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第2話 前途多難だけど素敵な出会いもありまして

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誤字報告ありがとうございます。訂正しました。

 一人であれこれ喚いたものの、現状はなにも変わらないわけでして。もうこれは仕方ないと、腹を括るしかないのか……。


 …………ええい、こうなればままよ!

 何事も切り替えは大事! ブラック企業で揉まれていたことを思い返せば、これくらい!


「そうだよ! あいつらがいない世界ってだけでもここは天国なんだ! 諦めるのはまだ早い! たぶん!」


 自分で自分に喝を入れる。ブラック企業に勤めていた頃も、こうやって一人で耐え抜いてたな……。


 深呼吸を一つ。とにかく、なにを始めるにも今の私には情報が足りなすぎる。まずは周囲の状況を確認しよう。



 目の前に広がっているのは、見覚えがあると言えばある光景だ。

 太陽に照らされてキラキラと光っている川に、風に揺られて葉を揺らしている木々。瑞々しく生い茂っている草花に、青い空。一見すると、何処かの森林公園かと勘違いしそう。


 でもよーく見ると、少しずつ違和感がある。

 まず、花も木も見慣れない種類のものばかり。風の音に混じって微かに聞こえてくる、知らない生き物の鳴き声らしき音。空に浮かんでいる、2つの月のようなもの。

 こんなの、日本じゃ絶対に見れない光景だ。


 そういえば転生されたけど、私って日本人っぽい顔のままなのかな。ちょっと気になる。

 確認してみたいけど鏡は……なさそうだから、近くで流れている川に近付く。


「へぇ〜、綺麗な川……」


 川の水は透明度が高くて何処までも澄んでいて、見惚れるくらいに綺麗だった。流れはゆったりとしていて、反射している景色が水面にはっきりと映し出されている。


 覗き込んで自分の姿を見てみたけど、特に大きな変化はなかった。ちょっとだけショックなんですけど。どうせ異世界転生されるなら、見た目も思い切り変えてほしかったよ。


 さて綺麗な景色なのはいいとして、本当にここは何処。世界的な話じゃなくて居場所的な意味で。街を目指そうにも、ここが何処だかわからないなんて、あまりにも幸先が悪すぎる。

 こんな場所じゃ人通りもなさそうだし、かといってずっとこのまま、この場所にいるわけにもいかないしね……。


 ……やっぱり異世界って、魔物とかいるのかな。

 クマ出現だとかイノシシ逃走とか、そんなニュースは生きていた頃よく見たけども。はたしてそのレベルで済まされるのかな、この世界って。


 どうしよう、一気に怖くなってきた。魔物に襲われエンドなんて考えたくないけど、現状一番あり得そうな話ではある。

 こんなことを考えてること自体が、フラグにならなければいいんだけど──。


「ギュォオオオオッ」


 ──はい、綺麗なフラグ回収ありがとうございました。


 背後から響いてきた、地鳴りがするような咆哮。突然の大きな音に、何事かと後ろを振り返る。


 目の前にいたのは、禍々しいツノを生やした、見たことのない大きさのシカのような生き物だった。

 毛は明らかに逆立っているし、目は完全に血走っている。たぶん、殺気ってやつで溢れてる。地面を前脚で蹴っていて、いつ突撃してきてもおかしくない。


 急な出来事に身体が硬直する。助けを呼ぼうにも、口が震えて声を出せそうにない。


 シカが大きく鳴いて、勢いよく地面を蹴り上げる。頭突きをするように顔を下げて、こっちに突撃してくる。

 突き刺されば確実に命を落とすだろう、鋭いツノの先端が迫ってくる。


 嗚呼、終わった。せっかく異世界に転生したっていうのに、たったの10分で私はまた死ぬんだ。

 目を閉じて耳を塞ぎ身体を縮こませる。どうしてこう、突撃してくるものに対して人間って無力なんだろうね……。


 ******


 ………………。

 …………痛くない。でも、そうだ。交通事故に遭った時も痛いだとかそういうの、分からないまま死んだんだった。だから今回もきっとそうなんだ。


「──い、おい!」


 ああもう、うるさい。悪かったね神様。せっかく転生させたってのに、すぐ死んじゃって。でももうこんな怖い思いはこりごり。

 だから今度はちゃんと来世に連れてって──。


「おい! しっかりするんだ嬢ちゃん!」


 強く肩を揺さぶられたからか、ハッと我に返る。

 目を開けて顔を上げると、そこには心配そうな顔をして、こっちを見下ろしている男性がいた。しかもよく見れば男性だけじゃなくて、数人の見知らない人たちが私を見ている。

 あの、誰ですか……?


「え……?」

「良かった、気が付いたか」

「大丈夫? ケガはない?」

「怖かったですね。ですがもう大丈夫ですよ」


 なに? なんなのこれ?

 脳が状況を理解できるまで、少し時間がかかっているようだ。話が急展開すぎて追いつけない。


「あ、の……?」

「まだ怖いのかな? それならほら、これ飲んで。リトルベリーの果汁のジュース。さっぱりしてて美味しいよ」

「あ、はい……」


 高校生くらいの年齢の女の子から、なにかしらの筒を渡される。中を見ると、鮮やかな赤紫色をした液体が入っていた。ジュースって言っていたから、甘いのかな。

 恐らく善意で手渡してくれたものを突き返すなんて、そんな不躾なことはできない。遠慮なく筒に口をつけた。


(これ美味しい……)


 口の中に広がった、木苺とブルーベリーのような酸味と甘酸っぱさ。鼻を抜ける、爽やかな果実の香り。すっきりとした味わいが喉を潤してくれる心地よさが、気持ちいい。


 凝り固まっていた気持ちと身体が、ジュースの甘酸っぱさで解されていくみたい。未知の美味しさのそれを飲み干して、息を吐く。

 精神的にもやっと、落ち着くことができたよ。


「ありがとう。とても美味しかったです」

「うん。どうやら落ち着いたようだね、良かった」


 筒を女の子に返してから、なにが起きたのか尋ねることにしてみた。


 ******


 要点だけまとめると、私は魔物に襲われかけていたところを助けられたらしい。


 私を助けてくれた人たちは、『車輪の暁』という名前で冒険者パーティを組んでいる人たちだった。(ついでに冒険者のランクはCだと教えてくれた)

 車輪の暁は、一番体格が良い、リーダーで剣士のシガロウさん。同じく剣士で、大学生くらいの見た目なハルバラドさん。ジュースをくれた、短剣を腰に下げている斥候らしいナーディアさん。ゲームでは定番の、耳が長いエルフの人で魔法使いのユイファールさん。この四人で構成されていると教えてくれた。


 シガロウさんたちは受けた依頼を完了させて、ギルドに帰る途中であの場に遭遇したのだとか。いや本当に助かりました。


 話の流れで、どうしてあんな場所に一人でいたのかと尋ねられた。さてどう誤魔化す──説明しようかな。


 シガロウさんたちが不思議に思うのは無理もない、と思う。なんてったってシガロウさんたちから見たら、私の見た目はそこいらにいる、ただの村娘。

 そんな女が魔物が蔓延る川のほとりで、武器はおろか荷物らしい荷物も持たず、一人でいたとなればね……。そりゃあなにか事情があったのだろうって色々と勘繰られるのも、さもありなん。


 やれ捨てられたのか、村が襲われて逃げてきたのか、色々と質問責めにあった。


「えーっと、それはですね……」


 実は異世界から転生して行き倒れていたんです、なんて馬鹿正直に説明できない。


 車輪の暁の人たちが、いい人たちだというのは分かる。自分たちとは無関係の人間が魔物に襲われるところを、守ってくれたのだから。

 怪しい人物だと捕らえて、詰所とかに突き出したりとかは、きっとしない優しい人たちだと思う。


 だけど、それとこれとは話が別。こっちもこっちで事情が事情だ。なので一芝居打つことにした。



 村から街に引っ越すために歩いていたけど、途中で魔物に遭遇して命からがら逃げていた。逃げるのに必死で、荷物も何処に落としたか分からないって。


 咄嗟に並べ立てたデタラメだけど、嘘も方便。正直言って通じるかどうか不安だったけど……。

 車輪の暁の人たちはどうやら無事に信じてくれたみたい。大変だったねって労われた。いい人たちすぎません?


「もし良かったら、一緒に荷物を探そうか?」

「いえいえ! 助けてくれただけで十分ですよ!」

「本当? 大切なものとかあったんじゃないの?」

「それは大丈夫です。必要最低限の荷物しか持ってこなかったし、街に着いた後で色々と調達しようと思っていたので」

「とはいえ、ご両親も心配なさるでしょう。よければ魔法で、一報を飛ばしましょうか?」

「ああ、それいいな。そうしてもらったらどうだ?」

「ありがとうございます。でも大丈夫です。両親に余計な心配かけさせたくないですし、街に着いたら手紙を出そうって決めているので」


 ああ〜どうしよう。久々に感じる人の暖かさって、心に沁みる。ちょっと泣きそう。

 とはいえ、本当にこの先どうしよう。出来るなら、もう少しだけ話を聞きたいのだけど……。


「それなら、お嬢さんが良ければ一緒に来ないか。ここからなら、街もそう遠くない。俺たちが報告に行くギルドがあるのも、そこだからな」


 シガロウさんが出してくれた、まさかの提案。天啓ってやつは本当にあるんだ……!


「いいんですか……?」

「リーダーいいこと言うねぇ。確かにここら辺も、数は多くないけど魔物はいるからな」

「ええ。それに私たちが一緒なら、少なくとも野盗に襲われることもないでしょう」

「アタシは賛成! ここで置き去りにすることなんてできないもん!」


 当事者を他所に盛り上がるみんなの空気が、涙腺を刺激してくる。そんなつもりはないんだろうけど、これ確実に泣かせにきてる。


 ここまでいい人たちに出会えるだなんて……! 異世界に来てから初めて、この出会いをくれた神様に、ちょっとだけ感謝した。

 安全に街まで行けるのなら、こちらとしても願ったり叶ったりだ。ここは素直に好意に甘えちゃおう。


「では、その……お言葉に甘えてもいいですか?」

「ああ、もちろんだ」

「ありがとうございます! そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はカエデといいます。みなさん、道中よろしくお願いします」


 自己紹介を終えたところで、街まで一緒に歩き始めた。

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