第23話 パン屋の夫婦の優しいお願い
パンも買ったし、あとは店を出るだけってなったとき。テムさんから、ちょっと待ってほしいって言われた。
「あの、カエデさんといいましたか。少しお話ししたいのですが……お時間よろしいですか?」
「え? ああ、えっと……」
なんだろ。話を聞く時間の余裕はあるけど、今は一人じゃないからな……。
そう思いながらパティさんとボナくんを見ると、二人は笑って大丈夫だと言ってくれた。
「オイラたちのことなら、気にしなくていいよ。どっちにしろ、オイラは乾物屋の人と話さなきゃいけないからね」
「ええ、大丈夫ですよカエデさん。私もボナくんと一緒に乾物屋に行きますから」
この二人は、もう。いつも優しい言葉をかけてくれるんだから。嬉しいけど、なんだか気を遣わせてばかりだなぁ。
今度、なにか二人の好きなもの作ってあげよう。
「ありがとう、二人とも。じゃあギルドの食堂で落ち合おうっか」
「うん。それじゃあ、またあとでね〜」
「では、私たちはこれで」
「ええ、ありがとうございました」
パティさんとボナくんがお店から出た後、テムさんに店の外にある飲食スペースに案内された。小さいテーブルに椅子が二脚置かれてある小ぢんまりとした場所だけど、話をするには十分な空間だ。
テムさんに促されて席に座って、対面側にテムさんが座る。話をする前に、一言謝罪された。
「すみません、突然呼び止めてしまって」
「いえいえ、大丈夫ですよ。それで、お話とはなんですか?」
「はい。……あなたに折り入って、お願いしたいことがありまして」
お願いかぁ。これはまた唐突な。
とはいえ優しそうな人だから、無理難題を投げてくることはないだろうけど……。どんな内容かな。
「内容を伺っても?」
「ええ。……うちのビリスへ、力を貸してほしいのです」
「ビリスさんに?」
「はい。実はあの子は今、これまで積み上げてきたパン職人としての人生を、投げ捨てようとしているのです」
これもまた唐突な。でもなんで?
こんなに美味しそうなパン──お店に出せるレベルのものを作れるのに。それを捨てようとしてるなんて、どんな理由があってそんなことに?
「理由はわかっているんですか?」
「本人から直接言われたのです。パン職人を辞めて、冒険者になって生きるって。でもそれは嘘だって、主人も私も分かっているのですよ」
「嘘?」
オウム返しに尋ねれば、テムさんは沈痛な面持ちで一つ頷いた。
「……あの子は聡い子です。自分のせいでお店に迷惑をかけてるって、強く思っていまして。作ったパンで売り上げに貢献できてないのも、店をからかったり暴言を吐く客が来るのも、自分がいるからだと」
「だからこれ以上迷惑はかけられないからって、冒険者になるって嘘をついて、お二人から離れようとしてる……?」
「おそらくは。表向きは冒険者で稼いだ金でこの店を支えるから、なんて言ってくれてますが……。私も主人も、そんなことは望んでいません」
それは、そうだろうなぁ。テムさんもルゲンさんも、ビリスさんのパンが好きで認めているからこそ、自分たちのお店に置いているんだろうし。
だから一人前のパン職人でいてほしいって思うのは、当然だろうね。
「あの子のパンが美味しいのは、誰よりも私たちがわかっています。あの子もパン作りが心から大好きで、いつも一生懸命頑張っています。それを、私たちに迷惑がかかるから辞めるだなんて……」
テムさんの悲痛な言葉が、ちくりと胸に刺さる。
多分、何度もそんなことは気にするなとか、色々説得はしてるんだろうな。それでもビリスさんは、パン作りを辞めようとしてる。
ルルスちゃんもパン作りバカって呼ぶくらい、ビリスさんはパン作りが好きだってのは分かる。私がこのパンを取った時、嬉しそうに笑ってたもん。
獣人が人間も相手に食品を提供するなんて、相当努力したはず。それを認めてくれる人がいるのに辞めるだなんて、そんなもったいないことあるか。好きを仕事に出来るって、凄い才能なのに。
それらを抜きにしても、このパンが食べられなくなるのは私もイヤだな。
「あなたはワーウルフだからとかそんなこと関係なく、あの子のパンは信頼できるって言ってくださいました。そう言われた時の、あの子の嬉しそうな顔ったら」
「私はビリスさんの妹さんから話を聞いてたから、このパンを買おうって決めてただけですよ」
「それでも、あの言葉はあの子にとっても私たちにとっても、救いの言葉でした。本当にありがとうございます」
大したことはしてないんだけどね。って言おうとしたけど、やめた。
目の端を光らせながら、満足そうに笑ってるテムさんを見ちゃったらね。野暮なことは言わない方がいいな。
「初対面なのに厚かましいお願いをしているとは、重々承知しています。ですがどうか、あの子のために力をお貸しください」
「……わかりました。私に出来ることは少ないかもしれませんが、他の従業員とも話していい案がないか考えてみます」
「ありがとうございます」
話が終わったところで、私は冒険者ギルドに帰ることにした。
******
「──という話をしてたんだよ」
そして帰ってきたパティさんとボナくんに、事のあらましを話した。ボナくんは獣人として納得する部分があるのか、なるほどねぇと一言。
「ビリスの気持ちも分かるなぁ。最初は楽しいって気持ちで働けるんだけど、現実が見えてくるとどうしても、自分を悪者にしちゃいがちなんだよね」
「それで、なにかいい案がないか相談したいのですね?」
「うん。相談というか、確認というか。えーみなさん、ここに注目してください?」
一度立ち上がって、石窯の前まで移動する。今は薪も焚べられてない、冷たい石窯だ。
「ここに立派な石窯がありますね?」
「ありまーす」
「これを使えるヒトがいれば、焼きたてのパンを使ったメニューを作ることができますね?」
「できますね」
「そして私たちは、今まさにパン職人を辞めようとしてるヒトを知っていますね?」
私がなにを言おうとしてるのか、二人は理解したみたい。ぱあっと表情が明るくなって、うんうんと頷く。いい反応してくれるねぇ。
「ということで、私は食堂の製パン担当としてビリスさんをスカウトしたいと考えています! なにか意見がある人はいますか?」
「異議なーし!」
「私も異論はありません!」
突発的な提案だったけど、賛同してくれてすごくありがたいな。
私もパン作りは出来ないことはないけど、他の料理もしながら窯の様子を見たりとかは、さすがに無理だからね。手が足りないもん。
石窯だって、ずっとここで置物になってるよりは使った方がいいに決まってる。そこに石窯の使い方を熟知してるヒトがいてくれれば、安心して任せられるし。
石窯が使えるようになれば、色々とメニューも増やせるし、なにより焼きたてのパンを提供できるのは強みになると思う。
「賛成してくれてありがとうね、二人とも。勝手に考えちゃったけど、食堂に新しい風を入れるにはちょうどいいなって思ったんだ」
「スカウトはすごく良いと思う! ギルド職員になれば身の安全は保障されるし、ここなら妹のルルスと一緒の職場だから、安心して働けるはずだよ」
「ええ、私もそう思います。それにビリスさんのパンは美味しいですから、きっと冒険者の皆さんにも喜ばれますよ」
だよねだよね、私もそう思う。
ギルド職員になれば変な輩に絡まれることもないだろうし、パンのおいしさだって私たちが保証するから問題ないし。
「スカウトはいつ行くの? もう今からでも行っちゃう?」
「まあ今日中には行くけど、その前にちょっと準備をね〜」
買い物袋からオレンジに似たサンオーリンジっていう果物と、レモンに似たソーラリスキトルスって果物を取り出す。
スカウトにし行くのは、これでパンによく合うアレを作ってからだね。




