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英雄が壊す異世界  作者: 波白雲
第二章:目に映る世界
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第13話:弟子は一人なのか?

「グリムホルドか。今の時期は、行かぬ方が良いと思うぞ」


 炎魔法の理解は十分深まった。俺達は宮廷を発ち、ボレアリスの南端を歩いている。隣を歩くスゥは、やや控えめだが装飾のある服装だ。言葉遣いも元通り。それでいい。


「どうして?」 と俺は訊いた。

「うむ……。その……今の時期は、獣人族の血が濃い者にとって、春……なのじゃ。特に強い者を狙う。ヴァル殿やドコウ殿は、しばらく帰ってこれぬだろうな」

「血の気が……多いんだね……。元々、あまり魔法が盛んな国じゃないって聞いてるし、拘束されるのは避けたいな。となると、ここの用事を済ませたら船旅だね」


 少し前を歩くヴァルさんが、 「承知した」 と応えた。


 スゥは出国前に立ち寄りたいところがあると言った。それがここ、人通りのない場所にひっそりと建っている職人の店だ。


「変わり者だと聞いておる。腕は確かだそうじゃが、あまり人に興味がないらしい」

「なんか親近感。スゥがそのまま入って大丈夫なの?」

「妾は長い事、一切の行事に出ておらぬ。妾のことを知るものなぞおらんよ」


 そういうもんなのかな……と思いつつ、俺は軋む扉を開けた。


 すぐにヴァルさんが商品棚に飛びついた。 「おおお! ドコウ殿! 凄いぞこれは! この剣……! この鎧……! どれも一級品をさらに超えている!」

「わあ! この杖とっても素敵です! 私もいつかこんな杖を持ちたいです!」

「こらこらレティ、杖はその道を修めた者が持つ免許皆伝の証。レティはまだまだ修行中の身だろう。買おう」


 大はしゃぎする二人の他に、客は見当たらない。それどころか、店員も見当たらない。


 スゥはニナさんに近寄った。 「なんじゃ、ニナ殿は着物が気になるのかの?」

「……ええ」 ニナさんは着物を眺めながら答えた。


 この店に置かれているものは剣や盾といった鍛冶製品、レティさんが見つめている杖、衣服や装飾品などなど。随分雑多な感じだが、どれも極上の品だから恐ろしい。


「店の者は居ないのか? 我が妹に似合う杖を、見せてほしいのだが」


 正常な判断力を失ったヴァルさんが呼ぶと、店の奥から店員がやってきた。


「お待たせしてごめんニャ。お客さんが来ているとは思わなかったニャ」


 ……ニャ? 現れたのは、桃色の髪に猫の耳を生やした少女。レティさんと同じくらいの歳だろう。……それにしても語尾が、ニャ。獣人族だ。絵に描いたような。


「杖が見たい……ニャ!?」 店員さんは、談笑するニナさんとスゥを見て固まった。


 談笑といっても、ニナさんの表情にほぼ変化はないのだが、あれは談笑だと思う。やっぱりスゥに気づいたか?


「あ……ああ……っ!」 ヨロヨロと二人に近づいていく店員さん。


 異様な雰囲気に、ニナさんとスゥも気がついたようだ。


「なんて美しいお姿! 見たこともない艷やかな髪! あっ! ウチの着物が気になるのかニャ!? どうぞご自由にお召しください!」


 突然まくし立てる店員さんに呆気にとられる。語尾忘れかけてるぞ!


「その黒い髪にはどの色が似合うのかニャ? 髪と同じく黒? それとも眼に合わせて紫? ああ! 分からないニャ!」

「……」 ニナさんは様子を窺っている。

「……はっ!」 店員さんが、ニナさんと彼女しか居ない世界から帰ってきた。

「し、失礼しましたニャ! まだ店内を見ていかれますかニャ……?」

「ええ」 ニナさんは穏やかなトーンで答えた。


 嬉しそうな顔でニナさんにお辞儀をした店員さんは、ヴァルさん達の方へ戻った。


「お客さん、大変失礼しましたニャ」

「いえ、ニナさんは綺麗ですから仕方ありません!」 なぜかドヤるレティさん。

「杖だったニャ? すみませんニャ。それはウチのじゃないのニャ……。少し待ってくださいニャ。……親方ーっ! お客さんだニャーっ!」 また奥の方へ行ってしまった。


 店員さんが騒がしかった分、店内が静かに感じる。


 ニナさんはまた着物を見ている。普段のニナさんは、一般的な旅人スタイル。地味だ。麻色のローブを纏い、今でもよくフードを被っている。確かに着物が似合うだろう。


「ああ……待たせちまったようだな。すまねえ。杖はあんまり数がなくてな、そこにあるのが……ん?」


 奥から表れた大男もまた、店内を見て固まった。……俺・ニナさん・スゥがいる方を。


「あんたはスゥ様だな。こんなところに何の御用か気になるが、それより……あんた、ドワーフだろ?」 髭を蓄えた男の視線が、俺を刺す。


 そうだった。ヒト族の鍛冶師は、ドワーフ族を嫌っている。


「……その通りです」

「ちょっとここで待っててくれ」


 そう言うと、男は店の奥の棚から一本のナイフを取り出してきた。店内を進み、俺に柄を向ける。促されるまま手に取った。


 繰り返すが、この店の商品はどれも逸品だ。無造作に置かれた剣の一本に至るまで。しかしそのナイフは、それらを軽く凌駕していた。金属のポテンシャルを限界まで引き出した一本。ドワーフ族の鍛冶では真似できない。ヒト族の鍛冶としても極致ではないか?


「こいつを、どう思う?」


 男の眼差しは真剣そのものだ。本気で作った自分の作品を、本気で見てほしいと望む顔。懐かしい。前世の学会を思い出す。求められているのは、お世辞ではない。


「金属の特性を限りなく引き出していると思います。その点に関して、ここまで極められた物は見たことがありません。……しかし、ナイフとしてはまだ伸び代があると思います。完全な終着点ではないかもしれません」

「それは、魔力伝達率か?」

「ええ」

「……ありがとうよ」


 男は、ふぅーっと長い息を吐きながら、ナイフを戻しに行った。それと入れ替わるようにして、さっきの猫耳店員さんが飛び出してきた。なぜか大きな荷物を背負っている。


「やっぱり駄目ニャ! 親方! ウチはこのお姉様にふさわしい着物を作るために旅立つニャ! 今までお世話になりましたニャ! 元気でニャ! それじゃ!」

「いやいやいや待て待て待て!」 ガシッと店員さんの腕を掴む親方さん。


 頑張ってくれ。俺には全く話が見えていない。


「止める訳じゃねえが、もうちょっと説明してくれ」

「なんだニャ? いくら考えても、お姉様に一番似合う色も柄も分からないのニャ! だから旅立つニャ!」


 ため息をつく親方さん。……おい、諦めるな!


「なあ、おめえさん」 親方さんは俺を向いて声を上げた。よく通る声だ。 「おめえさんのさっきの言葉。あれはつまり、おめえさんはヒトの鍛冶で作ったもんに、ドワーフの鍛冶の良さを乗せられると考えてるってことだろ?」

「……ええまあ」 と俺は答えた。可能性としては面白いと思う。

「そんなことを考えるやつが俺以外にいるなんてな! 気に入ったぜ!」


 親方さんは掴んでいた店員さんの腕を放し、こちらに頭を下げた。 「旦那。こいつを連れてってやってくれ! 腕は俺が保証する!」

「……旦那って?」 と俺は言った。

「こいつはここじゃもったいねえ。俺も付いてきてえとこだが、それじゃ国になんか言われちまうだろ?」 そう言ってスゥではなく、ヴァルさんを見た。博識だ。

「……うむ。皇女に加え、トップレベルの職人を二人引き抜くのは、少々目立つな」


 俺はスゥを見た。そもそもここに来たいと言ったのはスゥだ。


「ふふっ……いや、そなたらには驚かされるな。しかし()い。狙い通りじゃ。……こやつらはここで腕を持て余しておると、噂に聞いておったからの」

「そうなの? でもまだ旅のこと何も話してないけど……」 と俺は店員さんを見た。

「そんなの関係ないのニャ! どこでも行くニャ! よろしくニャ! 旦那! お姉様! お客さん!」 と元気良く頭を下げた。




 俺達は今、港町に向かうために『獣人の森』を抜けようとしている。断続的にモンスターに遭遇するが、それは大した問題ではない。別の問題が起きていた。


「……ヴァルさん、レティさんの様子、おかしくない?」

「そうだな。まあ原因には察しが付く」

「え? そうなの? なんだろう?」

「それは私が話すことではないな」 ヴァルさんはそれ以上教えてくれなかった。


 レティさんは今、ミミカさんと一緒に退治したモンスターの後処理を行っている。苦手そうだが、これも経験だ。


「ニナさん」 と俺は声をかけた。

「なんでしょう?」

「レティさんの様子、どう思う?」

「普段より落ち着きがないですね。魔力も少し乱れています」

「心当たりあるかな? 何か困ってるなら手助けしたいけど……」

「同意です。ですが、分かりません」


 二人で悩んでいると、少し離れていたスゥが近づいてきた。


「レティ殿じゃな? 時折、妾を見ておるようじゃし、妾に非があるのやもしれぬ」

「え? そんなことあるかな」


 ミミカさんと作業するレティさんは、普段通りだ。慣れた様子のミミカさんの指示を受け、おっかなびっくりながらも積極的に挑戦している。水魔法で手を綺麗にしたレティさんは、俺達に気付いてこちらにやってきた。気合の入った表情だ。


「ニナさん、スゥさん。ドコウさんと少しお話ししたいです」 やけに改まっている。


 先日からスゥのことは皆も呼び捨てか、『さん』付けで呼ぶことになった。皇女としてここに居るのではないから、ということだ。


 二人は優しくレティさんに場所を譲った。


「どうしたのかな?」 と俺は訊いた。不自然ではなかったと思う。


 遠巻きに様子を気にするヴァルさんが見える。


「あの……えと……。わ、私も呼び捨てにしてくださいっ!」

「……え?」


 ヴァルさんの表情が不安げになった。


「あ……ちが……え、えと……」


 俺は膝を少し曲げ、レティさんに高さを合わせた。 「一つずつ聞いてもいい?」

「は、はい! ……私、ずっと魔法学の勉強がしたかったんです。あ、本を読むとかじゃなくて、その……」

「世界を巡ってその目で見たり、ってことだね? 俺も同じ。この旅の目的の一つだよ」

「そうです! それで、ドコウさんとニナさんに出会って……。どんどん新しいことを発見して凄いなって思って……。でも、スゥさんみたいに上手く言えなくって……」

「そういうことじゃったか」 隣で話を聞いていたスゥも屈んだ。 「妾には姉弟子がおったのじゃな。これは失礼した」

「いえ、その……。でも、はい! 私、船旅が終わっても、一緒に勉強したいです!」


 俺は真っ直ぐな視線を受け止めた。覚悟は済んでいる。ヴァルさんから聞いていたし、急でもなかった。 


「分かった。魔法学はまだまだ奥が深い。覚悟してね、レティ!」

「はいっ!」


 ヴァルさんも満足気……どころか、目頭を押さえている。自称過保護は伊達じゃない。


「あ、ウチもミミカで頼むニャ!」


 どさくさに紛れて……と思ったが、同年代の二人を区別するのは、心理的な距離が誇張される気がした。それほどのこだわりではない。


「そうだな……。弟子かどうかに関わらず、呼び方を改めさせてもらう。それでどう?」


 これに全員が頷き、騒動は終わったかに思えた。


「……あの、ニナさん!」 とレティがニナさんに一歩近づいた。 「わ、私も! ニナさんを『ニナ姉様』と呼んでもいいですか!?」


 ……あ、ニナさん対応に困ってる。これは師弟の話ではなさそうだ。レティは出会った時から、ニナさんを姉のように慕っていた。家族は兄ばかりで女性は母親のみと聞いた。勝手な推測だが、同性の頼れる人が身近に居て、嬉しいのではないか?


「ニナさん、さっき手助けしたい、って言ってたよね?」 と俺は後押ししてみた。

「……そうですね。それでレティさんが喜ぶのなら」

「ありがとうございます! ヴァル兄様のように、レティ、って呼んでください!」

「分かりました。レティ」


 レティの顔が緩んだ。俺は木陰で肩を震わせる騎士の姿を見逃さなかった。

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