第22話 ワーウルフが働くパン屋に来ました
海沿いの市場通りで買い物を済ませて、私たち三人は一旦その場から離れることにした。
ええ、実にいい買い物でした。大漁大漁!
干し海老に干し貝柱、海苔に昆布に、にぼしっぽいものまで手に入るとはねぇ〜。
ついでに魚の干物も買っちゃった。酒としょうゆのレシピを手に入れたら、これを焼いてお酒のおつまみにしても良さそうだよなぁ。夜になったら、食堂にお酒を飲みに来る人たちもいそうだし。
これはこれからの料理がさらに楽しくなってくるぞ。
「なんだか凄く嬉しそうですね」
「買い物してる時のカエデ、表情がすごくキラキラしてたもんね」
「わかる? いやね、これだけの品が一気に手に入ったものだから、気分が上がっちゃってね〜」
「カエデの新しい料理楽しみだなぁ。昨日のオーク肉もすっごくおいしかったよ!」
「ええ。あんなにしっとりしてて柔らかいオーク肉なんて、初めて食べました。いつもありがとうございます」
やだなぁ二人とも。そんなにおだてても何も出やしませんよ〜。
「海藻類も買えたし、次は野菜を見に行きたいな」
「いいよ〜。今は芽吹きの季節だから、キャベジとかスパドが旬だね」
キャベジとスパドって、あれだったな。外の保管庫にもあった、日本でいうキャベツとじゃがいものことだ。
それはそれとして、芽吹きの季節ってなんぞ? 話の流れと出てきた単語から、四季のことなんだろうなってのは分かるけど……。
芽吹きってことは、春ってことかな? 詳しく聞きたいけど、ここで変な聞き方は出来ないから……そうだ。
「他の季節はなにが美味しいの?」
無難かつ話題から逸れない質問をすれば、怪しまれることなく話ができるし、全部の季節を知ることができるはず。
そんなに変な質問でもないし、これなら大丈夫でしょう。ボナくんも疑ってる様子はないし。
「そうだなぁ。日照りの季節はトゥーメイトみたいな鮮やかな色の野菜で、実りの季節は何でも美味しいけど、クマラは特に美味しいよ。で、木枯らしの季節はターニップかなぁ」
「いつでも野菜が採れるんだね」
「そうそう。地域や国で採れる野菜が違ったりするけど、ここは貿易や交易が盛んだからね。幸い食材の取引先には困らないよ」
ほうほう。ボナくんの話を聞いて、とりあえず推測だけどまとめると……。
春……芽吹きの季節
夏……日照りの季節
秋……実りの季節
冬……木枯らしの季節
ってイメージで良さそうだね。しかも旬の野菜も、日本とあんまり変わらないみたい。
トゥーメイトはトマトだし、クマラはさつまいもでしょ、ターニップは……確かかぶだったかな。
「ちなみにオイラは実りの季節が一番好き! 食べ物がみんな美味しいのばかりになるんだぁ」
「私は今の季節が過ごしやすくて、一番好きですね。カエデさんはどの季節が一番好きですか?」
「う〜ん、そうだなぁ……。私は実りの季節かなぁ。やっぱり料理人として、たくさんの美味しい食材に出会えるのは嬉しいからね」
「あはは、カエデらしいね。ほら、もう着くよ〜」
話しながら歩いてたら、あっという間に二つ目の目的地である、街中の市場通りに到着した。
ここも海側の市場通りに負けないくらい、活気に溢れてる。時折雑貨を並べてる露店もあったりして、これは見応えがありそうだぞ。
早速ボナくんの案内で早速市場通りを進んで、野菜たちを吟味する。
新鮮な野菜がたくさんあって、見てるだけで楽しくなってきちゃう!ちょっと気になる食材も含めて、また色々と購入しちゃった。
とはいえ、想定した以上に食材を買いすぎちゃったよ。荷物を持ち切れるかどうかって心配したけど、パティさんが収納のスキルで、荷物をひとまとめにしてくれたおかげで助かったぁ。
てか数日過ごしてきて今更知ったよ、パティさんのスキル。
「ありがとうパティさん。助かったよ」
「このくらいのことなら、お安いご用です」
「さっすがぁ。頼りになるね」
それじゃあ落ち着いたところで、ルルスちゃんのお兄さんが働いてるパン屋に行くとしますか。
ボナくんが言うには、ここからそんなに遠くないからすぐ着くらしい。
「いつもお世話になっていますから、ご挨拶もしたいですね」
「そうだね〜。パンの感想も伝えたいね」
ルルスちゃんのお兄さんかぁ。ルルスちゃんいわくパン作りバカらしいけど、どんな獣人なんだろ。会うのが楽しみ。
それと、パンが美味しいってのを伝えたいよね。
ご飯の時に出させてもらうことがあるけど、小麦の味と香りがとてもいいんだよね。スープとの相性もすごく良くて、メニューのひとつに決めたいって思ってるんだよな。
「見えてきた。ほら、あそこだよ」
ボナくんが指を指した先にある看板には『麦のよろこび』って書かれてある。看板がパンの形になってるの可愛いな。一目でパン屋って分かるのもいいね。
それに近付くにつれて、焼かれている小麦の香ばしい匂いが漂ってくる。この匂いたまらないなぁ。お腹空いてきちゃう。
そんな楽しい空気だったけど、目の前から響いてきた大きな音にビックリする。見ればお客さんらしい人が、パン屋の扉を乱暴に開けたっぽい。
「なんだよこのパン屋! ワーウルフが作ったパンなんて汚くて食べられねぇよ!!」
「毛入りのパンなんて誰が買うか!!」
暴言を吐いた人が、ドカドカと地面を踏み鳴らしながら街の中へと歩いていく。
……なんか、嫌なもの見ちゃったな。
ここのパン屋のパンは汚くなんてないし美味しいし、毛なんて入ってないのに。なんて、直接言ってやりたい気もするけど。いいや、気を取り直そう。
ボナくんを先頭に、私たちはパン屋に入った。
「こんにちは〜」
「いらっしゃい。おや、ボナくん。いつもどうもね」
出迎えてくれたのは、人間の女性だった。ワーウルフが働いてるって聞いたから、てっきり店員さんたちも全員獣人だと思ってた。
店内は落ち着いた雰囲気で、パンの香ばしい匂いで空気が満たされている。この匂いだけでお腹が満たされそうだよ。
ただ、いくつか売り切れのパンもあるなかで、一部分だけ多く残ってるパンがあった。説明書きによると、『ワーウルフ特製小麦パン』って書かれてある。
もしかしてこれが、ルルスちゃんのお兄さんが作ったっていうパンかな。
「大丈夫? なんか怒鳴られてたけど……」
「ああ、大丈夫だよ。たまにいるのよね。ウチのビリスが作ったパンに、理由なくいちゃもんをつけるお客が」
「うわ……まだいるんだね、そんな人」
「ここ最近は滅多に見なくなったけど、やっぱりいるのよねぇ。獣人に対して偏見を持った人間が」
ここに入る前になんとなく察してたけど、やっぱり偏見ってあるんだな。街の中には普通に過ごしている獣人もいるのに、なんだかな。
「ところで、今日は一人じゃないんだね?」
「そうだ、紹介するよ。リーダーのことは知ってるかもだけど、カエデとは初めましてだよね」
「ええ」
「この人は同じ食堂で新しく働き始めた料理長だよ。カエデ、紹介するね。この人はこのパン屋の店主の奥さんで、テムさん」
ボナくんにテムさんと呼ばれたおばあさんが、はじめましてと一礼した。温厚そうな人で、笑った顔が優しい人だ。
紹介された私も自己紹介することにした。
「冒険者ギルドの料理長として、最近働き始めましたカエデといいます。ここのパンはすごく美味しくて、よく活用させてもらってます」
「これはこれは、ご丁寧にありがとうございます。主人とビリスが作ったパンを気に入ってくださって、こちらも嬉しい限りですよ」
「お世話になっております、テムさん。いつも美味しいパンを仕入れてくださり、ありがとうございます」
「パティさんもお久しぶりですね。あら、前より顔色が良くなったかしら。元気そうでなによりですよ」
テムさんは今は手が空いてるだろうからと、ご主人とビリスさんを呼んでくれた。
テムさんに呼ばれて、厨房からご主人らしいおじいさんと体格のいいワーウルフの獣人が出てくる。
店主さんはいかにも職人のおじいさんって感じで、お年を召してるらしいのに、腕にはしっかり筋肉がついてる。背筋も全然曲がってない。
そんな店主さんより、頭二つ分くらいは大きい体格をしたワーウルフの獣人が、ルルスちゃんのお兄さんか。多分オオカミ界の中では、イケメン枠になるだろうなって感じの風貌と雰囲気だ。
「いらっしゃい。麦のよろこびへようこそ。店主のルゲンです。いつもご贔屓にしてくださって、ありがとうございます」
「店主の弟子のビリスだ。アンタたち、冒険者ギルドで働いてるんだってな。妹がいつも世話になってるな」
「こちらこそ、このパン屋のパンにはいつもお世話になっています」
それから少しだけ他愛ない世間話をして、せっかくだから何かパンを買っていこうって話になった。
なにを買うかは最初から決めてる。このワーウルフ特製小麦パンだ。この焼き色に匂いは、食欲がそそられるってもんよ。
人間の私が最初に手に取ったパンが、意外だと思ったのかな。私を見たビリスさんが、苦笑しながら話しかけてきた。
「アンタも物好きだな。ワーウルフが作ったパンを最初に手に取るとは、意外だったぜ」
「そう? 私はここのパンも何回か食べてるし、美味しいってわかってるもん。それにルルスちゃんのお兄さんが作ったパンなら、信頼できるし。これがいいんだ」
これは本人には言わないけど、ちらっと見て知っちゃったからね。自分が作ったパンが売れてなくて、そこからちょっと目を逸らしたこと。
言葉にはしてなかったけど、表情を見て分かっちゃったんだよね。悔しいんだろうなって。
あとこれは私の意地のようなものだけど、さっき出て行ったお客を見返してやる、なんていう、ちょっとした対抗心もあったりする。
「そう言ってもらえるなんて、職人冥利に尽きるってやつだな。ありがとな」
「こちらこそ。いつも美味しいパンをありがとうございます」
それから会計を済ませて、みんなで店を後にしようとした。




