第14話:なぜ旅をするのか?
今回の航海も極めて順調だった。かかった日数はポルトヴェントから来た時より少し長い程度。潮の影響ではない。俺達はポルトヴェントに戻らなかったのだ。ボレアリスがある大陸から船で東に進むと、ドルフィーネなどがある大陸の西端に辿り着く。そこに位置する大国トニトルモンテに俺達は辿り着いた。
この国は人の往来が激しい。西のボレアリスとは水路で、東のゼフィリア、南東のドルフィーネとは陸路で繋がっているためである。北東にそびえるこの国の象徴、霊峰モンテ・セレストリアをひと目見ようとやってくる観光客も多い。
この山には標高を活かした氷室がいくつもあり、安価な日常使いの氷から上質な高級氷まで、多様な氷が容易に手に入ることも、この国の繁栄を支えている。つまり、新鮮さを保った食材を活かす料理屋が多いのだ!
しかし、船を降りながら食事の予定を話し合う俺達の耳に、大きな鐘の音が飛び込んできた。国中に響く大音量。穏やかな鳴らし方ではない。
「これは緊急を報せる鐘だ!」 ヴァルさんがいち早く駆け出した。
騒然とする都市内。避難を呼びかける警備隊員から話を聞き、俺達は南門に来た。
指揮を執る騎士団長はヴァルさんを知っていたようで、情報を快く開示してくれた。その話によると、トニトルモンテの南方に半魚人の群れが現れたそうだ。数は五百。
ヴァルさんは驚いた。 「ごひゃく……信じられん。半魚人は最近発見された新種のモンスターだ。その発見された一体を、ベテランの騎士が十人がかりで退治したと聞く」
「それが五百ってことは、五千人と同等ってことか」 俺は簡単な計算結果を口にした。
「この国に、そのような数の騎士は常駐していません……」 と騎士団長は青ざめた。ヴァルさんに真っ直ぐ頭を下げる。 「ヴァレンティン様、どうかお力添え頂けませんか? レグナムグラディ最強の騎士である貴方が加わるとあれば、士気も上がります」
「勿論です。それに、私の仲間は手練れ揃いです。お力になれると思います」
俺も頷く。紹介はされていないが、口を挟んだからには反応すべきな気がした。
「ドコウさん」 ニナさんが呼んだ。
「ん?」
「騎士の皆さんには、防衛を任せましょう」
ヴァルさんもこちらに近づいて声を落とす。 「ニナ殿に賛成だ。我々が前線を張ろう。特にドコウ殿・ニナ殿の二人と、騎士達の実力差は大きすぎる。足手まといになる」
「……分かった。交渉を頼める?」
「無論だ」
最前線は俺とニナさん。後ろにヴァルさん・レティ・スゥだ。ミミカはその辺のモンスターくらいなら退治できるが、今回は門で待っててもらうことにした。
「レティ。相手は半魚人らしい。明らかに水に耐性がありそうだけど、どう思う?」
レティは冷静に答えた。 「そうですね……。苦手な可能性は高いと思います。それに、一体一体が強いみたいなので、魔蔵ブレスレットも尽きてしまうかもしれません」
「そうだね。……スゥ。レティとコンビを組んで、互いに補助し合ってほしい」
頷くスゥは、意外にもかなり戦える。戦闘経験は少ないが。手当たり次第に色々習得してた時、獣人流の拳術を体得したらしい。ドワーフ流を剛とすれば、獣人流は柔だ。流れるような動きから繰り出される投げ技、敵の攻撃をいなして返す技などが見事である。破壊力は高くないが、身を守る能力が高い。
スゥは自分を無才といって蔑むが、端からはそう見えない。ヴァルさんは『彼女は才女だ』と言っていた。それだけに、炎魔法の話は想像もしていなかったらしく、ショックを受けたそうだ。たぶん、スゥは徹底的な努力家なのだと俺は思う。少なくとも本人は、生まれ持った才能に頼るのをやめている。
さて、やることは明確になった。半魚人が皆に辿り着く前に、あらかた倒せばいい。
しかし、一つ気になる。五百体もの群れが、真っ直ぐトニトルモンテに向かっている。こんなに統率の取れた群れなら、確実にリーダーが居るだろう。そのリーダーは、他の半魚人と同じ強さだろうか?
半魚人との戦いの場は、トニトルモンテの南方に広がる平野となった。視界は良く、最前線に立つ俺からはすでに群れが見えている。兵隊はかなり後方だ。巻き込みそうだし、人前で使いたくない技もある。
「よし、じゃ、一発目はレティの出番かな」
「はい!」 レティはかなり大きな水球を作り始めた。
時間に余裕があるうちに、大規模な一撃を放つのが水魔法の基本戦術。こんなに大規模なものを見るは初めてだ。直径十メートルはある。水球に魔力が行き渡った。
「ウォーターバースト!」
特大の水球が半魚人の群れに放たれた。水への耐性なんて関係ない。とんでもない質量だ。目を凝らして数える。倒れている半魚人の数は……十五。凄いなレティ! 今ので騎士百人分以上の働きだ! しかしまだ全体の三パーセント程度。
「全然減らないです……」 レティが申し訳なさそうに言う。
「いやいや、十分凄いよ!」
「木魔法を試しますか? 鱗は硬そうですが」 とニナさんが提案した。
恐らく有効だろう。しかし。
「俺に任せてもらってもいいかな?」
「ええ」
鍛冶魔法の特訓の成果……岩以外への即時変質はボレアリスで披露したが、不本意な形だった。ここで、土魔法の特訓の成果をお見せしようじゃないか!
俺が大量の魔力を送ると、地面があちこちで盛り上がり、形を取り始めた。
「なッ!?」 ヴァルさんが驚く。
「こ、これはなんじゃ!?」 スゥが問う。
「大丈夫。俺が作ったゴーレムだから」 俺は答えた。
母直伝のゴーレム! それを一気に二百体! 母に教わり、旅が始まってからずっと、いつか来る日のためにコツコツ練習していたのだ。使い物にならない高等技術という不名誉な扱いを、今ここで覆す!
だが、下半身はまだ役に立たないので省略した。地面から上半身が生えている。その上半身も、両腕を前に突き出した姿勢から動かない。手はグー。この構え、アレしかない!
「ゴーレム! 放てッ!」 俺はロケットのように拳を飛ばす必殺技を心の中で叫んだ。
四百の岩の拳による轟音。半魚人達の悲鳴もかき消される。倒した半魚人の数は……だいたい三百五十。いくつかは地面に当たったようだ。
残されたのは、百ちょっとに減った半魚人と、二百体のゴーレム。ゴーレム達は眼に光を灯らせ、次の命令を待っている。……ごめんよ、もう君たちは手も足も出ない……というか、手も足もないんだ……。背中に哀愁を漂わせるゴーレムを、俺は地面に戻した。
「……滅茶苦茶じゃ……」
「レティ! ドコウ殿と自分を比べては駄目だぞ! いいな!」
「は、はい。ヴァル兄様、ありがとうございます……」
褒められている気がしない俺の横を、ニナさんが駆けていった。もう敵の陣形はまばら。各個撃破の方が良いという判断だ。俺も足に生成した岩を操作し、追従する。
ニナさんの戦いをしっかり見るのは久しぶりだ。ヒラヒラと舞うように駆け抜けた後に、立っている半魚人はいない。相変わらず杖で斬る独特なスタイルだ。
俺も負けていられない。一匹ずつ急速接近し、一撃を当てていく。
「ゲギャギャ! ゲギャギャギャ!」 一匹のマーマンが声を上げていた。
他の半魚人より一回り身体が大きい。威嚇や悲鳴ではない。他の半魚人に指示を出しているように見える。こいつがリーダーで間違いなさそうだ。ボスマーマンと呼ぼう。
ボスマーマンは何回か指示を出した後、キッと俺の方を睨み、突撃してきた。勢いに乗せて突かれた爪が鋭い。爪を岩の盾で弾く。硬い音が響いた。お返しに拳を入れようとしたが、巧い身のこなしで躱されてしまう。やはり他の個体とは違うようだ。
ジリジリと間合いを調整してくる。……出し惜しみしてると危なそうだ。次の瞬間、複数の鉄の礫がボスマーマンの身体にめり込んだ。
「グェッ!?」 ボスマーマンがよろめく。
間髪入れずに間合いを詰め、放った拳がボスマーマンの鳩尾をとらえた。そのまま膝から崩れ落ち、二度と立ち上がらない。
「……ふぅ」
「終わったようですね」 ニナさんが近くで言った。
周囲を見ると、もう立ってる半魚人はいなかった。ほとんどニナさんが斬り、ヴァルさん・レティ・スゥも複数体を倒したようだ。凄い面々である。
「最後の技は初めて見ました。」
「ああ、あれは小さい魔岩を複数生成して、全てを鉄に変えてから放っただけだよ」
「敵は理解できないうちに倒れたでしょうね」
「それはどうかな……」
そこで気づいた。倒した半魚人達の身体が、キラキラと輝きながら崩れている。
「これは……?」 と俺は言った。
「魔力になっているようです」
ニナさんの言う通りだ。半魚人だった魔力が大気に消えていく。こいつらは、普段遭遇するモンスターとは違うのか?
「一部の上位モンスターはこうして、絶命してから時間が経つと、消えてしまうことが知られている」 近づいてきたヴァルさんが疑問に答えてくれた。
俺を中心に集まる四人の仲間。その周囲は、魔力の輝きに包まれた。
半魚人の群れを退治した晩、俺達はトニトルモンテの城で祝勝会に招待されていた。
「英雄ヴァレンティン様とお仲間の方々に最上級の感謝を!」 司会が場を盛り上げる。
ヴァルさんに代表してもらうことは事前に決めておいた。決め手となったのは、 『ドコウ殿はただでさえ目立つからの。これ以上目立ってしまっては、身動きできなくなるやもしれぬ』 という意見だ。もちろん俺も異論はない。政治的なやり取りはいつもヴァルさんが請け負ってくれている。この国を救った事実は、きっと今後の助けになる。
「ニナ殿。初めてそなたの戦いを見たが、あれは獣人族の動きかの?」
「ええ。私の師は獣人族でした」
「しかし、そなたは剣術を使うんじゃの」
「はい。それも師の教えです」
「なるほどの……」
ニナさんとスゥの会話に聞き耳を立ててしまった。二人には共通点が多いようだ。二人で話しているのをよく見かける。
ヴァルさんがグラスを片手にやって来た。俺の視線の先を見る。 「どうしたドコウ殿? ああ、二人は美しいな」
「おお、ヴァルさん。いや、なんでもないよ。それよりも悪いね、面倒を任せちゃって」
「問題ない。私は多少、慣れているしな。……それよりもドコウ殿」 さらに近づいて声を落とす。 「今日の半魚人について、何か思うことはあるか? あんな群れの発生は聞いたこともない」
俺はトーンを落とした。 「あの群れには、他の個体とは違うリーダーがいた」
「なにっ!?」 ヴァルさんの声量が跳ね上がった。辺りを見回す。 「すまない。それで、どんなリーダーだった?」
「正直よく分からないけど……。俺が気づいたのは二つ。まず他の個体に指示を出しているように見えた。次に、他の個体より大きく、戦闘技術に優れていた」
「……ううむ……」
モンスターは本能的に人間を襲う。一般的にはそう認識されている。しかし、あのボスマーマンには、高い知性があるようにすら感じた。
「ドコウ殿が居なければ、どうなっていたか分からんな……」
「いや、きっとヴァルさんは倒せたと思う」
騎士の国レグナムグラディで最強と言われる、ヴァレンティンであれば、なんとか。
「まあ、まだ情報が足りなすぎる。考えるのは良いけど、考え込むのは良くないかもしれない」
「……そうだな。心得た。では、また少し回ってくる」
そう言ってまた人混みの中へ消えていった。ああいった人付き合いも必要なこととは理解しているが、なかなか実践できない。本当にありがたい存在だ。
「ドコウさん」
「ああ、ニナさん、それにスゥ」
二人がいつの間にか近くまで来ていた。
「今日の、ゴーレムと言っていた技は何ですか?」
「妾も気になっておる」
「ああ、あれは……そうだな……。見せながらの方が圧倒的に分かりやすいと思うから、詳しくは明日説明するよ。ちょっと自動で動く人形ってところかな……」
「動く人形……」
「ますます気になるの……。明日絶対じゃぞ」
遠くでは、レティとミミカがスイーツを手にはしゃいでいる。同い年の二人はもうかなりの仲良しさんだ。今回の戦いは、俺達の団結力を一層高めてくれたらしい。
翌日の朝。俺達はトニトルモンテの東門に来ていた。元々トニトルモンテに長居する予定はなかった。ここは活気のある国だが、魔法学に特別秀でている訳ではない。
目的地はここからさらに東にある、ゼフィリア。スゥが参考にしたという魔岩を使った手術が研究されていた国だ。
「じゃ、出発する前にちょっとその辺りでゴーレムについて説明するよ」
俺は早速、地面に魔力を流し——。
「あ、あの……っ」 不意に声をかけられた。全員が警戒する。
通行人かと思っていた声の主は、ローブを深く被っていて顔がよく見えない。背はレティより少し高い程度。布で包んだものを大事そうに抱えている。
「そこの……人……ドワーフ……?」
「そうだけど……?」 と俺は答えた。
「……これ……」 と言ってローブの人は、抱えたものから布を取り始めた。ナイフでブスリ、とかじゃないよね?
「……あれ? これって……」 俺は驚いた。
「人形……ですか?」 レティが訊いた。
誰も知らないはずだ。俺が旅立つ前に作ったもの。六本の腕を持つ人形。
「これは俺が作った人形! なんでここに? ああ、あの店から売れたってことか。いやしかし、結構な金額で売るって言ってたけど……。君、これをどこで?」
俺が尋ねると、ローブの人はブルブル震えだした。バッとフードを取る。淡藤色のショートヘアに、淡黄色の瞳。女性だと思うが、自信が持てない。美少女か美少年。
「やはり貴方様だったのですねこれを見つけてからずっと探しておりました昨日の戦いも素晴らしくやはりボクの憧れムグッ!」
急にまくし立て始めたその子の口を、スゥが手で塞いだ。
「……すまぬ。こうしなければならぬ気がしたのじゃ」
「……お、おお、グッジョブ。……えっと、落ち着いて説明してもらえるかな?」
「……!」 相変わらず様子はおかしいが、頷いている。
俺はスゥに目配せした。
「……ぷはっ! ……ご、ごめんなさい……」
その子は深呼吸し、目線をやや斜め下……地面に向けながら話し始めた。
「えっと……ボクはクレアって言います。……この人形をドルフィーネで見つけて……一目惚れしちゃって……。ボクは魔力伝達に興味があるんだけど……。この人形の仕掛け……これは……」 そこでバッと顔を上げた!
「この人形の胴には伝達すると同時に用途に応じた適切な分配を可能とする機構が仕組まれていてしかも歯車の動きが神秘そのものだしそれが手足に——」
俺は手で遮り、 「深呼吸」 と言った。前世の俺と似ているので、対処法が分かる。
「ご、ごめんなさい……。それで……店員さんに訊いたら、作った人は各地を巡ってるって……。だったら闇雲に探すより……一つの都市で待ってた方が良いと思って……。昨日の騒ぎ……門から見てたら……貴方様のゴーレムが見えて……」
……ん? この子、ゴーレムを知っている。かなり博識のようだ。
俺からも質問してみよう。 「今の話からすると、この人形は君が買ったってこと?」
「は、はい!」
「金貨十枚以上はしたはずだけど……」
「貴方様の手がかりを聞けて……嬉しかったので……三倍多く払いました……。あ、あと赤ちゃんも産まれるみたいだったから……一枚追加して……素数に……」
たまたま見かけた装置に、金貨三十一枚も出したってことか。しかも最後の一枚は善意だけで。意外な財力に驚きつつ、少し安心感を覚えた。悪い人じゃないかもしれない。
「おぬし……先程クレアと言ったな? もしや、ゼフィリアで魔力伝達の研究をしたのはおぬしか?」 とスゥが意外な質問をした。
「は、はい。ボクです……」
「やはりか……論文に同じ名を見た。このように若い娘とは思わなんだが……」
これは驚いた……。ゼフィリアに向かう目的が俺の目の前で「えへへ」と照れていた。
トニトルモンテ東門を出てすぐ。開けた場所に岩の椅子を作った。四人がけの長椅子を向かい合わせて二つ。中央に机でも作れば会議室っぽくなる。
クレアさんにも皆に並んで座ってもらった。スゥが『娘』と表現したことから、女性で間違いない。魔岩を使って人間の魔力伝達機能を回復させた研究者。スゥは五年前に論文を見たと言った。かなり若い頃に偉業を成し遂げている。
俺は椅子に座らず、お誕生日席に当たる位置に立っている。俺が説明する番だからだ。
「えっと……まとめようか。クレアさんは、その人形がどんな技術に発展していくのか知りたくて、わざわざ長い間、ここで待ってた。ってことだね」
頷くクレアさんは、経緯を話す間も人形を大事に抱えていた。表面は磨かれている。
正直、悪い気はしていない。当然だ。自分が作ったものにここまで興味を持ってくれて、大事にしてくれている人を邪険にはできない。……よし。決めた。
俺はクレアさんを含めた、皆を見た。
「さっき話そうとしてたゴーレムと、クレアさんの人形には関係がある」
弟子が出来た。ミニアルファ人形も目の前にある。これ以上のタイミングはない。
「実は、俺が魔法学を学ぶ目的とも関係してる。やりたいことがあるんだ。……それで、もし良ければまとめて全部聞いて欲しいんだけど……どうかな?」
「絶対聞きます!」 とレティが即答した。
「むしろ頼みたい。ドコウ殿の目的。いつか聞きたかったのだ」 とヴァルさん。
ニナさんは黙っているが、表情で分かる。ここで話さなくても後で訊かれるだろう。
「ありがとう。じゃあまずはゴーレムからだ」
なんだかプレゼンするみたいで懐かしい。俺は地面に魔力を送り、一体のゴーレムを作った。今回は足もある二足歩行タイプだ。歓声が上がる。
「まずこれが基本のゴーレム。土魔法の高度な技術なんだけど、このままじゃ使えない」
ニナさんが首を傾げた。 「昨日は、大半の半魚人を撃破しましたが」
「うん。昨日は工夫して、実績を上げた。その説明をする前に、このゴーレムを動かしてみよう」
俺は母にそうしてもらったように、ゴーレムの動作を皆に見せた。ゴーレムは俺の指示に応え、ちょっとだけ関節を動かし、止まり。最後には倒れた。
レティが眉間にシワを寄せている。 「ゴーレムさんが可哀想に見えてきました……」
「ボクもそう思う……。こんな……」 それに呼応するクレアさんは涙目だ。
無生物に対する思い入れが強いタイプらしい。前世にもそんな知り合いがいた。元気にしてるだろうか。
「そう。それで昨日はこんな風に工夫した」 俺は新しいゴーレムを一体作る。昨日と同じ上半身だけのタイプ。 「まず、腕の関節の部分に魔岩を埋め込んだ。これはボレアリスの模擬戦でやった壁と同じだね」
「炎魔法を消し去ったやつかの」 とスゥ。
「その通り。さらにここで、魔力の貯蔵をヒントにした。レティの真似をして、岩を操作する時の魔力を魔岩に込めたんだ。それで腕を飛ばした。腕を飛ばす勢いでゴーレム自身が後ろに吹っ飛ばないよう、下半身は大地とくっつけた。……伝わってる?」
「魔蔵ブレスレット開発が、半魚人討伐に役立ってたんですね!」 とレティ。
ヴァルさんは少し大変そうだが、懸命に理解しようとしている。他の皆も熱心に話を聞いてくれているようだ。
「あ、あの……」
「はいどうぞ、クレアさん」
クレアさんが恐る恐る手を挙げたので、質疑応答のノリで指名してしまった。質問内容は、魔岩をそんなに簡単に作れるのか、といった趣旨だった。これはレティとスゥの弟子二人組が解説してくれた。表現は大げさな気がしたが。
「……で、クレアさん、ちょっといいかな?」 俺はミニアルファ人形を指差した。
小刻みに頷き、俺に手渡すクレアさん。期待してくれていた話題だ。
「ありがとう。それで、俺はこのゴーレムをベースにして、この人形のような『ロボット』というものを作りたい」
スゥがすぐに口を開いた。 「ろぼっと? ゴーレムと何が違うのじゃ?」
「もっと人間みたいに動いて、人を助けるゴーレムって感じかな。見ての通り、ゴーレムは岩で出来ていたり力持ちだったり、人間とは違う特徴をたくさん持ってる。これを活かして、人の役に立つ。そんなのを作りたいんだよね。例えば、男手が足りない現場で力仕事を担当したり、危険な仕事を代わりにやったり……イメージできる?」
「素敵ですね」 ニナさんの一言に全員が頷いた。
……俺はちょっと目頭が熱くなった。こんなにすぐ賛同してくれるとは思っていなかった。不意を突かれた。
ヴァルさんが立ち上がった。 「素晴らしい考えだ! ドコウ殿! 人手不足が解消されれば、より多くの都市を作ることができる! 危険な未開の地もあるのだ! そういった問題の解決にも役立つのだな!?」
ミミカが頷いていた。
「うん、もし上手く実現できれば、そうだと思ってる」 含みのある言い方になった。
「何か問題があるのか……?」
「これが結構、山積みで……」
勢いを削ぐようだが、過度な期待は禁物だ。後の失望に繋がる。
「全部をいま説明するのは難しいけど、分かりやすい問題として……。今のゴーレムは複雑な動きができない」
「どういうことじゃ? そなたは先程、ゴーレムの頭部が指示に応じて魔力を行使する、と言っていたではないか?」
「うん。操作技術があまり成熟してないんだ。ゴーレムは今まで、役に立たない技術だと思われてきたからね」
「こんなに……可愛いのに……」 クレアさんが、俺の手にある人形を見て言った。
「そう。残念だけど。現時点では、 『指示された部位の魔力を一気に全部使う』 くらいしかできない。至って単純だ」 俺はレティをチラッと見た。 「もう一つの問題があってね。魔岩に溜められる魔力が少ないこと。これはレティから説明できるかな?」
ちょっと急だったかもしれない。
しかしレティはスッと立ち上がった。 「は、はい! ……えと、私は魔蔵ブレスレットと呼んでいる魔岩製の腕輪に、水魔法を使う時の魔力の一部を溜めて、即時発動に使ってます。……そ、それでっ。たくさん魔力を溜めた方がたくさん打てるんですけど、ある程度の量から増えなくなっちゃうんです! スーッと抜けちゃう感じです!」
レティの額に汗が見える。人前での発表は緊張するよね。でも見事にやりきった。
「ありがとう、レティ。とってもいい説明だった」 レティに座るよう促した。 「それでさっきみたいにすぐ止まる。複雑な動作なんてする間もなくね」
俺は放置していた上半身だけのゴーレムに近づいた。 「課題はまだまだある」 正面に突き出された腕を上から軽く押す。 「今のゴーレムは押しても引いても動かない。表面は岩なので当然だけど、関節も硬い。こんなガッチリしたやつが近くで動いてて、こっちがぶつかってもビクともしないんじゃ……怖いでしょ?」
次に俺は手に持ったミニアルファ人形の胴体を指差し、クレアさんを見た。頷くのを確認してから前面のパーツを慎重に外す。
「魔法学を学ぶのは、そういうゴーレムの問題を解決するため。ただ、それだけじゃ足りないとも思ってる」 腹部の前面を皆に示す。 「そこで例えば、こういう機構」
「これは歯車ニャ?」 とミミカが言った。
「お、知ってる?」
「親方から聞いたことがあるだけニャ。魔力を使わずに物が動くのが面白くて、一部の物好きに人気があるニャ。でもこんなに複雑なのは知らないニャ」
流石は一流の職人。雑貨屋の店主も知っていたくらいなので、失礼かもしれないが。
「そう、これは魔力に頼らない技術。この機構は回転する動力を伝えるだけじゃない。速度と力の大きさを交換することができるんだ」
クレアさん以外の全員が首を傾げた。
歯車や機構を知っていても、機械工学までは昇華されていない。以前にも感じたようにこの世界の文明レベルは高くない。特に機械工学が発展していないことには、魔法の存在が関係しているだろう。
俺は説明のためにミニアルファ人形をクレアさんに返した。
「えっとつまり……例えば、こんな感じで——」 片手の平を上に向け、細長い小振りの魔岩を生成した。そのまま土魔法で操作し、空中で高速回転させる。
皆がまじまじと見つめていた。あ、そうか。ニナさん以外は見慣れてないのか。
「えっと、これはまあ、いつもやってることで……。今気にしてほしいのは、こういう高速回転する動力を得られた時のこと。これは速い。でもちょっとした力で止まっちゃうんだ。このままじゃゴーレムを動かせない。さっきの機構はこの回転を、力強くゆっくりした回転に変えられる。これで関節が動くようになるって訳だ」
クレアさんがブルブル震えだした。 「す……す……すご……」
「一方、大きな力は出せるけどあまり回転しない動力を得た時は、この機構を逆向きに使う。つまりだ。魔法学と機構を組み合わせると、課題を解決する選択肢が一気に広がる。魔法学で行き詰まっても機構で解決できるかもしれないし、逆もあるかもしれない。そうやって手段を模索して、ロボットを実現するのが、俺の計画なんだよ」
俺は締めくくった。……が、沈黙。背中を冷や汗が流れた。説明……失敗した?
「も、もし良かったら皆にも手伝ってもらえたらって思ってるんだけど……」
クレアさんがバッと立ち上がって俺の手を掴んだ。 「ボ! ……ボクも配下にくわっ! ……加わらせてもらえませんか?」
必死に自分を抑えて、丁寧に喋ろうとしている。
「今のお話、ボクにとっては天啓のようで……した。ボクのことは、まだ分かってもらえないと思うけどそれでも! ……ボクは貴方様を見失いたくないです!」
言葉のチョイスがいちいち大げさだが、気持ちは伝わる。素直に嬉しい。
俺は応える。 「確かにまだクレアさんと出会ったばかりなのは不安だ。……ただ、その人形」 クレアさんが片腕で抱えるミニアルファ人形を見た。
「俺が作った時よりピカピカに磨かれてる。自分の作品をこんなに大事にされて、嫌な印象は持ちにくい。それに、ドルフィーネでは見ず知らずの夫婦を祝福してくれたってことだよね。俺からも礼を言いたい」
やはりクレアさんに関する情報不足は否めないが、事前に聞いていたクレアさんの研究、ここまでの言動などからも、悪意は感じられなかった。
「……ということで、是非協力してもらいたい。実は、クレアさんの技術もロボット実現の鍵の一つになると思ってる」
クレアさんが輝いた! 「ありがとうございます我が主よ! ああボクはなんて恵まれているんだろうこのために産まれてきたに違いない我が主のためならなんでムグッ!」
クレアさんの後ろにスゥがいた。 「……ひとまず、手を離すのじゃ」
「……お、おお、グッジョブ」
「それと、妾も協力したい。沈黙は拒絶ではない。圧倒されたのじゃ」 スゥの言葉に、再び全員が頷いた。
俺のプレゼンは終わった。得られたものは、仲間達からの理解だ。




