第19話 不審者のカーバンクルは元従業員!?
昨晩隠しレシピを知ってゴキゲンで朝を迎えた私は、早速外の巨大保管庫に行こうとして……そこで不審者を発見した。
こそこそと厨房の裏口に近付いては離れを繰り返して、時々耳を立ててるような仕草をする、全身を黒いマントで覆ってる明らかに不審な人物。
まさか、泥棒!? 現行犯なら逃してたまるか!
「こらぁっ! ここでなにやってんだこの泥棒!」
大きさはそれほどでもなかったし、私でも押さえつけられるって変な自信があった。だから飛びかかって扉から引き離してから、地面に押さえつけた。
当然だけど、不審者は大暴れし始める。なんだかミアちゃんと初めて会った時を思い出すよ。
あとステータス通りだけど、我ながら本当に手が出るの早いな私。
「やっ、やめろよぉっ! オイラは泥棒なんかじゃないやい!」
「じゃあパティさんを狙ったストーカーか!? とにかく、おとなしくしなさい!!」
「あいてててっ! ヤだよ、離してってばぁ!!」
「こら暴れるな、逃げるな! いい加減姿を現して、観念しなさいっ!!」
「あっ、ちょ、それはダメッ……!」
暴れる不審者のマントを掴んで引き剥がす。
マントの下から現れたのは、猫っぽい獣人の子だった。
真っ白な毛並みに、緑色の目。なにより特徴的なのは、額にある宝石のような石。もしかしてこの子は、カーバンクルってやつかな。
ちょっとカワイイなって思ったけど、いかんいかん、騙されちゃだめ。この子は不審者なんだから。
「カエデさん、どうしたんですか。いったいなにが……」
うん、なんだろ。この展開ちょっとデジャヴだな。
裏口の扉が開いたと思ったらパティさんが出てきて、こっちを見たと思ったら固まっちゃった。
いや違う。私を見てるってよりは、押さえつけてるこの不審者を見てるって感じだ。
「ボナ、くん……?」
声が震えてる。パティさんが、いつになく動揺してるみたい。こんな姿初めて見た。それに名前を呼んだってことは、やっぱり知り合いなんだ。
名前を呼ばれたらしい不審者も、ビタッとウソのように動きが止まった。「あぅ」だの「うう」だの、もごもごと言葉にならない声で泣いてるみたい。
「えーっと、状況を説明すると、この子が裏口の扉で怪しい動きをしてたのね。だからてっきり泥棒かと思って、押さえつけたワケなんだけど……」
「……いえ、その子は泥棒なんかじゃありません。彼はカーバンクルのボナくん。食堂で一緒に働いてた、とても優しい子です」
「えっ! この子、食堂の職員なの!?」
「はい。……ボナくん、どうか逃げないでくれませんか? 私、もう一度あなたとお話しがしたいです」
パティさんのこんな不安そうな顔、初めて見た。
一緒に働いてたのなら、この子は例の前任バカ料理長の被害者ってこと、だよね。ならこれまでの事情がどうあれ、話はした方がいいに決まってる。
ボナくんと呼ばれた猫っぽい獣人は、諦めたかのように「わかった」と呟いた。
厨房に戻り、三人分の椅子を用意する。パティさんと猫っぽい獣人は向かい合わせで座って、私はパティさんの隣に座ることにした。
それぞれ息が整ったことを確認したらしいパティさんが、話を切り出す。
「ボナくん。どうして裏口にいたのか、教えてくれますか?」
わあなんてドストレートな聞き方。でも変に紛らわしい言い方をするより、はっきり問いただした方がいいのかも。
「っ……オイラ、ここ数日食堂が明るくなったって知って、様子を見にきてたんだ。でも前までの料理長のことが頭から離れなくて、怖くて怖くて……!」
「だから隠れて聞き耳立てるようなことしてたの?」
「……うん。リーダーは前の料理長からずっと、オイラを守ってくれてたのに……。怖くて嫌になって、どうしようもなくなって、逃げちゃったから……。だから、合わせる顔がなくって……!!」
なるほどなぁ。それは確かに、申し訳なくて合わせる顔がなくなるのも分かる。庇ってくれたのに逃げちゃって、そのことで後ろめたさがずっと、心の中に残っちゃったんだな。
でもそれは全部、前任のバカカス料理長のせいじゃん。この子はなにも悪くない、とは言わないけど、なにもそこまで自分を追い詰めなくても……。
「そう、だったんですね」
「でもここ数日、前みたいにリーダーがよく笑うようになったのを知って、嬉しくなって。それで、また一緒に働きたいって思って、でもそんなの虫が良すぎるって思って……」
「一緒に働きたいって言って、パティさんに怒られたり嫌われたりするのが、怖かったんだね?」
話を聞いて感じたことを尋ねると、消え入りそうな声で「うん」と頷いた。
しばらく重い空気が漂っていたけど、パティさんは静かに立ち上がると、どこからか紙の束を持ってくる。
「……私は、今もボナくんは食堂のために、一生懸命働いてくれてるって思ってますよ」
「え……?」
「ほら、この手紙。これはあなたが置いてくれたものなんでしょう?」
はい、と言いながらパティさんが差し出したのは、持ってきてた紙の束だ。その何枚もの紙に、仕入れ先候補とお店の名前が書いてある。
「それって、例の仕入れ先が書いてある手紙?」
「なんで……どうして、分かったの……?」
「……わかりますよ。あなたの文字を、私はずっと見ていたんですから」
パティさんの言葉を聞いた獣人の子の目が、大きく見開かれた。うるうると涙を溜めて、今にも泣き出しちゃいそうだ。
「最初に手紙を見つけた時から、わかってました。ボナくんはまだ、この食堂を好きでいてくれてるんだって。私はこの子にずっと支えられてるんだって」
「リーダー……」
「確かに、突然いなくなったのは凄く寂しかったし、悲しかったです」
「っ……」
「でも、こうしてまた会うことができた。話すことができた。そしてあなたが、ここで働きたいって思ってくれてたのを、理解できた。だから──」
優しく笑ったパティさんは、両腕を大きく広げながら、ある言葉を口にした。
「おかえりなさい、ボナくん」
「ッ……! わぁあああん!! リーダー!!」
たまらなくなっちゃったんだな。獣人の子は勢いよく立ち上がると、そのまま両腕を広げたパティさんに抱きついて泣き始めた。
パティさんも獣人の子を抱きしめて、あやすように背中をぽんぽんと優しく叩く。
「ごめ、ごめんなさい! ごめんなさい!! いきなり逃げちゃって、ごめんなさぁああいっ!!」
「もういいんですよ、ボナくん。あなたが帰ってきてくれて、私は嬉しいんですから」
「うわぁああんっ。リーダー! オイラまた、ここで働きたいっ……! 働かせてくださいっ!!」
「もちろんです。いいですよね、カエデさん」
そんなの当然、いいに決まってる。
いい子なんだって分かったし、なにより二人はこんなに仲がいいんだもん。そんなの引き裂けるワケないじゃん。
「もちろん、いいに決まってるじゃん。パティさんの相棒みたいな子なんだから、むしろ大歓迎だよ!」
「よかったですね、ボナくん」
「ふぇっ……ありがとう、ございますぅ……!」
「いいんだよ。それなら職場復帰のお祝いに、美味しいの作ってあげるよ」
「おいしいもの……?」
「うん。ちょっと待っててね。そうだ。どうせなら今のうちに、パティさんと職場復帰の手続きとかしてくるといいよ」
「ああ、確かにそうですね。なんだか気を遣わせてしまって、すみません」
「いーのいーの。積もる話もあるだろうからね」
すっかり忘れてたけど、私の本来の目的はとある隠しレシピを発見することだ。
それにせっかく再会出来たんだもん。せめて料理ができるまでは、二人きりにさせてあげたいよね。パティさんたちが厨房を後にするのを見送ってから、早速始めることにした。




