第11話:またここに来よう
想像以上に立派な船でポルトヴェントを出港し、航海が安定してきた頃。ニナさんが甲板に現れた。片手に釣り竿を握りしめて。
「えっと……ニナさん、それは……?」
「魚を取る道具だと聞きました」
「やっぱり、釣り竿……ですね」
「知っていたんですね。ドコウさんに訊けば良かった」
「いや、俺は詳しくないですよ」
会話をしながらも、釣り糸を垂らすニナさん。
「どんな魚が釣れるんでしょう」 語尾に音符マークが付いている気がした。
他にすることもないので、隣に座る。待つ。波は穏やかだが、この船は速い。
「ウォーターブラスト!」 レティさんの声。
ニナさんの邪魔にならないよう、船の後端で練習しているのが見える。ニナさんとレティさんの様子を見ていると、意外と時間はすぐに過ぎていった。
やがて綺麗な夕陽が、ニナさんの顔に影を落とし。そのまま、水平線の彼方に沈んだ。
「……その……ニナさん、釣りは難しいらしいですから。あまり期待せず……ね?」
そもそも、こんなに高速で運航している船から魚なんて釣れるのだろうか? この世界の魚をよく知らないので何とも言えないが……。
次の日も、ニナさんは釣りを始めた。
「あまり大物は釣らないように頼むぞ。この船では処理できん」 とヴァルさん。
皆はニナさんが暇つぶしでやっているのだと思っている。だが、少し付き合いの長い俺には分かる。ニナさんは本気だ。しかし、その日も、その次の日も、何も釣れない日が続いた。一週間以上が経過し、あまりに可哀想なニナさんを止めようとした、その時。
垂らした釣り糸が、ピンッと張った! 凄い引きだ!
「ドコウさん! かかりました!」
……こんなに大きなニナさんの声を、聞いたことがあったか? ニナさんはそのまま、勢いよく獲物を釣り上げる!
「うおっ!?」 と思わず俺は言った。
それは、三メートルほどの黒光りする大魚。その魚に、俺は見覚えがあった。クロマグロ……? よく見ると細部は違うが、ちょっと似ている。騒然となる船内。
「これはルビートゥーナじゃないか!」
「食べられますか?」 驚くヴァルさんに間髪入れず問うニナさん。
「うっ……。た、食べられるんだが……」 泳ぐ目で俺を見るヴァルさん。
「ル……ルビートゥーナは、一部の器官に毒を持っている。死後は、すぐ全身に毒が回るため、専門技術を持った調理師が、釣り上げてすぐに解体する必要があ——」
「その調理師はどこに」 迫るニナさん。
汗を吹き出すヴァルさん。「こ、この船にはいない……」
「……」
……あっ……ニナさんが泣いちゃう……っ!
「毒を食べても、死なないかもしれません」 ニナさんは杖に手をかける。
「ダメです! 猛毒なんです! 死んじゃいます!」 レティさんが全身で止める。
しかしニナさんは諦めていない。お、俺が……俺がなんとかしなければ!
「ニナさん、俺とまた来ましょう! 職人たちを連れて。そ、それと専門店にも行きましょう! きっと極上の料理が食べられます。ここで死んだらもったいないですよ!」
ニナさんを押さえるレティさんの身体から、力が抜けた。
「……約束ですよ。ドコウさん」 ニナさんは、俺の目をじっと見つめて言った。




