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英雄が壊す異世界  作者: 波白雲
第二章:目に映る世界
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第8話:貴女は?

 ドルフィーネから東に歩けば『恵みの森』だ。そのまま直進すると、やがて左手に大きな湖が見えてくる。この湖は『星曜湖(せいようこ)』と呼ばれ、森の恵みの源だと考えられてきた。湖からは南東に進路を変え、しばらくすると森を抜ける。そこからさらに延々と歩いて到着するのが、ステラマーレだ。これがドルフィーネとステラマーレを結ぶ『恵みの森』経由の交易ルート。俺はそのルートを進み、森の出口に近づいていた。


 『恵みの森』には、在学中に護衛の皆とモンスター退治に来ていた。そこそこ詳しい。特にこの交易ルート付近はモンスター討伐依頼も多く、来る頻度が高かった。


「……ん?」


 まだかなり遠いが、地響きと共に音が聞こえた。鳥たちが森の出口から真っ直ぐに、こちらに向かって飛んでくる。ヒルタートルが居るのだろう。分かった上で来ているのだから、慌てることはない。俺は進路を音の方へ微修正し、歩みを進めた。




 途中から、地響きの中に違う音が聞こえていた。何かがぶつかる音。二つの音が断続的に聞こえる中をさらに進み、森の出口間際、視界が開けたところで目視できた。山のように大きなヒルタートルと、それに対峙する、亜麻色(あまいろ)のローブを深く被った人。


 その人は右手に長い杖を持っている。……のだが、それ持ち方あってる? 杖の一端には宝玉がついており、母の杖を長くしたような見た目だ。普通、杖といえばこの宝玉を相手に向け、魔法を放つイメージをする。しかし、その人は宝玉側を柄のように持ち、反対側をヒルタートルに向けている。


 ガッという音を立てて殴っている……いや、斬ってる? よく見れば杖の表面には風魔法が張り巡らされており、杖での一撃は斬撃に変化しているようだ。その人が斬撃を繰り出す度、ヒルタートルの皮膚に薄っすらと傷が入る。


 甲羅は狙おうともしない。硬すぎてダメージを与えられていないようだが、俺は加勢すべきか悩んでいた。悩む理由は、その人が劣勢ではないからだ。


 再び轟音。ヒルタートルの巨大な足が振り下ろされた。が、当たりそうにない。その人の身のこなしは、実に見事。まるで舞だ。無駄なく流れる動きでヒルタートルの踏みつけ攻撃を躱し、的確に関節などの柔らかそうな部位を攻撃している。


 確実に俺より手練れ。実戦経験も比じゃないだろう。俺が最初に音を聞いたときから戦っているのだとすれば、相当な時間、対峙していることになる。しかし、その人の流麗さは疲労を感じさせない。もし、あの人が何かの目的でヒルタートルと戦っているのだとすれば、介入することでその後のトラブルを招く可能性もある。


 ……その後しばらく見ていたが、事態は進展していない。


 ただ、じっくり観察して分かったことがある——たぶんあの人は女性だ。身長は俺より少し低いくらいだが、動きの柔らかさから見て、間違いないだろう。


 ちなみに今の俺は、森の端っこの茂みに隠れ、かなり遠くから様子を窺っている。なんだか情けない姿だが、大真面目だ。


 相変わらず大振りな踏みつけ攻撃を躱し、女性が杖で連撃を加えた。……心做しか、焦りが見えてきた。そりゃそうか。こんなに長く戦っていて変化がないのだから。


 すると、ザッ……と地面を擦る音を立て、杖の女性がヒルタートルから距離を取った。諦めたのだろうか? しかし、そんな雰囲気ではない。


 杖の宝玉が淡く光り始めた。どうやら奥の手があるらしい。しかし、それならなぜ、こんなに長い間使わなかった? 答えは一つしか思い浮かばない。使いたくないからだ。どんな奥の手なのかは勿論分からないが、何らかの重いリスクがあるのだろう。


 ……俺は、重いリスクを負おうとしている人を、ただ覗いているだけでいいのか? 父や母、ジーナスさんたちが信じたドコウはそんなやつなのか? そんなわけない。


 足に生成した魔岩を岩に変え、高速で操作してヒルタートルと彼女の間に立った。


「……!」

「突然すみません。横槍させてもらっても……いいですか?」 と俺は言った。

「助かります。皮膚が硬く、私には決定打がありません」 やはり女性の声だった。凛とした声だ。彼女からすれば突然のことのはずなのに、返答はすぐにきた。


 こっちが挨拶をしているというのに、ヒルタートルは 『二人まとめて潰してやる!』 と言わんばかりに足を高く上げ、踏み下ろそうとしている。しかしこれはチャンス!


 俺は巨大な石柱を地面から生やし、ヒルタートルの左前足を受け止めた。大質量の衝突による、けたたましい音が辺りに鳴り響く。


「……土魔法……」 と彼女は言った。

「ええ。では、このまま任せてください。俺、こういう系は得意なんです」


 左前足だけ石柱に乗り上げたカメの左腹を、さらに石柱で突き上げればどうなるか? 転倒し、森に倒れ込むヒルタートル。さっき以上の轟音が響き、土煙が舞い上がった。


 山のような甲羅が横向きのまま止まる。こちらにはカメの裏側が見えている。そうなるように倒したからだ。比較的薄い部分。ここなら内臓まで衝撃が伝わるだろう!


「ふんッ!」


 ヒルタートルの裏面に向けて俺が放った拳、そしてありったけの魔力は、内臓にダメージを与え……るだけでなく、その向こうの甲羅まで粉砕した! 森の奥で土砂崩れのような音が聞こえている。……あれ、これって交易ルート無事かな……?


 ひとまずヒルタートルはピクリとも動かない。ま、まあ……難なく勝利!


「……凄い威力ですね」 振り向くと、近くに先ほどの女性。

「ははは。思いっきりやり過ぎたかもしれません……」


 クスッと笑ってくれた気がしたが、ローブに隠れて見えない。


「ところで……。白状すると、しばらく貴女の戦いを見ていました。相当に腕の立つ方だとお見受けします。そのため、手を出すべきか悩んで遅くなり……すみません」

「構いません。視線には気付いていました。なぜあのタイミングで?」

「何か苦渋の選択をしたようだったので」 と俺は答えた。


 少しの間。そして彼女は、おもむろにローブのフードを外した。


 まず目に映ったのは、長く、黒い髪。次に白い肌……そして、尖った耳。エルフ。


「助けていただいたのに顔を隠し、名乗りもせずに失礼しました。ニナと言います。ありがとうございました」


 彼女は表情をほとんど変えずに言った。桔梗色(ききょういろ)の瞳がこちらを真っ直ぐ見つめる。


「俺の方こそ自己紹介がまだでした。ドコウと言います。その……」

「ドワーフ族の方ですね。私はエルフです」

「……ええ、その通りです」

「……」

「……」

「驚かないのですね」 とニナさんが言った。

「え? 何に?」

「この髪に」

「髪? ……いや、正直、綺麗な髪だな、とは思ってますが……あ、そういう意味では驚いてると言えるかな……」

「……」


 あまり感情を出さないタイプ。それはもう確定だ。しかし、敵意は感じない。母から、ドワーフとエルフは不仲だと聞いていたが、ニナさんも気にしない性格なのだろうか?


 突然、ブゥンッと鳥肌が立ちそうな翅音(はおと)が周囲を覆った。


「……キラービー……」


 ニナさんの言う通り、キラービーだ。針にさえ気をつけていれば問題ない相手。


 しかし、なんだこの数! いつの間にか空が真っ黒だ! ……もしかして、さっきヒルタートルを転倒させた時に巣を何個か壊した?


 俺は咄嗟に、ニナさんと自分を岩のドームで守った。この数はマズイ。


「……すみません、これたぶん俺のせいです」

「いえ」


 さてどうするか……。色々と訓練してきた俺だが、範囲攻撃は苦手だ。拳術も土魔法も、一撃必殺スタイル。こういった極端な一対多での有効打がない。


「……有効打がないようですね」 とニナさん。

 俺は驚いた。 「バレましたか。その通りです」

「では、合図をしたらこの壁を崩してください」

「え?」

「今度は私に任せてください。……私、こういう系は得意なんです」


 ニナさんは無表情のままだ。しかし、楽しそうに見えた気がした。俺はニッと笑った。


「では、お願いします! いつでも!」

「……どうぞ」


 岩のドームを崩した外の景色は、闇だった。全てを飲み込むほどの圧倒的な数。


 しかし切断。そして解放。数秒後の俺の目に映っていたのは、無数の枝と根だった。森から、または地面から伸びたそれによって、キラービーの大群は切り刻まれた。


 よく見ると、枝の一本一本が風魔法を帯びている。……木を操った?


「……凄い。ありがとうございます。助かりました」

「いえ。……これで、お相子ですね」


 俺は、ニナさんが微笑んだように、錯覚した。




 俺はニナさんと共に平原を歩いていた。尋ねたところ目的地はステラマーレだと言うので、一緒に行くことになったのだ。少し話してみると、ニナさんは口数が少なく、表情もほぼ変わらないが、気難しい人ではないことが分かった。見たことないほどの美人なのでドキドキしてしまいそうだが、不思議と話しやすい。


「ところで、なぜヒルタートルと戦っていたんですか?」 と俺は尋ねた。

「頼まれたからです。貴方は?」

「あ、ドコウでいいですよ。俺も同じです」

「私もニナで」

「では……ニナさん、他にも訊いていいですか?」

「はい」

「最後に使ったのは、木を操る魔法……ですか? 魔法学は学んだのですが、知らない現象だったので……気になってます」

「はい。木魔法(きまほう)、と呼んでいます。魔法学には含まれていません」

「なるほど……」

「様々な植物を生やして操ります」

「え、木だけではないんですか?」

「はい。形を変えることもできます」

「それは便利……」 と言いながら、なんだか土魔法と似ていると思った。

「私もいいですか?」

「あ、どうぞ。何でも訊いてください」

「最初の素早い動きは?」

「ああ、あれは……」 俺は足に魔岩を生成し、岩に変えて固定する。片足を上げてニナさんに示した。 「こうやって生成した魔岩を岩に変質して固め、操作して移動したんです。……あ、ちょっと手を出してもらってもいいですか?」


 俺はニナさんの手のひらに小さな魔岩を生成した。


「こんな感じで魔力を固めて作ります」

「こんな簡単に……」

「良ければ差し上げます。あ、割れやすいので気を付けてくださいね」


 ニナさんは小さく頭を下げ、魔岩を懐にしまった。……そろそろ日も暮れてきたな。


「そろそろ休みましょうか」

「はい」

「あの……ニナさん、炎魔法は使えますか?」

「……いえ、使えません」


 あら、ニナさんもか……。魔法学を習い、簡単な魔法は一通り使えるようになった。しかし炎魔法だけはダメだった。煙すら立たない。まあ、他も治癒以外は戦闘に使えるレベルではないので、こんな時くらいしか気にならないが。


「……ですが、火は起こせます」


 ニナさんは懐から枯れ草と火打石を取り出し、カッカッと火種を作った。枝は俺が持っている。さっきのキラービーを倒した後、道を開くついでに取っておいたのだ。




「なぜステラマーレに?」 と、食事を済ませたニナさんが話しかけてきた。


 ちなみに、夕食は予定より豪華になった。用意した干し肉をかじるだけ……と覚悟していたのだが、それを見たニナさんが果物の木を生やしたのだ! まさか野宿で、採れたて新鮮果実を食べられるとは思いもしなかった。


「ステラマーレが最終的な目的地ではないんです。旅の目的は、世界を巡り、この世界のこと……特に技術のことを知ることです。だから、ステラマーレにしばらく滞在したら次の都市を目指します。ドルフィーネから森を抜けて来たので、次はもっと東ですかね」


 ニナさんは何も言わなかった。ここまでニナさんは、自分が訊いた分だけ自分も答えていた。ここで言い淀むということは、旅の目的は喋りにくい、ということなのだろう。


「さて、そろそろ寝ましょう。ちょっと待っててください」

「……?」


 俺は岩で小屋を建てた。もちろん二軒。完全個室制。もはや野宿の定義を疑いたくなる快適さだろう。……よしよし、ニナさんも驚いている……はずだ。顔には出てないが。

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