第1話 死んで起きたら異世界でした
連れてこられたギルドマスターの部屋が、しばしの静寂に包まれたあと。部屋主のギルドマスターである男は、一つだけため息をついた。
「いいだろう。そこまで言うのなら、止めはしない」
「それでは……!」
「ああ──カエデ、ギルドマスターとして命令を下す。今日からお前はこのターガイニのギルドの食堂で、料理長として働くように」
「はい……?」
突然の命令、急展開な出来事。
なにがどうなってるんですか?
「オーナー、あとは任せたぞ」
「はい。カエデさん、これからよろしくお願いしますね!」
「へ……?」
どうして急にこんなことになったのか。
それまでの話はちょっと前まで巻き戻るのである。
******
まず結論から言うと、私、遠野楓は交通事故に遭って即死したのちに、異世界に転生されました。
自分でもなにを言ってるのか正直分かってないけど、とにかく私は一度確実に死んだ。
事故に遭ったことにも死んだことにも気付かなかったけど、とある神様が気まぐれを起こして、私に全部教えてくれたんだよね。
ぶっちゃけ、最初聞いた時はショックだったよ。
だって私これまで勤めていたブラック企業を、退職代行も駆使してようやく、やっとの思いで離れられたんだよ? あんのパワハラ上司とお局ババアの間でよく耐えたよ本当。時代が時代なら、何発かブン殴ってたわ。
とにかくそんな地獄とはオサラバして、無事に新しい職場にも就職できた。そしていよいよ今日から新天地での生活がスタートする、はずだったのにさ。
まぁそんなこんなで、神様はかくかくしかじかと、色々説明してくれた。
でもそこで買い物のついでみたいに、異世界に転生させたとか言われるし(というか転生に同意なんてしてないんだけど)、目を覚ましたら見知らぬ場所にいるし、そもそもの私の出立ちがゲームにいる村人Aのようなモブみたいだしで、この先いったいどうなることやら。
この場所で目を覚す前に、神様からは「人生経験を積んでこい」なんて言われた。
どうして神様が気まぐれを起こしたのか、なんで私を選んだのか、その理由はなにも分からない。
でもまぁ、なるようになれ、だ。あーだこーだ考えてばかりでも仕方ない。
幸いこれまで日本で過ごしてきた記憶はちゃんとあるし、自分の名前もしっかりと覚えてる。異世界だけど、降ってわいた二度目の人生。転生して生き返っちゃったんだから、大事に生きていかないと。
とはいえ……その始まりがまさか、行き倒れスタートだとは聞いてないけどね。
「さて、と……」
とりあえず、一つ決めたことはある。冒険者にだけは絶対にならない。これは決定事項だ。
実際に体験したから思うけど、小説とかゲームとかで異世界転生されたあとよく、冒険に行こうとか魔王を倒すなんて潔く決められるよね。
絶対無理だよ、命の保証がない世界での冒険だなんて。そりゃ、全く知らない世界だから? 色んな場所が気になるっちゃ、気になりますけども。
一度死んだ身としては、命を軽々しく粗末になんてできないよ。命は大事に。冒険しない、ゼッタイ。
「そういえば装備もなにも持ってなくない……?」
ただ冒険者にはならないって決めたけど、それは武器を持たないって意味じゃない。身を守るための武器は持ってて損はないでしょ。
えー落ち着こう。
ひとまず、剣とか持ってないんですけど。
魔法も使えるかどうかなんて、分からないんですけど。
そもそも戦い方なんて、まるで分からないんですけど。
「……ステータス表示、なーんて言ってスキルとか確認できたらいいんだけどね」
まさかね。そこまでゲームじみた世界じゃあるまいに。
我ながらおかしな考えだと笑ったけど、どうやらこの世界にもフラグというのは存在しているみたいでして。
ヴォン、という何かが起動したような音が鳴ったかと思えば、空間にスクリーンのようなものが表示された。
いや出るとは思わなかったよ。何事も言ってみるものだね……。
出てきたのなら、確認しないわけにはいかないでしょう。表示されている文字が読めるもので助かった〜。異世界語とか理解できる気がしない。
「えー、なになに……」
[ 名 前 ] カエデ トオノ
[ 年 齢 ] 24
[ レベル ] 1
[ ジョブ ] ------
[ 称 号 ] 異世界からの転生者
[ 体 力 ] 150/150
[ 魔 力 ] 100/100
[ 攻撃力 ] 130
[ 防御力 ] 100
[物理攻撃力] 87
[物理防御力] 66
[魔法攻撃力] 43
[魔法防御力] 34
[ 俊 敏 ] 85
[ スキル ] レシピ製造 目利き(中)
[アビリティ] 時の神の祝福
……ぉ……おお……!
不思議な経験だけど、なんだかVRゲームみたいでテンション上がる! 実際に見るとこんな気分なんだ……!
え、でも待って。これってゲームだと、物理型で手が出るのは早いくせに紙耐久なキャラってこと? 力こそパワーみたいな?
……若干バカにされてる気がするけど、実際手が出るのは早い方ではあるから、なにも言えない。
よし気を取り直そう。スルースキルって大事よ。
そう! それよりも気になるのはスキルだよ、スキル!
タブレットでタップするように、まずは目利きと書かれてある文字に指を置く。すると新しい画面が、スクリーンに重なるかたちで表示された。
[ チュートリアル ]
対象物を目の前にした時、発動可能。
対象物の名称、部位、簡易的な説明を閲覧することができる。
なーるほど、こっちは鑑定のようなものか。
異世界だと何が安全かとか分からないから、これはありがたいな。
それじゃあこっちはどうなんだろうと、レシピ製造の文字を押してみた。
[ チュートリアル ]
調理台がある場合、発動可能。
指定の材料を用意することで、開放されているレシピから素材を製造することができる。レシピはレベルアップするごとに開放されていく。
なるほどね〜。ゲームにありがちなスキルっぽい。ひとまず、どっちも戦闘向けなスキルじゃなさそう。それに書いてあることも、なんとなく分かる。……『調理台がある場合』って点以外は。
もう一度画面を押すと、チュートリアル画面が消えて、代わりに【レシピ一覧】と書かれてある画面が出てきた。
「レベル1でもレシピって開放されてるもんなの?」
そのあたり、どうなんだろう。ああでも、回復薬とかあったら助かるなぁ。多少期待を込めてそこを押す。
一覧の画面は一箇所だけ明るい部分があって、それ以外は暗いままだ。まぁこれは想像通り。そりゃ最初からチート級に、なんでもかんでも開放されてるワケないか。
そんでもってこの明るい部分が多分、開放されてるレシピってやつかな。イラストで表示されてるのは、ありがたいなぁ。
それで、なにが製造できるのかなと。詳細の確認も大事なことだよね。ポチッとな。
【 塩 】
海水 0 (所持数 0)
………………。
…………なにかの見間違いかな? うん、きっとそうに違いない。一度画面を消そう。何回か画面を押して……っと。よし消えた。それじゃもう一度。
「ステータス表示」
画面が出る。スキルの文字を押す。【レシピ一覧】を押す。出てきた画面を見る。
【 塩 】
海水 0 (所持数 0)
さっきと同じ画面が出てくる。
…………塩ぉ!?
待って待って! ちょっと待って! これはさすがにスルーできない!! 塩ってなに!?
というか調味料のレシピってどういうこと!? まさか一から作れと!? あの塩を!?
レシピってそういうものじゃなくないかなぁ!!
こんなスキルでこの先、ちゃんと生きていけるのか。私の不安はそれはもう、大きく膨らんでしまったのである。




