第10話:船は得られるか?
レグナムグラディは要塞都市である。四方を高い壁で囲われたこの都市に入るには、立派な門を通るしかない。重厚な鎧を纏った騎士がズラリと並ぶその門を、今回はすんなり通過した。いや、すんなりとも少し違うか。そのまま都市の中央に聳える城に案内され、豪華な一室に通されてしまったのだから。
「父母や兄弟は貴殿らに会いたがるだろうが、連日のパーティに発展しかねん。私から話しておこうと思うが、良いだろうか?」
もちろんと伝えると、ヴァルさんとレティさんは出ていった。今はニナさんと二人だ。
「ドコウさん。この街の人々は、エルフの血が少し濃いようです」
「そんなことも分かるんですね。何か特徴が?」
「……説明は難しいです。魔力を感じるのと似ていますが……」
魔力なら俺も感じ取れる。この世界の人間にはそういう感覚器がある。魔力が満ちるこの世界に合わせた進化の結果だろう。
「しかしヒト族に近いです。恐らく木魔法を使えるものは、いないでしょう」
「……うーん、何か歴史的な理由があるんですかね……」 当然、黒髪もいなかった。
そういえば、レグナムグラディは剣術の国だ。これも共通点かもしれない。
「ニナさんの戦い方は剣術っぽいところがある気がするんですが、合ってますか?」
「はい。私は杖に魔力を通わせ、風魔法を用いて斬撃を与えます」
「なるほど。しかしヴァルさんとはかなり戦法が違いますよね」
「そうですね。私の師は別の流派だったようです」
そうか、剣術と言っても一つではないのか。……もしかして拳術にも、ドワーフ流以外の流派があるのかも? もしそうなら見てみたい。
「魔力を通わせる、について訊いてもいいですか? ヴァルさんも使ってましたよね」
「ええ。武具によってやりやすさは変わりますが、魔力を通わせることで強度を高め、切れ味や耐久性を向上させることができます」
「やっぱり……」
「練習すればドコウさんにも出来ると思います。しかし、強化は魔力を通わせている時だけです。ドコウさんのように物質を変えたままにすることは、普通できません」
鍛冶魔法とは似て非なるもの、と思っておこう。そうだ、鍛冶ついでにもう一つ。
「さっき言っていた、武具によるやりやすさの違い。もしかして、やりにくいのはヒト族が作った武具ですか?」
「そうです」 即答だった。
ドワーフ族の武具がドルフィーネの目玉商品になる訳だ。初めて鍛冶魔法を見た時、俺はこの世界の鍛冶が前世とは違うと思った。しかし、ドルフィーネの基盤学校で、それが全てではないことを学んだ。炉を使った鍛冶もあるのだ。鍛冶魔法はドワーフ族の秘伝。しかし、ドワーフ族はヒト族に比べて圧倒的に少ない。ヒト族の需要に対して供給が足りない。これを解消するために確立された技術、それが炉を使った鍛冶だ。
ここからは推測だったが、ニナさんのお陰で確信に変わった。ヒト族の鍛冶は金属の性質を活用する『物理的な』方法。それに対し、ドワーフ族の鍛冶は魔力によって変質させる『魔法的な』方法。この違いが、武具の性質に大きな影響を与えるようだ。
「ということは、ニナさんのその杖も?」 ニナさんの杖を見る。
「はい。エルフの祖母から譲り受けたものです」
なるほどね……。また一つ勉強になった。と思っていたところで、扉が開いた。
「ニナ殿。大変すまないが、手を貸してほしい」
ヴァルさんに案内され、俺とニナさんは城の中庭にやってきた。開けた場所に芝生が綺麗に整えられており、運動をするのにうってつけだ。
「話は概ね順調だ。船の手配は早速始まっているし、大陸にある大国……ボレアリスへの報せも送った。そして貴殿らへの感謝を示す場は、また後日、しっかり準備して盛大に催すことにも了承を得た」
……あれ? なんか最後のとこだけ話が違うような?
「だが、弟……第三王子のカスパーがな。貴殿らの力を確認したいと言い出したのだ。恐らく貴殿らを困らせるためではなく、自らが納得し、安心したいのだと思う。このカスパーの意見に他の兄弟らも賛同してしまってな……。そこで、すまないのだが、ニナ殿にカスパーと手合わせしてほしいのだ」
「なぜ私に?」 とフードを深く被ったニナさんが問う。
「ドコウ殿はちょっと規格外すぎてな……。無から岩の盾を生成する防御に、岩を操作した高速移動など、皆すぐには理解できんだろう。剣術の使い手であるニナ殿の方が、格上であることを理解しやすいと考えた」
「分かりました。どの程度なら良いですか?」
手加減の話だ。
「何もならずに終わるのが一番だが、恐らくそうはならない。武具はどうなっても良いので、できればカスパーは傷つけないでもらえると嬉しい」
「分かりました」
中庭の中央には、準備を整えた騎士が待機していた。カスパーさんだろう。
ニナさんは静かにその前に出ると、背中に携えていた杖を右手に持った。相変わらず、身の丈と同じくらいの長杖の、宝玉側を柄として持っている。あまりにも自然に構えるので、これが当たり前な気がしてくるから怖い。
ヴァルさんが二人の中央、少し引いた位置に立った。 「これより、ニナ殿とカスパーの手合を始める。両者準備はいいようだな。では……始めッ!」
その瞬間、カスパーさんが駆けた! ヴァルさんには劣るが、かなりの腕のようだ。——しかし。 「……くっ!」
ニナさんはカスパーさんの剣を最小限の動きで躱し、杖を首元で止めた。技量の差が圧倒的すぎる。中庭に集まったギャラリーが静まり返った。
一瞬で勝負は着いたが、カスパーさんは諦めなかった。跳躍して距離を取る。ニナさんがヴァルさんを見ると、ヴァルさんは頷いて応えた。もう少し頼む、といった感じだった。確かにこんなにあっけなくでは、納得しにくいかもしれない。
次に動いたのは、ニナさんだった。そして、その瞬間に勝負は完全に決まった。
カランッと乾いた音が鳴る。ニナさんは目で追うのがやっとの速度でカスパーさんに接近し、そのまま駆け抜けた。気付いた時、カスパーさんの兜・剣・盾はすべて真っ二つになっていた。……どれか一つで良かったんじゃ……?
兜の下に表れたカスパーさんの顔に、戦意はもうなかった。
「そこまでッ!」 ヴァルさんの声を聞き、我に返った周囲がざわめき出した。
「ニナ殿、恩に着る」 とヴァルさんが礼を言う。
「いえ」 ニナさんは何事もなかったように髪をなびかせ、俺の方へ歩いてくる。
……ちょっと待てよ? ニナさんが簡単に両断した装備は、かなり上等だった。そのニナさんが斬れなかったヒルタートルの皮膚って、結構ヤバかったんじゃ……?
「ニナさん! 凄いですっ!」
レティさんが嬉しそうに駆け寄ってきた。なんだかちょっと誇らしげだ。
「ありがとう」 とニナさん。
「……ニナ様、ありがとうございました」 ヴァルさんに支えられてカスパーさんがやって来た。 「ヴァル兄様より強い人なんて信じられませんでしたが、世界は広いのですね……。ヴァル兄様とレティが付いていきたいというのも、納得できました」
やはりちょっと誇らしげなヴァルさんは、「言った通りだろう。ニナ殿は我らと戦法こそ違うが、格上の剣術の達人だ」 と言った。
皆の視線がニナさんに集まっている。……あれ。
「あ、ニナさん。フード。最後の時に取れちゃってますね」 と俺は言った。
「髪のことなら問題ない。そもそも前回は、ただ見たことがないというだけで我々が過剰に警戒してしまったのだ。目の前で実力を示され、それでも騒ぐ者はこの国にはおらん」
俺がホッとしている横で、無表情のニナさんも同じようにしている気がした。
「そうです! それどころか尊敬の念を抱く者すらおりましょう!」 とカスパーさん。
再び視線を集めたニナさんは、俺を見て言った。
「……ドコウさんは、私が斬れないものを砕きます」
あ! 面倒になって俺に振ったな!
三人は化け物を見るような顔を俺に向けたまま、動かなくなってしまった。




