第13話:弟子は一人なのか?
「グリムホルドか。今の時期は、行かぬ方が良いと思うぞ」
炎魔法の理解は十分深まった。俺達は宮廷を発ち、ボレアリスの南端を歩いている。隣を歩くスゥは、やや控えめだが装飾のある服装だ。言葉遣いも元通り。それでいい。
「どうして?」 と俺は訊いた。
「うむ……。その……今の時期は、獣人族の血が濃い者にとって、春……なのじゃ。特に強い者を狙う。ヴァル殿やドコウ殿は、しばらく帰ってこれぬだろうな」
「血の気が……多いんだね……。元々、あまり魔法が盛んな国じゃないって聞いてるし、拘束されるのは避けたいな。となると、ここの用事を済ませたら船旅だね」
少し前を歩くヴァルさんが、 「承知した」 と応えた。
スゥは出国前に立ち寄りたいところがあると言った。それがここ、人通りのない場所にひっそりと建っている職人の店だ。
「変わり者だと聞いておる。腕は確かだそうじゃが、あまり人に興味がないらしい」
「なんか親近感。スゥがそのまま入って大丈夫なの?」
「妾は長い事、一切の行事に出ておらぬ。妾のことを知るものなぞおらんよ」
そういうもんなのかな……と思いつつ、俺は軋む扉を開けた。
すぐにヴァルさんが商品棚に飛びついた。 「おおお! ドコウ殿! 凄いぞこれは! この剣……! この鎧……! どれも一級品をさらに超えている!」
「わあ! この杖とっても素敵です! 私もいつかこんな杖を持ちたいです!」
「こらこらレティ、杖はその道を修めた者が持つ免許皆伝の証。レティはまだまだ修行中の身だろう。買おう」
大はしゃぎする二人の他に、客は見当たらない。それどころか、店員も見当たらない。
スゥはニナさんに近寄った。 「なんじゃ、ニナ殿は着物が気になるのかの?」
「……ええ」 ニナさんは着物を眺めながら答えた。
この店に置かれているものは剣や盾といった鍛冶製品、レティさんが見つめている杖、衣服や装飾品などなど。随分雑多な感じだが、どれも極上の品だから恐ろしい。
「店の者は居ないのか? 我が妹に似合う杖を、見せてほしいのだが」
正常な判断力を失ったヴァルさんが呼ぶと、店の奥から店員がやってきた。
「お待たせしてごめんニャ。お客さんが来ているとは思わなかったニャ」
……ニャ? 現れたのは、桃色の髪に猫の耳を生やした少女。レティさんと同じくらいの歳だろう。……それにしても語尾が、ニャ。獣人族だ。絵に描いたような。
「杖が見たい……ニャ!?」 店員さんは、談笑するニナさんとスゥを見て固まった。
談笑といっても、ニナさんの表情にほぼ変化はないのだが、あれは談笑だと思う。やっぱりスゥに気づいたか?
「あ……ああ……っ!」 ヨロヨロと二人に近づいていく店員さん。
異様な雰囲気に、ニナさんとスゥも気がついたようだ。
「なんて美しいお姿! 見たこともない艷やかな髪! あっ! ウチの着物が気になるのかニャ!? どうぞご自由にお召しください!」
突然まくし立てる店員さんに呆気にとられる。語尾忘れかけてるぞ!
「その黒い髪にはどの色が似合うのかニャ? 髪と同じく黒? それとも眼に合わせて紫? ああ! 分からないニャ!」
「……」 ニナさんは様子を窺っている。
「……はっ!」 店員さんが、ニナさんと彼女しか居ない世界から帰ってきた。
「し、失礼しましたニャ! まだ店内を見ていかれますかニャ……?」
「ええ」 ニナさんは穏やかなトーンで答えた。
嬉しそうな顔でニナさんにお辞儀をした店員さんは、ヴァルさん達の方へ戻った。
「お客さん、大変失礼しましたニャ」
「いえ、ニナさんは綺麗ですから仕方ありません!」 なぜかドヤるレティさん。
「杖だったニャ? すみませんニャ。それはウチのじゃないのニャ……。少し待ってくださいニャ。……親方ーっ! お客さんだニャーっ!」 また奥の方へ行ってしまった。
店員さんが騒がしかった分、店内が静かに感じる。
ニナさんはまた着物を見ている。普段のニナさんは、一般的な旅人スタイル。地味だ。麻色のローブを纏い、今でもよくフードを被っている。確かに着物が似合うだろう。
「ああ……待たせちまったようだな。すまねえ。杖はあんまり数がなくてな、そこにあるのが……ん?」
奥から表れた大男もまた、店内を見て固まった。……俺・ニナさん・スゥがいる方を。
「あんたはスゥ様だな。こんなところに何の御用か気になるが、それより……あんた、ドワーフだろ?」 髭を蓄えた男の視線が、俺を刺す。
そうだった。ヒト族の鍛冶師は、ドワーフ族を嫌っている。
「……その通りです」
「ちょっとここで待っててくれ」
そう言うと、男は店の奥の棚から一本のナイフを取り出してきた。店内を進み、俺に柄を向ける。促されるまま手に取った。
繰り返すが、この店の商品はどれも逸品だ。無造作に置かれた剣の一本に至るまで。しかしそのナイフは、それらを軽く凌駕していた。金属のポテンシャルを限界まで引き出した一本。ドワーフ族の鍛冶では真似できない。ヒト族の鍛冶としても極致ではないか?
「こいつを、どう思う?」
男の眼差しは真剣そのものだ。本気で作った自分の作品を、本気で見てほしいと望む顔。懐かしい。前世の学会を思い出す。求められているのは、お世辞ではない。
「金属の特性を限りなく引き出していると思います。その点に関して、ここまで極められた物は見たことがありません。……しかし、ナイフとしてはまだ伸び代があると思います。完全な終着点ではないかもしれません」
「それは、魔力伝達率か?」
「ええ」
「……ありがとうよ」
男は、ふぅーっと長い息を吐きながら、ナイフを戻しに行った。それと入れ替わるようにして、さっきの猫耳店員さんが飛び出してきた。なぜか大きな荷物を背負っている。
「やっぱり駄目ニャ! 親方! ウチはこのお姉様にふさわしい着物を作るために旅立つニャ! 今までお世話になりましたニャ! 元気でニャ! それじゃ!」
「いやいやいや待て待て待て!」 ガシッと店員さんの腕を掴む親方さん。
頑張ってくれ。俺には全く話が見えていない。
「止める訳じゃねえが、もうちょっと説明してくれ」
「なんだニャ? いくら考えても、お姉様に一番似合う色も柄も分からないのニャ! だから旅立つニャ!」
ため息をつく親方さん。……おい、諦めるな!
「なあ、おめえさん」 親方さんは俺を向いて声を上げた。よく通る声だ。 「おめえさんのさっきの言葉。あれはつまり、おめえさんはヒトの鍛冶で作ったもんに、ドワーフの鍛冶の良さを乗せられると考えてるってことだろ?」
「……ええまあ」 と俺は答えた。可能性としては面白いと思う。
「そんなことを考えるやつが俺以外にいるなんてな! 気に入ったぜ!」
親方さんは掴んでいた店員さんの腕を放し、こちらに頭を下げた。 「旦那。こいつを連れてってやってくれ! 腕は俺が保証する!」
「……旦那って?」 と俺は言った。
「こいつはここじゃもったいねえ。俺も付いてきてえとこだが、それじゃ国になんか言われちまうだろ?」 そう言ってスゥではなく、ヴァルさんを見た。博識だ。
「……うむ。皇女に加え、トップレベルの職人を二人引き抜くのは、少々目立つな」
俺はスゥを見た。そもそもここに来たいと言ったのはスゥだ。
「ふふっ……いや、そなたらには驚かされるな。しかし良い。狙い通りじゃ。……こやつらはここで腕を持て余しておると、噂に聞いておったからの」
「そうなの? でもまだ旅のこと何も話してないけど……」 と俺は店員さんを見た。
「そんなの関係ないのニャ! どこでも行くニャ! よろしくニャ! 旦那! お姉様! お客さん!」 と元気良く頭を下げた。
俺達は今、港町に向かうために『獣人の森』を抜けようとしている。断続的にモンスターに遭遇するが、それは大した問題ではない。別の問題が起きていた。
「……ヴァルさん、レティさんの様子、おかしくない?」
「そうだな。まあ原因には察しが付く」
「え? そうなの? なんだろう?」
「それは私が話すことではないな」 ヴァルさんはそれ以上教えてくれなかった。
レティさんは今、ミミカさんと一緒に退治したモンスターの後処理を行っている。苦手そうだが、これも経験だ。
「ニナさん」 と俺は声をかけた。
「なんでしょう?」
「レティさんの様子、どう思う?」
「普段より落ち着きがないですね。魔力も少し乱れています」
「心当たりあるかな? 何か困ってるなら手助けしたいけど……」
「同意です。ですが、分かりません」
二人で悩んでいると、少し離れていたスゥが近づいてきた。
「レティ殿じゃな? 時折、妾を見ておるようじゃし、妾に非があるのやもしれぬ」
「え? そんなことあるかな」
ミミカさんと作業するレティさんは、普段通りだ。慣れた様子のミミカさんの指示を受け、おっかなびっくりながらも積極的に挑戦している。水魔法で手を綺麗にしたレティさんは、俺達に気付いてこちらにやってきた。気合の入った表情だ。
「ニナさん、スゥさん。ドコウさんと少しお話ししたいです」 やけに改まっている。
先日からスゥのことは皆も呼び捨てか、『さん』付けで呼ぶことになった。皇女としてここに居るのではないから、ということだ。
二人は優しくレティさんに場所を譲った。
「どうしたのかな?」 と俺は訊いた。不自然ではなかったと思う。
遠巻きに様子を気にするヴァルさんが見える。
「あの……えと……。わ、私も呼び捨てにしてくださいっ!」
「……え?」
ヴァルさんの表情が不安げになった。
「あ……ちが……え、えと……」
俺は膝を少し曲げ、レティさんに高さを合わせた。 「一つずつ聞いてもいい?」
「は、はい! ……私、ずっと魔法学の勉強がしたかったんです。あ、本を読むとかじゃなくて、その……」
「世界を巡ってその目で見たり、ってことだね? 俺も同じ。この旅の目的の一つだよ」
「そうです! それで、ドコウさんとニナさんに出会って……。どんどん新しいことを発見して凄いなって思って……。でも、スゥさんみたいに上手く言えなくって……」
「そういうことじゃったか」 隣で話を聞いていたスゥも屈んだ。 「妾には姉弟子がおったのじゃな。これは失礼した」
「いえ、その……。でも、はい! 私、船旅が終わっても、一緒に勉強したいです!」
俺は真っ直ぐな視線を受け止めた。覚悟は済んでいる。ヴァルさんから聞いていたし、急でもなかった。
「分かった。魔法学はまだまだ奥が深い。覚悟してね、レティ!」
「はいっ!」
ヴァルさんも満足気……どころか、目頭を押さえている。自称過保護は伊達じゃない。
「あ、ウチもミミカで頼むニャ!」
どさくさに紛れて……と思ったが、同年代の二人を区別するのは、心理的な距離が誇張される気がした。それほどのこだわりではない。
「そうだな……。弟子かどうかに関わらず、呼び方を改めさせてもらう。それでどう?」
これに全員が頷き、騒動は終わったかに思えた。
「……あの、ニナさん!」 とレティがニナさんに一歩近づいた。 「わ、私も! ニナさんを『ニナ姉様』と呼んでもいいですか!?」
……あ、ニナさん対応に困ってる。これは師弟の話ではなさそうだ。レティは出会った時から、ニナさんを姉のように慕っていた。家族は兄ばかりで女性は母親のみと聞いた。勝手な推測だが、同性の頼れる人が身近に居て、嬉しいのではないか?
「ニナさん、さっき手助けしたい、って言ってたよね?」 と俺は後押ししてみた。
「……そうですね。それでレティさんが喜ぶのなら」
「ありがとうございます! ヴァル兄様のように、レティ、って呼んでください!」
「分かりました。レティ」
レティの顔が緩んだ。俺は木陰で肩を震わせる騎士の姿を見逃さなかった。




