第7話:ゴーレムはロボットなのか?
「——という訳で、世界をぐるっと巡ってこようと思うんだ」 父と母の反応を待ちながら、ボサボサになった髪と服を整える。
ジーナスさんと村に到着した途端、遠くから土煙を上げてやってきた両親に揉みくちゃにされた。二人は何も変わっていなかった。何も変わらず、元気で最高だ。
「いいんじゃねェか!」
「ええ、お母さんも応援するわ」
やはり父と母はとうに覚悟ができていたようで、あっさり賛成してくれた。
「ありがとう! ……それで母さん。ジーナスさんからゴーレムっていう土魔法があるって聞いたんだけど、本当? 俺が作りたいものに似てるって……」
「え? ゴーレム? ああ、そうねえ。確かに似てるかもしれないわね……」
なんか変な反応。
「見たほうが早いわね。ちょっと待ってて頂戴」 と言った母は奥の部屋に行き、すぐ戻ってきた。手には身長の半分ほど長さの杖。片方の端に丸い宝玉が付いている。
「高度な魔力コントロールが要るの。母さんはコレを使わないとダメなのよ」
鍛冶魔法におけるハンマーみたいだ。この世界では基本的に、魔法を素手で使う。
「それじゃ、いくわね」 母は少し開けたところで目を閉じ、集中を始めた。
ここで? と思ったその時、岩の床が一部盛り上がり、徐々に人の形をとり始めた。
変形はすぐに終わった。身長は俺の腰くらい。ごつい腕が二本。
「……ふぅ。じゃ、動かすわね。よーく見てて頂戴」
ここまでは通常の土魔法と大差ない。ここからが問題だ。いよいよ動く。俺はゴクリと唾を飲み込んだ。
「ゴーレムよ、右腕を上げなさい」 母が命令を下す。
するとゴーレムの眼に光が灯り、指示通りに右腕が動き出した! ゴリッと低い音を立て、肘がだいたい五度くらい曲がって止まった。……ん?
「よしっ! ゴーレム。次は左腕を上げなさい」 ゴリッ。五度くらい。……んん?
「どう? これがゴーレムよ」 やり遂げた表情の母。
「えっと……母さん、もう少し腕動かない?」
「無理よ。一回ずつしか動かないの。足なら動くわね。ゴーレム、右足を上げなさい」
ゴーレムは右足を三センチほど上げ、そして、バランスを崩してこの世を去った。……という訳ではなさそうだ。眼の光はまだ消えていない。
「こんな感じでね、ゴーレムに実用性はないの。私も師匠に教わった時しか使ったことがないわ。言葉に応じることはできるし、身体を動かすこともできるんだけど、すぐに止まってしまうの。……だからドコウ、あなたがさっき話してくれたような高度な人形は、ゴーレムではできないわ」
「眼の光は消えてないみたいだけど……これは?」
「ああ、そこはすぐには消えないわ。動けなくなっても光り続けるものだから、なんだか可哀想になっちゃうのよね……。それもあって、あまり使いたい技術ではないわね」
ふむ……。よく分かった。一番大事なのは頭部だ。その機能は……制御器! つまり頭部はCPUの代わりになる! この技術は凄いポテンシャルを秘めているぞ!
「母さん! この技術、後で教えてほしい!」
「え? もちろんいいけど……。……ふふっ。相変わらずなのね。懐かしいわ」
ロボット実現に向けて一気に活路が開けた気がした。腕を動かす原理、あれは恐らく土魔法で岩を操作するのと同じだ。ただ、今のゴーレムでは岩に込められた分の魔力をすぐに使い果たし、さっきのように止まってしまうのだろう。十分に動かすためには、魔力をどう供給するかが課題、というわけだ。もっと魔力を溜められるといいのだが。
「……ジーナスさん」 と俺は呼んだ。
「はい?」
「どこかの都市で、魔力を溜めて保存するような技術が開発されている、という話を聞いたことはありませんか?」
「魔力を溜める……。うーん、そうですねぇ……。少なくとも、魔法学の基礎からは外れた技術になりますね」
そう。基盤学校では、魔法の行使には三つの段階が必要と習った。まず『魔力採集』。この世界には魔力が満ちているらしい。人は魔法を使う度に、全身で魔力を集めているそうだ。次が『魔力伝達』。使う場所に魔力を移動させる。大抵は手のひらへ。人はこれを無意識にやっているらしい。最後が『魔動変換』。魔力を使って何かの物理現象を起こす。身体から少し離れたところで魔力を作用させることもできる。実際、俺が土魔法や鍛冶魔法を使うときは岩に触れていない。
さて、問題はこの三つに魔力を保存するような機能がないことである。このことから、人は魔力をその身に溜めることはできない、というのが魔法学の常識だ。
「いや、ひょっとすると……」 とジーナスさんが希望を見出す。
「ここから東にある、ステラマーレに行ってみてはどうでしょう? あの都市では水魔法の研究が盛んなのですが、水魔法には魔力を溜めるのに似た特徴があります」
「特徴?」
「はい。水魔法使いの得意戦術は、強大な一撃での殲滅です。これはもしかすると、魔法を放つ寸前で魔力を溜めているから成せる業なのでは、と」
さすが、武具売買のために各国の軍事的な特徴を把握している専門家だ。行き先を決めるには、十分過ぎる仮説だった。
夕飯までの自由時間。俺は、この隙に用事を一つ済ませることにした。
「父さん、ドワーフの成長について教えてほしい」
「おォ、そうか。それはそうだな」
自身の身体の急成長について。二年ほど前に落ち着いたが、今度は二年間ほとんど成長していない。明らかに、俺が知る人の成長ペースと、ドワーフのそれは違う。自分の身体について知っておきたいと思うのは、当然だろう。
父の説明の要点は二つ。
一つ目は、ドワーフには五段階の成長があること。一段階目。生まれてから四歳ごろまでは、ヒト族と同じペースで育つ。これは精神的な成長の期間だと言っていた。二段階目は四歳から八歳までに一気に身体が完成する期間。その後の三段階目で、しばらく成長が止まる。この極端な成長の仕方は、肉体労働を生業としてきたドワーフ族の進化の結果らしい。四段階目はヒゲが生える期間。大抵の者はこの頃に後進を育成する。そして最後が、非常にゆっくりと老いる期間だ。
二つ目は、ドワーフの寿命は個人によってかなり差があり、短くて二百歳、長いと六百歳以上生きるということ。こんなに差がある理由はよく分かってないらしい。
「ちなみにワシは今年で二百七十三歳になるが、まだ老いはきてねェ!」
確かに父はヒゲこそ立派だが、老いているという感じではない。
「母さんは? 父さんよりずっと若いし、ヒゲも生えてないよね?」
「母さんか? 母さんはああ見えてよ——」
——その瞬間、時が止まったかに思えた。
そうではなく、自分が息を止めてるのだと気づいたのは、数秒の後だった。闇よりも黒く、血よりも紅い殺気が背後(の台所)から俺を突き刺す。否、この殺気は俺に向けられたものではない。父だ! 身体は動かない。なんとか眼球を動かし、父を見ると、褐色の肌が青白く変色し、全身から汗を吹き出している。マズイ!
「……ト……トーサン……ケン……ジュツ……ミテ……」
「……ォゥ……」
消え入るような声で答えた父を支え、俺は這うようにその場を脱した。
夕飯は俺と父母、そしてジーナスさんの四人で食べた。村を上げた宴会の案も出たが、積もる話は尽きないだろうから、ということで村の皆が遠慮してくれたらしい。アリアナさんも連れて来れれば良かった。こうしていると、俺は五人家族な気がしてくる。
「お話があります」 夕飯が落ち着いてきた頃、ジーナスさんが切り出した。
そういえば、今回のジーナスさんの目的は父と話すことだと言っていた。
「ドームさんに、モンスターの討伐をお願いしたいのです」
ジーナスさんは単刀直入に用件を告げた。ドームは父の名だ。
「珍しいな……。何があった?」 と父。落ち着いたトーンだ。
「はい。実は先日、恵みの森を東に抜けたところで、ヒルタートルが確認されました。交易ルートの付近です」
「あいつか……最後に見たのは三十年くらい前だったな」
「ええ。しかも今回の個体は、どうやら貴方が前に倒した個体よりも、硬い甲羅と皮膚を持っているようです。発見した騎士団にはベテランもいたのですが、剣では傷一つ付かなかった、と言っていました」
「……それでワシか……」
「はい。族長という身で村を離れにくいことは重々承知していますが、ドームさんの拳術がないと太刀打ちするのは難しいのが現状です……」
父は考えている。豪快に『あァ! いいぜ!』と返事するのかと思った。やっぱり村を守る義務がある、ということか……。それなら……。
「ドコウ、おめェ、ステラマーレに行くんだったよな?」
「うん」 と即答。
「じゃ、おめェが倒してみるか」
「わかった!」 とこれも即答する。予想通りだ。
ジーナスさんが慌てて言う。 「い……いやいや、ヒルタートルですよ? 殺意を持った山のようなモンスターです! より硬い亜種かもしれません! ドコウくんがいくら凄いと言っても、まだ九歳ですよ!?」
「まだ子どもだって言いてェのか?」
「そうです!」
「……よし、母さん、今やっちまおう」
「ええ、そうね」
「なにを……?」 と戸惑うジーナスさん。
父と母は家の奥へ行き、何かを取って戻ってきた。
「ドコウ! もうすぐ十歳だったな! ちと早ェが、旅立っちまう前に祝わせてくれ!」
父が言い、母はプレゼントを渡してくれた。ブレスレットだ。随分いきなりだが、準備してあった。
「前に送ったのもちゃんと着けてるわね。今回のは左腕に。これでとうとう四つよ。お母さんとお揃いねっ。一族のならわしなの」
母の言う通り、四歳の誕生日から始まり、六歳、八歳の誕生日にもブレスレットが届いた。少しずつ装飾が違い、着ける腕の左右を指示する手紙が同封されていた。俺は右に二つ、左に一つのブレスレットを着けていたのだ。それが左右二つずつになった。
「ありがとう、母さん。父さんも。でも、急にどうして?」
俺の誕生日は少し先だ。これまでのように、旅先に送るのでも良い気がする。
「十歳の誕生日はな、特別だ!」
「そう、ドワーフにとって、十歳は成人する歳なのよ」
「成人……大人ってこと?」 という俺の確認に頷く二人。
この村に俺以外の子供がいないことは、少し気になっていた。外見はさっき聞いたドワーフ特有の成長で説明できるが、村人は仕事をし、成人として生活している。
「し……しかし、十歳は十歳。ヒト族ではまだ成人の半分にも満たない……」
文化の違いに唖然としたジーナスさんが、ボソボソと喋っている。さっきも珍しく興奮していたし、整理が追いついていないのかもしれない。
「ガッハッハ! そんなにのんびりしてるのはヒト族くらいだ! ワシらは大人数では暮らさねェ。全員が自分で生きなきゃならねェんだ」
「初耳……でした」 ジーナスさんは合点がいったように言った。
あの状態から素直に飲み込める度量は、流石と言える。
「ドコウはこれから世界を巡る! ヒルタートルくらいやれなきゃいけねェ! それによ、ジーナス。よく見てみろ。おめェには、ドコウが頼りない子どもに見えんのか?」
「……」
「ワシと母さんはドコウがドルフィーネに行くとき、覚悟を決めたぜ。おめェも、ドコウを信じる覚悟を決めな!」
「そう……そうですね」 咳払い。 「いや、失礼しました」 いつもの余裕が戻っていた。
「改めて、ドコウくん。ヒルタートルの討伐、お願いできますか?」
「任せてください!」 俺はジーナスさんとガッと握手を交わした。
「ではジーナスさん、アリアナさん、改めてお世話になりました」
俺はドルフィーネにあるジーナス邸の前で、今度こそ出発の挨拶をした。ヒルタートルが発見された場所は、ドルフィーネからの方が近い。
「このまま出発するんですか?」 とジーナスさん。
「はい。ここでのんびりしたら、せっかくの気持ちが盛り下がってしまいそうで」
「それもそうですね。では、アリアナさん」
「ええ。ドコウくん、これを持っていって頂戴」
俺は小袋を受け取った。見た目より重い。 「えっと……これは?」
「そうですね。中身が分からないと受け取れませんよね。確認してみてください」
金貨だった。
「いやいや! 中身を知ってなおさら受け取れませんよ!」
「こういうものは、実の親からは渡しにくいでしょう。しかし旅には必要です。と言ってカッコよく渡すつもりでいた分に、ヒルタートルの討伐報酬を足しておきました」
「報酬って……まだ……」
「私も覚悟したんですよ。細かいことは気にせず、貰ってください」
なんだかジーナスさんらしい。素直に受け取ることにした。護衛の皆さんにも改めて別れを告げ、俺はドルフィーネを発った。
*
カランカランッ……と音を立てる扉を開け、店に入った。
「いらっしゃい! あ、お客さん。フード、この店では被ったままでもいいぜ!」
「……」 店内を見渡し、目を留める。棚に置かれた人形。胴に仕込まれた機構に目を奪われた。 「……これ……」 と指差す。
「ん? ああ、これか? お目が高いな! これは一週間くらい前から置いてる新商品! なんとあのドワーフが作った凄い人形でな、この——」
ひと目で、理解した。
「いくら……」
「え? ああ、金貨十枚だが、でもあんた——」
ジャッ……と音を立てる小袋。
「え! ま、まいどあ——」
「どこ……」
ひと目で、見定めた。
「あ? ああ……色んな都市や国を巡るとは言ってたが、行き先は聞いてねえ」
ジャッ……ジャッ……と小袋を二つ。身が軽くなる。
「お、おいあんたこりゃ!?」
「どうしたの……?」
口の軽い店主の、妻。奥から表れた姿を見る。……ああ、それなら。
チャリンッと一枚加えた。
「え? 金貨!?」
「ちょ、ちょっと!」 と慌てる店主の声を背中に聞く。
「こ! これ全部金貨じゃないの!?」
カランカランッ……と再び鳴らした。
「……へへ……へへへへへ……」 見つけた。懐に抱えて離さない。必ず見つける。




