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英雄が壊す異世界  作者: 波白雲
第二章:目に映る世界
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第9話:水魔法をモノにできるか?

「……待て。そこのお前、フードを取れ」 門番に声をかけられた。


 海に面したステラマーレではどんな魚料理を食べられるのか……。そんなことを考えながら、都市に入る立派な門をくぐる時だった。門番が見ているのはニナさんだ。平原ではフードを外していたが、今は最初に見た時のように深く被っている。


「……騒ぎになったら、すみません」 とニナさんは小声で言い、フードを外した。

「な、なんだその髪は!? 貴様らッ! そこを動くなッ! 誰か隊長を呼べッ!」


 ニナさんと俺は門番たちの槍に囲まれてしまった。


 髪? 状況がよく分からない。まあ、隊長さんが来るようだし、大人しくしよう。


 ……しばらくして、上等な鎧を来た騎士がやってきた。隊長だろう。隊長さんは門番の後ろから、俺達……というか、ニナさんをじっと睨んでいる。


「隊長! いかがいたしましょう?」

「……この者らは何をした?」 と隊長さんが短く訊いた。

「いえ、何も!」

「では、解放しろ。ひとまず保留とする」

「はっ!」


 隊長はこちらに一歩近づき、 「拘束したことを詫びよう。だが、怪しい真似はするな」 とだけ言って去っていった。


 ……何もせずに捕まって、何もせずに解放された……よく分からん。


 門から少し歩いた後、 「すみません」 とニナさんが言った。


「え? いや、何もなかったですし、気にしないでください。それより、食事にしませんか? 魚料理が食べられそうなんですよ。あ、ニナさんは魚、大丈夫ですか?」

「……あまり食べたことはないですが、大丈夫だと思います」




 ニナさんの表情がここまで変わったのは、初めてだった。


「美味しい……」


 よほど気に入ったらしい。ニナさんは意外な勢いで魚料理を平らげた。終始二人で美味しい美味しいと言い合う食事。誰かとの食事が、こうも楽しいとは。


 素晴らしい夕食を終えた後の宿も、また素晴らしかった。少し値は張ったが、ジーナスさんのお陰で余裕はある。旅の疲れを癒やすべきだろう。なんてったって、久しぶりのベッド! 岩の小屋は雨風をしのげるし、野宿にしては快適なのだが……なにしろ硬い! そういえば、鍛冶魔法は柔らかい粘土にも変質できるのか? 今度やってみよう。


 そんな柔らかベッドで早寝するかと思った時、扉が軽く三回叩かれた。


「……すみません」 とニナさんの声。

「どうしました? ニナさん」 扉を開けて答える。

「外を歩きませんか」


 ニナさんらしくない申し出だ。俺は微笑み、外へ出た。




 都市の端に、砂浜があった。岩場も多い。この世界の海を間近で見る最初の機会だが、夜なので真っ黒である。満月の光を反射してキラキラしていることだけ、かろうじて分かった。波はあるようだ。


「……ドコウさんは、この髪をどう思いますか?」 ニナさんはそれまで被っていたフードを外しながら尋ねた。ここなら岩に隠れて周りから見えにくい。


 やはり髪の話だった。ニナさんは、門での出来事を気にしているようだった。説明が必要だと考えたのだろう。髪のことは出会った時にも訊かれた。あの時に答えた通り、驚くほど綺麗な黒髪ロングだ。前世でも大人気だったと認識している。


「……やっぱり、とても綺麗、というのが素直な感想ですが……。それが何か……?」

「……」


 静寂。……いや、波の音が聞こえる。さっきまでは気にならなかった小さな音だ。


「……この世界に、黒い髪の人間はいません」 とニナさんは言った。

「……え?」

「少なくとも数百年は、一人も見つかっていません。……私を除いて」


 ああ、それで今日の騒ぎか……。言われてみれば、ドワーフの村はまだしも、ドルフィーネでも黒髪の人を見たことはない。ほとんどが金髪。あとはまちまちで結構カラフルだが、黒髪はいなかった。異世界のイメージと合致していたので、気にならなかった。


 しかし、そんなことがあるのか?


「私は、なぜ私だけなのか知りたい。それが旅の目的です」

「そうですか……。自然な考えだと思います」 と俺は率直な意見を述べた。

「やはり、そう言ってくれるのですね。……ドコウさんの旅は世界を巡ると聞きました」

「ええ、そのつもりです」

「一緒に行ってもいいでしょうか? 私も世界を巡って、私が何者なのかを、知りたいのです」 真っ直ぐこちらを見る桔梗色の瞳が、月明かりに光って見えた。静かだが、強い意志のこもった瞳。

「それは願ってもない。これも何かの縁です。一緒に世界を見てみましょうか!」


 ニナさんは相変わらず無表情だが、どことなくホッとしたように見える。


「改めて、よろしくお願いします」 と俺は言った。

「はい、ありがとうございます。ドコウさん」


 ニナさんは確かめるように、俺の名を口にした。

 その時。 「ウォーターブラスト!」 近くの岩場から声が聞こえた。




 金髪の少女が、びしょ濡れの男に頭を下げている。びしょ濡れの男……つまり俺に。


「まさかいつもの練習場所に人がいるなんて思わなくって! ほんとにごめんなさい!」

「はは、大丈夫ですよ。濡れただけですし……」


 魔法を放つ大きな声と共に、突然、俺の頭上から水が降ってきた。さすがのニナさんも驚いていたが、今は焚き火をたき、さらに風魔法でそよ風まで当ててくれている。


「さっきの魔法は……水魔法ですか?」 と俺は少女に訊いた。

「はい! ウォーターブラストって言って、高威力の水弾をぶつける魔法です!」

「高威力……?」

「あ、あの! さっきのは中途半端というか、練習中で……。時間をかけて発動すれば、ちゃんとした威力になります!」


 ……気になることを言った少女を改めて見た。目の前にいる緊張した様子の女性は、金色の髪をしたヒト族の美少女だ。品の良い白いローブを羽織っていて、どこかお嬢様感がある。そういえば、門にいた魔法師も白いローブを着ていた。こう見えてステラマーレの偉い魔法師とか? ……確かめてみよう。


「では、もしよかったら、ちゃんとした方を見せてもらえませんか? 俺は魔法学を学んでいるんですが、本格的な水魔法は見たことがなくて」

「はい! いいですよ!」


 少女は少し離れ、砂浜に向かって両手を突き出した。少女が集中すると、両手の先に水弾が現れ、徐々に大きくなっていく。 「ウォーターブラスト!」 勢いよく放たれた水弾は砂浜に大穴を開けた。


 ……これを向けられたの?


 やはり、かなり高威力の水魔法を難なく使いこなしている。若いのに相当な使い手のようだ……でも、さっきはなんであんな威力に?


「おお! 凄い威力ですね。なんでさっきのと違うんでしょう?」 と俺は訊いてみた。

「えっと……。あ、見ててください」 少女はもう一度、砂浜に両手を突き出した。 「ウォーターブラスト!」 と彼女が言うと同時に放たれた水弾は、パシャっと消えた。

「なるほど。短時間では発動しない……。つまり、素早く発動しても勢い良く飛ばせるように練習してた、ということですか?」


 少女は驚いた顔を俺に向けた。 「その通りです! 毎日練習してるのにダメで……」


 ……これは……ジーナスさん! ビンゴかも! さすが俺達のジーナスさん!


 飛ばなかったウォーターブラストの時も、そこそこの水弾はできていた。それが飛ばなかった……というより、その場で前方に向かって弾けた感じだった。ここからは推測だが、恐らく、魔力が水弾に行き渡る前に放とうとしたため、弾けたのではないだろうか? 例えば、水弾の前方だけが発射されたとすると、弾けるようになるだろう。


 もしそうだとすると、この魔力を行き渡らせる工程……これはまさに探していた『魔力を溜める』工程に似ている。かなり楽観的な仮説だが、調べる価値はありそうだ。


「ちなみに、ちゃんと打つ時、発射のタイミングは調整できるんですか?」

「はい! 待てます!」


 おお、維持できるとは! 良い情報!


「……ちょっと手伝うというか、一緒に考えてみてもいいですか?」 と俺は提案した。

「え!? いいんですか!?」

「ええ、早く打てる水魔法、興味があります」

「ありがとうございます! もう私じゃどうすればいいか分からなくて……。あ、私レティシアって言います! 敬語も要りません! 年上の方に言われるのが少し……」

「分かりまし……分かった。俺はドコウ、こちらはニナさん」


 無言で会釈するニナさん。……俺が年上なのかはややこしいが、見た目は青年、中身はおっさんだしいいか。


「よろしくお願いします!」 とレティシアさんが元気よく頭を下げた。

「よろしく。じゃ、今日はもう遅いし、明日の夜にまたこの海岸で……いいかな?」

「はい!」




 翌晩、俺は待っていたレティシアさんに手を振った。 「こんばんは」

「あ! こんばんは!」

「こんばんは」 とニナさん。


 たぶん初めて聞いたニナさんの声にレティシアさんは一瞬だけ驚いたが、すぐに俺に向き直った。 「あの! 私の練習を見ててもらえばいいですか?」

「いや、その前に少し試したいことがあるんだ。上手くいくかは分からないけど」

「はい! なんでしょう?」


 俺は日中、ニナさんと魚を食べたり、散策したり、魚を食べたりしながら考えていた。


 まず、昨日見た様子を整理する。水弾が弾けた時は、行き渡っていた魔力の絶対量が足りていなかった。つまり必要なことは、一瞬のうちに行き渡らせる魔力を増やすこと。もう少し正確に言えば、単位時間当たりの魔力放出量を上げることだ。


 そのため真っ先に浮かぶ案は、レティシアさんが一気に魔力を放出できるように特訓する、という案だ。しかし、レティシアさんの話では、練習は毎日続けていたらしい。恐らく、この『練習』の行き着くところが、魔力放出量の増加だろう。その進捗が(かんば)しくない、とのこと。別のアプローチを試してみてもいい。


 そこで次の案だが、ここに俺が求める技術がピッタリはまる。そう、予め放出した魔力を『何か』の中に溜めておき、魔法の発動時に『何か』と術者、二つの経路から水弾に魔力を送る案だ。


 そうなると次は、この『何か』はどんなものなのか? という問いになる。魔力を溜めて保持できる、というのは当たり前として、求めた時には溜めた魔力を素早く放出できなければならない。これらの条件を満たしそうな『何か』……一つしかない。


「……これ」 と俺は懐から魔岩(まがん)を取り出した。

 目の前で生成すると驚かれる気がしたので、予め生成し、輪っか状に整形してある。

「これは……?」

「魔岩だよ」

「え!? こんなに大きいのが!? それに形も!」


 これでも母が最初に見せてくれたものより、だいぶ小さいんだけどな……。


 魔岩は魔力の結晶だ。もうこれで解決じゃん! と思ってしまいそうだが、たぶん一筋縄ではいかないだろう。まずは実験だ。


「ちょっとこれを身に着けながら、水魔法を試してみて」

「わわわっ! お、お借りします!」 レティシアさんは緊張しながら腕を通した。


 確かに割れやすいが、割れてもすぐ整形できる。あとで教えておこう。


「では! ウォーターブラスト!」 声と共に、パシャッと水が散った。 「……あれ?」

「うーん、やっぱりこれだけじゃダメか……」


 魔岩が魔力に戻って水弾に行き渡る、なんてことにはならないと思っていた。なんせ、魔岩から作った像を魔力に戻すのに、俺は三年かかった! 変質させた像より魔岩の方が簡単だが、それでもいきなり出来たら泣いてしまうかもしれない。それに魔力に戻す感覚は、魔岩は自分の魔力から出来たもの、というイメージがないと掴みにくいだろう。


 というわけで、次の実験だ。俺はレティシアさんから魔岩ブレスレットを受け取り、代わりに懐から直径十センチほどの魔岩を出した。水弾に似せて球形に整形してある。


「これも魔岩!?」 とレティシアさんはまた驚いた。

「そう。俺は魔岩コレクターなんだ。じゃ、次はちゃんと水魔法を打つ時のイメージで……ただし、水弾の代わりがこの魔岩だと思ってやってみて」

「は、はぁ。……えっと……。なんとなく、分かった気がします! やってみます!」

「あ、もし上手くいっても、水弾を放たずに保つ感じね」

「はい! ……あ、えっと……」 うろうろし始めるレティシアさん。


 ここらは一帯、砂と岩だ。魔岩を置く場所がない。しかし突如、地面から木が生えて台座になった。ちょうどレティシアさんが手を前に伸ばした高さになっている。


 レティシアさんは驚きっぱなしだ。 「え? え? こ、これもドコウさんが?」


「いや、これはニナさんだよ」


 ペコリとするニナさん。……なんかニナさん、いつもより無口じゃない?


「あ、ありがとうございますニナさん! ……では!」


 レティシアさんは球形の魔岩を木の台座に置き、両手を伸ばして集中する。……まだ何も変化はないが、レティシアさんは集中を続けている。やがて、白っぽかった魔岩が少し黄みがかってきた。どこかで見た気がする色。ニナさんもその様子を見つめている。


「……ど、どうでしょう……? 少しできた気がするんですが……」 両手を伸ばしたままのレティシアさんがこちらを窺って訊いた。

「俺にも良さそうに見える。そのまま放たずに、ゆっくり魔力の放出をやめてみて」

「は、はい!」


 レティシアさんは魔力放出量を減らした後、ゆっくり手を下ろした。球形の魔岩は黄みがかった色のままだ。


「で、できました……!」

「お疲れ様! 上手くいったかもしれない。じゃあ、次はこの魔岩になるべく近づいた状態で、水魔法を放ってみて」

「はい!」 レティシアさんは台座に乗った球形の魔岩が鳩尾(みぞおち)辺りに来るように立ち、腕を真っ直ぐ前に伸ばした。 「ウォーターブラスト!」 という声と同時に、瞬時に水弾が放たれる。大きな音が鳴り、砂浜に大穴が開いた。


 レティシアさんは数秒間、その穴を見つめていた。


「……わ……。で……できました! できましたよ! ドコウさん! ニナさん! 私、できました!」 レティシアさんは涙を浮かべながら、笑顔で跳ね回った。


 魔岩もまた、台座の上で月明かりを浴び、白くキラキラ輝いていた。




 金髪の少女が頭を下げている。今回、俺は濡れていないが、少女の頬が濡れていた。


「ほんとにほんとにありがとうございます!」 と言いながらまた泣きそうになる。

「いやいや、レティシアさんの頑張りだよ。……それに、まだ仕上げが残ってる」

「仕上げ……?」

「そう。でもその前に、どうして出来るようになったのかって気になる?」

「はい! 凄く気になります!」

「よし。じゃあ簡単に……。今のところの仮説でしかないけど、たぶん魔岩には殻みたいなものがあって、魔力を固めた物質としての状態を保ってる。この殻の中に、水魔法を使う時の感覚で魔力を閉じ込めてもらった、って感じかな」

「えっと……その閉じ込めた水魔法の魔力を、放つ時に使った、ってことですか?」

「そうそう」


 最初にコツを掴んだときから変わらず、俺が魔岩を生成するときは魔力全体ではなく、それをギュッと閉じる殻をイメージしている。ここで水魔法の出番だ。水弾に魔力を込めるイメージが身に付いた水魔法の使い手なら、殻に魔力を注ぐことができるかもしれない、と考えた。


「まあ、まだこれが真実だと分かった訳じゃないけどね。同じ現象になるけど原理は違う……ということもあるかもしれない。それを今調べるのはちょっと難しいので、一旦保留かな。……じゃ、説明はこのくらいにして、仕上げに移ろうか」

「はい! ありがとうございます!」


 俺は懐から、さっき使った輪っか状の魔岩……魔岩ブレスレットを取り出した。


「さっきの丸い魔岩は水弾をイメージしやすい形だけど、携帯に不便だと思う。だから次は、またこれを使ってやってみよう。やり方はさっきと同じで」

「……は、はい!」


 これはすんなり上手くいった。最初は木の台座に乗せて魔力を込め、装着してから放つ練習。次に装着したまま魔力を込め、そのまま放つ練習。


 レティシアさんは疲れてきているはずだが、弱音を吐くことなく、何度も繰り返した。


「ウォーターブラスト!」


 魔岩ブレスレットが小さいせいか、威力も同じという訳にはいかないが、成功だ。


「いい感じだね。ちょっと威力が落ちちゃってるけど」

「威力は十分です! それよりも、打てる回数を増やせるように練習します!」

「なるほど。……何回分あるといいのかな……」


 俺は懐から魔岩ブレスレットを一個、二個、三個……と取り出す。


「ちょちょちょっ!? ええ!?」 慌てるレティシアさんは結局、三つ身につけた。




 その晩の帰り道。今日は俺、レティシアさん、ニナさんで並んで歩いていた。


 レティシアさんは俺とニナさんに随分と心を開いてくれたようで、なんてことない会話を楽しんでいる。……今なら教えてくれるかな?


「……ところで、一ついいかな、レティシアさん」

「なんでしょう?」

「どうして水魔法の発動を早くしたかったのかな? 凄く努力していたようだけど……」

「えっと、それは……」 レティシアさんは困った顔で考え始めた。


 早かったか。別の話題を考えながら前を向くと、門で会った隊長さんが見えた。夜間の見回りだろうか? あの隊長さんは、ニナさんを髪だけで判断しなかったので好印象だ。


 隊長さんはこちらに気づくと、カッと目を見開き、剣に手をかけた。……え?


「あの、実は——」

「キサマッ!」


 隊長の剣が、岩の盾に当たる。咄嗟に生成した。何か言いかけたレティシアさんに反応する余裕はない。


「ニナさんちょっと待った!」 今にも斬りかかろうと近接していたニナさんを止めた。


 隊長は俺とニナさんから距離を取る。髪の件もあるし、ニナさんが手を出すのは避けた方が良い気がする。


「ヴァル兄様!?」

「貴様らッ! 忠告を無視し、レティを攫おうとするとは! 断じて許せんッ!」

「兄様ちょっと待って——」

「レティ! 早く逃げなさいッ!」


 えっと……兄妹だったの? 言われてみれば、金髪と青い瞳がよく似ている。


 しかし、隊長さんは何を言ってるんだ? ……いや、びっくりしているが、状況はすぐ理解できた。勘違いだ。このパターンは、俺たちがどう弁明しても上手くいかないと相場が決まっている。まずは無力化する必要があるが、上手い加減で出来るだろうか……。


 隊長さんは全身を上等な鎧で包み、右手には立派な剣、左手には立派な盾を構えている。結構な重装備に見えるが、さっきの切込みは凄まじいスピードだった。かなり強い。手を抜けばこちらが危なそうだし、かといって全力は、またやりすぎるだろう。


 隊長さんは、ザッと俺の方に向き直った。


「見たことのない技を使うようだが、私に斬れない悪はない!」 と言って剣に魔力を込め始めた。


 いや悪じゃないから斬れないってことに……ならないか。そんな屁理屈を言っている場合じゃない。あれで斬られたら、岩の盾なんて豆腐のごとし、だろう。ロックダッシュ拳法で回避するか、最近練習中の秘策を試すか……。


「ダメ! 兄様!」 レティシアさんの必死な声が響く。

「……覚悟しろッ!」


 魔力で輝く剣を構え、隊長さんが突進する! 俺は足に岩を生成して備えている。


 その時——。 「ウォーターブラスト!」

「ぐぉっ!?」


 レティシアさんの放った水弾が盾に命中し、隊長さんは吹っ飛んだ。……たぶん狙って当てたんだろうけど、勢いよく突進してる人の盾に当てるって……?


「く……! 今のは……? まさかレティ?」

「ヴァル兄様! この人たちは私の恩人です!」

「なッ!?」

「早く謝ってくださいっ!」 レティシアさんは涙ながらに言った。


 騒動に気づいて集まってきた住民と警備兵。謝るうちにパニック状態になり、泣きながらごめんなさいマシーンと化したレティシアさん。妹の様子におろおろし、俺とニナさんに話を聞くことも、住民と兵に説明することも出来なくなってしまった隊長さん。


 混沌を極める状況を前に、俺は、明日改めて落ち合うことを提案した。




 ローズマリーに似た爽やかな香りが食欲をそそる魚の蒸し焼きを、慌てて飲み込んだ。


「どうぞ」


 隣の席のニナさんが水を渡してくれる。流し込む。……ああ、命の恩人に感謝せねば。


「大丈夫ですか!?」 とレティシアさん。

「……ふぅ。……ええ……。……えっと……、王子様と王女様?」

「うむ。だが『様』は無しで願いたい。ドコウ殿」 と向かいの席の隊長さんが言う。


 騒動の翌朝。全ての魚料理屋から選び抜いた一番の店で、二人と落ち合った。


 説得の末にようやく土下座を諦めた隊長さん……改め、ヴァレンティンさんは、席に座るやいなや、意外な自己紹介をした。この世界に土下座の文化があることにも驚いたが、そんなのはどこかに行ってしまった。王族だって?


「えっと……。私が水魔法を練習してたのも、それに関係してるんです」

「……ごめん。まだ全然分からないな……。説明してもらえますか?」 と俺は訊いた。

「うむ。ドコウ殿は、レグナムグラディという国をご存知だろうか?」

「ええ。ここから東に行った国ですよね。……もしかして、二人はその国の?」


 頷く二人。それを見て、蒸し焼きを堪能していたニナさんが俺を確認した。俺はまださっきの一口だけだが、これで借りを返すことにしよう。


「実は今日、ここを発って向かうつもりなんですよ。それで、そのまま東に」

「本当か!?」 ヴァレンティンさんが立ち上がって叫んだ。


 他の客の視線が集まるのに気づき、咳払いして座り直す。


「……すまない。……レティ、決まりだな」

「はい! ヴァル兄様!」

「えっと……?」 俺には話が見えないままだ。

「ああ、すまない。……水魔法の話の続きは、道中でも良いだろうか? ……いや、順番がおかしいな。ドコウ殿、ニナ殿。二人の旅に我々も同行させてもらえないだろうか?」


 そう言って頭を下げるヴァレンティンさん。


 立ち上がったレティシアさんも、 「お願いします!」 と頭を下げた。


 ニナさんを見るが、特に問題ないようだ。俺に任せてくれるようで、信頼を感じる。……料理を皿によそう様子を見ていると、違う気もしてくる。


「俺達は構いませんけど……。またどうして急に?」

「レグナムグラディから東に進むと言っていたな。その先はポルトヴェントという小さな港町があり、そこがこの大陸の東端だ」

「そうですね。そこからずっと北北東にある別の大陸まで、船で行けるんですよね?」

「やはりそうか。……ああ、その通りだが、その船は一年以上の予約待ちだ」

「……え?」

「貨物船を除く便は少ないのだ。……しかし、レグナムグラディの王族専用船を使えば、待ち時間はない。……どうだろう? 我々は礼と謝罪をしたいのだが……」


 だいたいの旅程はドルフィーネで立てて来たのだが、そうか、うっかりしていた。ここは前世とは違うのだ。乗り物が貴重な世界。三分おきに来る電車など影も形もない。


 急ぐ理由はないと言えばないが、断る理由はもっとない。


「では……お言葉に甘えて……」

「よし! では私のことはヴァルと呼んでくれ!」 と言って立ち上がる。 「すまないが支度をしてくる! 急ぐぞレティ! 退職だ!」

「はい!」 と返事をしたレティシアさんは、 「レティです!」 と言って出て行った。




 前世では山登りが苦手だった。虫に刺されて手足はパンパンに腫れるし、それが怖くて夜は眠れないし、寝不足の登山がきつくて景色なんて見てられなかった。ちゃんと見ていれば、前世もこんなに広大で、美しかったのだろうか。山肌に薄っすら雪が積もる標高。ステラマーレとレグナムグラディの間には、山脈が走っている。


「仕事、良かったのかな? ヴァルさん」 と俺が訊いた。敬語は拒否されている。

「ああ。もうステラマーレに滞在する理由はなくなったからな」

「理由? もしかして水魔法の件?」


 少し下の方にレティさん。もう少し話す時間がありそうだ。


「そうだ。……すまない、途中だったな。私とレティがステラマーレにいたのは水魔法の即時発動を実現するためであり、レティにはそれが必要だった」

「……やっぱり、分からないなあ」

「そうだな。……うむ。レグナムグラディは騎士の国。規律と実力を重んじる国だ。そしてレティはその国の第一王女であり、末子(まっし)だ」

「つまり、兄妹にただ一人の女性ってことだね」

「うむ。……だからその……我々……いや我が国は、レティに対して過保護だ」 急に俺から目線を外して頭をかくヴァルさん。

「……まあ、自然なような?」

「レティは水魔法の天才だ。レグナムグラディでは随一。水魔法が盛んなステラマーレでも、史上最年少の上級魔法師になった。魔法学をもっと学びたいといつも言っている」

「やっぱり。あ、実は俺の旅の目的も、世界中の魔法学を知ることなんだよ」


 ヴァルさんは予想していたと言わんばかりの顔で頷いた。


「やはりな。しかし朗報だ。レティに聞かせよう」 と言ってレティさんの様子を窺う。


 レティさんはニナさんの手を借りて最後の岩をよじ登り、その岩に座って息を整えている。会話はもう少し待ったほうが良さそうだ。


「……ふむ、まずは続きを話し切ろう。……旅には危険が伴う。レティを心配した皆が出した旅立ちの条件が、自分の身を守れるようになること。これにはレティ自身も同意見だ。……そして、その手段として期待していたのが——」

「即時発動、か」

「そうだ。水魔法は威力こそ絶大だが、発動に時間がかかるため誰かのフォローが要る。そこで私が守ることを条件にして、ステラマーレに行く許可を得た。……しかし膨大な資料を調べ、試行錯誤を重ね……。少々絶望しかけていたところだった」


 レティさんも水筒を傾けながら必死に頷いている。ここは空気が薄い。


「隣国までとは言え、ヴァルさん一人の護衛で大丈夫だったのかな?」 と俺は訊いた。

「これでも、レグナムグラディ最強の騎士……などと言われているからな」

「おお! それは凄い」


 先日の手強さに合点がいった。しかし、ヴァルさんは苦笑いしている。


「ふ……ドコウ殿は立派だな。……ちょうどいい。水魔法に関しては以上だが、私も一つ訊いていいだろうか?」


 俺が頷くとヴァルさんは軽く頭を下げ、ニナさんを見た。


「良ければニナ殿に応えてもらいたい。先日。私がドコウ殿に斬り掛かり、レティに止められた時。もしあの時レティが止めていなかったら、私はどうなった?」


 ニナさんは表情を変えず、 「技を躱され、一撃で死んでいました」 と即答した。


「……やはりな……。さらに私は、ニナ殿、貴殿にも勝てぬだろう……」


 ニナさんは答えない。つまり肯定だ。


「そんな……ヴァル兄様が相手にならないなんて……」 とレティさんが小声で言った。


 深刻な顔をしていたヴァルさんは、その声を聞いてパッと表情を変えた。


「おお! 回復したか。少し体力が付いてきたようだな。……では、行くとしよう。あとは下りだが、案外きついぞ」 話題を無理やり変えたような声量だった。


 見たところヴァルさんは二十代後半。気を回しすぎるのは良くないだろう。


 さて。確かに残りは下るだけだが、だいぶ日が傾いてきている。このままのペースだと山中での野宿だ。特にレティさんの体力が心配になる。


「……よし、少しズルしちゃおうか」


 俺は魔岩を生成、変質させ、四人で乗れる大きさの石板を作った。空飛ぶ石板だ。さらに風除けを作って完成した岩製の車は、この世界で若干浮いている。二つの意味で!


「なんだこれはドコウ殿!」 とヴァルさんが驚いた。

「岩だね。……さ、全員乗って」

「ありがとうございます」 とニナさんがスッと乗り込む。

「わわわ、失礼します……」 レティさんはおっかなびっくりだ。

「……世界を知るべきなのは、私かもしれんな……」 とヴァルさんが小声で言った。


 俺は岩製の車……名付けて岩車(いわぐるま)を操作し、一気に山を下った。

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