願いします」
「はい、ありがとうございます」
まだ残っていた『ワーウルフ特製小麦パン』を一つ買う。そのあとビリスさんと店を出て、午前中にテムさんと話をした飲食スペースの席についた。
ビリスさんが席についたのを見て、持ってきたカゴの中からまずは木製の小物入れを出す。
「はいこれ、ルルスちゃんから。肉球ケア用の軟膏だって」
「わざわざ届けに来てくれたのか、ありがとな。ルルスに頼んでたの、すっかり忘れてたぜ」
「肉球も荒れたりするんだ?」
「ああ。しっかり手入れしとかないと、人間で言う手荒れみたいになっちまう。だから時々、軟膏を塗る必要があるんだ」
ビリスさんが見せてくれた手には、しっかりと肉球があった。
さすが獣人。人間のように生きていても、こういったところで違いがあるんだな。ちょっと感動。
「しっかし、本当にアンタは物好きだな。今日だけでオレのパンを二個も買った客なんて、アンタが初めてだよ」
「そうなの?」
「そうだぜ。アンタ以外にも買ってくれる人間は多少はいるが、買ってせいぜい一個だからな」
「そうなんだ。このパン美味しいのに、もったいないな」
「まぁパンも時間が経つと硬くなるからなぁ。そうそうまとめて買うヒトはいねぇよ」
そのパンだって午前の時より多少硬くなってるはずだ、なんて言われた。
それならそれで、食べようはあるもんね。というか、そのために『コレ』を作ってきたんだし。
「そっか。そうだ、ビリスさんは苦いのは大丈夫?」
「ん? おお、大丈夫だ。好き嫌いはあんまりない方だぜ。それと、さん付けで呼ばなくてもいいぞ」
「そう? それじゃあ遠慮なく。ここでパンを食べようと思うんだけど、いいよね?」
「かまわねぇぜ。ここは飲食スペースだしな」
許可をもらったことだし、カゴの中からナイフを取り出して、今買ったパンを切る。
焼きたての匂いはないけど、切れた断面から小麦の匂いが微かに香ってきた。
そして『コレ』を取り出すと、ビリスが興味深そうにこっちを見る。ふふ、気になるでしょう。
「なあ、それはなんだ?」
「これは私が作った、マーマレードっていう柑橘のジャムだよ。サンオーリンジを煮詰めたもので、苦味と酸味が美味しいんだ」
「へぇ、そんなの初めて見たぜ」
「料理にも使えるんだけど、パンに塗っても美味しいんだよ。よかったら、食べてみる?」
「いいのか? 実は小腹が空いててな」
了解って頷いて、パンを二切れ切る。マーマレードを詰めたビンのフタを開けると、サンオーリンジの香りが広がった。
皮も果肉も丸ごと使って作ったから、爽やかでフレッシュな香りが心地いいね〜。
匙でマーマレードを掬ってパンに乗せる。夕焼けの陽に照らされて、パンの上のマーマレードがキラキラって光って綺麗〜!
ビンに入れたままでもいいけど、やっぱこれよ! このビジュが食欲をそそる!
同じものをビリスに渡してから、パンをかじった。
「んん〜!」
マーマレード独特の苦味と酸味が、麦のパンによく合う! 皮を何度も茹でたから、苦味はあっても穏やかな風味になってて食べやすい!
それにマーマレードがパンの味をちゃんと引き立たせてる。よく噛んで飲み込んだ後の、余韻が残る酸味もいいわぁ。
「おお、美味いなこれ! この苦味は好きだな。それに、パンの味もしっかり感じれる風味なのもいい」
「そのまま食べてもパンは美味しいけど、こういった食べ方も悪くないでしょ?」
「ああ。それに時間が経って少し硬くなったパンも、これを塗れば足りない水分が足されて、食べやすくもなるな」
どうやら気に入ってくれたみたい。そのあと、なんだかんだと二人で食べ進めて、気付いたら買ったパンを全部食べちゃった。
さて……そろそろ本題を切り出しますか。
「ねぇ、パン職人を辞めるつもりだって聞いたんだけど……。本当?」
「……ばーさんから聞いたのか」
「世間話の中でね。理由も聞いたよ。テムさん、寂しがってた」
「そうか……」
ビリスが申し訳なさそうな顔をして黙る。
「……じーさんもばーさんも、オレのパンは獣人イチだ、オレは一人前のパン職人なんだから、辞める必要はないって言ってくれるけどよ。現実はそんなに甘くねぇだろ」
「まぁ、ね。実際に言いがかりをつける人間、私も見ちゃったし」
「パンを作る粉だって、それこそ窯に必要な薪だって、タダじゃねぇ。なのにオレのパンのためにって、あの二人はオレにわけてくれるんだ」
なのに金にできないでただ捨てるだけになってることが、悔しいよりも先に申し訳が立たない。
ビリスはそう言って、拳を握る。なにを思ってるのかは想像するしかないけど、やりきれないって表情をしてる。
「オレのせいで、二人が大事にしている店の看板に泥を塗っちまう。暴言吐かれるたびに辛そうな顔になるあの二人の顔、もう見てらんねぇんだよ……!」
「だからパン屋を辞めて冒険者になるって言って、離れようとしてるの?」
「それしか二人を守る方法がねぇだろ。オレのせいで嫌な思いさせてんのに、そこに胡座をかいてパンを作っていられるほど、図太くなんてなれるかよ」
「……そっか」
このヒトもこのヒトで、優しいんだな。テムさんとルゲンさんが大切だから、離れようとして。
こんなに他人を想って悩んでるヒトに、そんなことないよなんて、気軽に言えない。
うん、回りくどい言い方はやめにしよう。
「実は私がここに来たのには理由があるんだ。私が冒険者ギルドの食堂で料理長をしてるってのは、知ってるよね」
「ああ、ばーさんがそう紹介してくれたからな」
「単刀直入に言うね。私がここに来たのは、あなたを食堂の製パン担当としてスカウトするためなんだ」
「オレを……!?」
ビックリするのは当然だろうね。会ってまだ半日も経ってないヒト、しかも獣人をスカウトしに来たなんて、普通は思わないだろうし。
「食堂の厨房には立派な石窯があるんだけど、今は使われてなくてただの置き物になってるんだ。でも料理長として、あの石窯を使って出来た料理を出したい。だからあなたの力が欲しいの」
「っ……話は嬉しいけど、オレはもうパン職人を辞めるって決めてるんだ。悪いが他を当たって──」
「本当に辞めたいって思ってるの?」
あえてビリスの言葉を遮るように喋る。
こういう時は背筋を伸ばして、相手の目をしっかり見る。
「あなた、パン作りが好きなんでしょ? だからずっとパン職人として働いてきたんでしょ? なのにそんな簡単にそれを諦めていいの?」
「そんなことはねぇ。パン作りはオレの人生だ! 簡単に捨てられるかよ! だけど、諦めるしかないだろ。オレがパンを作ったせいで、悲しむ人がいるんだからよ……!」
「あなたがパンを作らなくなることで、悲しむ人だっている。まず私がそう。パティさんもボナくんも、それにテムさんとルゲンさんだって。それが分からないバカじゃないでしょ?」
「けど実際に、獣人が作ったパンなんて食えねぇって言ってくる奴はいるだろうが。だから何処でパンを作ろうが、同じなんだよ……」
まだ言うか。なんか段々腹立ってきた。
ビリスのパンが好きだって言ってくれる人がいるのに、その人たちを傷付けたくないからパン作りを辞めるだなんて間違ってる。
それを今から突きつけてやりますか。




