第6話:卒業。さて何をする?
「ドコウくん、卒業、改めておめでとうございます」
「ジーナスさん、それにアリアナさんも皆さんも、ありがとうございます! こんなご馳走まで……。とても嬉しいです!」
ドルフィーネに建つ立派な邸宅で、ちょっとしたパーティーが開かれている。俺の卒業祝いだ。ジーナスさんの奥さんであるアリアナさんと、護衛の皆さんが腕を振るってくれた。テーブルに並ぶ、大袈裟なほど豪勢な料理。俺のお別れ会も兼ねているからだろう。ちなみに、この肉や魚はモンスターではない。動物だと言っていた。
「いいのよ! お祝いのときは美味しいものを食べるのが一番!」 とアリアナさん。
「それにしても無事何事もなく。お疲れさまでした。……しかし、ここまで徹底するとは思いませんでしたよ。本当に無理はなかったのですか?」
「ええ、全く!」 と俺は元気に答えた。心の中では、サムズアップまでしている。
入学してから今日までの六年弱。俺は徹底して約束を守り、地味に地味に過ごした。真面目に勉強はすれどもテストでは程々の点数を取り、戦闘訓練では土魔法と拳術を封印した。ボロが出るのを防ぐため、友達もつくらなかった。
ジーナスさんが特に気にしているのは交友関係だ。だが俺は元大学教員。学校に行き、誰とも会話せずに帰宅するなんて普通だった。むしろ懐かしい。
俺は言う。 「護衛の皆さんとモンスター討伐もしてたので、退屈しませんでした」
「そうですか……。そういえば来たばかりの頃、庭で訓練に励んでましたね。毎日、不思議な像を作っては壊し、作っては壊し……」 とジーナスさん。
アリアナさんも懐かしそうに、 「破片が敷地に積み上がってたわよねえ」 と言った。
「その節はほんと……ご迷惑をおかけしました」
「はっはっは。大丈夫ですよ。……三年ほど前ですか? 魔岩で作った像を魔力に戻せるようになったと言った日に、全部綺麗にしてくれましたし」
ひたすら魔岩で像を作り、鍛冶魔法で限界まで硬くしては、拳術で砕く。我ながら効率的なトレーニングだと思ったが、像の処理に手こずった。元々、自分で魔力から作り出した魔岩を自分で変質させたもの。だったら魔力に戻せるはずだと考えたのだが……着想から実現までたっぷり三年かかった。
「そうねえ。一つくらい残してくれても良かったのよ? ここに来た頃の、小さくて可愛いドコウくんの思い出に」
ジーナスさんがアリアナさんに同意する。 「あっという間に立派な青年ですもんね。四歳頃からのドコウ君の急成長には、本当に驚きました」
「それは俺もです。両親から何も聞かされてなかったですし……。服の件でもお世話になりました」
ドワーフの成長速度は普通だと思っていた。普通というのは、人口の大半を占めるヒト族と同程度という意味だ。ジーナスさんやアリアナさんもヒト族。護衛の皆さんもヒト族。前世の感覚で見ても『普通の人』だ。しかし、ドワーフは全然普通じゃなかった。四歳からの急成長。ぐんぐん背が伸びて、もうすぐ十歳になる俺の外見は、二十歳くらいの筋肉質な青年そのものだ。ちなみに、体型や顔つきは母に似た。琥珀色の瞳と少し褐色の肌、栗色の髪は生まれつき父似なので、いいバランスかもしれない。
「それで。一通り経験し、学校に通った甲斐はありましたか?」 とジーナスさん。
「はい、色々勉強になりました。文字の読み書きも出来るようになりましたし。魔法学は、やっぱりもっと勉強したいですね」
「それは何よりです。では、以前言っていたように、魔法学の勉強のために外へ?」
「ええ、そう考えてます」
「寂しいけど、ドコウくんのためね。こんなに立派になったんだし」 とアリアナさん。
基盤学校で学べたのは基礎だけだった。この世界の技術を知るには、世界を巡り、この目で見る必要があると判断した。ドルフィーネを出発してドワーフ村に立ち寄り、父と母にも伝える。そしてそのまま、どこかの都市に向かうつもりだ。
「最初はどの都市に向かう予定ですか? この辺りからだと、南東に位置するステラマーレか、北西のトニトルモンテに続くルートがありますが」
「実は、悩んでるんですよね。順番にこだわる理由がなくて……」
「ふむ……。何か魔法学を学ぶ上での目標があれば、基準になるかもしれませんね。魔法学は多岐に渡り、都市ごとに発展している技術が少しずつ異なりますから」
「あ、それなら目標というか……作りたいものならあるんです。自動で動き、人々を助ける人形のようなものです」
ロボットだ。前世では、人類のパートナーとなるロボットの研究を続けていた。日々の生活のあちこちで役立つロボットの実現は、しかし道半ばで途絶えた。
こちらの世界はどうだ? 前世以上に、ロボットが役立つ場面に溢れている。もはや職業病かもしれないが、やはり人の根っこはなかなか変わらない。俺はロボットを作る。この世界の魔法と、ドワーフの高い技術力を活用して。ドワーフが確立するロボットの技術体系。名付けて『ドワーフロボティクス』。俺のネーミングセンスにしては悪くない。
「なるほど。それは、ゴーレムのようなものでしょうか?」 とジーナスさん。
ドワーフロボティクス、完。……あれ? この世界で聞いたことなかったので失念してたが、ゴーレムがあるなら、もうそれで良いような?
「……ご……ごぉれむ、というのはどんなものなんでしょう……?」
「私も詳しくは知らないのですが、以前ドコウくんのお母さんから、土魔法の高等技術にそういったものがある、と聞いたことがあります。立ち寄る際に伺ってみては?」
「……あ、はい。そうですね……」
……それならそれでいいか! 母にゴーレムの技術を教わって、さらにその先の目標を考えればいいだけだ! 研究の基本は『巨人の肩に乗る』こと。既存技術を知り、その上に新しい技術を積み重ねることが大事なのだ! ゴーレムが普及していないのは事実。きっと何かの課題が見つかるに違いない。
「ドワーフの村には私もご一緒します。ドコウくんのお父さんにお話がありまして。すみませんが、出発は二日後ということで」
カランカランッ……と雑貨屋のドアベルが鳴った。
「いらっしゃい! おっ、来てくれたか!」 とカウンターにいる店主さんが言った。
「あ! ドコウさん! もうすぐ旅立っちゃうんですって?」 と奥さん。
この店には一年ほど前からよく来ている。色々な、見たことないものだらけの店だ。商品について片っ端から教えてもらっているうちに、仲良くなってしまった。
「はい、色々お世話になりました」 と俺は軽く頭を下げる。
「いいんだよ! その分いつも色々買ってくれるしな!」
「ドコウさん、これ、もらって! 旅に役立つと思うわ」
そう言って奥さんから渡されたカゴには、薬草と水筒、そして地図が入っていた。
「えっ? いやいや、払いますよ! もらえません!」
「いや、もらってくれ! うちも色々入り用なんで大したものじゃないが、なんていうか……応援したいんだよ!」
「そういうことなら……ありがたく。入り用って、何かあったんですか?」
「あ、その……」 口を滑らせたおっちゃんは、こめかみ辺りをポリポリ掻いた。
奥さんはお腹に手を当て、 「その……子どもがね、出来たみたいなの」 と言った。
「おお! それは、おめでとうございます!」
二人は恥ずかしそうに、しかし幸せそうな表情を見せた。めでたい報せを聞いてしまった。何かお祝いしたくなる。旅の備品をちゃっかりもらっている場合じゃない。
「今日は挨拶のためだけに来てくれたのか? 何か買ってくか?」
「そうでした。まずはこれを見てほしいんですが……」 と言いつつ、持参したものを包む布を取り、机に置いた。六本の腕を持つ人形。高さは三十センチ。
「ん……? 変わった人形だな。随分と作り込まれてるようだが……」
ミニアルファ人形、とでも呼ぼうか。土魔法と鍛冶魔法を繊細に操る練習として作った。つい凝ってしまったので、旅費にできないかと持ってきたのだが……。
手足は細い。オリジナルと同じく、滑らかで女性らしさを感じるデザインにした。強度と軽量性を両立するため、全てチタンに変質してある。魔岩の状態で整形してから鍛冶魔法で変質させることで、加工しにくいチタンで精巧なものが作れる。魔法の凄さを再認識しながら夢中で作った結果、ギミックまで仕込んでしまった。
「凄く綺麗な人形ですね……。ドコウさんが作ったんですか?」 と奥さん。
「ええ。ありがとうございます。実は見た目だけじゃなく、仕掛けもあるんです」
俺は、人形の背中に取り付けた三センチほどの小さなレバーハンドルをつまんだ。この回転軸は胴体に仕込んだ遊星歯車機構の遊星キャリアに繋がっている。コンパクトな増速機構だ。機構の中央にある太陽歯車の軸は、パラレルリンクを介して一番下の右腕の肩・肘・手首の関節、さらに両足の股・膝・足首関節へと繋がっている。全部をレバーハンドルに連動させたリンケージ型の劣駆動方式。単純な動作しかできないが仕方ない。
バランスを取る機能なんてもちろんない。左手でミニアルファの左肩をそっと掴み、レバーハンドルを三十度ほど回した。結構重い。摩擦はなるべく対策したが、慣性を感じる。増速している分、出力側の影響を受けやすいからだ。ミニアルファの関節がレバーハンドルの回転に連動する。片膝をついて何かを拾うような姿勢を取った。
「おお! 人間みたいに滑らかだな! それに、こんなに細い手足をどうやって?」
「中に細かく仕込んでるんです。コアになってる機構は——」
俺は胴体の前面パーツを取り、中にある遊星歯車機構を見せる。中央の太陽歯車と、それを囲む遊星歯車。いつ見てもカッコいい。
「——このように見ることができますが、手足はちょっと見れませんね……」
「……腕は六本あるようですけど、他のは動かないんですか?」 と奥さん。鋭い。
「気になりますよね……。動かないんです。今の俺の技術だと、腕を独立して動かせなくて……。連動する関節をいたずらに増やすと、レバーハンドルが重くなります」
「あ! いえ、ちょっと気になっただけで。こんな凄いの見たことないわ!」
店主と奥さんはミニアルファ人形をまじまじと見つめている。興味を持ってくれたようだ。価格交渉……の前に、もう一つ。アピールはしなければ伝わらない。
俺はレバーハンドルを回し、ミニアルファを直立の姿勢に戻した。
「実は小ネタがありまして。奥さん、腕が途中で当たりそうなところに手を出しといてもらえませんか?」
「こうかしら……?」 奥さんは、いい具合の空中に人差し指を出した。
「はい。ではゆっくり動かします」
レバーハンドルに連動してしゃがみ、手を伸ばすミニアルファ。しかしその動作は、奥さんの指に当たって止まった。俺が止めたように見えるだろうが、もう動かせない。
「ありがとうございます。この状態でレバーハンドルを回すには、凄く大きな力が必要です。奥さんが人形を触っている力の十倍以上も」
「え? 私にそっと触れてるだけですけど……」
「テコの原理のようなものです。そちらから加わった僅かな力が機構を通して増幅され、レバーハンドルの重い手応えとして伝わるんです。ちょっと当たるだけで止まる。そっと優しく触れながら物を拾っている、と表現できますね」
「凄いな!」 と店主さん。
満を持して俺は交渉する。 「店主さん、これを売るとしたらいくらですか?」
「うーん、そうだな……。人形としても凄いが、見たことない機構。価値が上乗せされてる。その手のやつが見たらいくらでも出すだろうな。……うん、金貨十枚だな!」
じゅっ!? それはちょっと多すぎだろう! ドルフィーネの相場しか知らないが、金貨が一枚あれば、ひと月は生活に困らない。……しかしまあ……うん、ちょうどいいか。
俺は冷静を装って言う。 「では、良ければ差し上げます。店で売ってください」
店主さんと奥さんは、驚きの声を同時に上げた。
俺は言う。 「お祝いです。売れてくれればいいんですけど……」
「いやいや、子どものことは知らなかったんだから、これを売るつもりだったんだろ? もらうってわけにはいかねぇ!」
「……では、こちらのお代ということで、どうですか?」 もらったカゴを持ち上げた。
「……わかったよ。旅から戻ってきたら必ず顔を出してくれよ!」
「もちろんです。もし売れ残っていたら買い戻せるように、お金貯めときますね」
店主と俺は笑い合い、取り引きを終えた。




