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英雄が壊す異世界  作者: 波白雲
第二章:目に映る世界
12/21

第12話:炎魔法とは何なのか?

 ポルトヴェントから北北東にずっと進んだ先には大陸がある。緯度が高く、雪に閉ざされた大陸。その南半分は『獣人の森』と呼ばれる森に覆われている。


 俺達は大陸南端の小さな港町に船を停留させ、この森を抜けてきた。狼のようなモンスターが多く出没する危険な森だったが、このメンバーにとっては何でもなかった。いや、正確には、レティさんの相手ではなかった。俺達は見守っただけだ。


 俺と開発した魔力を溜めるブレスレット(魔蔵(まぞう)ブレスレットと名付けた)の扱いもだいぶ上達したようだ。ブレスレットを使った魔法と通常通りの魔法を使い分けている。


 敵との距離に余裕があるときは普通に高威力の中級水魔法。距離を詰められても、大抵は下級水魔法で何とかなる。そして不意を突かれた時など、ここぞという時にブレスレットを使った即時中級水魔法。もうレティさんと対等に渡り合える人は、そう多くないんじゃないだろうか? 状況判断も冷静。狙いも正確。末恐ろしい子だ。


 『獣人の森』はかつて、その名の通り獣人族の縄張りだったらしい。今でも付近に獣人族の小国、グリムホルドがあるそうだが、今回は立ち寄らない。今回の目的地は、大陸中央に位置する帝国ボレアリス。炎魔法発祥の地とされ、今も炎魔法を信仰する国だ。


「ヴァレンティン様、レティシア様、及びご同行の皆様。お待ちしておりました。宮廷にご案内いたしますので、それぞれ二名ずつ、車にお乗りください」


 門に着くと、一人の高官が俺達を立っていた。その後ろに立派な人力車が三台見える。一台は高官が乗ってきたようだ。ヴァルさんとレティさん、俺とニナさんで乗り込む。


 ボレアリスは、アジア風な国だった。人力車から見える景色は懐かしい。不思議だ。


 特に目を引くものがある。 「着物だ……」 と俺は呟いた。

「あの衣服のことですか?」 と隣に座るニナさん。

「そうそう」


 服屋に飾られた美しい衣服は、まさに着物だ。これまでこの世界で見てきた衣服とは、全く異なるデザイン。民衆の中にも着物姿の人が居る。宮廷に近づくほど増えている。


「全員がヒト族の血を引いているようです。獣人族との混血が多く、エルフ族とドワーフ族の血を引く者は少ないようです」


 俺が民衆に注目していると、ニナさんが教えてくれた。近くに獣人の国があるので当然なのかもしれないが、それにしても少し偏った構成な気がする。ドルフィーネでは、ドワーフ族やエルフ族の血が混ざった人が多かったし、ステラマーレとレグナムグラディではエルフ族の血が混ざった人が多かった。


 種族で区別とか差別とかしたい訳では無く、こうした都市ごと、国ごとの違いは、この世界を知る手がかりになるかもしれない。少なくともニナさんはそう考えているようだ。




 案内された宮廷内の部屋で、俺とニナさんは出されたお茶を飲んでいた。前世で俺はかなりのコーヒー派だったが、このお茶が良いものだということは分かる。ヴァルさんとレティさんは皇帝に挨拶してくる、と言って高官と共に行ってしまった。基本的に、政治的な面倒事は任せていいらしい。正直そういった方面には疎いので、非常に助かる。


 ……さて。この状況……つい最近、似たような状況があったな……。あの時はこのすぐ後に、ニナさんと勝負したい、なんて持ちかけられて——。


 扉が開いた。 「すまない。また手を貸してほしいのだが……」 ヴァルさんだ。


 思いの外、早く戻ってきた。デジャヴ。俺は心の中でエールを送る。


「分かりました」 とニナさん。

「いや、今回はドコウ殿だ……」 とヴァルさんは呑気にお茶をすする俺に言った。




 案内された場所は、屋外の訓練場だった。


「今回は少し面倒かもしれん。申し訳ない」


 と言ったヴァルさんは少し緊張している。自国の時とは、勝手が違うのだろう。


 訓練場の中央には、見るからに高位の魔法師が一人。そして訓練場の周囲にはビッシリとギャラリー。数段高く作られた観覧席にも数人の人影が見える。ああいう席を、御桟敷(おんさじき)と言ったと思う。あそこに皇帝も居るのだろう。明らかに、事前に準備されていた。


 最初に案内してくれた高官が近づいてきた。 「ドコウ様ですね? 突然申し訳ありません。 あちらにいる魔法師と、魔法による模擬戦をお願いいたします」

「分かりました」 想定通りの内容に、俺は即答した。


 これは俺がドワーフ族……正確には、鍛冶魔法の使い手であることが関係しているだろう。ニナさんから剣術の話を聞いた時から、懸念はあった。


 炉を用いる鍛冶は、俺からすると凄い技術だ。金属の性質を活かす技法。物理的な性質ならドワーフ製を超えると思う。しかし、ニナさんやヴァルさんのような達人にとっては、魔力を通わせやすいドワーフ製の方が圧倒的に性能がいい。つまり、最強はドワーフ製、という構図になっている。長年かけて技術を磨いても、自分達では伸ばせない要素が原因で負けるというのは、面白くないだろう。


 ヴァルさんが苦々しい顔で言う。 「手紙に、魔法学を学ぶドワーフにボレアリスの魔法学を知る機会を与えてほしい、と書いたのだ。すると、条件としてこの模擬戦を持ち出されてしまった。……ボレアリスが少なからずドワーフ族を敵対視していることは知っていた。しかし、ここまでとは……私の失敗だ。すまない」

「問題ないよ。これが条件なら、むしろ良い取引だと思う」 と俺はフォローした。


 しかし、どうしようか……。訓練場の中央に向かって歩きながら、考える。


「これより! 宮廷魔法師長エンショウと、火を使わぬ民ドワーフの、ドコウ氏による模擬魔法戦を開始する!」 審判役の声が響く。


 想像以上に敵対心まる出しだ。勝ったとしても称賛される気がしないが、俺にも父たちから貰ったドワーフ族の誇りがある。負けるつもりはない。

「……両者準備はよろしいですかな!?」


 相手のエンショウさんと俺は、離れた位置にいる審判役に頷いて応えた。


「では……始めッ!」


 エンショウさんは右手に持った短い杖を俺に向ける。向けられた先端には、小ぶりだが宝玉が付いているようだ。……そうだよね、それが正しい持ち方だよね。


「フレイムショット!」


 無数の火の玉が放たれた。俺は地面から土の壁を生やし、これを防ぐ。開けておいた覗き穴から相手の様子を観察する。まずは相手の力量を計りたい。


「フレイムボム!」


 土の壁を予想していたようで、エンショウさんは間髪入れずに次の魔法を放った。今度は大きめの火球が一つだ。ゴッという音をたて、火球は土の壁を砕いて消えた。俺にダメージはないが、そんな壁はいつでも壊せるぞ、というメッセージは受け取った。


 魔岩の生成は控えている。あれは土魔法の中でも高度な技術で、しかも本来は戦闘で使わないもの。土魔法にマイナスの印象を持つ大勢の前で、使うべきではないと思う。


 そうなると地面の変形が基本になるのだが、問題は攻撃だ。石柱による攻撃は威力がありすぎる。どこに当たっても相手が無事に済む気がしない。そこで防御に徹し、相手に自身の無力さを感じさせようと考えたのだが、それも簡単にはいかなそうだ。


 ……しかし、さっきの炎魔法、フレイムボムだったかな? あれを見て少し気になったことがある。もう一度見せてもらおう。俺は再び岩の壁を生やす。


「忠告が分からなかったか。ボムレイン!」


 さっきと同じ大きめの火球、しかし今度はそれが無数に放たれた! 訓練場に轟音が鳴り響き、土煙が舞う。会場がざわつく。


「ドコウさん!?」 遠くからレティさんの声が聞こえた。


 ……今のは模擬戦の威力だったか? 俺は土煙の中に立っている。さっき作った岩の壁は、跡形もなく崩されてしまった。今、俺の前には別の岩の壁が一枚ある。


「複数枚作れるようだな。では一撃で粉砕してくれる! フレアボム!」


 特大の火球が放たれる。しかし、その火球は岩の壁の前でシュンッと小さくなり、最後にはホワッと弱々しく当たった。……今のも模擬戦の威力だったか?


「なッ……!?」 驚くエンショウさん。


 自分の渾身の一撃が消えてしまったのだから、無理もない。……ふむ。俺はゆっくりと、エンショウさんに向かって歩き始めた。それに呼応するように、岩の壁も前進する。


「……くっ! フレイムボム!」


 シュンッと消える火球。何度やっても同じだ。俺は歩みを進める。


「フレイムランスッ!」 炎の槍だ。飛んできて消えた。

「な、なんだ!? ファイアガトリング!」 視界を覆う小さな火球が、全て消えた。


 俺は足を止めない。エンショウさんとの距離もたいぶ縮まってきた。


 しかし、次から次へと……色んな名前の炎魔法があるんだな。思えば、レティさんの水魔法にも名前がある。なぜ……なぜ土魔法には技名がない? せっかくの異世界なんだから、俺だってなんか叫びたい。……あっ! ニナさんはどうだ? 今まで技名なんて言ってなかったが、無口だから言わないだけかもしれない! この戦いが終わったら訊いてみよう。……まあ、もうほとんど終わってると思うが。


「な、なぜだ!? なぜ発動しない?」 もう小さな声も聞き取れる。


 炎魔法は発動している。恐らくいつも使っているように。だから消える。


「……そういえば、どうしたら勝ちなんだろう?」


 俺は岩の壁を変形させ、エンショウさんを覆った。ヒィッという声が聞こえたが、少しの間だけ辛抱してほしい。静まり返る訓練場。俺はチラッと審判役を見た。


「そ……そこまでッ! しょ、勝者、ドコウ氏!」


 審判役の宣言を確認し、俺はエンショウさんを覆っていた岩を地面に戻した。ニナさん達のもとへ急ぐ。


「やりすぎではないですか?」 開口一番、ニナさんは言った。


 うっ。振り返ると、エンショウさんはまだ地面に座り込んでいる。……外傷も何もないんだけど……。


「ま、まあ、これで条件はクリアだよね?」

「ああ。しかしどうやったのだ?」 ヴァルさんもやれやれ顔で俺に尋ねた。心外だ。

「うーん、ここでは話さない方がいいかな……」

「分かった。部屋に戻ろう」

「ドコウさん! 凄かったです! 私、少しだけ心配しちゃいました……」


 レティさんは良い子だ。俺達が部屋へと歩き出した時——


「おぬし!」 突然、声をかけられた。 「そこのドワーフ族のおぬし! 少し待て!」


 駆けてきたのは深紅(しんく)の髪をした美しい女性。紅玉色(こうぎょくいろ)の瞳が白い肌に映える。高貴な雰囲気を纏っているが……なぜか衣服があまり綺麗ではない。というか、これ作業着じゃないか? つなぎのような服を着ている。


「なんでしょう?」

「おお! もしやスゥ殿か?」 とヴァルさん。知り合いのようだ。

「ヴァル殿、久しいな。それより先程のは何じゃ! なぜ炎魔法が消えたのじゃ!?」

「えっと……?」 俺はヴァルさんを見た。

「ここでは話しにくいそうだ。場所を移させてもらってもいいだろうか?」

「……ふむ。そういうことなら、妾に付いて参れ」


 ヴァルさんと親しいようだし、まあ大丈夫だろう。俺達は現れた女性の指示に従った。




「え……? 皇女様?」

「そうだ」


 綺麗な部屋に到着すると、ヴァルさんがそれぞれを紹介してくれた。彼女はこのボレアリスの第一皇女、スゥさんと言うらしい。正直、信じにくかった。最初も気になったようにスゥさんは作業着つなぎを着ているし、よく見ると髪や顔にも汚れが付いている。側近も見たところ侍女が一人しかいない。案内されたこの部屋も、立派だが第一皇女の部屋としては物足りないような……。


「それにしても何年ぶりだ? 催しでも見ないので心配していたぞ」 とヴァルさん。

「十年じゃ。このところそういった場には出ていないのでな。まあその話は追々することもあるやもしれぬ。それよりも……」 スゥさんは俺をじっと睨み、「先程の質問じゃ。炎魔法はなぜ岩の壁なんぞで消えたのじゃ?」 と訊いた。

「この国の方にとっては、不快な話かもしれませんが、いいですか?」

「構わぬ」

「では。まず質問に答えましょう。炎魔法が消えたのは、地面に還ったからです」


 スゥさんの眉間にシワが寄った。


「続けますね。最後に出した壁、あれはただの岩の壁ではありません。あの壁はほぼ魔岩で出来ていました。外見を誤魔化すために表面に薄い岩の層を被せましたが」

「魔岩じゃと? そんなことが可能なのか?」

「はい。俺はこのように」 手のひらサイズの魔岩を生成して見せる。 「魔岩を生成することができます。模擬戦では大衆の前で見せない方がいいと思い、隠していました。この魔岩を岩にすることも可能です」

「……なんと……」

「では、なぜ炎魔法が魔岩の壁で消えるのか、という話ですが……」 俺は次の言葉を言う前にスゥさんの表情を確認した。真理を追求する顔。 「俺が見たところ、炎魔法は魔法ではありません。あの破壊力の正体は、単に魔力をぶつけることによるもの。魔力弾とでも呼ぶべき攻撃です。どちらかと言えば、拳術なんかに近い」

「バ、バカな……!」 とヴァルさんが声を上げた。 「口を挟んですまない。ではなぜ炎が上がるのだ? 実際、炎魔法の攻撃は高熱を帯びているではないか」

「熱の発生は、魔動変換(まどうへんかん)しきれなかった魔力を放出するための、副次的な現象だと思う」

「魔動変換は私にも分かる。魔法を行使する最後の段階だな。しかし副次……?」

「うん。俺は最近、行使される前の、魔力の動きが視えるようになってきた。……レティさんの練習をずっと見ていたからだね」

「私の……あ、魔蔵(まぞう)ブレスレットへの補充……」


 話に付いてきているようだ。本当に賢い子である。その横には、腕組みをして天井を仰ぐその兄。ヴァルさんは元々魔法学が得意ではない。興味を持ってくれるだけで十分だ。


「エンショウさんが炎魔法を使う際、空間から採集した魔力は凄い量でした。それに対して、炎魔法の威力はむしろ低すぎた。それだけの量の魔力が動いていたんです」


 ニナさんは静かに聞いている。たぶん俺よりもはっきり視えていただろう。


 俺は続ける。 「では、採集された魔力はどこに行ったのか? 人間は魔力を蓄えられません。採集した分、放出します。炎魔法が発動する際、破壊の他に起こる現象は……」

「高熱の発生、そしてそれによる発火、ということじゃな……」 とスゥさん。

「そうです。元々、岩は熱には強いはずなんです。それを砕いたのは、魔力そのもの。そこで魔岩を使って魔力を地面に発散させ、熱は岩で防いだ、ということです」

「……おぬしはそれを、あの模擬戦の中で考えたというのか?」


 実は、炎魔法の特異さはずっと前から気になっていた。俺もなぜか使えない。そして考えるうち、『炎魔法は何を操っているのか?』という疑問が浮かんだ。


 俺の土魔法では、岩などの物質を操る。ニナさんの木魔法では、木が対象になるだけでほぼ同じ。風魔法は空気そのものを操作していると解釈できる。レティさんの水魔法は、空気中の水分を操り、集めているようだ。水弾にした後に放つ過程は、ステラマーレで観察した通り。そして基盤学校で習ったもう一つの基本魔法……雷魔法では、恐らく電子を操作しているんだと思う。


 さて、では炎魔法は何だ? 炎が生じるために必要なものは、燃える物質・酸素のような一部のガス・熱だ。燃える物質が何なのかはまだ断定できない。空気中の塵が有力だが、魔岩のように魔力から生成された物質を燃やしている可能性もある。ガスはやはり酸素だろう。そして不可欠な熱。これだけは、必ず術者が用意しなければならない。


「熱の発生原理については、今日の模擬戦でヒントを得ました。その他の大部分は、前から考えていた仮説です。炎魔法は他の魔法とは違うのではないか、とずっと考えていました。……実は、俺は炎魔法だけ、使えないんです」


 突然スゥさんが立ち上がり、椅子が倒れた。驚いた顔をしたまま動かない。


 しばらく待つと、震えながら口を開いた。 「……おぬしに、見てほしいものがある」 そう言い、部屋の奥から何かを持ってきた。抱えるほどの大きさの、岩のようなもの。


「……これは?」 と俺は訊いた。

「これは魔岩と岩の中間の物質……。炎魔法を使えぬ者でも熱を起こせるものじゃ」


 ……なるほど! あえて抵抗を挟み、熱を生むのに使うのか! ジュール熱を利用したヒーターと同じように! 流石は炎魔法発祥の国だ。


「この国では昔から使われているんですか?」

「いや……妾が、発見した」


 スゥさんの言葉に俺は驚いて立ち上がった。 「えっ!? 炎魔法の仕組みを再現したってことですか? それは凄い! 俺はまだ案すらも……。そうか……。貴女も研究者だったんですね! 是非詳しく教えてほしいのですが……」


 興奮する俺が気づくと、スゥさんはうつむいていた。髪に隠れて表情が見えない。


「……そうか、妾は研究者、か……」


 技術のことになると周りが見えなくなる。前世でも何度失言を重ねたことか……。

 そう。目の前にいるつなぎ姿の彼女は、この国の第一皇女だ! 


「あ! 失礼しまし——」

「ドコウ殿! 妾に手を貸してくれぬか!?」 スゥさんは勢いよく頭を下げた。

「え……えっと……お話を伺っても?」 俺は冷静な振りをした。


 スゥさんが頭を上げて俺を見る。炎のように紅い瞳。 「先程の物質。あれは未完成なのじゃ。熱くはなるが、炎が出るほどではない。妾は、どうしても炎を出したいのじゃ」


 言っていることは理解できる。炎を出すのが簡単ではないことも。しかし、動機が分からない。たかが炎だ。


「あの物質には非常に興味がありますが……。なぜ炎にこだわるんですか? 回りくどく感じるかもしれませんが、俺は研究開発において、動機や目的は最も大事なことだと考えています。目的を十分にすり合わせないまま共同作業を始めてしまうと、僅かな意識の差が積もり積もって……最後には大きな亀裂になりかねません」

「……理解できるぞ。長い時間と根気が要るからの」

「その通りです」


 スゥさんはそこで一呼吸置いた。 「……妾も、炎魔法が使えぬのじゃ……」


 その一言で、これまでのスゥさんの反応には、合点(がてん)がいった。……しかし、回答になっていない。意を決した一言のようだったが、質問を重ねる必要がある。


「なるほど。……炎魔法以外は?」

「基礎は一通り問題ない」

「炎を出すことに特別な意味があるのですか? 俺だけでなく、そこに居るニナさんも炎魔法を使えませんが、火を起こすなら別の手段があります。戦うためなら、適正のある魔法を磨くのが一般的だと思いますが……」


 スゥさんは沈黙した。……いかん、ストレートすぎたか?


「すみません、言い方に配慮が足りなかったかもしれません」

「いや、構わぬ。そうではないのじゃ。……特別な意味……。そうじゃ。ある。炎を。立派な炎を、出さねばならぬ。……妾の父上を、元の父上に戻すために」


 さっぱり分からない。第一皇女であるスゥさんの父、つまり現皇帝。あまりに唐突だ。


 スゥさんは息を吐いた。 「やはり全て話すべきじゃな。事情も明かさずに頼み事なぞ、失礼した。少し長くなるが、聞いてくれるか?」


 俺はすぐに答えなかった。俺の問いがあらぬ方向に進んでいる。『炎を出す』ということの分解能を高めたかった。どうなれば『炎を出した』と満足できるのか把握するための問いだったはずだ。それは目的、動機に依存する。しかし俺の聞き方はやはりマズかった。俺は今、目の前の女性の心の傷をえぐろうとしている。そのくらいは俺にも分かる。


 しかしもう、スゥさんは覚悟を決めてしまった。俺の……俺達の許可を待っている。ヴァルさんを見た。スゥさんのことを元から知っているのは彼だけだ。頷かれた。侍女さんを見た。深いお辞儀。肯定。


「……はい。可能な範囲で、お願いします」 精一杯の言葉を選んだつもりだった。


 スゥさんは簡素な椅子に腰掛け、話し始めた。近くの卓に侍女さんがお茶を置く。


 皆もそれぞれ、話を聞く姿勢を取った。空気が少し、張っている。


「まず、そうじゃな……。炎魔法は、ボレアリスにとってただの魔法ではない。信仰の対象なのじゃ。それ故、頂点たる帝は炎魔法の使い手でなくてはならぬ」


 俺もお茶を受け取り、 「では、女帝になるために炎魔法を?」 と訊いた。

「いや、そうではない。妾は既に機を逸しておる。……ボレアリスは、ヒト族と獣人族の影響を強く受けた国じゃ。成人は二十歳以上……というのはヒト族の文化。そして獣人族の文化では、親は子が十歳になるまでにその才覚を見極め、生き方を示す。ボレアリスにはこの両方の文化があるのじゃ。妾は炎魔法が使えぬまま、十歳を迎えた。女帝への道はその時に消えたのじゃ」


 壮絶な話のはずだ。帝となるために人の生死が軽んじられる物語をたくさん知っている。国の頂点というのは、そういうものじゃないのか? しかし、スゥさんの表情に変化はない。ただ導入部を語っているだけ。


「全てはこの時……妾が十歳になった、あの日に変わった。妾の母上は、妾を産んだ際にこの世を去ったそうじゃ。元々身体が弱い方だったと聞いておる。決死の覚悟で、妾を産んでくれたのじゃ。妾のことは、そこにおるミヤと、父上が付けた様々な師、そして父上自身が育ててくれた」


 スゥさんは侍女のミヤさんに目を向ける。ミヤさんも確かめるように頷いた。


「父上は皇帝でありながら、暇を見つけ、妾に帝としての振る舞いや心構えを説うてくれた。……妾は父上に愛されておった。七歳になり、妾に炎魔法の才がないと分かってからも、父上は変わらず妾を愛してくれた。家臣の連中から、使えぬ娘を構うべきではないと言われても、父上は妾を信じ続けてくれた。いつか炎魔法を使えると。……しかし、何も変わらぬまま、妾の九歳最後の日となった」 スゥさんはお茶を取ろうとしたが、手が震えている。結局、手を戻して話を再開した。


「その日の夜……はっきりと覚えておる。妾は物音に目を覚ました。そして、音がした方に向かった。父上の部屋の方じゃ。父上の部屋の扉は薄く開き、灯りが漏れておった。隙間から覗いた父上の部屋は、ひどく荒れておった。その荒れた部屋の中央で、父上が(たたず)んでおった。妾が駆け寄って声をかけると、こう応えた。一言一句、忘れたことはない。

『ああ、スゥ。余は何ともない。大丈夫……。……なによりも、お前だ……。スゥよ……。己の誇りを持ち、強く、気高く生きなさい……。余はお前を愛している……。すまない……。本当にすまない……』

 幼かった妾は、大丈夫という言葉に安心し、自室へ戻ってしまった。愚かであろう? 明らかに様子がおかしいというのに……。翌朝、父上は朝餉(あさげ)に姿を見せなかった。家臣が騒ぐ中、昨晩の様子を思い出した妾は走った。……父上は、昨晩と同じ場所で、同じ姿勢のまま、佇んでおった。すまない、すまない、と、うわ言のように繰り返しながら」

 スゥさんは深呼吸をし、再び湯呑みに手を伸ばす。今度は一口。 「父上はすぐに意識を取り戻した。しかし、それ以来、父上は妾を見なくなった。……いや、見れなくなったのじゃ。父上は妾を見ると、放心し、すまない、と繰り返すようになった。あの日と同じように。……幼き、愚かな妾でも流石に分かった。父上は、妾が壊してしまったのじゃと。母上が命をかけて産み、父上が懸命に育てたにも関わらず、無才だった妾が」


 やはり、共同研究のために聞き出すような話では決してない。しかし、俺は止めることもできなかった。どうするべきだ?


「十歳で示されるはずだった妾の生き方は、当然示されぬままじゃ。このような前例はない。通常、帝になれぬ者にも別の生き方が示されるのじゃ。何者でもない者は、妾の他にはおらぬ。……それから二年ほどのことは、あまり覚えておらぬ。起きていたのか、眠っていたのかも分からぬ。ただ、あの日の父上の顔と声を、思い出しておった」


 お茶をまた一口。スゥさんのすぐ側にはミヤさんが居る。支えるように。


「ミヤはずっと傍に居てくれた。……そして妾は、己が無才でないことを示せば、父上は元に戻るはずじゃと考えるようになった。それからは、あらゆることに必死で取り組んだ。魔法・拳術・作法……。何かを成した際は、ミヤが細心の注意を払って、父上に報せた。ミヤは昔、父上の侍女でもあった」


 ミヤさんが目をぎゅっと閉じた。


「……しかし、父上に反応はなかった。ある時、ミヤが報せに赴くと、父上は一言、『炎か?』と言ったそうじゃ。様子がおかしいミヤから聞き出すのに苦労した。苦労した末に妾は、目の前がまた暗くなった。妾が考えた通り、父上は妾の才に期待しておる。まだ諦めておらぬ。しかしその才は、炎魔法の才だけじゃった」


 やはり止めよう。もう十分、炎魔法を求める理由は分かった。


 しかし、スゥさんは続けた。 「その時、ミヤがある話を聞いてきた。今から五年前。ゼフィリアの国での研究事例じゃ。それは事故により魔法を行使できなくなった者が魔岩を使った手術を受け、再び魔法を使えるようになった、というものじゃった」


 思わず出そうになる声をなんとか抑えた。え? 魔岩を手術に?


「衝撃じゃった。魔法を行使できる者を補助する魔道具はあるが、行使できぬ者を補うなぞ、考えたことがなかった。それから妾は没頭した。おぬしは研究と言ってくれたが、とにかく調べただけじゃ。ゼフィリアでの研究に用いられた魔岩を手がかりに、考え得る可能性を全て調べた。その結果が、あれという訳じゃ」


 スゥさんは机に置かれた、魔岩と岩の中間物質を指差した。 「魔力を通わせると熱を生じることが分かった。しかし、このことが分かってから一年、大きな進展はない。あと一歩なんじゃが、その一歩が分からぬのだ」

「その一歩を、俺と一緒に考えたい、と?」

「そうじゃ。先程の話を聞き、おぬしであれば、と考えたのじゃ」


 スゥさんは再び頭を下げた。 「これが父上の望む炎かは、分からぬ。しかし他に出来ることはない。どうか、妾に炎を出させてくれぬだろうか」


 俺は右手を出して言った。


「話してくれてありがとうございます。分かりました。……是非、協力させてください」

「感謝する」 スゥさんは俺の手を握った。




 スゥさんの部屋は三つあり、その一つは工房か実験室と呼ぶべき場所だった。第一皇女として昔から使っていた部屋を、今も使えているようだ。あの話から一晩休んだ早朝。俺は腕組みをして考え事をしていた。同室にはニナさんとスゥさんだけだ。ヴァルさんとレティさんは偉い人と会う必要があるらしく、どこかに行ってしまった。


 魔力を熱に変換する魔岩と岩の中間物質。これに手を付ける前に、一つ確認したい。


「スゥ様、差し支えなければ——」

「過度な敬語はいらぬ。妾は今、ただの研究者……であるのだろう?」 少し自信なさげにスゥさんが言った。


 権力で解決するのではないということか。けじめをきっちり付けたいタイプのようだ。


「ええ。立派な研究者です。……では失礼して。スゥさん。失礼かもしれないけど、種族を教えてもらえるかな? 外見はヒト族に見えるけど……」

「妾の父上はヒト族、母上は獣人族じゃと聞いておるが……それ以上のことは分からぬ」

「ふむ……。こちらで調べても?」

「構わぬが、調べるとは何じゃ?」

「……ニナさん、分かります?」

「はい。獣人族の血が濃いと思います。外見には出ていませんが」


 当然ながらドワーフやエルフではない、か……。炎魔法を使えないのは今のところ俺、ニナさん、スゥさんのみ。全員種族が違う。共通点はない。だが、そこにヒト族を加えると……ヒト族ではないという共通点が生まれる。やはり、ヒト族と炎魔法には密接な関係がありそうだ。


「妾は獣人族に近いのか……。母上似、なのじゃな。これが何か関係あるのかの?」

「いや、残念ながらよく分からなかった。手間取らせてごめん」


 俺は中間物質を見る。 「それで、これだけど。どうやって入手したのかな」

「こういった物は他の鉱石を採掘する際、稀に出てくるのじゃ。より魔岩に近い物、より岩に近い物、その比率も様々じゃ」

「比率が違っても同じように熱を?」

「いや、可能な限り集め、試したが、この岩の他はダメじゃった。魔岩に近ければ発熱せず、岩に近ければ魔力が通らぬ」

「そうか……こりゃ早速、困ったな」 俺は再び、腕組みをして考える。

「ドコウさんは作れないのですか?」とニナさん。


 ごもっともな意見だ。説明しておこう。


「作れたらいいんだけどねえ……。ちょっと見てて」


 俺はスゥさんが持ってきた中間物質と同じ大きさの魔岩を生成する。次に、鍛冶魔法を行使した。……その瞬間、魔岩は完全な岩になった。


「……こうなるんだよね……」

「お、おぬし、一瞬で……!?」

「……。ドコウさんは加減を知らないんですか?」


 悔しい。いや、悔しがることはないんだけど。


「岩への変質は練習しすぎてしまって、もうほぼ無意識にできてしまう。途中で止める加減が……かなり難しい……」

「なんというか……規格外じゃの……」

「ええ。本当に」 と同意するニナさん。二人は波長が合うようだ。

「……練習してみるよ……。ただ、それだけではスゥさんが持っていた物を複製するだけ。炎を出すには別に新しい工夫が要る」

「そうじゃの。昨日の模擬戦で、おぬしは最後に壁を変形させたな? 同じようにコレを整形して、熱を一点に集中させることは可能かの?」

「おお! いいね!」


 ならばスゥさんが持ってきた中間物質を、いい感じに整形すれば解決か?


 俺が早速取り掛かろうとした時、 「待ってください」 とニナさんが俺を止めた。

「ドコウさん、その物質に魔力を通わせようとしてますね」

「そうだけど……?」

「爆発します」

「……え?」

「ドコウさんの魔力放出量は膨大です。あまり自覚がないようですが。発熱するその物質に通わせれば、恐らく耐えきれずに爆散します」


 ……言われてみれば、その可能性はあるかも。魔岩は抵抗が少ないので発熱せず、簡単に整形できる。逆に岩などは、魔力が通りにくいので表面に這わせやすく、これまた変形しやすい。魔力を通すだけで熱を発してしまうこの物質は、扱いにくいかもしれない。


「なんだかおぬし……凄い扱いじゃの……」


 つまり、今できることは一つ。魔岩をいい感じに整形してから、いい感じに変質させること。となると、変質を加減する問題に帰着するか……。


「変質の練習、ということになるかの。比率は妾が確認できる。毎日見てきたからの」

「それは助かる。……よし、早速やってみよう」


 俺は魔岩を生成し、整形を始める。三本の細い爪が、見えない玉を掴むような形。そう、ガスコンロのゴトクのような形だ! ……二人には通じないけど。


「おお! この中央に熱を集めるのかの?」

「そうそう。どうかな?」

「良さそうじゃ! 後は変質じゃな」


 俺は、慎重に、鍛冶魔法を行使した。


「……岩じゃな」




 ——数日後。


「これは?」

「岩じゃ」

「こっちは?」

「岩じゃ」

「実はこれが本命なんだよね」

「岩」


 進捗は芳しくない。滝で小さじを満たすような難しさ! 一度溢れたら即、岩! うーん。威力を高めたり素早く変質させたりする訓練ばかり続けてきた弊害。ずっと横で見ていたニナさんも、今日はこの国の歴史を調べる、と言って出かけてしまった。


「おお! そうじゃ! 良いことを思い付いたぞ!」

「お! どんな!?」

「岩にこだわる必要はないのではないか? 例えば、ミスリルなんてどうじゃ? 魔力との相性が良いことも知られておる!」

「ははは」 乾いた笑いが出てしまった。

「なんじゃ?」


 旅の間、練習していたことがある。ニナさんが釣りをする隣で。レティさんがモンスターを倒すその横で。魔岩を生成、変形させ、鍛冶魔法を行使する。一瞬で完璧なミスリルへと変質した。俺はそれを見つめた。スゥさんも。


「おぬし! 規格外にも程があるじゃろ! なんじゃこれは!?」

「ミスリル」

「分かるわ! こんな大きなミスリルを、一瞬で作るとは……」


 そう。俺が秘策としてこっそり練習していたこと。それは瞬時に変質させる物質を、岩よりも高度なものにすること。こないだの模擬戦は特殊なケースだったが、今後、岩では通用しない相手が出てくるだろうと思っていた。その時のために練習した結果、これまで見てきた鉱物や金属であれば、大抵は瞬時に変質できるようになってしまった。やり方が少し違うだけで、込める魔力の量はあまり変わらない。


 ミヤさんが木の板に湯呑みを二つ乗せてやってきた。 「お茶でも飲まれますか?」


 ありがたい。一口いただいて落ち着く。


「魔岩を大きくして、変質に必要な魔力を増やすってのも考えられるけど……」

「やめよ。この部屋に収まる気がせぬ。それに、そのように大きな魔岩を使って炎を出したとして、妾が出したようには見えまい」

「そうだよね。見た目の印象って大事だよね」

「そうじゃ」


 スゥさんが炎を出すところを皇帝に見せるのが目標だ。大きな岩の横にちょこん、とスゥさんが居て、岩が火を吹くのではダメだろう。主体はスゥさんでなければならない。


「まあまだ数日だ。諦めるには早すぎる」

「……すまぬな」

「いやいや! これはもう俺の研究でもある。気にしないでほしい」


 それからも繰り返し挑戦したが、いい成果は出なかった。




 それから数日経ったある日の晩、日付が変わる頃。借りている部屋で中間物質への変質を練習していた俺は、慌ただしい足音が近づいていることに気づいた。


 足音が間近まで迫り、扉が勢いよく開く。 「失礼するぞドコウ殿! おお、起きておったか! 丁度よい、来てくれ!」


 俺が返事をする間もなく。スゥさんは俺の手を取り、走り出した。理由(わけ)が分からないが、付いていくしかない。スゥさんの表情は笑顔だ。久しぶりに見た表情。 前世の最期の日……あの日の朝も見た表情だ。


 連れて来られたのは工房だった。机には練習用に俺がたくさん作ったゴトク型の魔岩。


「まずはこれを見よ!」


 スゥさんが示したものは見たところ、魔岩のままのようだが……いや?


「ん? この爪の先端……」

「そうじゃ!」


 三本の爪の先端部分だけ、僅かに材質が変わっていた。岩ではない。どちらかと言えば、ミスリルに近い気がする。


「実はな、おぬしとの作業後、毎日、妾も練習しておったのじゃ。変質できぬものかと」

「え!?」

「岩にするイメージはさっぱり掴めんかった。それと魔岩の中間なぞ(もっ)ての外じゃ。じゃが、岩ではない何か……魔力を少しだけ通しにくい何かを念じて繰り返しておったら……こうなったのじゃ」


 まさか鍛冶魔法を? ドワーフの秘伝。俺も習得に一年以上は費やしたのに。目の前で何度も見たとは言え……岩ではない半端な物質とは言え……。知る限り、ドワーフ以外で初めて物質を変えた。……『才能』という言葉は飲み込んだ。安直に説明できる言葉だが、これは炎魔法の才能ではない。


「ど、どう思う!?」 とスゥさんは俺を見た。

「うん、これは見たことがない。この先端部分だけ、魔岩の表面が別の材質になってるみたいだ。魔岩の白より少しだけ濁ったような……。ということは、魔岩より魔力を通しにくい、抵抗のある物質だと思う」

「やはりか……」

「これを独りでやったなんて……。かなりの試行錯誤が必要だったんじゃ?」

「お、おぬしもそうしておったじゃろう」

「……確かに。それで、魔力は通わせてみた?」

「それが……怖くての……」


 よく分かる。渾身のアイデアが完成に近づくほど、成功への期待と失敗への恐怖が、同時に押し寄せてくる。だが、そこで一歩を踏み出さなければ何も残らない。


「大丈夫。どちらにせよ、手がかりは増える。……いま、一緒に試そう」

「……よし、分かった」 スゥさんはゴトク型の魔岩を両手に持ち、魔力を込めた。


 薄暗い部屋の中、三本の爪の間にポワッと光球が生じた。ここからでも分かるほどの熱を帯びている。


「ド、ドコウ殿!」

「うん。スゥさん、そのまま手から微弱な風魔法を」

 頷くスゥさん。そして……。部屋が一瞬明るくなった。

「うおっ! あちちち!」

「うわ! 大丈夫かおぬし!?」

「大丈夫大丈夫! 俺の場所が悪かった。つい覗き込んでた」

「そ、そうか……。ふふっ……あははっ!」 スゥさんは大きく口を開けて笑い出した。

「出た……! 出たぞ……! 炎じゃ!」


 炎は、立派だった。模擬戦で火傷一つしなかった、俺の前髪を焦がすほどに。




 次の日の朝、全員が集められた。俺・ニナさん・ヴァルさん・レティさん・スゥさん・ミヤさんの六人だ。まずは早速、スゥさんがゴトク型魔岩を使った炎を披露する。


「おおお!」 とヴァルさんが驚く。

「す、凄いですスゥ様! 大きな炎です!」 レティさんも大興奮。


 ミヤさんはボロボロと涙を流している。これは、彼女にとっても希望だったのだろう。ミヤさんを抱きしめるスゥさんの頬も濡れていた。


「本当におめでとうございます。もしよければ、風魔法について少し助言しても良いでしょうか?」 とニナさんが言った。

「おお……是非頼む!」 とスゥさんは応えた。


 皆の様子を見つつ、俺はまた腕組みをする。 「さて。次の問題はこれをどうするかだ」

「そうじゃな。炎を出すことにばかり夢中で、見せ方は考えておらぬ。父上は妾を見ると様子が変わってしまうからの……」


 ヴァルさんが顎を擦りながら、 「最初に目に入るのがスゥ殿ではなく、炎でなければならない、ということか」 とまとめた。


 少しの沈黙。 「……あの。恐れながら、考えがございます」 とミヤさんが言った。




 日も暮れた頃、俺は訓練場にいた。さて、仕事だ。俺は土魔法で訓練場の一部を隆起させる。約十五メートル四方。大きくはないが、今回は十分らしい。次に角を整え、上面を平らにすれば……岩の舞台の完成だ。


「流石ですね」

「あ、ニナさん。そっちもお願いしますよ?」

「ええ」 そう言ってニナさんは、事前に決めた場所に木を生やしていく。


 俺も次の作業に移ろう。久々の岩からの変質。規模も大きいが、いけるだろう。腰にある小振りのハンマーを手に取り、舞台の材質を白い岩に変えていく。石材と言ってもいい。この世界で見た中で、最も美しかったものを再現した。


「少し段差が高いですね」

「確かに。階段とか?」

「いいですね」


 石材にしてからの変形も難なく成功した。変形中はまるで柔らかい物質のよう。今さらながら不思議だ。柔らかい物質への変質はまだ成功していない。


「整ったようじゃの」


 ヴァルさん、レティさんと共に、スゥさんが来た。 特別な衣装を着ている。


「ちょうど今ね。そっちの準備は大丈夫?」

「大丈夫じゃ」 スゥさんは大事な道具をギュッと握り締めた。 「恩に着る」




 御桟敷(おんさじき)への階段を昇る。


「ミヤよ、このような時間に珍しいな」

「はい。陛下。今宵の夜空が大変美しかったので、お見せしたいと思いまして」


 握りしめた手に汗が滲む。暗さでバレていないことを願うばかり。ここまでは、無事に怪しまれずに連れ出してこれた。スゥ様、どうか……!


 階段を昇りきると同時。陛下が、 「これは……」 と漏らした声を聞く。


 夜空に、炎の龍が舞っていた。訓練場の中央に(あつら)えられた石の舞台から、二匹の龍が放たれている。龍は互いの首を絡ませるように踊り、空に消えては、また生まれる。繰り返し現れる龍の舞に、陛下と私は見入った。


 龍を操るは炎の精。深紅の髪と白い肌が、生まれた龍に照らされ、また闇に消える。


「……スゥ……」


 その声で、その名を耳にするのはいつぶりか。陛下は、夜空を見ていなかった。炎の龍も。見ているのは、ただ暗闇の一点のみ。震えながら、ただ一点を見つめ続けている。


 何かを思い出しているのだろうか。どうか、思い出してほしい。


 一際(ひときわ)大きな炎の龍が生み出される。再誕した二匹の龍は、大きく円を描くように舞い、そして消えていった。残されたのは炎の実をつけた木々と、その灯りに照らされる炎の精。あれが蛍樹(ほたるぎ)……なんと神秘的な……。


「おお……っ」 陛下は御桟敷(おんさじき)を飛び出し、舞台へ駆け寄った。


 私はここで見守ろう。


「スゥ……スゥよ……!」

「……父上……」

「見事な炎であった……。実に見事な、炎龍(えんりゅう)であったぞ……!」

「有難きお言葉……。 しかし父上、今のは……」

()い。炎魔法でなくて()いのだ。すまなかった……! そなたの龍が、余の(まなこ)から曇りを払ったのだ。……スゥよ。愛する我が娘よ。そなたの顔が、よく見えるぞ……」


 抱擁。……その晩、父娘(おやこ)は十年の空白を埋めるように語り合い、声を枯らした。私は二人の声を聞きながら、涙を止めることができなかった。




 父娘(おやこ)がその場を去った後。 「……消火!」 と俺は言った。

「ウォーターショット! ウォーターショット!」 飛び散る水弾。

「はっ!」 炎をかき消す剣風。

「……ありがとう。レティさん、ヴァルさん」


 黒子に徹していた俺達は、大事な後始末を終えた。しかし、蛍樹(ほたるぎ)……不思議な木だ。先端にだけ、油分の多い実をつけるのか……。


 ニナさんが近くに来た。 「この木は、ある地域で祭事などにも用いられます」

「なるほど、雰囲気があるわけだ」


 ミヤさんの案は上手くいったようだ。見事な炎舞だった。スゥさんとミヤさんは、今晩は戻ってこないだろう。明日にでも話を聞かせてもらえればいい。いや、聞かせてもらえなくてもいい。やれることはやったはずだ。石の舞台を元に戻し、俺達は解散した。




 次の日の早朝。涙の跡を残すミヤさんに案内されたのは、スゥさんの工房と私室の奥にある、三つ目の部屋だった。その部屋には土間があった。一段上がった先には畳が敷かれている。やはり、ボレアリスの文化は日本に近い。既にいたニナさん・ヴァルさん・レティさんは土間に立っている。座り方を知らないらしい。


「お呼び立てして申し訳ありません」


 声と同時に、隣の私室から着物姿のスゥさんが現れた。しかし言葉遣いが違う。シンプルな着物。皇女らしい飾りは一切なく、かしこまった様相。


 スゥさんは畳の上でスッと美しく正座すると、口を開いた。 「まず、皆様のご協力に深く感謝いたします。父上は、元の威厳ある父上に戻りました」

「それは良かった。……えっと……しかしその言葉遣いと服装は……?」


 スゥさんは答えず、静かに、ゆっくりとまばたきをして俺を見た。 「本来ならば礼を尽くしても尽くしきれぬところ、図々しくも、重ねてお願いがございます」 そう言い、深々と頭を下げる。 「ドコウ殿。どうか私を、弟子にしていただけないでしょうか」

「……え?」


 スゥさんは頭を上げない。俺は周りを見る。ニナさん……表情変化なし! ヴァルさん……考え中! レティさんはあたふたしてるが、ミヤさんは頷いている。


「えっと……まず頭を上げてください。……説明していただいても?」


 こっちまで敬語になってしまう。


 スゥさんは姿勢を戻して口を開いた。 「これまでの態度、言葉遣いをお詫びいたします。私があのように振る舞う資格を持たないことは、重々承知しています。しかし、あれが父上の知る私だったのです。私は、父上が育てた気高き娘として、父上の期待に応える必要がありました」


 皇帝が心を病み、そのことで寝込む前のスゥさん、か。


「その願いは皆様のお陰で、叶いました。私は父上の娘に戻ることができました。ですが、それは私と父上の間だけでのこと」

「……立場は変わらない、と?」 俺は訊いた。

「はい。父上とも話し、仮に父上が強権を振るったとしても丸くは収まらない、と結論しました。父上でも変えられない仕来(しきた)りによって、私が何者でもないことは決まっているのです。……その私が、もし、ただの人間として、生き方を選ぶことを許されるならば。私は、私の尊敬する方の(もと)で、自らを高めとうございます。……ドコウ殿。私は、貴殿ほどの御方(おかた)を他に知りません。……改めて、どうか、私を弟子にしてはいただけませんか!」


 再び頭を下げるスゥさん。


 俺は一瞬考えた。いや、覚悟した。 「やっぱり頭は上げてほしい。えっと……。まず今回の成功は、スゥさんの頑張りが決め手だ。だからそこまで俺達、ましてや俺に負い目を感じる必要はない。むしろ知らない技術を見せてもらって、俺は何かお礼したいくらいだ。それに、俺からしても、スゥさんが今後も協力してくれるなら、頼もしい」


 顔を上げたスゥさんの表情が、パッと明るくなる。


「あと、振る舞いも気にしないでほしい。人を見下すのではなく、自らを高めるために振る舞っていたことは分かる。それもスゥさんらしさだと思ってる」

「ありがとうございます!」 またもや頭を下げるスゥさん。しかし今度はすぐに頭を上げてくれた。洗練された所作だ。 「……先程、礼をしたいと仰っていましたが……。それでは厚顔ながら、さらに一つ……よろしいでしょうか?」

「どうぞ?」

「私のことは、スゥ、とお呼びください。ドコウ殿は私の師ですので」

「今までもスゥさんと呼んで……」

「どうか、スゥ、とお呼びください」 とスゥさんは遮って言った。


 振る舞いの使い分けといい、やはりメリハリをしっかり付けたい性格らしい。


「……分かった。スゥ、これからもよろしく!」

「はい……! よろしくお願いいたします!」


 その姿には、皇女らしい気高さと、己の才を過信しない謙虚さが同居していた。どちらも彼女なのだ。こうして俺に、この世界で初めての弟子ができた。

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